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研磨

 最初の遭遇、第一発見者。

 目覚め。とても気持ちが悪く、慣れない空気が気分を苛つかせる。翠は不快感と共に覚醒する。何もかもが嫌な気分だった。

 知らない家、部屋、空気、初めて眠るベッド、初めて使う風呂場、何もかもが翠の神経質な悪癖を逆撫でした。単純に彼が潔癖症という訳ではない。そんな性格では軍隊なんてやっていけない。ただ、住まわせて貰っている場所が場所なのだ。気にくわない。

 翠は早々と戦闘服に着替えて洗面台へ向かう。新品の歯ブラシと安い歯磨き粉の味は不味かった。いや、気分がそうさせたんだろう。

 この新谷宅に養子として迎えられ、最初の1日が過ぎた。しかし、その殆どは家を空けて帰ってきたのは夜中。かつて夫が使っていた部屋を自室として提供されたが、どうも居心地が悪いのだ。風呂だけ借りてプルートー基地に帰らせてもらおうと考えたが、それならいっそのこと養子になんてならなければいい話だ。そう結論を出してしまうと話が終わる。故に翠はこの屋根の下で眠ることにしたのだ。


 時刻は朝の7時13分。休日に起きるにしては早すぎる。しかし、翠は超能力者だ。数日程度の寝不足は気合いで何とか出来る。片手で数えるまでもない短い睡眠時間だが頭は実に冴えていた。



「随分と早いわねぇ」



 リビングでアサルトバッグパックの中身を確認していると後ろから声を掛けられた。翠はゆっくりと振り返って、声の主を見詰めた。

 新谷 梅がそこに立っている。まだ眠たそうな顔を擦りながら。



「軍に呼び出された。だから基地に泊まった方がいいと僕は言ったんです。昨日の電話、覚えてるでしょう」



「朝っぱらから怒りんぼうはイヤよ」と梅は流す。「何か食べていったら?シリアルとかどう」



「結構です」



「ダメよ、朝ご飯を抜いたら死んじゃうのよ?」



「僕はまだ死にません、意地でもね。それでは」



 翠はそう切り上げてリビングから出ようとした。しかし、梅がそれを引き留める。



「待ちなさい」



 と梅は彼の肩を掴んで言った。



「何です」



「綾美のこと、避けてるんでしょ」



「関係ない、どうでもいい。時間がないのです。後にしてくれませんか」



「どうでもいいはないでしょう?私の娘に意地悪なんて許さないわよ」



「話が合わないようだ。もういいでしょう、やめてくれ」



 翠、腕を払って家を出る。残された梅。その場にあったソファーに座り込み、溜め息を吐き出した。

 玄関を過ぎて、装甲バイクに跨がる翠。朝の太陽光を浴びて光る義手。ヘルメットを被ってエンジンを回した。


 基地に向かう寸前、翠は装甲バイクから下りながら岡崎 優斗へ連絡。さしぶりに触った個人連絡用の端末を耳に当てながら基地へ足を運ばせる。



「さしぶり」と、翠は第一声。「眠たいと思うけど」



「ずっと連絡寄越さねぇと思ったら、いきなり朝からかよ。それでどうした」



「花火大会はドタキャンする。理由は前に話したろ」



「あぁ、結局警備に回されたのか。そりゃ残念」



「そういうこと。じゃあまた」



 左腕を喪ったことは話さなかった。話す必要が無いのだからそれでいい。

 基地のロビーへ到着すると、そのまま早足でブリーフィングルームへ向かう。既に数名の隊員がそこにはいたが、皆一般歩兵だった。

 アンセム少佐の長ったらしいブリーフィングを聞き終えると各自は自室へ向かった。翠は自分が登録されてる部屋のロックを解除し、次の最終ブリーフィングまで9時間近くあることを確認すると、ベッドへ項垂れるように腰かけた。

 早くこの1日が終わってほしい。翠は強くそう願う。


 やがて時間が過ぎて出撃の刻がやってくる。先頭の装甲車には第1警備隊、その後ろについていく装甲車には第2警備隊が搭乗。翠は第2警備隊として編成され、第1警備隊のパトロール情報に従って行動する。何も起こらなければ一夜を狭い装甲の壁に囲まれて過ごすだけだ。

 既に夕陽は落ちて夜が訪れている。都会の端にある唯一の土手で祭りは行われる。暗い夜を照らす屋台の灯り。色鮮やかな浴衣が行き交う場所。そんな日本の風景に、銃を握った兵士が混ざっている。

 肌身を一切晒さぬ姿。身体の各所に配置された装甲。表情が読み取れないフルフェイスのヘルメット。背中から絡み付くように装着されたエグゾスケルトン。統一されたスコーピオンW2迷彩によって更なる威圧感を加速させる。

