再確認
死にゆく者はいつか忘却される。だから、それを忘れないために、心に刻むのだ。
彼が亡くなったあの作戦から一週間が経過した。対策情報部隊は大急ぎで現場の調査を開始し、変わらず交通機関は完全に停止しており道路のダメージが回復する見込みはない。
上空には常にヘリが飛び回り、偵察ドローンや他の地域から派遣されてきたハーベスターと警備の強化として陸上自衛隊の第3普通科中隊までもが出動する程の騒ぎになっている。
EXOスケルトンを装備した戦闘部隊と情報収集に特化した専門部隊が道から溢れんばかりに集まっている状況だ。ニュースでもこの事でいっぱいだ。ハーベスターが作戦を失敗し、高速道路が完全停止とメディアが煽っている。
確かに失敗は失敗だ。しかし、一人死んでいるのに、まるでそれを待っていたかのような楽しげな言い方ばかりだ。放送も、ネット上の記事も、新聞も。すべてがブルーリーパーを批判するものばかりで頭が狂いそうだった。
世論からすれば"いつ死ぬか分からない兵士が一人死んだだけ"という認識なのだろう。間違いではない。僕たちブルーリーパーは対超物体作戦にて最前線で戦い、ハーベスターはその中核を成す戦闘員だ。でも、僕たちは感情の無い戦闘ロボットなんかじゃない。
心はただの人間だ。葬式のとき、彼の唯一の親族であろう一人の年老いた男性が顔を崩して泣いていたのを忘れはしない。
あの日から僕は高校を休んでいる。ブルーリーパーからは休暇を出されたが、学校はそう簡単に事情を理解してくれないようで、疲れているだけなら早退するなり遅刻するなりしてでも登校しろ。というのが返答だった。
それはそうだろう。学校という環境で、人が死ぬなんてまず考えられないだろうし、それを理解しろというのも間違っている。なにせ彼等は兵士ではなく、守られるべき一般人なのだ。
それでも僕は耐えれそうになかった。人と面と向かって話せる余裕はどこにも無かった。ただひたすらに、ソファーに壊れた人形のようにもたれ掛け、何度もフラッシュバックする爆発の瞬間を思い出して頭が痛くなる。誰か助けてくれ。
僕は単純に死への認識を怠っていた。いくらハーベスターは超人で、常人を遥かに超越する力を持っていても不死身ではない。血を抜かれたら死ぬ。頭に弾丸が当たれば死ぬ。焼かれれば死ぬ。窒息すれば死んでしまう。根本的にはただの人間と変わらないのだ。
カーベックの死は、ブルーリーパーとして生きているのならばいつか訪れるかもしれない運命なのだ。それは分かっている。分かっているが、頭がそれを理解しようとしない。
その理論で考えると人間は最終的には死ぬ。それで全て解決してしまうからだ。そんなの馬鹿げている。
死人は生き返らない。その事実だけが今を作っているのだ。
従姉妹の百合音お姉ちゃんは唯一の理解者だと言えよう。僕が家へ帰宅し、起こった事を話すと何も言わずに抱き締めてくれた。その温もりと優しさがなければ今頃荒れ狂っていただろう。それでも、一週間も何もせずひたすらソファーで項垂れているのは彼女にとって良い気持ちではない。言ってしまえば、物言わぬ人形が家に打ち捨てられているようなものなのだから。
僕が思い耽っていたら、部屋の奥から百合音お姉ちゃんが歩いてきて、隣に座ってきた。
「来週は行くの?」
いつもの調子で話し掛けてきた。だから僕もいつものように言葉を返す。
「基地には行く」
「そっちじゃなくて、学校よ」
「……分からない」
彼女からすればプルートー基地に出向くことは出来るのにどうして学校は行けないの?といったところだろう。こればかりは僕でもよく分からない。ただ、学校という環境よりも軍事基地の方が落ち着くのだ。きっとこれは誰にいっても理解してくれないだろう。僕と同じ軍人以外で、これを理解しろなんて……理解を求める方が馬鹿だ。
「どうせ先生共は僕の心配なんてしていない。同じ公務員として、疎ましい存在だろうし、登校したらひたすら嫌みを言われて不愉快になるだけだよ。きっとそうだ。この前だって公欠していたときに、その事を侮蔑された。くそったれが。彼奴等は呑気に暮らしてるときに僕は命を張っていたんだ。あのビルの爆発に巻き込まれていたら確実に死んでいた。そんなことも知らずに彼奴等は……もういい」
「落ち着きなさい」
彼女は冷静に、一言放つ。
「落ち着いてる。分かってるよ、この道を選んだのは僕だ。だから、この事を誰かに理解しろなんて言わないさ。軍人として、兵士として慎ましく生きるしかない」
「自暴自棄にならないの。あんたの同級生、 岡崎君だっけ? その子が毎日プリントを届けてくれたの知ってるでしょ」
「うん」
「お礼を言いにいかないと可哀想じゃない。でしょう?その子は家にやって来る度にあんたの事を聞いてきたわよ」
「……そうなんだ。奥にいたから分からなかった」
「でしょうね。だから、これ以上心配かけないようにしなさいよ。いいわね?」
彼女の一押しする言葉。
「……分かったよ。来週は行ってみる」
あんたは強い子だから。と言い残して彼女は仕事に出掛けた。お姉ちゃんは何かあるときに、いつもこう言う。
強い子なんて言われても、僕はこんなにもちっぽけで弱い考えの情けない奴だ。嫌なことがあればすぐに目を背けて、見ないようにしてしまうような、そんな奴なのに。
……そういえば、あの日から携帯を一度も触っていなかった。部屋の片隅に無造作に置かれた電子端末を拾って、通知を見る。そこには4件の連絡が来てた。
ブルーリーパーの仕事の通知ではない。ここ一週間は緊張状態であるため連絡は部隊連絡用端末のみだ。私物の端末は使わない。だからこの通知はきっと岡崎優斗の……。
恐る恐る画面を開き、トークアプリを起動する。
>>来週は来いよな<<
その言葉が最後だった。他の3件は大丈夫か?とか、風邪引いた?くらいのものだった。
このとき、僕は日常を見に染みる程に実感した。痛い程、友人というものを認識している。そうか、そうだよな。僕は彼等にとってはただの高校生なんだ。だから僕は強くなければならない。彼等を守るためにも。
月曜日から行くよ。とだけ返信して端末をソファーへ投げる。悩んでる暇はもう終わった。さっさと次への準備をするべきなのだ。
もうすぐ春が終わり、夏が始まろうとしている。季節の変わり目に、また何か起きるかもしれないけれど、その時はその時だ。
……きっと僕はカーベックのことを、 優斗に投影していたのかもしれない。
彼等はただ襲ってくる。理由も、目的も告げることなく。人類という存在に対して、殺意を向け続ける。故に、人類の敵なのだ。