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 予感、予兆、どれも恐怖に味を加える調味料。起きてほしくない事ばかり、嫌らしいほど当たるものである。

 7月29日、10時14分。世間は本格的に夏休みを満喫しているであろう時期に、彼は陽炎と共に舞い降りた。黒い翼を羽ばたかせ、轟音を轟かせながらコンクリートへ着地する。

 ファントムタイプfが出現した。現在確認されているファントムの中ではタイプeに続いて飛翔能力を有している。体長は5m、全長16mという巨体を持ちながらも、観測されている限りの最大速度は420km/hという驚異の高速性を有している。しかし、それが観測されたのは28年前にグレイ-Wが迎撃に向かった際に、逃避したタイプfが叩き出した数値である。こちらが追えば追うほど速く逃げ回るという性質が判明されてからは戦術兵器による対策作戦を発動するのは禁止されている。

 現在、タイプfは高度32mにて高速道路から市街地の方へ向かっており、それを阻止する為に装甲バイクによる追跡が開始されている。

 出撃した隊員は高那翠准尉とトン・モーザ中尉の2名だ。平均87km/hで飛翔を続けるタイプfの真下を通るようにバイクを走らせている。



「本当に降りてくるのか?」



 翠はモーザへ疑問を投げる。



「1時間おきに必ず地上で休息する。あと10分くらいだ、油断するな」



 そう返答し、腰の方に回していたMK.5を手前へ持ってくる。翠もそれに続いて銃を回した。

 タイプfは1時間おきに地面へ降りるという性質は9年前に出現した際に判明した事実である。しかし、実例が極端に少数であり確実性は高いとは言えないが、度重なる研究の結果最も考えられる性質であると決定された。

 ハンドルを捻り、がら空きの高速道路にバイクを走らせる2人。何故かタイプFは道路に沿うように飛行しており、まるでこちらを誘っているかのようだった。翠は何処か違和感を感じながらその様子を見ていたが、その刹那、モーザが叫ぶ。



「高度が下がってきた、速度を落とせ!」



 モーザが言った通り、10分を過ぎたくらいにタイプfは徐々に高度を下げ始めた。翼の羽ばたく間隔が短くなり、やがて足を振り出して着地体勢に移ろうとしている。



「構えろ!」



 翠は左手でブレーキを効かせながら右手でMK.5を保持する。速度が落ちていき、ついにバイクが静止した。それと同時にタイプfも道路のど真ん中へ着地し、巨大な翼を折り畳み始めていた。バイクから跳ねるように離れた二人は銃口を目標に向けながら走り出す。接近可能な距離は15mまで。それ以上近付くとこちらの動きを察知して再び飛翔を開始する。逆に言ってしまえば性質さえ理解できれば対処は難しくないファントムである。

 その筈だった。



「止まれ。撃ち込む弾は二人で18発だ、いくぞ」



 モーザから先に引き金を絞る。重い火薬の音と軽い空薬莢が跳び跳ねた。続いてそれに合わせるように翠も発砲を開始。計算され尽くした機械的な射撃は、まるでセントリーガンのように正確で的確にタイプfの肉体を削っていく。



「発砲中止」



 モーザのその言葉に反応して翠は直ぐ様安全装置を掛けた。



「これで死ぬはずだ、この前の二の舞にならなければ良いが……」



 あのタイプe対策作戦。翠にとってトラウマのように記憶に焼き付いている日。

 あれは予期せぬ事態であった。これまで罷り通っていた事が通じなくなった瞬間でもある。故に今回の作戦でもそれが有り得る可能性が高い。

 翠は立ち止まるモーザに視線を送るが、ただならぬ雰囲気で緊張している状態だった。



「こちら増援部隊。狙撃班が配置についた」



 その時、ヘルメットに通信が入る。



「了解。これより接近を開始する」



 モーザが通信に応答する。これは狙撃班からの通信だ。何が起こるか分からない危険因子を少しでも無くすために、ステルスヘリが約140m先にホバリングを開始し、機内からハーベスターによる狙撃班を出撃させている。

 もしも死亡している筈のタイプfが活動を開始したら狙撃班による攻撃が行われるようになったのだ。前回の作戦でも狙撃班が出撃していたが、狙撃が成功した瞬間にその場から撤退していた為、緊急事態に対処することが出来なかった。しかし、今回は違う。


 一時の静寂の後、ついにモーザが歩みを開始した。一歩ずつ着実に地面を踏みしめながら、銃口がブレぬように保持しながら歩く。翠も真横についてタイプfに近付き始める。

 翠の脳裏に、あの記憶がフラッシュバックする。巨大な腕がモーザを襲い、自身を握り締めたあの恐怖の記憶が。鮮明すぎるその映像はすぐに消え去ったが、彼の歩みを戸惑わせた。

 だが、ここで怖じ気づいてはならない。自分が怖がって逃げてしまえば、モーザを見殺しにすることになる。


 カーベックの時のように。



「目標との距離13メートル。察知範囲を突破した」



 ヘリパイロットが2人へ通知。



「10m、7m、4m……どうだ、ちゃんと死んでるか?」



 それに対しモーザが答える。



「動いてるようには見えん。真っ赤な血も流れてる。穴だらけだ。狙撃班も見えてるか?」



「見えてるようだ」



 モーザは構えた銃口を下ろす。その時だ。



「……!」



 翠はモーザを抱いて跳躍した。2人とも地面を削るように滑り込んで、翠はすかさず膝を立てて銃口をタイプfへ向けた。タイプfがその巨大な尾で2人を引き裂こうとしていたのだ。轟く風切り音がアドレナリンを刺激する。

 銃口は構えているも、指が震えてしまって引き金を引けない翠。モーザは寝転がった体勢で発砲を開始する。フルオートで撃ち出される7.62mm弾が次々とタイプfの体を貫くが、どうも動きが止まりそうにない。逆に痛みで逆上して余計に暴れだす始末だ。



「逃げろ!」



 モーザは立ち上がって翠を掴んで走り出す。その瞬間、遠くから乾いた発砲音が響く。狙撃班がタイプfを攻撃した。たった1発の弾丸が、暴れ狂う彼を見事に鎮めた。


 何重にも重なったような不気味な形の嘴から血を吹き出しながら、今度こそ、眠りについたタイプf。道路は溢れる血で赤く染まり、強い衝撃を与える光景が作り上げられていた。



「こちら増援部隊。狙撃に成功した。繰り返す、狙撃に成功した。目標は沈黙したものと観測される。そちらの情報を連絡せよ」



 ヘリパイロットの通信が静かに耳元で鳴る……。

「タイプf」

・体長5m、全長16mの巨大な鳥型のファントム。しかし、シルエットこそ鳥に似ているだけで全身は攻撃的な鱗に覆われ、左右非対称の翼はまるでドラゴンのようにボロボロで恐ろしい形を成している。

 目に当たる器官が無く、どうやって周囲を把握しているのかは不明。

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