男らしさとカナブン
舞台は長崎です。
高校の時のエピソードをちょっとまとめてみました。
セリフが長崎弁になっているのは勘弁してください。
俺の名前は今崎コウガ。
みんなからはコウちゃんと呼ばれていた。
高校1年の時、同じクラスに空手部の金谷文治という巨漢がいた。
身長183cmで手足が長く、肩周りの筋肉が盛り上がっていて、スポーツ刈りというのに無理やり茶髪にしている。
体を鍛えているのは分かるが、どうもアンバランスなファッションセンスが気になる。
俺たちは金谷文治のことを「カナブン」と呼んでいた。
カナブンは気性が荒く、武骨で大雑把。
壁を殴りながら歩く癖があり、電信柱を通りすがりに一発殴る。
怖い人というよりも不審者に分類されているのを本人は気がついていない。
街中を歩いているだけで人が避けてくれる。
そんなカナブンなのだが、同じクラスにそいつが苦手としている奴がいた。
相澤祥一郎である。
こいつはかなり中性的で、背は160cmそこそこで痩せ型。
なで肩からすらりと延びる腕は華奢で、しゃべる時にいちいちその手をひらひらさせながら体を斜に構える。
しかも、髪の手入れが行きとどいているのか、キューティクルが透き通るように煌めいていて、女子たちに羨ましがられていた。
なぜかみんなはそいつのことを「相澤さん」と敬称付き呼ぶ。
俺は「ショウちゃん」と呼んでいた。
カナブンとショウちゃんは家も近くて、幼稚園からの幼馴染で小学校・中学校・高校と同じ所に通っていた。
更に高校では同じクラスになったのだが、二人が喋っているところをあまり見たことがない。
ある日のことである。
ショウちゃんは体調を崩したみたいで学校を休んだ。
もう3日も学校に来ていない。
ショウちゃんの家の近所に住んでいるカナブンが、諸々のプリントを届けてくれと先生に頼まれた。
カナブンは意外といい奴で、人に頼まれたことを断れない性格のようだ。
届けものを頼まれたのはいいが、カナブンはショウちゃんの家に一人で行くのを嫌がっているようだ。
案の定、俺に「付き合え」と頼んできた。
命令調の頼み方はあいつの癖みたいだから、俺としてはお咎め無しだ。
俺とカナブンは学校が終わると二人仲良く(?)ショウちゃんの家に行くことになった。
ショウちゃんの家は高校から電車で10分程行ったところにある駅で降り、そこから川沿いの小道を15分くらい歩く。
夏が近づきカラッとした天気のなか、川沿いは見晴らしが良く、白い雲がまぶしいほど鮮明に青空に横たわっている。
俺とカナブンは軽い談笑を楽しみつつ、ちょっとした遠足気分でもある。
俺達の談笑の内容はいつも空手とプロレスの技についてばかりだ。
格闘技談議に花を咲かせ、相撲取りには回し蹴りは利かないというところでショウちゃんの家に着いた。
川沿いにひときわ目立つ白い洋館がたたずんでいた。
ロココ趣味の白い門扉の上には、バラの花がちりばめられたアーチがあり、その右下の門柱に、それまたエレガントなチャイムがあった。
この建物の前に立っているだけで恥ずかしく感じてしまう。
俺が遠慮がちにチャイム押すと、奥から「はーい」とショウちゃんの声がした。
しかし、なかなか出てこない。
どうやら家にはショウちゃん一人だけみたいだ。
もう一度押すと「ちょっと待ってー」と、さっきより大きな声がしたので、俺たちはしばらく待つことにした。
待つこと5分。
やっとショウちゃんが玄関のドアを開けた。
バラのアーチをくぐり玄関先まで行き、ショウちゃんの顔を見るなりカナブンが「さっさと出てこんか」と怒鳴るが、ショウちゃんはそれには応えない。
