重なる牙
血に飢えた狼は眠りから覚醒し、かつての戦場を駆け巡った記憶と共に甦る。
タイプfの出現から2日が経った。約6年ぶりの出現だけあってそれなりに混乱した状況に陥っていたが、作戦自体は無事に遂行された。民間人への被害や殉職者も無し。世に流されるニュースはあたかも全てが順調に進んだ快進撃のように報道されていた。だが真実は違う。実際に出撃した翠とモーザは死にかけた。6年前に計算されたデータとは違う現実がそこにはあったのだ。狙撃班が出撃していなければ2人は亡くなっていただろう。
大型のファントムが再び姿を現し始めている中、海岸にて1機のグレイ-Wが緊急出撃している。
夏の海辺。本来なら活気に満ちて様々な人間で溢れる筈の場所は、静まり返った静寂が包んでいた。ブルーリーパーはテントを基本とした緊急の管制基地を設置して、立ち入り禁止の標識がその海を眺めていた。
遠くの方では、陽炎と同化してシルエットが歪むグレイ-Wが1機。右手に120mmAPFSDS滑腔砲、左手には30mm重機関砲。両肩のマウントアームには19連70mmロケットランチャーを装備。完全武装だ。
武装も含めて40t近くある体を飛ばす両腰の推進機は、その熱で空間を歪ませている。
グレイ-Wが出撃している理由はただ一つ。海岸付近でファントムらしき物体が確認された為である。その海岸はビーチとして人気がある場所であり、故に被害が甚大化しやすい。ブルーリーパーはその情報を確認した後、大至急で辺り一体の閉鎖を発動して保有するグレイ-Wを出撃させた。
海上自衛隊による協力でファントムらしき物体の位置の特定が完了。その情報を元に、獲物を探し回る狼。
「こちらp-1、目標を発見した。特定を開始」
パイロットが海岸の管制官へ通信。グレイ-Wのモノアイが、黒く滲む物体を見据える。
「タイプeに特定」
情報と写真が送られる
「撃墜せよ」
「了解。マスターアーム・オン。攻撃開始」
通信している間に距離は縮んでいた。タイプeはグレイ-wの接近に気付いたのか、その翼を大きく動かして回避機動を開始。
それを逃すまいとパイロットはA/Bを点火。一気に速度が上がるグレイ-W。その巨体からは想像もできないようなスピードが叩き出される。しかし、それでもタイプeの方が僅かに勝っていた。
グレイ-Wは目標をロックオンしようとするが、それが出来ない。何故ならファントムの謎の特性でレーダーによるロックオンが不可能であり、熱による赤外線追尾しか出来ないのだが、今目の前にいるタイプeは異常なまでに体温が低く、それすらも不可能なのだ。
故にパイロットは限界まで距離を詰めて、アイカメラによる画像認識ロックオンを試みる。
現在時速390km/h、タイプeとの距離は確実に近付いている。だが、一向に戦闘可能な範囲に突入出来ない。パイロットは痺れを切らして無誘導の状態で、手動照準による発砲を開始。左手を前に突き出して30mm機関砲を唸らせるグレイ-W。60発の30mm弾が飛翔する。しかし、タイプeは見事にそれを避けた。
いつまでもA/Bを点火出来るわけではない。このままでは逃してしまう。薄々と焦りを感じていたパイロットはMAXパワーで加速しようとした。
その瞬間だった。
タイプeは大きく翼を広げて急減速。その動きに対応しきれずオーバーシュートするグレイ-W。たった1秒の間に完全に背後に回られてしまった。
これは夢ではない、現にレーダーは正確にタイプeの位置を表示している。
不味い。そう感じたパイロットは加速しようとしたスロットルを間一髪のところで止めて、機体を急旋回。タイプeとの距離自体は縮まっている。アイカメラによる画像認識ロックオンが可能な程に。
