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碧の死神 "Beyond heat haze"  作者: dispense
微かな記憶
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再会

 雨。大降りでもなく小降りでもない。傘に当たる水の音と、地面に落ちる水滴の音が混ざりあい、湿った空気が漂う。彼の入学式は生憎の雨だった。作戦の都合で入学が一週間遅れてしまっていた。本来なら桜が咲いた華やかな道を歩いて登校出来た筈なのだが、運が悪い。満開と言えるほど咲いてはいなかったが、その花弁は哀れに雨に打たれて、地面に散らばっている。水溜まりに浮かぶ桜の花弁。水に濡れ、綺麗に透ける。

 幸運にも藍深山高校は家から近い。徒歩20分程度で校門が見えてくる。そこを抜けた頃には雨足も弱まっていた。

 新品の制服は雨に濡れ、ブルーリーパーの規則で外出時には必ず服に着けなければならない階級章のワッペン。胸に青色に准尉を示すマークの存在感が強い。ごく普通のブレザーの制服が軍服へ変わったかのようだ。

 職員室から出てきた教師に導かれ、自分の教室へ向かう翠。クラスルームの自動ドアをくぐり、教卓の前に立つ。



「今日からクラスに入る高那 翠君です。都合により一週間遅れで入学してるので、困っていたら助けてあげてくださいね。それでは、12番目の席へ」



 30歳を越え、落ち着いた人相の担任教師。その言葉に従い、翠は席に座る。



「自己紹介はいいかな。皆には前に話した通り、彼は自衛隊じゃなくて、ブルーリーパーに所属しています。つまり軍人さんで合ってるんですよね? 高那君」



「はい」



 返答する翠。



「あぁよかった。だから授業中に学校を出る時があります。皆さん、その時は慌てずに授業に集中して下さい。いいですね」



 担任教師はそのままショートホームを始めて今日の予定を言い終えるとそそくさとクラスルームから出ていった。最初の短い休み時間になるが、クラスの空気は唖然としたままで誰も言葉を切り出せない憂鬱な状態だ。中学校から一緒に入学したと思われる一部の生徒同士で軽く話し合うくらいで、時計の針が聞こえるほど室内は静寂している。まだ新しい生活が始まって一週間。どこの学校もこんなものだろう。

 やがて午前の授業が終わり、昼休みに入る。流石に昼休みとなると皆も教室から出たり、大人数で会話しながら昼食を摂っていた。翠は部隊で支給される携帯口糧のセットに入っていた分厚い甘味の効いたビスケットとブロックのようなゼリーを摂食し、プルートー基地から発信される情報を電子端末でひたすら確認していた。

 従姉の百合音から"まるで中毒だ"と注意されてるエナジードリンクを飲みながら、リアルタイムで更新される基地の状況を眺めていた時、唐突に横から声を掛けられる。



「本当に……高那 翠、だよね」



 翠は声の方向へ視線をやる。そこには彼よりも背が高く、同じ制服姿の少女が立っていた。



「私のこと、覚えてる?」



 いきなり話しかけられ、いきなり『私を覚えているか』と確認をされる翠。彼は脳に残る微かな記憶を探るがそれらしい記憶が見当たらない。断片すら思い出せない。その部分だけ抉られて消えてしまっているようだった。

 手に持っていた端末をポケットに突っ込み、彼女の方へ面を向ける。翠は恐る恐る口を開く。



「僕は君の事を知らない。君の名前は?」



 彼はそう言い切った。



「新谷……新谷 綾美(あらたに あやみ)。小学生、いや中学生の時もだったかな。時々、家に来てたの覚えていない? 私のママと一緒に来てたこと」



 少女は話を進めようとする。



「僕は覚えていない。従姉なら知っているかもしれない」



「じゃあ、本当に私のことが分からない?」



「分からない」



 一瞬、硬直した彼女。すぐに気を取り戻したかのように表情を変えて再び翠へ話し掛ける。



「そうなんだ……」



「従姉に聞いてみる。きっと君の母と仲が良かったんだろう」



「うん……じゃあ席に戻るね」



 新谷綾美。名前を聞けば少しは思い出すだろうと思っていたが、そうはいかなかった。全く思い出せない、本当に自分は彼女と出会っていたのか?記憶の片隅にすら残っていない彼女についての事柄。本当に何も知らないと、翠は思い詰める。よくよく考えれば小学生の記憶なんて詳しく覚えてる人は少ないし、中学生のときも同じようなものだろう。出会った人間の名前、顔、声全てを覚えているわけがない。何か強い印象があれば記憶に残るかもしれないが、そうじゃない。ならば、自分は彼女とあまり関わったことがないんだ。と結論をつけた翠。

 事実、彼は過去の事を深く覚えようとしない性格だ。そんな人間が関わりの薄い、しかも印象がない者のことを覚えているわけがないだろう。しかし、どこか引っ掛かりがあって気持ちが悪いと感じているのは何故だろうか。


 その日、特に何も起こらず、緊急出動もなく、平穏に一日が終わった。新谷綾美とはあれ以降は目も合わなかった。

 翠は急ぎ足で帰宅し、だらけてソファに寝ていた百合音に今日起こった出来事を打ち明ける。



「綾美……ああ、伝説さんか。梅さんの娘さんじゃない。あんた、覚えてないの?」



「全く記憶にない」



 その言葉に、呆れた顔で翠の顔を見る百合音。



「ほんと忘れん坊ね。預けてるときに部屋から出てこなかったらしいしそりゃそうか。」



 翠の記憶が再び甦る。



「そういえばそんな事があったね。お姉ちゃんは新谷さんとは仲が良かったの」



「大事なあんたを預けれるくらいには信頼してるわよ」



 その後も新谷 梅(あらたに うめ)という綾美の母が、百合音が出張しているときに翠の面倒を見ていたことや、新谷家族が中学三年生の新学期が始まる前に引っ越したことなどを知った。ほんの少しだけ、本当に微かに残る記憶にそういう事があった"かもしれない"と思い出す翠。未だに過去の事柄に確信を持てないでいた。

 夕飯を終えて火曜日への準備を済まし、シャワーを浴びている中、彼は考える。



 何故、自分はこんなにも過去の事を忘れているのだろう?と。

「超常物体」

・通称ファントム。203X年に突如として出現した生命体と思われる謎の物体。出現した順番からタイプA、B、Cと、アルファベット順で判別されている。

 スライム体と固形体の二種類の形態が存在し、常時ではスライム体で移動をしていると考えられている。

 固形体では様々な形状に変身し、人型、動物型、他にも自由に変形する場合もあり対策が困難。

 また、固形体は非常に頑丈であり超能力エネルギーが干渉しない限り致命的なダメージを与えることができない。

 ハーベスターは物体にエネルギーを付着させることが可能であり、その物体による攻撃が最も有効である。

 人類の明確な敵として、各国はファントムの早急な排除を目標にしている。

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