表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/52

 翠は現実と共に、それを受け入れ、耐え苦しみながら生きてきた。ずっと、これからも。

 眠気。翠はソファーにもたれて魘されていた。今になって何度も甦ってくるカーベックの最期が彼の脳裏に再生されているのだ。何度も何度も赤い炎が浮かび上がってくる。まるで目玉のような形があるはっきりとした炎が、翠のことを見詰めていた。

 カーベックと最初に出会ったときは、仲が悪かった。単純に波長が会わない二人だった。当時は友人として付き合えることになるとは思わなかった。


 カーベックは初対面の翠に向かって、可愛気の無い子供だ、ひねくれている。と言い放った。彼は翠がまだ訓練生だった頃、反省の罰として腕立て伏せをやらされていた翠を見たことあるようで、そのときの翠は顔色一つ変えずにひたすら罰を受けていた、という。

 ハーベスターの教育は、ただでさえ機械をプログラミングするように排他的で効率的。無感情な空気でひたすら学習させられる。当然、隊員達に熱い友情なんてものはなかった。皆、冷めたような面だった。それでも罰を受けているときは辛いような顔をする。そんな中、翠は一際機械のような表情だったという。

 翠はそう言うカーベックにこう返した。



「疲労と学習の繰り返しで、その日にどんな顔をしていたかなんて覚えているわけがない。貴方にそんな事を言われる筋合いはない」



 と、言い返したのだ。それに対してカーベックは特に何も言い返さず、かといって怒りを見せるわけでもなく、ただ相槌をしてその場を去った。

 やがて、2度目の出撃任務でカーベックとバディを組まされた翠は、浮かばれない気持ちで作戦に徹していた。

 その日の作戦は、繁華街に出現したタイプb達を殲滅しろというものだった。特に難しい任務でもなく、順調に進んでいたかのように思われた。翠は背後から突撃してきたタイプbに反応しきれず突き飛ばされてしまう。大きく宙を舞ってシャッターに背中を打つ。一瞬でドレスのバリアが消え去って、朦朧とする意識の中、何とかして銃口を襲ってきたタイプbに向けようとする。しかし、極度に震えてしまった両手がそれを邪魔してしまう。

 タイプbが再び突撃の構えをとった。そのとき翠は死を感じたのだ。自分はここで殺されてしまう、と。動かない体に、引けない引き金。死を迎える要因は揃ってしまっている。それでも諦めずに立ち上がろうとしたとき、カーベックが飛び掛かるようにタイプbへ攻撃した。


 その完璧な動きは圧巻だった。その周りに屯したタイプb達も蹴散らし、物凄い速さで翠の元へ駆け寄った。そして一言こういったのだ。



「お前はバディだ。死なせるときは、俺も死ぬときだ」



 そう一言放って翠を抱える。

 既に作戦は終了していた。


 その日以降は徐々にカーベックに心を開いていって、友人関係に至るまで仲が良くなった。



「……」



 翠は思い更ける。閉じているのか分からない薄目で、ずっと時計を見詰める。時刻はもう正午に差し掛かろうとしていた。昼飯を食べる気力が起こらなかった。ただ無気力に、こうして項垂れている。

 刹那、部隊連絡用の端末に緊急連絡が入る。それが鼓膜を刺激して、翠は飛び起きた。ヘルメットを被って家を飛び出て、装甲バイクを再び走らせる。またプルートー基地へ到着するが、凍り付いた生々しい雰囲気が漂っていた。武装した歩兵がヘリに乗り込んでいる。乗り込む人員の中に、今朝目にしたアンドロイド達もいた。

 ブリーフィングルームへ到着した翠は、その場にいたモーザと顔を会わせる。



「来たか」



 と、モーザが先に言葉を放った。戦闘装着時の装備一式を手渡され、ボディーアーマーを着込む翠。

 椅子に腰掛けたモーザは弾倉の確認を行っていた。



「その、中尉」



 吃りそうな声を抑える翠。



「あの事は、もう思い返すな。俺も言葉が足りなかった」



 何かを言う前に話を折られる。モーザは立ち上がって、翠に近付きながら言葉を続ける。



「お前は若すぎる。だからこそ、もっと慎重に考えるべきだ」



「……分かった」



 そして、静まり返った室内。だが、そうしている訳にはいかなかった。



「どうして呼び出された。出撃は」と翠。「なんで歩兵だけが出ている?」



 モーザは無精髭を擦りながら、答えにくそうに口を開く。



「現状待機。偵察に俺が考えたアンドロイドが向かった。どうしてかは分からん。真っ先にハーベスターを向かわせれば良いものを、どうしてアンドロイド単体で戦闘させようとするんだ。俺はそのつもりであの機械を作ったわけじゃない」



「場所はどこなんだ」



FOGフェアリィ・オール・グローバルセンター」



「え……?」



 翠は硬直する。そうだ。彼の従姉である百合音が、そこにいた。今朝、笑顔で仕事へ向かった彼女の姿が浮かび上がる。そんな、嘘だ。



「どうして、僕達を出さない。どうしてだ」



「俺に聞かないでくれ。作戦を考えた少佐共が……」



「そいつはどこにいる」



「落ち着け、翠。」



「落ち着いてる。ただ、凄く解せない気持ちなんだ」



 モーザは突撃銃に弾倉を詰め込んだ。翠はとても落ち着かない様子だった。いや、苛立ちを隠せないでいるといった方が良いだろう。

 ここで喚いたところで何も変わらない。無造作に椅子へ腰掛け、頭を抱えた翠。嫌な予感が沸き出てきた。とても悪寒がする。

 それから数十分。ブリーフィングルームに一人の少佐が入ってくる。いつもの作戦説明をする見慣れた奴等ではなく、顔も名前も知らない男が入ってきた。40歳を越えたそこまで背の高くない男だ。