 夏らしい暑さを感じることのない体温調節機能で冷やされた体温で、一滴も汗を流さずに時間が過ぎていく。


 しかし、夏祭りに集まる者たちというのはたかが知れている。有事に備え、尚且つ一般人に干渉しないようにパトロールをしているブルーリーパー歩兵へ空き缶等のゴミを投げ付ける若者がいるものだ。誰も止めようとせす、何が滑稽なのかも分からず笑いで誤魔化そうとする。銃を持った人間へ物を投げるという行為の愚かさを理解できずに生きていくのだ。

 それを聞いた翠はただ呆れ返っていた。通信で耳に聞こえてくる第1警備隊達の声は、どこか沈んでいて暗い声だった。



「祭りなんて、半グレ共が仕切ってる戯れ事さ。そんなのに俺達が付き合わされるなんて、馬鹿げてるね」



 唐突に装甲車のドライバーが翠へ語りだした。



「なんだ。あんた、日本人か?」と、翠。「別に同じ人種だからって話が合うわけじゃないぜ」



「そんなこと言うまでもない。少尉殿。貴方はまだ若いが、この行事をどう思う」



 ドライバーは問いかけた。



「中止にしてしまえ。無駄な仕事を増やさないでほしい。だけど、こんな簡単に言い切ってしまえる事ではない。そういうことだ」



 その返しにドライバーは頷きながら返答する。



「人が集まらなければ避難誘導も簡単だからな。それに、こんな騒ぎを好む奴なんて半端者ばかりさ」



「随分と嫌悪が籠った言い方だな、ドライバー。何が嫌な事でもあるのか」



「俺が入隊する前、連絡が取れなくなった彼女がここで新しい男と歩いてた。こっちは本気で心配してやったのに、くそったれな気持ちだったぜ」



「それは気の毒に」



 他愛ない話も終わり、ただひたすら時間が過ぎていく。あらゆる環境下で活動可能な設計の装甲車は常に適切な車内温度を維持する。その機能がオミットされることはなく、考えられる要因としては機関部が破壊された場合のみである。年々厳しくなっていく地球の環境に耐えるための生命維持装置だ。

 日本の夏はついに40℃を越えようとしているというのに、熱中症を省みない行事を決行するのは実に愚かなことだ。翠はそう思いながら涼しい車内で外部モニターに映る灯りを眺めていた。

 装甲車の中にいると花火の轟音も聴こえてこない。たまに夜空に何かが光るのを確認するだけ。何とも、味気ない夏祭りだ。

 やがて、時刻が夜の10時を過ぎた辺り、第1警備隊の隊長が装甲車の後部ハッチが叩く。やっと終わったのか。翠は脱力を感じながらハッチを開けた。



「翠少尉、こちら第1警備部隊隊長。客が撤収を開始した。これより最終警備へ移行する。同行お願いします」



 突撃銃を担ぎ、車から出た翠。一瞬だけ熱気を感じるが、すぐに体温調節機能によって適切な体温が維持される。一般歩兵のものとは違い、冷却水ではなく超能力によって特殊反応しているものだ。故に、着用者が死亡しない限り永久的に機能する。制限時間はない。

 気だるそうな隊長の後をついていき、土手を降りていく。業者達が片付けを始めていた。人気が無くなって寂しくなった空気が流れる。



「それでは、私は道路の方へ向かいます。どうかお気をつけて」



 ラフな敬礼、翠も同じように返礼して解散。翠は川沿いのルートを任されている。ハーベスターの身体能力ならば、川の一本くらい飛び越せるからだ。

 雑草を踏み倒す音と、水が流れる音が耳に伝わる。コンクリートに囲まれた都会で感じれる限られた自然。遠くには夜景。時折暗い足元に視線を落としながら翠は歩みを続けた。

 川を繋ぐ橋が見えてきた。もうここまで来たら人はいない。ヘルメットに示されたルートもここで終わり。しかし、翠は謎の違和感を覚える。珍しく背の高い雑草が伸びた橋の下。それが揺れ動いているように見えたのだ。ただ風に揺られているだけではないのか?と翠は気のせいにしようとしたが、危険因子は排除しなければならない。これまで嫌な予感は当たってきた。だから確認するに越したことはない。


 銃口を上げて構える。ゆっくりと、一歩ずつ近付いていく。よく見るとその草は不自然に揺れ続けていた。他の揺れる草と揺られる方向が違う。ならば、何かがそこにいるということ。

 翠は銃にマウントされたライトを点けた。気になるその一辺を一掃するように照らすが、何も起こらない。何が見つかった訳でもなかった。

 ただの思い過ごしか。翠は張り詰めた緊張が解けそうになったその刹那、空から質量が舞い降りる。



「!」



 翠は咄嗟にダイブしてその場を離脱。そうだ。橋に貼り付いていたのだ。銃口を落ちてきた物体へ向ける。そのシルエットがライトに照らされた。

 それは、非常に怪奇な形をしていた。奇形そのものと言えよう。見た目こそタイプbに似ているが、左腕が未発達で、特徴である筋肉質な両腕じゃなかった。その代わり右手が異常なまでに発達しており身体のバランスが崩れている。

