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浸透

 いつもと変わらない景色、感触、匂い、姿。それら全てが変わるとき、人はその自我を保てるのだろうか。

 薄暗い曇り空、灰色に映る町の景色に、影が薄くなった地面。色が薄くてとても視認性が悪い。遠くは霞んだようにボヤけている。平均的な身長が続くビルが雑多に建ち並ぶ交差点に、高那翠は立ち尽くしていた。

 第3世代のヘルメット、着なれたバリアドレスに、ボディアーマー。肘と膝にはステンレス鋼のプロテクター。両肩にも同じ素材の物が貼り付けられている。銀色のアーマーが光に反射せぬように、艶消しで塗り潰されている。彼の正装とも言える戦闘セット。この装備と共に今まで戦い、生き抜いてきた。

 手には突撃銃のMK.5が握られている。ハーベスターが被るヘルメットでも照準器を覗けるようにと、ストックが大きく窪んだ特殊な形状を成している。

 それを構え、重心を落とす翠。


 遠くの街角からタイプAのファントムが出現した。刹那、的確に撃ち抜く翠の引き金。続いてビルの屋上からタイプBが現れる。照準器から目を離さずに体の向きを変えて発砲。青く光る弾丸が奴の肉体を引き裂いた。火蓋を切ったように次々と現れるファントム達。翠はそれらを正確に、まるでセントリーのようにひたすら撃ち殺していく。

 やがて、10分ほどの時間が過ぎた。翠は足元に転がる空の弾倉と、薬莢の山へ視線を向けると、おもむろに自分の頭に手を伸ばし、頭に被っている重たそうな装置を外した。

 さっきの機械的な戦場はVRシミュレーションによる射撃訓練だったのだ。彼の手にはそれ専用の訓練装置。銃の形をしたデバイスが握られている。

 近くの端末で自分の成績を確認すると、浅い溜め息を吐いた。


 ……カーベックに追い付くことが出来ない。彼の死から数ヶ月が経った今、僕が彼に代われるほど強くならなければならないのに、技術も、判断力も一向に変わらない。何もかもあの時と変わらないのだ。いつも誰かに助けられ、自分一人ではまともに戦うことすら出来やしない。と、翠は思い詰める。

 この前のタイプe撃滅作戦においても、翠はモーザに命を救われていた。幸い、あの作戦において死傷者は誰一人と出なかったが、それでも自分の弱さを痛感する経験に変わりはない。


 あれから二週間が経って、ついに夏休みへ入った学校生活。しかし、彼にとっては何も楽しい事ではない。学校に行かなくて良いということは、それだけ基地へ顔を出せという事なのだから。

 まだ始まって2日目ではあるが、何も変わった気のしない自分の弱さを噛み締める日々が続くだけ、そう考えるとこんな日常は早く終わってしまえば良いのにと感じてしまう翠だった。

 足元に散らばった訓練装置のデバイス弾倉を片付けてVR装置を棚の上に雑に置く。その場に座り込んで窓を見詰めて放心した。


 時間は進み、夜になった景色。時計の針は10時を過ぎている。風呂を済ましてリビングのソファーにもたれこんでいた翠は薄くなった意識を叩き起こされるように、ドアが開く音で目が覚める。



「遅くなってごめんね、ちゃんとご飯は食べた?」



 百合音が残業を終えて帰ってきた。パンプスを脱いで、持っているレジ袋をテーブルに無造作に置いた。

 中身は冷凍食品。酒も何本か入っている。



「食べたよ」



 翠は返す。しかし、彼女は眉を潜めた。



「ホントかしら~? どうせゲームしてたんでしょう」



「あれはゲームじゃない」



「ほら、適当に好きそうなのを買ってきたから食べなさい。明日は外食するからね」



「……うん」



 百合音はやっと休日に入って気が抜けたのか、スーツのままソファーへ飛び込むようにもたれこんだ。すぐに身体を起こしてレジ袋からチューハイを取り出すと、片手でプルタブを開けて喉へ流し込む。

 いつも見慣れた光景、ずっと続いてきた日常がそこにはあった。血こそ遠いが、子供の時から育ててくれた従姉の百合音がそこにいる。


 ……彼女だけは。彼女だけは死なせてはならない。必ずこの手で守る。ブルーリーパーを志願したときから決意しているこの想い。

 それを実現するためにも、自分は強くならなければならないのだ。誰か一人くらいは、守れるようにと。翠はそう想い更け、棚に飾ってある写真を見詰める。そこには迷彩服の翠と、スーツ姿の百合音が写っている。

 彼の夏休みは憂鬱な始まりだ。しかし、それも束の間のこと。肌を焼く灼熱のコンクリートと共に、彼はまだ戦い続ける。



 日が過ぎて、バリアドレスを着こんだ翠はプルートー基地に出向いていた。腰には使い慣らしたカイデックス素材のホルスター。それに入れた拳銃。ロビーにてニュース端末を読みながら、出動命令もなく時間を潰している。


 ウクライナが拡大した領土を、ロシア連邦が返還しろと本格的にデモを開始したようだ。ウクライナ領土の拡大はもう30年も前に起きた出来事だが、ファントムが世界を脅かす今、そんなことをしている場合ではないだろうと翠は考えた。他に気になるニュースもなく、早々とページを送って今日のニュース一覧の最後の項目に辿り着く。その記事の内容は、悪徳宗教が市民から金を巻き上げていたという実に愚かで、下らないものだった。

 ニュース端末を元の棚へ戻し、翠は射撃訓練場へ足を歩かせた……。

「銃のストックについて」

・ハーベスター達は特殊なヘルメットを被り、戦闘を行う。顎まで覆う重装甲なヘルメットでは通常のストックに頬付けすることが出来ない。

 そのため、ハーベスターが使用する銃のストックは専用の物へと改造、または変換が施されている。殆どのものは大きく屈曲しているスケルトン形状や、窪んだ形状である。

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