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 熱気、歪む視界。歪む心。

 高那 翠は基地から新谷宅へ戻ってきた。研究軍団達の尋問から解放されて。時刻は既に午後を過ぎており、13時を過ぎようとしていた。装甲バイクに跨がりながら翠は思い耽る。民間の軽自動車の隣で、蝉の鳴き声が轟く陽炎に包まれながら。

 この半年、自分はどういう人生を送ってきたのだろうか?翠はそう心の中で呟いた。もっとまともな人生を送れた可能性はあったのか、ここまで苦しむ必要はあったのか。それら負の感情が次第に込み上げてくる。どうして自分は苦しむ必要があるのだ、と。

 悔やんでいるわけではない。後悔しているわけでもない。後腐れなく生きているつもりだ。それでも飄々として受け入れられない事もある。自分は、真っ当な人として生きていきたかったんだ。しかしそれは叶わなかった。それは何故か。超能力者だからか。そんな単純な答えで解決するものではないだろう。では、なんだ?自分にはそれが分からない。


 自分は誰かを悪者にして自身を正当化しようとしているんだな、と翠は心の答えに至る。誰かのせいにして、この苦しみに慈悲を乞おうとしているのだ。なんて無様で、愚かなことだ。自分はそんなことを考えていたのか。

 弱い。弱すぎる。きっと誰もが鼻で笑い飛ばすだろう。惨めなどではない。ただ単に、愚かな自分がそこにいるだけだ。


 頭が重い。視線が上がらない。熱気にやられたわけではないが、どうしようもない疲労感が彼にはあった。日常のストレスだ。

 心の何処かで早く戦場へ赴きたい、すべてを忘却しきって戦いを感じたい。そんな思考が芽生えていた。恐ろしく狂気的で、酷い心がそこにはあった。彼の自覚できていない戦士としての覚醒だ。

 死と向き合うためには、痛みが必要だ。痛みを感じて、心へ染み渡らせる。やがて、苦痛となりて全身に巡るだろう。死を理解出来るのは、死を感じた者のみだ。


 バイクのハンドルに手を掛けたまま、翠はただひたすらに俯いていた。陽射しを受けて、熱く熱がこもった戦闘義手。人の手ではない。機械の冷たい掌だ。そう思いながら、薄目で自分の左腕を眺めている。そうか、カーベックと同じか。翠は改めて気付いたのだ。自分は彼と同じ身体の状況なのだと。

 しかし、だったら何なのだ。自分は彼にはなれない。代わりになることも出来なければ、弱者のまま全てを見送った。自分は、未だに何も出来やしない。そんな人間が彼と同じだと?自信過剰も良いとこだ。翠は自分を嫌悪して、下唇を噛む。何もかもが憂鬱だ。



「なにしてるの」



 声。鼓膜を刺激するその音。翠は気を取り戻したように目を開ける。ゆっくりとその方向へ視線を向けて、声の宿主を見詰めた。



「暑いでしょ……家に入りなよ」



 綾美。右手には大きめの紙袋。彼女は浴衣を買いにいって、丁度帰ってきたところだった。自分の家の駐車場で、死体のように硬直している彼を見て思わず声を掛けたのだ。

 しかし、翠は応えない。いや、応えることが出来ないと言った方が良いだろう。喉の奥に声が詰まり、出したい声が蓋される。もどかしくて、そして怖い。



「そんなに喋るのが嫌なら、そうすれば?」



 軽い足取りで彼女は玄関へ近付いていく。翠はそれを目で追いはしなかった。また顔を伏せて、今度はバイクのメーターを見詰める。

 綾美が鍵を開けたその刹那、翠は彼女へ問いかけた。



「君は、何も思わないの」



 翠の掠れたような言葉。それに反応して彼の方を見詰める綾美。



「何が」



「君の日常の中に、軍人が入り込もうとしてる。それに、拒絶は無いのか」



「脅してるわけ?」



「違う」



「じゃあ、なに?」



「いや、違うんだ」



「何が違うの」



 逆に問い詰めてきた綾美。それに恐縮する翠。何も言い返せないでいる。



「どうしても、答えがほしい?」



 彼女はそういって、翠の顔をもう一度見詰め直す。



「……どういうこと?」



 翠は、そう言いながらデジャヴのような感覚に陥った。ついさっき同じような事を言われたような、そんな気持ちの悪い感覚に。



「欲しいのか、欲しくないのか。暑いんだから早く言ってよ」



 彼女は言い切った。その言葉に翠は心を蹴られる。ああ、そうか。と



「君は、本当に母親に似ているね」と翠は返した。「ついさっき、同じような事を言われた」



「へぇ」



 綾美はそれを馬鹿にするような雰囲気で返した。そして玄関の扉を開けて、翠から視線を外した。手に下げた荷物を持ち直して、呟くように彼女は言葉を放った。



「昔の翠くんの方が、好きだった」



 そう言い残すと、玄関の扉を閉めた。翠はその言葉を何度も咀嚼して、心へ受け止めた。


 昔の方が、好きだった。

 どういう意図なのか、どういう感情なのか。翠にはそれが分からなかった。昔とは、一体どれほど前の事を言うのか。

 自分は過去の記憶が薄れている。特に幼少期は全くといっても良いほど思い出せない。ただ一つ思い出しているのは、FOGビルのあの出撃で、モーザが記憶を導いてくれたからだ。


 トン・モーザ。彼は、いい人間だった。自分を最期まで導いてくれた。標を作ってくれた。本当に良い人だった。

 でも今はもういないのだ。と翠は彼の死を噛み締める。こんな弱い毒虫の自分は、彼が望んだ姿ではない。ならばどうするのだ。

 強くなるしかない。それしか自分には選択肢が残っていない。いつまでもこんな弱い心では、いつかファントムに食われてしまう。このままでは、駄目なんだ。

 翠は腰に下げた拳銃へ視線を送る。彼が自分へ託した最後の標だ。それが、このスターキッカー。


 シルバーフレームが太陽に反射して、光る。

 閉じた心に人は手を差し伸べない。

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