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 特殊な任務を任された翠とカーベック。頑丈な装備と強い銃で身を固めることが出来ない私服での出撃。少なくとも、安心できる要素は肩から下げた個人携帯火器だけであった。

 昨日の集合メールを受け、作戦実行日である今日。僕は都会の方から少し離れた駅にただ一人佇んでいた。服装は戦闘服ではない。これに関しては一般市民に紛れるような服装ならば指定はないという命令のみであるため、着慣れた服を選択したまでである。

 時刻は11時を越えて、待ち合わせ時間が迫ってきている。



「くそったれが、俺達が刑事の真似事なんてよ」



 唐突に後ろから声をかけられる。その方向へ振り向くと今日の仕事仲間のカーベックがそこには立っていた。どうも不機嫌な様子である。見るからに苛立った表情をしており、サングラスの下からでも凝り固まった眉が見えそうだ。



「住宅市街だから本格的な軍事行動が出来ない。かといって警察を出すには危険が多すぎるか。ふざけてるぜ」



 僕は彼に愚痴を溢す。



「ああ、やってらんねえ。さっさと終わらせるぞ」



 彼は左腕の戦闘用義手で頭を掻きながら、早足で歩き始めた。



 30分ほど歩き、次第に町外れの方にやってきた。周りを見渡すと派手な店やビルは建っておらず、土曜日なのに人が混んでいない。非常に殺風景である。そんな寂しい雰囲気に包まれている路地を進み、二階建てのマンションの前で自分とカーベックは足を止めた。

 僕はショルダーバッグからPersonal Defense Weaponを取り出し、チャンバーへ弾丸を送る。



「ここだ」



 カーベックも腰から拳銃を引き抜く。既にダブルアクションの状態でいつでも発砲可能になっていた。

 開けっ放しになっている玄関の扉をゆっくりと引き、土足のまま部屋へ押し入る。PDWを構えながら予想される襲撃に備え、引き金に指を置く。軋むフローリング。カーベックから1m以上離れないように隊形を維持しながら、部屋を捜索していった。

 やがて全ての部屋をクリアリングし、再びリビングに出る。



「藻抜けの殻だ。死体も、ファントムも無い」



 カーベックは構えを解いて方を竦めながらそう言った。



「無駄足だぜ」



 彼は通信端末で連絡しようとしたとき、白い壁の角に異変を感じる。



「そうでもないみたいだ」



 僕は蠢いたような気がした壁の角へ近付く。ハンドサインでカーベックに援護を指示し、右手で銃を構えながら、恐る恐るそれに触れてみる。

 濡れてる。いや、湿っているといった方が

良いのだろうか?これは湿度とかそういう自然的な濡れ方ではない。色は変わらないが、明らかにその部分だけ感覚が違っているのだ。



「なんだ?」



 カーベックは両手で拳銃を握り、質問する。



「不自然に濡れてる」



「どういう風に?」



「濡れてるのに色が変わってない」



 そう。濡れているとしたら、この安い作りの壁紙なら変色している筈なのだ。見る限り水捌けのよい素材でもないのだから、濡れているのに乾いているかのような見た目は不自然である。僕は触れる面積を次第に広げ、やがて、掌をそこにおいた。やはりしっとりとしている。水に濡れているのだ。

 気味が悪い。すぐに手を離そうとした。その時だった。



「うっ!?」



 左腕が掴まれる。かなり痛い、骨が折れそうな程締め付けられている。なんだこれは。

 さっきまで触れていた壁の角から、いきなり触手のような物体が飛び出してきた。いや、飛び出すと言うより生えてきたの方が正しい。

 徐々に角から触手が飛び出てくる。これは不味いぞ。



「くそが」



 瞬時にカーベックが近付いてきて、僕の左腕を拘束していた触手へ発砲。合計2発の45ACP弾がその太い触手にめり込んだ。赤い液体を銃創から垂れ流し、その触手は角の中へ引っ込んだ。その反動で僕は吹き飛ばされるように倒れこむ。

 すぐに立ち上がってPDWを構えようとしたとき、その角から巨大な物体が飛び出した。そうだ、こいつがあの触手の本体である化物、タイプDだ。

 全身から触手が生えた腕のない人間のシルエットをしており、皆はこいつのことをモグラと呼ぶ。他のファントムよりも積極的に奇襲や液体状態への変身を好み、半狂乱になったように人を食べるのだ。しかし、逃げ足が非常に速く本格的な戦闘は避ける。故に対処が難しい危険度の高いファントムである。