 そして何より最も奇怪なのが、頭部に該当するであろう部位にチェーンソーのような物が生えているのだ。


 これは、ファントムなのか?教育されたデータにこんなシルエットのタイプは存在しない。ならばこれは新型?どれにも該当しない身体特徴の人型物体が目の前に立っている。

 翠は警備部隊へ連絡。



「こちら翠少尉。未確認のファントムと会敵した。第1警備隊は応援を、第2警備隊はそのまま周囲警戒を続行せよ」



 通信終了と共に発砲を開始。胴体に向けて単発射撃による2連射を実行。

 だが、そのファントムは銃弾をチェーンソーで弾いたのだ。翠は驚愕して後退りする。怯みそうになるのを堪えて再び発砲するが、同じように弾かれてしまう。

 なんだこいつは。翠は計り知れない恐怖を感じて硬直してしまった。銃弾を弾く装甲ならばまだ理解できるが、あたかも達人の如く銃弾を見切って防御するなんて想像すら出来なかった事態だ。こんなもの、どうすればいい。

 こちらの隙を見せてはならない。翠は銃を右手で構えて発砲を続ける。同時に左手は次の弾倉を掴んでリロードの準備。いま装填されてる弾倉が尽きるまであと2発。これを撃ち切る前に翠はリロードを開始。自重落下する弾倉。

 確実に素早く弾を装填した翠だったが、その瞬間に相手が跳躍してきた。こちらに向かって全力の幅跳びで距離を詰めようとしているのだ。翠は反射的にその場から離れようとするが、翠の脚力より相手の方が優っていた。

 その歪なまでに発達した右手に拘束されてしまう。戦闘義手が悲鳴をあげる。空いた右手で突撃銃を撃ち込もうとするが、相手の小さな左手で払われる。身動きが出来ない。完全に拘束された翠。ハーベスターの超人的な力を越える力で抑え込まれている。何とかして振りほどこうとする翠だが、目の前のチェーンソーが動き出した。このままでは殺されてしまう!


 しかし全く身体が動かない。せめてナイフを突き刺して直接超能力エネルギーを送り込めば怯みはするだろう。だが、それも叶わない。肉と牙で作られた肉細工のようなグロテスクなチェーンソーは勢い良く翠の胸を目掛けて突き刺さった。一瞬でバリアが弾け飛び、防弾プレートを貫通して翠の胸を切り裂く。

 悲鳴。自分の声なのか骨が削られている声なのか分からない。極度に興奮した感覚のせいで痛みも薄れている。だが、心臓を貫こうとする物体が自分の胸骨を確実に削っている。皮が千切れて血が飛び散っている。

 腕の力が抜けそうになったとき、相手はまるで驚いたように翠から離れた。翠は急に解放された反動でその場に倒れこむ。



「翠少尉!」



 第1警備部隊が到着したのだ。四方八方から発射される5.56mm弾がファントムを襲う。その絶え間ない銃声と共に、翠は力を振り絞って立ち上がる。



「なんだこいつ、弾いてるのか」



 歩兵の一人が驚いて怯んだ。



「だが撃てば足が止まる。動きを封じろ!」と隊長が一喝。「翠少尉!我々が動きを止めている内に一撃を!」



 それを聞いて翠は突撃銃を拾って、垂れる血液に構うことなく銃口をファントムへ。そして発砲。

 まるで剣神のようにチェーンソーを振り回して銃弾を弾いているが、限度と言うものがある。下半身に向かって飛ばされた7.62mm弾は見事に命中して足が吹き飛んだ。転倒した胴体にも追撃して発砲。見る形もないほどに風穴が開いて、チェーンソーの動きが止まる。


 翠は戦闘で興奮した精神が静まり、引き裂かれた胴体の痛みが戻ってくる。それに耐えきれず気絶。視界が揺らぐ。

「装輪装甲車"ファランクス"」


・ハーボックダイナミクスシステムが開発した装甲車。2027年に米陸軍に導入され、西側諸国を中心に広まっていった。ブルーリーパーが保有するタイプは米軍の近代化改修型。車内にモニターが搭載され外部カメラによる情報によって全域の視界を確保している。

 車内には冷暖房が完備されており、過酷な環境下での運用も想定されている。

 全長7.1m、全高2.76m、全備重量17.8t、特殊ターボエンジン390馬力、40mm擲弾発射機及び12.7mm重機関銃等の武装を搭載。

 システムはNBC探知器、防護用空気清浄システム、隊員用ガスマスク、高精度GPSレシーバー等を搭載。

 装甲は高硬度鋼板とセラミック複合装甲パネル。

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