表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/52

沼沢

 残暑。夏はよく人の心を解放するという。しかし、それは誰にでも当てはまることではない。

 高那翠はプルートー基地の戦術作戦本部の研究室にいた。戦闘員がここに赴くのは滅多にない。殆どの者は室内を見ることすらなく退役するだろう。では何故、翠はここに呼ばれているのか。それはFOGビルで起きた一連の事件についてブルーリーパーは研究を進めようとしているからだ。謎の火災。ここ数年でそういった怪奇な火災が増えてきているようだ。一瞬で燃え広がったかと思ったら、目を離した瞬間消火されている。消防隊も困惑しているようだ。ここまで不可解な火事は無いと。

 ブルーリーパーの研究軍団は、これをファントムによる仕業と睨んでいるようだ。原理は不明でも、新たな侵略方法をテストしているのではないか?と。しかし、もしもそれが正しいのならば、近い内にファントムは炎で人類を攻撃するようになる、ということだ。地球が火に包まれるのと同じだ。きっと文明は崩壊するに違いない。

 翠は飾り気の無い無菌室のようなところで、研究員達から尋問のごとく質疑応答を行わされていた。奴等はこちらが疲れた、少し口を休ませてくれと言っても聞こうとしない。機械的で不気味な連中だ。と思うのだった。



「もう殆どのことは話しただろう。僕が完全回復したのを見計らっていたんだろうが、だからといって、わざわざ僕を問い詰めることはないだろう。責任者はアンセム少佐だ。そいつに聞けばいいものを」



 と、翠は呆れたように言う。



「現在、ファントムの動きが活発化しているのは日本のみです。それも首都圏の方。貴方はブルーリーパーに所属している軍人としてはとても若い内に入る。だが、それ以上に戦場を体験してきた。他国のブルーリーパーからすれば、貴方は歩く情報の塊だ。喉の奥から欲しいだろう。そうはさせたくない。我々プルートー基地の研究軍団の手柄にしたい、というわけではないが、しかし、よりリアルで確実性のある推理と研究が我々で可能になる。大きな進歩なのです」



「それが本音か。最初からそういえばいい。だが、そうしていたら僕はここに顔すら出していないだろうな。どんな気分だ。独立した軍隊にでもなったつもりか?」



 翠は冷やかに言ってやった。それに、研究員たちは特に不快な表情をすることもなく、冷静に答える。



「我々、研究軍団は30年もファントムを見てきました」



 と、初老の研究員がそう言った。



「だが、それなのにファントムのことを何も分かっちゃいない」と翠が返す。「それどころか、また新たに動きを変え始めている」



「確かに我々はファントムについて正確な分析ができなかった。しかし、30年分のデータは取ってきた。蓄え続けている。これからもファントムが現れる以上、それだけデータが生まれる。次第により正確なデータへ成長することになるだろう」



「データだけでどうするんだ?数字とにらめっこしてお勉強か?違うだろう。これは戦争だ。確かにデータは重要だ。論理的で効率的な判断を補助してくれる。しかし、必要なのは結論だ。僕たち戦闘員はひたすら前線でファントムと向き合っている。だが、あんたたちはずっとコンピューターの前で画面を見ているだけだ。ファントムの恐怖を知らない。奴等はこちらに向かって全力の殺意を向けてくる。容赦はないぞ、もしも言葉が通じる人間ならば停戦協定を結べる可能性もあるだろう。しかし、ファントムは違う。そもそも生物なのかさえも分からない。そんなバケモノ達だ。数値なんかで決めつけることなんて無理だよ。そうだ、前に録画が可能な戦闘は全て記録していると言ったな?それを記録してどうする。アクション映画でも作るのかい」



「少尉殿。貴方は勘違いをしているようだ」



 1人の研究員が姿勢を変えて話し出す。



「我々は軍属である。貴方と変わらない軍人だ。銃を撃てる。決して研修に来た優等生の気分で仕事をしているわけではない。これは戦争だ、だと?そんなこと分かりきっていることだろう。我々は、ファントムと全面戦争をしているのだ。武力でも、情報でもだ。貴方はまるで私たちがデスクチェアにふんぞり返って怠慢に仕事をしていると思い込んでいるようだ。そんなことはない。我々は我々の仕事をこなしている。でなければ、今頃ブルーリーパーは崩壊していただろう」



「何も研究軍団がいらない、なんて言ってないだろう」と翠。「しかし、確かにそうだ。研究軍団がいなければ今頃ブルーリーパーは崩壊して、ファントムは雪崩のように地球へ侵略していたのかもしれない」