 飛び出すと同時に触手を振り回してカーベックを突き放す。僕は躊躇なく引き金を絞るが、強固な触手が弾丸を拒む。そして全力で逃げ出したのだ。窓ガラスを破壊し、伸ばした触手で向かいの建物へ飛び移った。



「何してる。追うぞ」



 彼はタイプDの後を追って部屋を飛び出る。僕はPDWの弾倉を交換し、窓から外へ。すぐ目の前の屋上へ飛び移ってタイプDを全力で追う。ここは住宅地だ。住民の避難もしていない故に無闇に発砲するのは許されない。だからなるべく至近距離で交戦を開始する必要がある。最低でも10m、この状況なら6m以内が最適だ。

 触手を巧みに操り不規則な動きで逃げ回る撃破目標。足が速い訳ではない、触手を伸縮可能なワイヤーのようにして、なるべく地に足をつけぬように動いているのだ。自分の技術、力、特性を完全に把握しているとても賢い移動方法である。


 中々追い付かない。まだ追いかけて5分も経っていないが、このままでは逃してしまう。屋上から下りる前に撃破しなくてはならない。

 そこで空中を舞いながらカーベックが一発だけ発砲。放たれた弾丸は見事にタイプDの触手に直撃し、引っ張っていた身体が解放されてその場に落ちる。幸い屋根に落ちてくれたお陰で住民への被害はない。

 壁を蹴り、全力の跳躍で奴が墜落したマンションへ飛び移る。まだ死んではない、奴は立ち上がって此方へ触手を伸ばしてきた。

 僕は軽く身体を捻らせてそれを避け、すぐに反撃を開始。大きく斜めに傾けた体勢でPDWをフルオートで発砲。簡易照準機で狙いを定めながら引き金を絞る。合計26発の特殊小口径弾がタイプDの身体を引き千切る。重心のバランスを完全に崩して倒れこんだ。

 そこにゆっくりとカーベックが近付いて、死亡確認するための一発を撃ち込む。跳ねていた身体は完全に停止して、本体から鮮やかな赤い血が足元まで流れてきた。



「最悪だ」



 カーベックは撃鉄を戻し、安全装置をかけてカイデックスホルスターに拳銃を差し込みながら悪態をつく。僕はPDWの弾倉を抜き、チャンバー内の弾丸を外へ排出してショルダーバッグに戻す。

 彼は酷く調子の悪い声で通信端末でプルートー基地の方へ連絡し、屋上のフェンスにもたれこんだ。



「どうやって下りるんだ。これ」



 と、カーベック。



「さぁな。ヘリでも呼べ」



「くそったれが」




 その後、僕とカーベックは基地で軽く診察を受けて帰宅した。カーベックは吹き飛ばされただけで特に大きな怪我はなかったが、自分の左腕は打撲寸前のところまで締め付けられていたらしい。いや、打撲なんてものじゃない。腕を骨ごと潰されるかも知れなかった。そう考えるとあの時の痛みがとても恐ろしく感じる。この歳で彼のようにはなりたくないぞ。


 次の日は学校だ。こっちは出撃続きで疲労している。今日だって身体の一部を喪いかけたし、この前は死ぬ寸前だった。それなのに教師達は半信半疑で僕のことを税金泥棒とからかいやがる。どいつもこいつもふざけやがって。

 物の少ない自宅でソファーにふんぞり返って頭を抱えている。そうなってしまうのだ。今日も明日も憂鬱で、楽しみが無い。給料だって使う道が無いし、全てMK.5のカスタムに費やしても結局は使いづらくなって無駄金を浪費してしまう。


 こんな気分も、夏になれば少しは変わるだろうか?

「タイプD」

・触手が無数に生えた人型のファントム。全長2.2m

 主に上半身から生えている触手は自由に伸縮が可能で、一時的ではあるが強度も変更可能。45ACP弾のストッピングパワーを防ぐほどの強度となり、そのまま攻撃に転用する事もある。

 非常に危険度が高いタイプとされ、殆どの時間を液体状で生活しており奇襲を主にした戦法は多くの死者を出した。

 また、異常なまでに人肉を好む傾向があり、内蔵から骨まで全て食らい尽くすようだ。

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