許可
新たな発見。それは確実な進化だった。
時刻10時14分。最大気温36℃の灼熱の地にて陽炎で揺らぐ地面は、何処か朧気な雰囲気だった。最先端の消音技術を誇る輸送ヘリのローターの音が五月蝿く聞こえてくる。見渡す限り人の気配がなく、とても静かだ。
今回の作戦内容は旧都市部にて異常発生したタイプBファントムの殲滅。この旧都市は数年前のファントムの襲撃によって深刻な被害を受けて、政府の判断により放棄されてしまった地区である。10年前から人が消え去った亡霊の町だ。陸上自衛隊によって町への交通手段は閉鎖されており、避難勧告の必要はない。故に本作戦では大型兵器の投入を許可された。
上空200mで巡航するヘリを横切る巨大なシルエット。対地対空特殊機動有腕機、クオックスウルフと呼称される人型兵器だ。その中でも、かつて米軍が運用していたグレイ-Wという機体が今も尚、ブルーリーパーでは運用されている。全身が灰色に塗装されて、両手に持った武骨な兵装、両太腿にまるで大剣を差しているかのように見えるほど巨大なエンジン、何もかもが圧倒的な兵器だ。
本作戦では、このグレイ-Wが旧都市のファントム発生領域に突入して可能な限り掃射を行ってから、それでも生き残っている残党をハーベスターである翠とモーザが殲滅する予定である。
「凄いな。ロボットが空を飛んでる」
翠は高速で横切り、エンジンの轟音を轟かせながら先頭を突っ切ったグレイ-Wを見て驚く。それを見たモーザは笑いながら彼に話しかけた。
「ウルフを生で見るのは初めてか」
「ああ」
「凄いだろう。本部はこいつをあと11機も保有してるんだぜ」
やがてグレイ-Wの姿は完全に消え、ヘリの機内まで響いていた轟音が遠ざかっていく。
両手に25mm機関砲を抱えたその機体は翠達を輸送しているヘリパイロットに交戦報告の通信を送った後、旧都市の作戦領域に突入する。2基のエンジンが更に唸り、最大ミリタリー推力で空を駆けた。排気口から零れる陽炎のせいで、まるで機体が空間を歪ませながら突き進んでいるかのようだ。
グレイ-Wのレーダーが反応する。密集した赤い印は、1つの塊のように蠢いてる。ゆっくりと高度を落としていき、ディスプレイで視認を確認。頭部のカメラが倍率をズームして目標がタイプBであることを再確認して、マスターアーム・オン。
分速500発で25mm徹甲弾が降り注ぐ。グレイ-Wの正確な火器管制システムから逃れることは出来ない。210発の砲撃の後、操縦桿を捻って左へ8G旋回を開始。やっていることは航空機の対地攻撃と同じだ。これを数回繰り返し、四度目のコンタクトでグレイ-Wは地上へ舞い降りた。
全長7.4mの全備重量が30tを越える巨体がコンクリートを砕いて着地する。公道の破片が四方に飛び散り、煙が立ち上がる。その煙の中で頭部の分厚いブリムから睨む深紅の瞳が光る。血に飢えた狼の目だ。
ディスプレイに異形のシルエット達が映る。それに向かって機関砲を構え、発射。掃射が完了した頃には、地面は薬莢で溢れていた。残り弾数124発。
「こちらp-1、掃射完了。戦線を離脱する。RTB」
グレイ-Wのパイロットが通信。すぐにエンジンを回転させて再び大空へ。既に背中に差した増槽は空だ。巡航システムに従って、銀の狼は帰路へついた。
一方、輸送ヘリの方では。
「上手くやったみたいだ」
ヘリパイロットが二人にそう言って笑う。グレイ-Wとすれ違う形で旧都市へ突入した輸送ヘリ。掃射が完了したファントム発生区域に到達すると、流線的なボディのハッチがスライドする。
モーザが先陣を切ってヘリから飛び降りる。それに続いて翠も降下開始。高度は40m、いつもより低い。直ぐに身体を着地体勢に変えて、鉄の巨人に踏み潰された公道に着地する。