「私は3日前にここへ配属されたアンセム・ライトム少佐である。紹介が遅れて申し訳ない。いま、君達に現場の状況を報告しに来た」



 制服姿のアンセムは、ゆっくりと歩んでこちらへ近付いてくる。



「アンドロイドに出撃命令を出したのは貴方ですか」とモーザが放った。「あれは支援戦闘機械だ。私達ハーベスターがいて成り立つモノです」



「君が完成を報告した後、開発軍団が手を加えた。より強固に、より賢くね。よって我々はそれがハーベスターに代わる戦力になり得るかもしれないと判断して、出撃をさせた」



 それを聞いてモーザは立ち上がる。



「何だと?貴方は自分が言っている事が分かっているのか?俺は――私は貴方に報告したはずだ。確かにあれは空いてしまったハーベスターの隙間を埋めるものだと。しかし、あいつら単体で戦えるものではない。あいつらだけじゃ、ただの木偶の坊だ。超能力エネルギーを持っていないのだから」



「だが、計算上は撃滅が可能とコンピューターが弾き出した」



「これはテストじゃない。実戦だ。今この瞬間、誰かが死んでいるかもしれない。貴方はそれを分かっているんですか?はやく私達を出撃させるべきだ」



「心配が過ぎるぞ、中尉殿。コンピューターを信じろ。あれは、人間の頭で考えるより正確なのだから」



 その言葉を聞いて、翠は言葉を漏らす。



「正確だと……計算しか出来ない機械に、何が分かるっていうんだ」



 ヘルメットの奥で睨む視線がアンセム少佐を刺す。



「とにかく。まだ君達は出なくていい。必要になったら報告する。では」



 こちらが何かを言う前に彼はブリーフィングルームを出ていった。モーザはその様子に呆れ果てている。そして、翠が激昂。



「くそったれが。なんだあの男は。ふざけた事ばかり言いやがって」



 翠は怒鳴る。



「あんな奴、今日初めて見たぞ。俺は何も聞かされてないし、この作戦の計画も全部上の連中が勝手にやりやがった。どうなってるんだこれは」



 モーザも困惑しているようだ。それを見て、翠は彼へ。



「あんたの作った人形が、こうしたんだ。分かっているんだろうな」



「言ったはすだ。あんたは戦いに人間は必要だと。なのになんだこれは?」



「……翠」




「あんたは――いや、分かってる。言いたい事は分かるし、あんたは悪くない。だが現実は違う……」



 翠はゆっくりとその場に座り込む。それを見ながら、モーザは顔を伏せてしまった。



「すまない。翠」



 静寂が室内を包み込む。ずっと冷たい空気が漂った。翠にとってはこれ以上に無い不服だった。何故なら、自分の従姉が現場にいて、ファントムに襲われているのに、それを見詰めていろ。と言われているのだから。これ程までに苛立つ事はない。そして、怖いことはない。

 もしも百合音が……もしもファントムに殺されてしまったら、自分は何を目標に、何を考えて、どうやって生きていけば良いんだ?生きる意味を無くして、どう生きろと言うのだ?その思考が翠の頭を支配していた。

 忙しなく動く指先に、ただ過ぎていく時間。環境音だけが響き渡り、鼓膜が破れそうなほど敏感になる。それを突き破り、再びブリーフィングルームの扉が開く。アンセム少佐だ。



「先に君達に謝罪する。申し訳ない。作戦中に多大な被害者を出してしまった。本当に、申し訳ない」



 彼は被っていた帽子を外して、軽く頭を下げる。左手には、謎の端末。



「謝って済むと思いですか、少佐殿――」



「その端末はなんだ。僕に見せろ!!」



 翠は飛び掛かるように彼に近付き、端末を奪う。



「何をするんだ!」



 アンセム少佐は驚いて目を丸くするが、それを気にも止めず端末を弄る翠。

 表示されているのは、死亡者リストだった。



「……!」



 何列も並んだ名前の隅に、ローマ字で確かに刻まれていた。翠は目を疑いたかった。ヘルメットを投げ捨て、裸眼でそれを確認した。だが、何も変わらなかった。



――Yrine・Takana



 彼女の名前が……そこにはあった。



「ふざけるな!」翠は怒鳴りながら、端末を投げる。「お前の判断のせいで、僕の従姉が死んだ!お前のせいだ!」



 掴み掛かろうとする翠。それを抑えるモーザ。



「翠、翠!」



「この野郎!」



「落ち着け!」



 モーザが一喝する。そして、彼はアンセムを睨み付ける。



「そうだ、貴方の判断で犠牲者が出た。この責任は重たいぞ」



「分かっている」



「ならば、早く私達を出してください。まだヘリは残ってるでしょう」



 アンセムは一度返そうとした口を閉じて、それを承認する。落ち着き始めた翠を離し、突撃銃を担いだ。



「翠!行くぞ!」



 翠の分の突撃銃を投げた。しっかりと両手でそれを掴み、弾倉をぶち込んだ。

 怒り、悲しみ、絶望、様々な感情が翠を襲う。だが、今はそうしてはいられない。戦士として、ハーベスターとして出撃するのだ。確実にファントムを撃滅するために。闘争心が燃え盛る。

 戦火の火花が、彼の心で飛び散った。

「孤独なとき、人間はまことの自分自身を感じる」


トルストイ ロシア国の小説家

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