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音響

 ただひたすらに狡猾な獣は、至高の狩りを達成するために牙を研ぐ。

 真夏。8月に入った日本の気温は最高潮に達していた。かつての穏やかな四季なんてものは存在しない。年が重なり、非常に厳しい気候へ変貌している。気温と湿度が跳ね上がる今日、炎天下の中で走る車が1台。

 特に変哲の無いシンプルなワゴン。安価な旧式だ。車体にはドルフィンプロダクションの派手なロゴが鮮やかに存在感を放っている。見た目こそ古くさい車だが、内装はしっかりとした作りになっている。流石は大手アイドル事務所といったところだろうか。完備された空調機、応急措置の化粧直しを考慮して置かれた汎用性のある化粧品の類い、どれもこれも完璧な環境だ。それこそ、まるで軍隊が使う装甲車の如く、アイドルにとっての武装が詰め込まれた戦闘車といえよう。



「まだぁ?」



 金髪の少女が退屈そうにぼやく。それを見た松宮咲華は咎めるように彼女の頬を指で突いた。



「あともう少しだから我慢!」



 咲華がそう言うと、少女は突つかれた頬を膨らます。彼女の名前は松宮 唯華(まつみや ゆいか)。咲華の妹である。中学生に成り立ての13歳だ。いつも元気が有り余り、いつも姉の手を焼いている典型的な愛しい妹だ。

 やがて、そんな時も過ぎてアリーナの前に到着する二人。時刻は午後3時前、まだ人が並んでいない。館内以外は。


 2列横隊で並んだ自動小銃を握った歩兵達。素顔が見えぬフルフェイスのヘルメットを被り、骨のようなパワードスーツが身体に絡み付くように装着されている。その全てがスコーピオンW2迷彩で統一された装備は、圧倒的な威圧感を作っていた。

 その横隊の前に立つ1人の青年、高那翠だ。翠は第3世代のヘルメットを外し、偵察ドローンを弄りながら彼等へ最終ブリーフィングを行っていた。



「第1警備班は正門及び1階東館、第2警備班は2階西館及び楽屋前に配置。第1警備班は30分おきに、第2警備班は35分おきに私へ状況報告。復唱せよ」



 1階のロビーに轟く英語。非常に迫力のある光景だ。それをしっかりと聞いた翠は、3機の偵察ドローンを起動させ宙に浮かせた。そしてヘルメットを被り込む。青く光った鋭いバイザーがそれを睨んだ。

 その光景を正門から眺めていた唯華は飛び出すように部隊の方へ走り出す。



「凄い!ホンモノだ!みんな超能力使えるの?見せて見せて!!」と、唯華。「みんな前見えてるの?ソレ」



 一般人からすれば、素肌を一切晒さぬ彼等はサイボーグの様に見えるだろう。特に一般歩兵達はパワードスーツとしてエグゾスケルトンを全身に装着する。そんな外見では、初見でアンドロイドに見間違えられても不思議ではない。

 目を輝かせる唯華は、翠の方に近づいていき、そしてヘルメットを指しながらこう言った。



「みど…り?あっ!お姉ちゃんの友達!」



 ハーベスターは皆、自分が被るヘルメットに自身の名前を書く。書き込む名前はファーストネームのみ。翠が被る第3世代ヘルメットの場合は右側面に刻まれている。いきなり指を指され、翠は驚いて彼女を見詰める。とはいっても、ヘルメット越しではその視線すら分からないものだ。ただ無機質で、威圧的なバイザーが彼女を睨む。

 そうしているうちに咲華が焦るように正門を抜け出してきて、唯華を抱き抱えるように何処かへ連れていってしまった。



「邪魔してゴメンね!警備よろしく!」



 とてもとても仲の良い姉妹だ。少なくとも、翠の目にはそう映った。その二人の関係、光景にどこから沸き出てくるのか分からない羨ましさも感じていた。僕は本当ならあのような未来も有り得たのだろう、と。

 だが違う。今、翠が両手に持っているのは武骨な突撃銃。決して、血の繋がった温かい人間の手ではない。その現実が彼の心を、どこか締め付けたのだった。

 翠は薬室に7.62mm弾を送り、安全装置を掛けながら命令した。



「現在時刻午後3時00分、軍事時間15時00分。これより任務開始、アルベン一等軍曹は私に追従せよ」



「了解」



 列から背の高い男が出てきた。私物が多く見られる装備が目立つ。翠と彼は肩を並べて歩き出す。他の隊員は小走りで配置の方へついた。

 廊下を歩きながら、アルベン一等軍曹は翠に話し掛ける。



「彼女とは知り合いなのですか」 



 と、アルベン。



「同級生」



「へぇ、珍しい」



「だろう?滅多にない事だ」



 翠達はライブ会場へ踏み入った。誰もいない会場は、どこか寂しげだった。

 ステージのすぐそばに置かれたパイプ椅子を起こし、座る翠。



「そっちの椅子に座ってくれ」



 と、翠。



「了解」



 ステージの端と端に2人は鎮座した。胸元に突撃銃を乗せて軽く脱力する。警備時間は約2時間。予定ではライブは午後6時に終わる予定らしいが、アンコール等があればそれも延長されることになるだろう。

 翠とアルベンは、歩兵達の間でどんな映画が流行ってるのかという話題で軽く雑談をしていると、事務所のスタッフ達がぞろぞろとステージに現れた。各機材や座席の最終チェックを行っているようだ。最前列とステージを区切るようにバリケードテープを張り、これですべての準備が整った。やがて、30分もしないうちに席が埋まっていき、2階の席が完全に埋まった。