二人に課せられた任務は残党を確実に排除すること。単純ではあるが、もしも殺し損ねてしまえば非常に面倒なことになるだろう。生活圏へ繋がる公道は陸上自衛隊普通科隊員達が厳重に閉鎖している。1匹だけならば小火器による殲滅が可能だが、それが2匹、3匹と数が増えれば増えるほど突破される確率が跳ね上がる。タイプBという比較的対処の難易度が低いファントムならばまだしも、大前提としてファントムは超能力エネルギーが干渉しない限り、全うな手段で殺害することは不可能なのだ。それこそ圧倒的な火力を誇る戦術兵器を使えば殺害そのものは可能だが、生活圏の真ん中でそれを実行できるのか?ということだ。
故に今回は熱源探索装置を使用して、確実に排除する。装置本体はモーザのヘルメットに装着されいる。
「左の通路を越えた先に3匹。橋の下だ」
モーザが翠に知らせる。その情報を頼りに足を走らせた。ガードレールを乗り越えて橋から飛び降りる。その向こうのトンネル内部にタイプBが2匹。距離は47mだ。どうやら二人に気付いていない様子で、恐らく先程の掃射から逃れようとしたのだろう。周囲を伺うような素振りを見せている。
翠が先に発砲し、それに合わせてモーザが片方の1匹へ銃火を浴びせる。7.62mm弾の質量で容赦なく砕け散る2匹のタイプB。
「あと1匹は?」
翠がモーザへ
「トンネルの先だ。俺が先導する。確実なカバーをしろ」
了解と返し、彼の背後へ回り込む翠。小走りで目標が隠れているトンネルへ。
内部は当然ながら電気が通っていない。真っ暗だ。唯一の光源は向こうから差し込んでくる僅かな光のみ。
「警戒しろ」
足音が響く。ひたすら不気味で気持ちが悪い空気が二人を包む。歩いて数秒後、翠は妙な気配を感じて一瞬の動作で周囲を見渡す。しかし何もない。これがまた不気味な雰囲気を更に強くした。
その時だった。
「翠!」
彼の前に降り掛かる巨大な人影。音もなく、唐突に襲われた翠。この人影は紛れもないタイプBだ。モーザは瞬時に発砲体勢に移るが、翠と組み合ってしまっているため誤射の危険性がある。撃とうにも撃てない。撃つとしたら一瞬のタイミングだ。
「糞が。離せ」
ナイフを抜き出そうとする翠だが、圧倒的な腕力でそれを阻止されてしまう。締め付けられる左手。
「翠、持ち上げろ!」
モーザが叫ぶ。彼の言葉を聞いて、翠は全力を振り絞って組伏せられた体勢からタイプBの脇を掴んで一気に持ち上げた。210kgの巨体が浮かぶ。その刹那、4発の発砲音がトンネルに轟いた。モーザの的確な射撃によって吹き飛ぶように倒れるタイプB。翠の左手を突き飛ばすように離した。
「危なかったな。腕は折れてないか?」
うずくまる翠に駆け寄るモーザ。
「あともう少しでバリアが壊れていた」
と、翠。
「間一髪だな。もう安心しろ。発生区域に残ってる残党はこの3匹だけだ」
MK.5に安全装置を掛けて立ち上がる翠。
「しかし、タイプBが壁に貼り付くとは……自慢の握力でしがみついていたのか?」
そう言いながらタイプBの死骸に近づくモーザ。銃口を向けたまま、慎重にうつ伏せの身体を返す。
「これは」
思わず驚愕した声を漏らすモーザ。
「どうしたんだ」
「翠、これを見ろ」
そう言って、モーザは死骸に向かって指をさす。指の先はタイプBの腕部。
「鉤爪……?」
その掌には、おぞましい程にびっしりと小さい鉤爪が並んでいた。
「グレイ-W」
・対地対空特殊機動有腕機、クオックスウルフに分類される人型機動兵器であり、その中でも数多く生産された機体。2基の強力な特殊ジェットエンジンによって高次元の機動戦闘力を誇る。
乗員は1人、全長は7.4m、全備重量34t、最大時速460km/n、兵装は120mm滑腔砲と25mm機関砲を基本として6連発煙弾発射機や19連70mmロケットランチャーを装備。その他機能は防護用空気清浄装置やGPS全地球測位システム、電子支援システム等の電子機器を装備。
現在運用している組織は米空軍、米陸軍、ブルーリーパーのみで、約30年ほど昔の旧式兵器でもあるので各国で解体されつつある。