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尖爪

 自信とは、自分を強く見せるだけのものではない。

 対陣する血塗れの獣(タイプg)と高那翠。一瞬、凍りついた空気を砕き割ったのは翠の方だった。突撃銃を構え、発砲。MK.5が唸る。1発ずつ確実に引き金を引き絞る。

 しかし、獣は飛び跳ねるようにその場から回避。壁を蹴って立体的な動きで撹乱する。翠は焦燥感に駆られながらも、一度射撃を止めた。その刹那、獣が翠へ飛び掛かる。両手を突き出し、恐ろしい牙と爪が獲物を定めた。

 軽く半身をずらして、翠は獣の頭を蹴りつけ、そのまま床へ踏みにじりながらこめかみに銃口を押し当てる。血滴を撒き散らし、必死にもがく獣だが、ごく機械的に撃ち出された3発の弾丸によって沈黙した。


 翠の戦闘服は血だらけだ。タイプgが撒き散らす鮮血が至るところに飛んでいる。しかし、その血も既に蒸発が始まっている。

 だらしなく口を開き、絶命したタイプgを見つめる翠は、その場に倒れこむように壁にもたれかかり、通信を開く。



「ファントムタイプgを発見し、殺害した。繰り返す。ファントムタイプgを発見し、殺害した。他に残存していないか確認する」



 すべての警備班へそう伝えて、翠は更に歩みを進めた……。



 かれこれ30分ほどは経っただろうか。しらみ潰しに部屋を確認し、一度通った道も確認し終えた翠は、自動販売機の近くに置いてあるパイプ椅子に腰掛けていた。まだ血が蒸発しきっていない。このまま松宮姉妹に会おうとするのは、彼女達にショッキングな感情を抱かせるだけだ。

 そこに、アルベン一等軍曹がやってきた。



「コーヒーでも奢りましょうか、准尉殿」とアルベン。「随分と気分が悪そうだ」



「いや、いい。むしろ気分は爽快だ。僕一人だけでファントムを殺してやった。これは確実な成長だ。それより2人は大丈夫なのか?怪我は?」



「それなら心配せずに。2人とも無傷でしたよ。問題ない。しかし、あの幼い方はさぞかし可哀想な思いをしただろうな」



 アルベンはそう言って自販機でコーヒーを購入。



「よりにもよってタイプgを。あんな気持ちの悪い化物を、あんな幼くして生で見てしまったのだから。本来なら血なんて見なくていい歳だ」



「アルベン一等軍曹」



「なんでしょう」



「子供が辛い思いをするのは、見ててどう感じる」



 翠は彼に唐突な質問をした。



「はい?」



「そのまんまだ。君は妻子持ちだろう?だから質問をした」



「そうですか。ですが、私は貴方が期待するような良い答えは出来ませんよ」



「構わない」



「君はそんな思いをしなくていい。それは大人が耐えることだ。と感じるかな。妻子持ちと言っても、まだ子供は2歳だ。私はまだまだペーペーですよ」



 アルベンは、そう言ってるうちにコーヒーを飲み切ってゴミ箱へ空き缶を捨てた。




「ありがとう。貴重な話が聞けた」



「どうも。准尉殿も成人して妻と子供を持てば分かります。子供が辛い思いをするのを見てると苦しいものですよ。それこそ、大人でも辛いような事が、幼い子供に耐えれるわけがない。だから、子供が背負う苦しさは私達大人が背負うべきだ。と」



 話はそれで終わりになった。いつまでもここでふんぞり返ってるわけにはいかない。調査隊が来たら翠率いる警備部隊は速やかに撤収することになる。

 この日は、そうやって過ぎていった。

 やがて次の日、翠はプルートー基地へ顔を出していた。モーザ中尉の元にいた。



「そうか。無事に完遂したか」



 モーザがそう言った。彼はこの前と同じようにロビーで飲み物を飲んでいる。



「ああ、無事に終わったよ。死者も怪我人もいない」



 翠は、この前と違って私服だった。モーザは戦闘服だ。



「良かったじゃないか。准尉が初めての部隊指揮でそれだけ上出来なら、少尉に上がれるのも遅くない。このまま調子がいいなら、年内に上がれるだろうな……しかし」



「しかし?」



「翠。お前は自信を持っているか?」



 唐突に話を変えたモーザ。それに困惑してしまい、言葉に詰まる翠。



「どういうことだ」



「いや、気にしてないなら別に構わん。適当な話題さ、聞き流してくれ」



 自信、か。と翠は一瞬だけ思い詰めた。確かに、今までの自分は、常に誰かと共にファントムと戦っていた。しかし、あの時は自分一人だけでファントムと対陣して決着をつけた。

 今思うと非常に清々しい日だ。だが、戦っている最中はそんな余裕すら存在しない。戦いの記憶なんてそんなものだ。


 翠はモーザとの雑談を終えると、いつものように射的場へ足を運んだ。当たり前のように、既に染み付いて取れなくなった射撃の味があるのに、それでもやめられない麻薬のように翠は時間さえあれば通うことにしている。

 別にそれは日の鍛練の為に、とかそんな大層なものではない。ただ単独に、カーベックに追い付きたいだけなのだ。

 …あのとき、彼奴が生きていればもう少し楽な一日だったんだろうな。そう感じた翠は、その思考を振り払うように、拳銃の引き金を引いたのだった。

「エグゾスーツ」

・一般歩兵が装着するパワードスーツ。2030年頃から全国の軍隊で使用が一般化されている。

 単純な筋力向上や肉体への負担の軽減から、日々研究と改良を進めている最新鋭の技術でもある。

 しかし、これでもハーベスターの身体能力に追い付くことは出来ない。一度だけハーベスターにもパワードスーツの装着が検討されたが、テスト中にハーベスターの運動量に耐えきれずに破損してしまった事から計画は先送りにされてしまっている。

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