ショウちゃんはお風呂上がりらしく、ホットパンツにタンクトップという姿で、つややかに濡れた髪をバスタオルで拭いている。
「あらー、珍しかね―。コウちゃんがうちに来るなんてー。カナブンも一緒ね。どげんしたとー?」
「あっ、いや、カナブンが先生に『プリントばショウちゃんに届けてくれ』って頼まれてさ。カナブンから一緒についてきてて言われて、つき合ってきたとさ」
「へー、コウちゃんも人の良かねー。わざわざカナブンに付き合って。あんたの家はこっちの方面じゃなかっちゃろ?」
「いや。ちょっと駅前のレコード店にも寄りたかったし、ショウちゃんとカナブンの住んどることろば散策してみるとも良かかなーと思って」
「あらー、ずいぶん風流なこと考えとるとね。コウちゃんのそうゆうとこ好きよ」
ショウちゃんは濡れた髪が気になっているみたいで、バスタオルを髪に絡ませるように丁寧に拭いている。
さっきからなぜか知らないが、カナブンがイライラしている。
「おい! ショウ」
「なによ? カナブン」
「なんばしよっとか、貴様!」
「何って、髪ば拭きよるにきまっとるやろ? 病み上がりで体がベトついとったけんお風呂に入っとったと」
「だーっ! 俺は髪の拭き方を言いよっとたい。両手で挟むように髪の毛ば拭くなー」
「あらー、バサバサ拭くよりこっちの方が髪が傷まんとよー。カナブンはボウズやけんわからんかもしれんけど」
「俺はボウズやなかーっ! ショートの茶髪じゃ」
「あらー、変色して色の抜けとるだけて思もうとった」
ショウちゃんはけだるそうに体を斜に構えて、バスタオルで片側の髪を包み込み、両手で丁寧に挟むように拭いている。
「俺の髪のことはどがんでも良かっ! 貴様のその髪の毛の拭き方は何や?」
「あーら、それこそあんたに関係なかやろ? レディーの嗜みよ」
「わ、わ、わ、わりゃー! 何がレディーかっ? 男のくせに。ティモテやかなっぞ!」
「ふふふ。カナブンも面白かこと言うとね。ティモテー♪ って。ふふふ」
「お、お、お、男らしくなかーっ!」
うぅぅ、ぶふ。
なんだか面白い会話だぞ。
俺は吹きだすのを一所懸命堪えた。
もう必死だ。
腹筋がキツイ。
「まあまあ、二人とも。玄関先で大声出してもつまらんやろ。先生に頼まれたプリントも渡したことやし、そろそろ行こか?」
「おう、行こ行こ。こげん男らしくなかヤツ見とったら目が腐る」
「あーら、カナブン。もしかして、私がコウちゃんに『風流なところ好きよ』って褒めたことば妬きよっと?」
「何ば言いよるとかーっ! 貴様ーっ! 本当に怒るぞっ!」
「もう充分怒っとるたいね。それに、怒ることと愛することは似たような感情なんですって。あら? もしかして私に気のあるっちゃなかと? ふふふ。カナブンの怒ってる顔って素敵よ」
「ぶわーっ、はーはっはっはっはーっっっ!!!」
俺はもう堪え切れずに大爆笑してしまった。
「あー、おもしれー。腹痛てー、立ってらんねーよ。俺は先に帰るけん、後はお前らで楽しくやってくれ。うぷっ。ぷぷっ。ぶひゅ。じゃあな」
腹筋崩壊だ。
俺は痛くなった腹を押さえつつ、玄関先を後にした。
カナブンが「おーい、待ってくれよー」と叫びながら後から追いかけてくる。
ショウちゃんが玄関先から俺たちに呼びかける。
「あらー、もう帰ると? じゃあねーショウちゃん。カナブンもプリント届けてくれてありがとう。また来てねー」
「もう来ねーよっ!」
カナブンは捨て台詞を吐きながら怒り心頭な表情だ。
しかし、少し頬を赤らめている。
心なしか、カナブンの大きい背中がほんの少し小さく見えた。