第五話
「だからさ、そこで俺達の出番ってわけなんだよ」
「待て、話がさっぱり見えない」
熱っぽく語る同年の友人に対して、クレインは肩をすくめてみせた。
「仕方ないな、もう一回言うぞ。セラミテが、ファリドんところの奉公人であるミラに恋しちまったわけだ。ミラの方も満更でもないみたいで、二人の交際は順調に順調を重ねてた。
ところが、お前もご存知の通り、セラミテんところの一門とファリドんところの一門は、東方遠征のゴタゴタで揉めちまってる関係で、メタクソに仲が悪い。
ファリドの家族自体は二人の交際を許してたみたいなんだが、ついに一門の重鎮グランベル卿にバレちまったからさあ大変。
ミラはグランベル卿の家に召し上げられてセラミテとも会えず、挙句ミラ自身は同門の奉公人に嫁に出される算段だってことらしい。」
恐らくは他の場所で何十回と繰り返してきたのだろう、無駄のないあらすじは原因と概要と問題を把握するに最適化されていた。
全く持って素晴らしいことだとは思うが、クレインが彼に問うたのはそういうことではない。
ため息をつきながらも、今度は聞き方を変えてアプローチしようとしたその刹那、問題の当事者であるセラミテが口をはさんだ。
「キース。満更でもない、は違うぞ。ミラも、俺を愛している。俺たちは愛し合っている。疑いようもないほどに」
「あー、そうだな、そうそう、そうだ。疑いようもなく愛し合っているんだ」
「だからさ、そこで俺たちの出番ってわけなんだよ」
ここまで、寸分たがわず全く同じ口上を、セラミテの合いの手を含めて都合三度聞いたわけである。
キースだけでなく、セラミテに対しても頭を抱えつつ、クレインは観念して話を前に進めざるを得なかった。
「状況はわかった。その二人の恋路と政治的対立の問題に対して、具体的に何をどうするよ」
「そりゃお前、なんとかしてミラとセラミテを元通り愛を育める環境に戻すにきまってるじゃないか」
「過程を省くなよ、過程を」
「元通りでは心許ない。前以上に俺たちの愛が燃え上がるようにしなくては」
「そうそう、前以上にだな」
ますます頭痛がしてきたが、この二人はいつもこの調子であるからして、こちらもいつもと同じ対応をすれば良いことにようやく気付いた。
すなわち放置である。クレインは気を取り直して、もう一人の当事者と話を進めることにした。
「ファリド、ミラって子が結婚するのは確かなのか」
「そうだな、グランベル様の下へ行かれてからは確かな情報は無い。親父が言うには、可能性は高いと思う、とのことだ」
「まじかー。まあ、そうでないと召し上げる意味ないもんな。一応聞くけど、お前の側からなんとかするのは難しいか」
「せいぜい頑張って、式の日や場所を聞き出すくらいだろうな」
年長者のファリドは、既に従軍の経験もあってか流石に落ち着いているが、特別状況が進展する情報を得られたわけでもない。
どうしたものか、と思案したクレインは、傍らに立っている、この場にいる最後の一人に目を向けた。
「どうする、トール」
「クレインの好きなように。といっても、なんだかんだで、もう『なんとかする』方向に意識がいってるでしょう」
その通りだった。ファリドに話を聞く時点で、どうにかできないかどうかを無意識のうちに問うてしまっている。
図星を突かれた、というよりは、自分の事をよくわかってくれているのだろうと思う。
出会って9年が経過し、自分よりも背の高くなった義弟ではあるが、控え目ながらもいつもクレインの心中を推し量り、後押しをしてくれている。
剣も馬も、学術も教師陣が押しなべて舌を巻く出来のクレインとは徐々に差がついてきてしまってはいたが、そんなものとは違う、とても、得難いものである、と感謝せずにはいられなかった。
そんなひと時の感傷をぶち壊すのがキースである。
「お、やはりクレインだ。頼みますぜ我らが大将」
トールに見透かされたのはいいとして、結果的にこのお調子者に乗せられた形になったのは、実際許し難かった。
とはいえ、心中ではもう既にこの事件に積極的に参加することを決めてしまっている。
なんとも腹立たしかったが、とりあえず広めの額をぺちん、と叩くことで一応の仕返しとすることにした。
はう、とひと鳴きしてうずくまるキースと対照的に、セラミテの方は驚愕の表情でクレインを見つめていた。
「本当に?本当に、手伝ってくれるのかい」
先ほどまでの、ある種ふざけた雰囲気はどこへ行ったのか、目には涙を浮かべ抱き着いてくる始末である。
何事か、とクレインは他の三人を見比べたが、一人は無表情、一人は微笑み、そして一人はうずくまってうめいている。
事態の急変に戸惑いつつも、どうにかセラミテを落ち着かせ、話し合いの場を自身の家へと移すと決めた頃には既に日は傾き始めてしまっていた。