先に上半身が動き、それに釣られるように下半身が旋回する。何とかしてロックオン状態に持ち込まなければ機動力で負けてしまう。
高度は200m、そう高くない。降下による加速や回避はほぼ不可能といって良いだろう。純粋な機体のパワーでの勝負。過去に何度か大型ファントムとの格闘戦が記録されているが、このような形での格闘戦の始まり方は前例が存在しない。完全にグレイ-Wが不利な状況での戦闘開始だ。
180℃の旋回を完了するも、既にそこにタイプeはいなかった。パイロットはレーダーを確認する。レーダーはタイプeは自機よりも高度20m上に存在していると示している。その僅かな情報を頼りに機体を動かす。やっとディスプレイにタイプeの姿が正確に映った。画像認識によるロックオンを開始。完全な追尾まであと2秒。しかし、タイプeは逃げ回る。操縦桿を捻ってそれに追い付こうとするグレイ-W
巨大な翼を広げ、いつ投げ飛ばしてくるかわからない斧を握りしめるタイプe。真っ青な海と空が交ざり合う中で、羽ばたき続けている。
そして、ついにロックオンが完了した。この瞬間からグレイ-Wはタイプeを中心として自由な戦闘機動が可能になる。パイロットは冷静に操縦桿を操作して30mm機関砲を再び発射。これまでほぼ直線に真っ直ぐ追っていたグレイ-Wは斜めに特殊な機動をしながら距離を詰めていく。
避けきれない弾の雨。浴びるように直撃するが、まだ落ちないタイプe。動きが鈍くなったところに120mmAPFSDS弾を撃ち込もうとする。だが、その時だった。
タイプeは思い切り振り返るように、こちらへ方向転換しながら突撃する。その両手には斧が握り締められていた。
パイロットはスロットルをMAXパワーへ、操縦桿を思い切り倒して避けようとする。グレイ-Wは7.4m、タイプeは10mだ。体格で勝ることは出来ない。いくら鋼鉄の屈強な機体であっても、振り下ろされる斧の直撃を防ぎ切ることは難しい。瞬間的に最大速度に到達するグレイ-W。それでもカメラはタイプeを補足し続けている。視界が回る。
間一髪でタイプeの突撃を避けきった。がら空きになったその横腹に砲身を突き刺して、トリガーを引く。
海が波を立てる。120mmAPFSDS弾の発砲音が轟いた。砕け散るように身体に穴が空いたタイプeは脱力しながら海へ墜落する。
機体に飛び散った血液は風によって瞬時に乾燥し、同時に蒸発が始まる。陽炎と煙が混ざり合う中、太陽の光の下、血に飢えた真っ赤なモノアイが墜落していくタイプeを見詰めていた。
「こちらp-1、タイプeを撃墜。繰り返す、タイプeを撃墜。RTB」
通信と共に、煙を切り裂くように空を舞うグレイ-W。獲物を狩り終えた狼はたぎった心臓を唸らせ、エンジンを回す。
一方、プルートー基地にいた翠達は、その様子をブリーフィングルームにてリアルタイムで眺めていた。
「僕達は出なくて大丈夫なのか」
翠は隣に立っているモーザに問いかける。
「あぁ。後で捜査隊が海を調べるだろうが、その頃には魚の餌になってるさ」
「そうか」
焦るわけでもなく、パイロットの確かな技量を信用している彼等は、ただ静かにその場を立ち去った。
「この世界における兵器の技術ついて」
・碧の死神における兵器の技術は大きく進んでいる。クオックスウルフを代表にした様々な人型、有脚の兵器。極限まで消音したステルス輸送ヘリ。高い処理能力をもった特殊なヘルメット等。
これらの異常なまでの技術力は、ファントムが出現する前に度重なる紛争や戦争間際の衝突が繰り返されていた故の賜物である。それらを乗り越えて完全な平和に近付こうとした時、ファントムが現れてブルーリーパーが結成された。
ファントムが出現した後も、その技術力で高い性能の兵器を作り出して対策作戦を進めている。