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碧の死神 "Beyond heat haze"  作者: dispense
<<蛇足話>>
36/52

旧式

碧の死神本編に至るまでの歴史、登場した旧式の兵器についての説明。

 高那翠はプルートー基地の地下に存在する兵器格納庫へ足を運んでいた。陽炎に包まれる光景が目に浮かぶ昼に、綾美と話が拗れてしまった憂鬱を晴らしに来たのだ。苦い汁はそのままでは飲み込めない。飽和するほどに砂糖を混ぜた甘水と共に飲み干すのだ。

 翠は夏場というのに、まるで冬のように肌寒い空気に心地よさを感じながら奥の方へ歩んでいく。コンクリートを蹴る音が耳に響く。ふと周囲に目をやれば、隊員達が忙しなく作業を進めていた。

 階段を上り、狭いドアを抜けて次のエリアへ向かう。天井が急に高くなった。目に広がるのは厳かな雰囲気で立ち並ぶ鉄の巨人達。綺麗に整列している。


  対地対空特殊機動有腕機。固有名はクオックスウルフ。全高は7mを越える巨大な兵器だ。この現実世界において、人と同じ足と腕を有した機械が、兵器として実現する事になるとは賢人の妄想でも考えることが不可能だっただろう。しかし、科学はそれを達成した。架空の創作話の中でしか存在しない事実をリアルの事実へ変えたのだ。

 人型の兵器が現実世界のものとなったのは翠が生まれる前の話だった。およそ30年前、日本は移民受け入れを決断。既に難民によって溢れかけていた世界の津波を、日本は受け入れきれなかった。日本は戦場となった。日本語で描かれた看板、日本人が行き交う街、この日本という国で地域紛争が起きていたのだ。教科書の隅に追いやっていい歴史では決してない。だが、それでも日本はその事実から目を逸らそうとしていたのだ。


 そこで、移民受け入れ前に行われた条約改正によって傭兵が正式に認められる組織となり、当時強大な力を誇っていた"会社"が日本へ契約を持ち出したのだ。クオックスウルフが悪名を高めていったのはそれからだ。

 それまでクオックスウルフは国家軍のみが保有する兵器であった。軍縮で各国の軍事力が弱まる中、テロリズムに使われる兵器は力を増していく。天秤で釣り合わなくなってきたパワーバランスを解消させようとしたのが、この人型兵器だった。単機で複数の要求を受け入れ、同時に必要な戦闘力を持つことが出来る複合兵器。それがクオックスウルフだった。

 戦車も戦闘機も船も足りない。いや、増やすことが出来ない限られた軍事力の底上げを実現出来る禁断の力だった。

 核という大きすぎる火種は消え去った。同時に、小さな火種が世界で転がりまくることになる。そこで、正式に傭兵が認められたとしたら、戦争はビジネスとして利用されることになるだろう。その最悪のシナリオが出来上がってしまったのだ。そう、傭兵達が乗り回すクオックスウルフは未来への投資でもあったのだ。

 最終的に世界は平和条約を締結し、この世の全ての不発弾を処理しようと手を握りあったところにファントムは出現した。まるで、人類が平和に向かう為の最終試験を課せるかのように。

 結果的に世界の国々は自国の解決しきれていない問題を抱えながらも、人類の存続を名目に手を取り合う事になる。事実上の平和が生まれたのだ。

 つまり、クオックスウルフが存在していなければ、世界はもっと早急に平和へ足を踏み出すことが出来たということでもある。故に、この人型兵器は悪魔の兵器として認識されることになったのだ。


 翠は呆然と目の前の巨人を眺めていた。この機体はグレイ-W。クオックスウルフが世界に普及する以前に製造されていた古い型である。そしてブルーリーパーが保有するのは近代化改修されたもの。

 日本へ契約を持ちかけた"傭兵会社"が最も使っていたという機体。ブルーリーパーが保有する型は米軍からそのまま横流しされたものだが、その傭兵会社は条約を違反した改造を施した特殊機体を使っていたという。故に、強かった。

 灰色に染め上げられた装甲は非常に頑強であり、その防御力は胴体へ偏っている。胸部正面装甲は戦車砲すら耐える防御力となっており、背部のコックピットまで貫通させない構造となっているのだ。

 屈強な両足には推進装置が装備されており、まるで巨大な大剣を下げているようだった。胴体が前後へ大きく競りだし、脛と前腕が異常に伸びて巨大化した歪なシルエットは人型と呼称するには余りにも異形であった。

 作業員の邪魔にならないように、翠は遠くからそれを眺めていた。



「ヘイ、そこの少尉」



 すると横から声を掛けられる。30歳を越えたあたりの男だ。階級は大尉。



「歩兵がここに来るなんて珍しい。何があった」



「いや、特に何も」



「そうか。見学するのは構わんが、長居はやめてくれ。作業員の気が散るから迷惑だ」



「わかってる」



「あのFOGビルの事件からファントムの動きが静かになった。そのおかげでこっちも暇してる。いつ来るかも分からん仮想敵相手に空撃ち練習ばっかりだ。きっとパイロット達は気が立ってるだろうな」



 彼はそう言いながら近くの手摺に寄り掛かった。そっと視線をグレイ-Wへ送る。翠は彼が見つめる先に自分も視線を合わし、問い掛けた。



「あのロボット。本来はどういう目的で作られてるんだ。怪獣相手にドンパチする為に作ったわけじゃないだろう」



「軍事力の埋め合わせだ。あんたも座学で習っただろう。この日本もかつては戦場だった。とはいっても世界大戦並の規模ではない、いわゆる紛争地帯だ。世界中が小さな火薬庫になってる最中、国家軍達が急いで作り上げた物だよ」



 彼はそう答えた。



「グレイ-Wがロードアウトしたのは2029年、傭兵条約が発足されたのも同じ。関係がありそうだね」



 翠はそうやって返す。すると、彼は失笑しながら翠の顔を見た。



「陰謀論者はそう言うんだ。こいつは戦争を引き起こす為に作られた悪魔の兵器だってな。だが、クオックスウルフが誕生し、傭兵が世界に認められるようになってから情勢は悪くなっていったのは事実だ。そうだよ、毎日ドンパチ騒ぎだ。あっちこっちで手足の生えた戦車が飛び回る。地獄みたいな光景だ」



「たかが兵器一つで大袈裟な話だ。」



 翠はそう話を切ると、彼の隣に近付いて、同じように手摺に体重を預けた。このブルーリーパーは、かつて戦いの火種を生み出していた悪魔の兵器を保有している。翠はそう考えたが、すぐに滅却した。違う、そうではない。確かにかつては人を殺すために作られ、その為だけに戦っていたのは確かだが、今は人類を守るために力を使っている。この地球上に存在する全ての兵器がそうなっているだろう。銃口を向ける先は人ではない。ファントムだ。



「そろそろ夕方だ。最後の1機が訓練を終えて帰ってくる。出来れば帰ってくれないか」



 彼はそう言って袖を捲った。翠は素直に従って敬礼を返す。翠は地上へ戻っていく。


 いい気分転換になった。翠は晴れた心のまま食堂へ向かい、目についた品を頼んでいく。ハムバンとコーンサラダ、チキンブロスをトレーに乗せて席へ。

 味が薄い。不味くはないが、きっと料理人の入れ換えがあったんだろう。これは文句が出る味だ。そう思いながら無心に口へ運んでいった。

この章は一話のみ。次から本編へ

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