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重ならない心

 戦士として、人として、自分のあるべき姿はどっちだ。

 夏が終わろうとしている。夏休みも終わり、今週末には夏祭りが開催される予定だ。人は年に一度の祭りに心を躍らせ、その日を待ち遠しく渇望している。

 だが、ブルーリーパーにとってはそうではなかった。人が余計に密集するということは、それだけファントムが発生した際に予期出来ない被害が想定されるということ。非常に面倒くさい。願わくば中止になってほしいものだ。そう思いながら病室にて高那 翠は新しい義手の説明を受けていた。講師はあのアンセム少佐だった。

 アンセムは口調を崩さずに、淡々と説明していた。翠はそれを眠くなりそうな気持ちを抑えて耳を立てる。

 どうやらこの義手はカーベックが使っていた戦闘義手の次世代型で、より強固に、より反応するように設計されている。見るからに厳つく武骨なデザインは安心感を覚える。よほど乱暴に振り回さない限り壊れることなんてないだろう。カーベックが使用していた型は水中や豪雨の環境では動きが鈍くなっていたが、この次世代型はそういった問題を解決している。また、籠手の内側にプッシュナイフを仕込めるようになっている。専用の頑丈なナイフが鞘に納められていた。圧倒的な性能だ。元々純粋な市販品として開発中だった物を、アンセム少佐が翠専用の戦闘義手へ変更させたのだ。



「説明は以上だ。私からのプレゼントは気に入ってくれたかい」



 アンセム少佐はそういって翠の前に書類を置いた。



「メンテナンスも省略化されている。ほとんどのパーツをドライバー一本で分解できるようになっている。解説書を読んでおいてくれ」



「中々に分厚く見えますが」



「カーベックの使っていた型はさらに分厚かった、まるで辞典のようにな。それはまだそこらで売ってそうな小説くらいだ。覚えるのは難しくないだろう」



「それと、まだ話が残ってる」



 アンセム少佐は対面している椅子に腰掛け、軽く手を組んだ。



「君の養親についてだ」



 養親。その単語が耳に入った途端、翠は顔を伏せた。聞きたくない言葉が耳に障る。



「君のプライベートなところを調べさせてもらったよ。とはいっても、親族関係をとことん調べただけなんだけどね。全く驚いた。君は忌み子だな、唯一残ってた親戚の御夫婦は君の事を病的なまでに拒絶していたよ。もっとも、その責任は私にある、しかし2人は納得してくれなかった。日本人というものはどいつこいつもこんな奴ばかりなのか?こちらの話を聞こうとしない。私の日本語は片言ではないはずだ。次第に、話してる途中で馬鹿らしくなってきたね」



「それで、その御夫婦が言うには新谷梅というシングルマザーに預けてしまえばいい、と怒鳴りながら言っていた。君はその新谷という家族を知ってるのかね?」



「知ってどうするんです」



「いいか少尉。君は兵舎に登録していない。君の病床に詰め込んだ荷物はどうするつもりだ。倉庫でも借りるのか?確かに給料は上がったが、賢明な判断とは思えんね。だったら誰かの養子になって、そこの宅に荷物を預けてくれ。我々ブルーリーパーは預かり屋さんじゃない。君の我儘を聞いていられるほど土地に余裕は無いんでね」



「貴方は僕の事をただの兵隊だと思っているようだ」



「何を言ってる。君は士官であり、実戦部隊の中核を成している。私が前に言った言葉を忘れたか?」



「いいえ」



「私は君に謝礼を寄越した、頑丈な左腕をな。私が君に優しくしてあげるのもそれっきりだ」



「貴方に可愛がられるつもりなんてない。戯れ言を言わないでくれ」



「ならば、選択したまえ。これが最後の施しだ。私の机にはまだまだ大量の書類が残っているんでね、これ以上君に時間は割けない。理解してくれよ」



「それは貴方の問題だろう」



「私を怒らせたいのか?ならば問答無用で処罰するが、それでも構わんのなら言葉を続けたまえ」



 アンセム少佐は翠の前に一枚の書類を置いた。よくわからないが、とりあえず養親だとかそういった類いのプリントだろう。翠は近くのペン立てからボールペンを一本取って、アンセムから指示された項目を書き込んでいく。

 電子端末が発展している中、未だにこういった手続きはアナログだ。なんとも時代錯誤だな、と翠は感じる。しかし、逆に言えばそれだけ確実であり、間違いのない証拠になる。だから未だに封筒に包んだ手紙なんて文化が残っているのだ。翠はそういうアナログなことが嫌いでもあり、尊重している部分があった。大半は鬱陶しくて嫌っている。単純に性能の低いものが嫌いなのだ。

 アンセム少佐は「君は書き込むところはそれで終わりだ。後は私が済ませておく。退室して良し」と言って、翠はそれに従った。

 病院でサボれるのも今日で最後だ。また荷物を送らないといけない。非常に面倒くさくて、とても杞憂だった。またあの2人の顔を見ないといけないのか、と。出来れば二度と顔を会わせたくない。叶うのならば、記憶から全てを抹消したいと感じていた。あの2人だけに限った話ではない、百合音に関連する全ての事を脳から消去したい気持ちだった。どうすれば出来るだろう。いっそのこと前頭葉でも破壊してみるか、頭が猿になってしまえば、まだ楽に生きていけるかもしれん、そう思っている自分が弱々しくて情けない。翠は鬱蒼に落ち込んでいく。


