騎士の価値
人の命は、天秤で量れる物ではない。誰かが、自分の心で価値を見つけるものだ。
偶然、咲華と出会った次の日、僕はモーザに呼び出されていた。時刻は朝の10時にプルートー基地に来いとのお達しだ。一体何なんだ。そう思いながら僕は洗い立てのバリアドレスに袖を通し、装甲バイクを走らせて向かっていた。やがて、プルートー基地が見えてきて、証明書を見せると自動で門が開いた。駐車場にバイクを停めて、ロビーへ向かう。
自販機の近くにある椅子にモーザは腰掛けていた。いつも飲んでる缶コーヒーを飲みながら、珍しく私服で基地にいた。
「こんな朝早くから、どうしたんだ」
僕はモーザへ話し掛ける。彼は空になった缶を捨てて、立ち上がる。
「あぁ、別に急ぎって訳じゃない。見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「そうだ。ついてきてくれ」
そう言ってモーザは歩き出す。背中の所属部隊の情報が刻まれたシャツが目立つ。彼の背中を追っていると、いつの間にか地下室に到着していた。夏というのに冷たい空気が肌を刺す。
「どこへ行くんだ?武器格納庫か?」
「違う。あともう少しだ、そう急かすなよ」
やがてモーザは2つ目の扉を抜けて、階段を下りて立ち止まった。腰に手を当ててこちらに振り返る。彼の背後には、数体のアンドロイドが整列していた。
「何だ、これは」
僕は思わず声を漏らした。そのアンドロイド達は、歩兵のように武装が施されており、頭部はまるでハーベスターが被るヘルメットのような造形だった。この姿を見て、僕は薄気味悪さを感じる。どこか、気持ちが悪い。まるで自分達が死体になって骨になったようだ。あまり見たくない。
「対超常物体作戦用機械歩兵。いわゆる戦闘用アンドロイドだ」
彼はそう説明する。
「そんなこと、見て分かる」
僕は戸惑いを何とか隠しながら返事をした。
「コイツらは、数機の連携が取れればハーベスターと同等の作戦遂行能力がある。機械的に判断された攻撃力がファントムを撃滅するんだ。そう作られてる」
「今、ハーベスターの殉職率が高まってる。その空いてしまった部隊の隙間を埋めるのがコイツらだ。大丈夫、ちゃんと言うことは聞くぞ」
彼はそう言って、1体のアンドロイドを起動させた。眠ったところを起こされたアンドロイドは、すぐに姿勢を正して敬礼をする。
その様は、とても不気味だった。
「俺がずっと提案してた計画だ。より安全に、より効率的に作戦を進めれる事が出来ないかってな。それが今実現しようとしている。ハーベスターの代わりになる」
そんな、やめてくれ。
「無人の戦闘アンドロイド……か」
僕は震えそうになる声を抑えるが、無理だった。
「僕が使えないと言いたいなら、そう言え」
「確かに僕は若いし実戦経験も少ない……命令通りに戦える以外の技術は、他に何もない」
思わず振り返って帰ろうとした。だが、彼はそれを引き止める。
「待てよ、翠」
肩を掴もうとした腕を振り払う。
「同情ならやめろ!」
叫び。心から浮かんだ言葉を吐き出す。言葉を選ぶ思考すら放棄して。
「そうだ。カーベックの代わりなんて僕が出来ることじゃない、そんなことは分かってる。だけど、中尉。必要ないなら、最初からそう言ってくれよ」
「その方が……まだ気が楽なのに」
少しだけ彼の方へ視線をやる。モーザは、今日出会ったときから明るい表情ではなかった。説明しているときも、何処か暗い顔だった。そんな顔が、今はさらに影を落としてる。
「翠、誰もお前を要らないとは言ってない。感情を沸騰させるな、冷静になって話を聞け」
「……」
「何処までいっても戦いに人間は必要だ。そして、コイツらあくまでそれを支える足場に過ぎない。そうだろう?」
論されているのか。僕は。違う、僕はあんたを責めるつもりはない。僕が怒っているのは、あんたがちゃんと言葉を伝えようとしないからだ。だから僕はそれに腹を立ててるんだ。どうして分からない?
「……僕は」
掠れた声。
「僕は、ハーベスターだ」
走る。階段を駆け上がって、地下室から出る。彼を置いてプルートー基地を出る。
……戦いに人間が必要だと?そんなの、分かりきってる事だろう。どこまでいっても、最後は人間が手を加えるんだ。それが当然なのだ。でも、だからって消えた命を何かで補うなんて、しかもそれが機械でやるなんて、悲しすぎる。
だったら、まるで最初から機械だけで戦えばいいって事になるだろう。カーベックは機械と同じ価値の命になってしまうじゃないか。そんなこと、僕は認めないぞ。
戦士だ。僕たちは戦士なんだ。そう生き方を決めたんだ。なのに、機械なんかに役を奪われるなんて考えたくない。そんな気持ちが僕の心にはあった。
しばらく、モーザの顔を見れそうにない。会わせる顔を投げ捨ててきてしまった。どうすることも出来ない。
時間が解決してくれそうな雰囲気は無い。だから、いつか自分の言葉でもう一度……。
「君が笑えば、世界は君とともに笑う。君が泣けば、君は一人きりで泣くのだ」
エラ・ウィーラー・ウィルコックス アメリカ国女性作家