「しかし、あんたたちは今の地球人の認識を知っているのか?」



 翠はそう言いながら腕を組んで語り始める。



「今生きている人間は、ファントムのことなんてどうでもいいと思っている。画面の奥の存在だ、まるでフィクションのような創作話だってね。何故だか分かるか?例えファントムに襲われようがブルーリーパーという変な組織が助けてくれるだろう、という他力本願な意識があるからだ。そして僕たちが戦っているという認識も非常に薄れている。人を守る為に戦ってる組織なら、それで死ぬのは本望だろうってね。だが現実は違う。先ほどあんた達が言った通り、確かにファントム達は動きを変え始めてる。いつまでもダラダラとしていられない。前線で戦ってる身からすると、そんな風に見える。どう思う?明らかにファントムの脅威は大きくなっている。それなのに、僕たちが命を賭けて守っている人類はそれに興味すら示さない。それどころか認識すらしてくれない。馬鹿な話だと思わないか?まるで僕らは空虚の存在と戦ってるようなものだ」



 翠は組んだ腕を机に置いて、深く溜め息を吐く。自分で言っていて途方のない虚無感に襲われたからだ。同時に、何も感じ取れない人類に嫌悪感を覚える。

 研究員達はそのことを何となく察していた、そんな風な口振りでそれに答えた。



「ならば、その原因はファントム人間である」



 翠は初老の研究員が呟いた言葉に驚いた。



「ファントム人間?」



「そう、ファントム人間だ。少尉殿、冷静に考えてみてほしい。30年間もファントムは人類に牙を向けて、そして更に脅威を増そうとしている。それなのに人類は何もそれを察知しないなんておかしいとは思いませんか?人間は、動物だ。それ以前に本能を持った生物である。いくら平和な社会によって危機管理能力が損なわれたとして、ここまで鈍感になるものか?これまでずっとファントムは人類へ戦争を仕掛けてきた。それに反応し、人類は抵抗している。それが今だ。国籍や人種、性別を問わず人類の存亡を賭けて防人となる戦士たち。ブルーリーパーが結成されたんだ。しかし、貴方の言っていることが真実ならば、人類は戦争を放棄してファントムへ降伏したのと同義になる。そうでしょう、だって認識をする思考を停止して、滅亡する未来を人類は望んでいることになる。誰がそういう風に仕向けた?国か?宗教か?世論か?違う。ファントム人間ならば、人間社会にスパイとして潜入し、内部から崩壊させることができる。既にファントムによる人類の洗脳は完了している……そういうことになりませんか」



「それは、あんたたち研究員の仮説なのか」



「いいえ、これは机上の空論に過ぎない。しかし、もし本当にそうなら辻褄が合う。それだけです」



「否定ができない、それが恐ろしい。ファントム人間か。確かに、そう言われてみればそうかもしれない。ならば、ブルーリーパーという組織はどういう立場になるんだ。人類を既に掌握済みのファントム、洗脳された人間達。ブルーリーパーはどうなる?」



 翠は問い掛けた。



「それこそ、つまりだ。人類と呼べる人類は、ブルーリーパーに所属している軍人達のみということになってしまうのです。少尉殿」



「人類とファントム対ブルーリーパーか。想像したくもないね」



「先程言ったでしょう。これは机上の空論だと。しかし、我々はそういう意識を持っているという事を忘れないでほしい」



 取り調べは終わりだ。彼らはそう言って立ち上がり、熱心に打ち込んでいた電子端末を脇に抱えて持ち場へ戻っていった。

 尋問から解放された翠は、ふらつきそうになった足でロビーに向かい、自販機で清涼飲料を購入した。酷く疲れ果てた顔で倒れるように椅子へ腰掛ける。

 あいつらは本当に高性能な機械のような連中だ。と翠は思う。しかし、無意味な話ではなかった。有意義である。意識を持つことは必要だ。例えそれが非現実的でも、いつか起こるであろう事象に構えることは悪いことじゃない。それを馬鹿と貶す者はいないだろう。臆病なんかではない。恐れを知っているからこそ、それに適切な対処をして打ちのめすのだ。


 珍しく体調の悪さが顔に出ている翠。偶然通り掛かった下士官に心配される。



「随分と顔色が悪い。休日を要請してみたらどうです。モーザ隊は貴方1人だ、苦労は分かりますよ。いくら若いとはいえ、休暇は取るべきです」



 制服姿の気さくそうな男だった。名前を見ると、ドルフィンプロダクションの警備依頼で一緒だった兵士だった。階級は二等軍曹。



「いや、大丈夫だ。心配させて悪いね。将校がこんなんじゃ士気が下がるだろう。僕は平気だよ」



「体にお気をつけて、それでは」



 特に畏まった様子でもなく、ラフな雰囲気で敬礼する彼。翠も同じようにラフに返した。

 疲労を回復してくれるのは時間だけだ。今日は早く寝よう、そう思った翠だった。


 まだ、夏は終わらない。

「自分の人生は、自分で演出する」


エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル ドイツ陸軍元帥

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