 これだけの観客の前でパフォーマンスをやり遂げるのか、と翠は思った。少なくとも、100人以上はいる中で、完璧に尚且つアドリブを含めて盛り上げなければならないのか?と。軍隊がやる式典とは違う。あれは一から十まで全てが予定された機械的なものだ。今から始まるライブはそうはいかない。

 翠自身、ライブは人生で初めての経験である。故に、どこか楽しみにしてるところもあった。だが、これはあくまで警備任務。私情を持ち込んではならない。今の自分はアイドルに歓声をあげる客ではない。このアリーナ全てにいる人間を守る兵士だ。戦える力を持ち、殺意に抵抗できる戦士なのだ。一般人とは違う。

 そう思い詰めて、我に帰る翠。気がつくと辺りは真っ暗になって、綺麗な照明演出が始まった。それが終わるとついに松宮姉妹が飛び出す。



「みんなおはよう!!」



 マイク越しに、咲華のとてもハツラツとした大きな声が響く。



「みんなおっはー!!」



 それに続いて妹の唯華が叫ぶ。そのあと適当な挨拶が終わり、ついにライブがスタートした。姉妹2人のユニット名は"Starburst"というらしい。銀河同士の衝突に相応しい活力が会場を包み込んだ。1曲目、2曲目と休みなしで歌い、踊る2人。3曲目に入る前にやっと休憩が入るが、それも観客を喜ばせるためのインターバルタイム。その様子を横目に見ていた翠はなんて強い人間なんだろう、と感じた。

 僕ならもう嫌気がさして話す元気も無いだろう。疲れているというのに、どうしてわざわざ人と会話しなければならんのだ。と。だからこそ、彼女2人がとても強く見えた。人に陽のエネルギーを与えれる強い力を持った人間に見えるのだ。

 そして再び曲が始まった。



「こちら第2警備班。異常無し」



 何度目か覚えてない報告。それに翠は返す。



「了解」



 やがてアンコールも終わって、ライブが終了した。観客達も次々と帰っていった。時間が過ぎて終わってしまえば呆気ないものだ。

 結局ずっと椅子に座っているだけだった。定期的に送られる通信に返事しているだけで終わった。なんとも、仕事をした実感が無い。自分はステージのすぐ真下という特等席に座っているだけだった。聴覚保護装置の上からでもよく聞こえてくる松宮姉妹の歌声が、まだ耳に残っている。



「こちら第1警備班。観客は全員帰りました」



 仲間の通信で気を取り戻す。翠はそれに各員最終警備の不審確認をした後に、ロビーへ集合せよと命令する。



「アルベン一等軍曹。起きてるか」



「もちろん」



「帰ろう。もう終わりだ」



 翠は重い腰を上げた。長い間座っていたせいで血流が悪い。

 誰もいなくなった会場を眺めながら、廊下に出ようとしたとき、すぐそばにある楽屋の方から悲鳴が聞こえる。



「行きましょう」



 アルベンはそう言ってダッシュ。



「あぁ」と翠。「急ごう」



 突撃銃をハイレディ・ポジションにして全力で廊下を走る。その間に翠は警備班に通信して防衛陣形を作らせた。狭い通路を駆け抜け、2個目の曲がり角に近付いたときだった。

 咲華が飛び出してきた。妹の唯華を抱えるように引っ張り、セットした髪もぐしゃぐしゃにしながら、恐怖を察知した形相でこちらを見る。



「バケモノ!バケモノが!!」



 唯華は泣き崩れていた。翠は焦りを抑えてアルベンへ命令をする。



「アルベン、2人を保護して外に連れ出してくれ。私が向かう。第1警備班に偵察ドローンを操縦させて、ドローンを戦闘状態にさせろ」



「増援の要請は?」



「第2警備班が担う」



「了解」



 その返答を聞いた途端、翠は走り出す。全力で走り続け、楽屋の奥の方へ向かう。すると、なにやら血痕のような液体が地面を這っていた。翠はしゃがみこんでそれを凝視する。これは人の血ではない、ファントムだ。こんな暗がりで妖しいまでに赤い鮮やか血は、そうに違いない。ファントムが外傷したのか?いや、そうだとしたら不自然だ。まるで足跡のような血痕だった。だとしたら、この血はタイプgか。

 タイプgは人を食えば食う度に体が巨大化していく。この通路を渡れているということは、まだ犠牲者は少ない。もしかするとまだ誰も捕食してない可能性もある。

 その血痕の後を追い続けると、ついに漏らした本人と対陣した。


 全体のシルエットは痩せぎすな狼のようで、全身の皮を剥がれて剥き出しになった筋肉。顎と頭が長く、目も鼻もない不気味な顔に、不揃いな長い牙。そして足元は血塗れの体から滴る血で溜まっていた……。

「タイプG」

・四足歩行の獣型のファントム。そのあまりにもグロテスクで恐ろしい姿から血塗れの(ブラッディ・ビースト)と異名がつけられている。

 全体的に長細く痩せ細った狼のようなシルエットに、目鼻が見当たらない頭部。長い顎に不定形で不揃いな大きな牙が並んでいる。その身は皮を剥がされ血塗れになっているようで、真っ赤に充血した筋肉が見え隠れしている。集団で出現することもあれば単独で出現することもある。最大の特徴として、人を捕食すればするほど体面積が巨大化していく。

 現在観測されている最大の体長は4m21cm。何も捕食していない素の状態は1m40cm前後と推測されている。

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