 翌日、高那 翠は未開封の段ボール箱をロビーでまとめていた。数は多くない、2人もいればすぐに運べる荷物だ。今日はアルベン軍曹が訓練で基地から出ている。今日は1人だ。新しく"生えた"戦闘義手はしっかり動いてくれる。動作テストとしては丁度いい、あんだけデカイ口を叩いていたのだ、こんな程度で壊れてしまうなら彼奴の顔面を眼鏡ごと殴り潰してやる。

 暇そうにしている小型のドローンを借りて、そいつに半分ほど荷物を乗せてやる。やがて基地の外へ出て、駐車場の方へ向かっていく。そこには新谷 梅が乗っている軽自動車が既に駐車していた。夏らしい服装に身を包んだ女性が車内から出てくる。



「おはよう、翠ちゃん」



 彼女はハツラツとした笑顔で挨拶をした。その顔を見て、翠は一瞬怯えた。恐怖ではない。ただ、怯えたのだ。この怯えはどこから湧き出てきたものか分からない。だが、確かにどこか不安な気持ちが芽生えた。

 それも束の間、すぐに励まされている気持ちに切り替わって、翠も適当に返事をした。トランクを開けてそこへ荷物を詰め込む。荷物から解放されたドローンに使用料金を払うと、ディスプレイにポップな書体で "Thank you" と表示されて、そのまま基地の方へ戻っていった。

 梅に促されて、隣の座席に座らされ、シートベルトを装着して背もたれに体重をかける翠。どうも目を合わせる気になれない。車内はやけにシンプルだった。大体、人の車というものは個人個人の趣味が反映される物だが、この車にはそれがない。単純に車を乗り物として見ているのならば話は分かる。この車の持ち主はかなり翠と似た思考のようだ。

 走り出した車、門の前に立っている警備兵に翠は口頭での手続きを済まして、開いた窓を閉じる。



「へぇ、英語話せるの。私の時は日本語で対応してくれたわ」



 その様子に、隣の梅は高いテンションで彼にそう言った。



「はい、話すだけなら」



「良いわねぇ、モテるわよ。貴方を養子にして良かったわ。一度だけでいいから息子が欲しかったのよね。でも、今更産むのも体がしんどいし、相手もいないから」



「そうですか」



「嫌な気分じゃないでしょ?どう、"新谷"翠ちゃん」



「まだ決まった訳じゃないでしょう。苗字は前のままだ」



「あら、この伝説の歌手の苗字が気に入らないわけ?」



「旦那は婿なんですね」



「もちろん」



 他愛もない会話で時間を潰し、やがて新谷宅に到着する。梅が古めかしい玄関を開けて、翠は段ボールを力任せにまとめて持ち運んだ。別にこのくらいの量ならドローンに任せる程でもない。金を無駄にした。

 一旦、リビングにその荷物纏めると、梅は脱力したようにソファーへ倒れこんだ。すぐに上半身を起こして翠を見つめる。



「男前になったわね」



 梅がそう言った。



「そうですか」



「あら、意外。恥ずかしがってくれないの」



「僕はもう17歳だ」



「まだまだ17よ。私より16年も下じゃない。あぁ怖い怖い。やめましょこの話」



「貴女から切り出したんでしょう」



 翠は背中のアサルトバックパックの荷物を漁った。あの基地から何か忘れ物していないか確認している。後から気付いてしまうより、まだ日が上ってる内に取り戻しに行きたいものだ。特殊な構造になってる中身をしらみ潰しに確認して、問題がないことを認識する。

 翠はテーブルの前にあった椅子に腰掛ける。無防備にソファーにもたれ掛かる梅に、翠は胃を決して問いかけた。



「貴女は、僕を恨んでいますか」



 単刀直入だった。その言葉に、梅は表情を変える。



「嫌な質問ね。どうしても答えがほしい?」



「……お願いします」



「1ミリたりとも恨んでいないと言えば嘘になる。でも、その原因は貴方のせいじゃないって分かってるわよ。だから、あなたを責めるつもりはない」



「だが、僕は貴女の親友を助けられなかった」



「親友?何をいってるの、違うでしょう」



 翠は一瞬硬直した。自分は、何を口走った?



「百合音は、あなたの従姉でしょう。育ての親よ。それをまるで他人のように言っちゃうなんて」



 彼女の言葉に思考が停止する翠。だが、すぐに言葉を考える。



「そんなつもりでは」



「へぇ」



「……貴女は僕をからかっている、そうでしょう?」



「翠ちゃんが意地悪な質問するからよ」



 2人とも黙り混んでしまった。しかし、すぐに梅が静寂を破る。



「ここで戦士だの戦場がどうだのは言わせないわ。今のあなたは男子高校生、あなたがそんな暗い話するのなら、私も相応に反抗する。きっと綾美もそう言うでしょう」



 翠は軽く顔を伏せて、それを心に受け止めた。これは、戦士としての自分を否定されているのではない。そういう話ではないのだ、と。



「綾美さんはどうしたのですか」



「あぁ、あの子なら夏祭りの浴衣を見に行ったわ。私がいると口出ししてくるから邪魔だって言うのよ、ひどいわ」



「そう、ですか」



 翠は言葉に詰まった。別に何か障るような言葉でもない。なのに、どこか胸につっかえたような、そんな気がしたのだ


 蝉が鳴く。まだまだ夏は終わらない。

「ドローン技術」

・ブルーリーパーはさまざまなドローンを保有している。超小型航空機の偵察ドローン、物資輸送ドローンや単純な的当てのために作られた物まで。

 その殆どが米軍からそのまま流されたドローンばかりである。もう30年も前から技術は発達していたが、ファントムの出現によって高度な技術は既に飽和してしまっている。

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