2. 栗本舞香のこと 2
「隆一郎さん。」
ある日、舞香は私に特に深刻な表情をして言った。低音の声もいつになくシリアスだ。
なんで舞香が私を姓ではなく名で呼ぶようになったのか、定かではないのだが、最近はずっとそうなのだ。
「ちょっとお話があるんです。」
「話? 何?」
「ここではちょっと・・・」
「そうか。」
私は舞香と話をするために、どこに行こうかと考えた。
その時、私はミスコン事務局のある3階建てのビルの3階にある事務所にいた。
普通ならこういう時、気の利いた店とかに行くのだろう。私はなにぶん倉庫係ばかりやっていたせいで、そんな店に行ったこともない。
なにしろ女性と付き合った経験もほとんど無いもので。
そこで私が思いついたのは、ビルのトイレの裏だった。そこなら人もこない。
「じゃ、裏のトイレのところに行こうか。」
舞香は素直についてきた。
そこに着いても舞香は話だそうとしなかった。
「どうしたの?」
「いえ・・・」
「なんでもいいから話してごらん。誰にも言えないようなことなら、私は決して人に言ったりしないよ。」
突然、舞香は泣き出した。
かなり深刻そうな表情だったので、泣き出すことは予想していなかったわけでもないのだが、やはりうろたえた。
どうしていいのかわからず、私は思わず舞香の肩を抱いた。
セクハラになったりしないだろうか・・・
「私、どうしても人に言えなかったことがあるんです。
舞香はありがたいことに、セクハラとは感じていないようだ。騒いだりはしない。
「どんなこと。」
「子供の頃のことなんです。」
「うん。」
「私、小学6年生だった頃、担任の先生に変なことされたことがあるんです。」
そんな話がはじまるとは予想していなかった。
舞香の話だと、彼女は小学校から私立の名門女子校に通っていた。その当時、小学6年の担任だった男性教師に、数回にわたって性的ないたずらをされた。
要するにそういうことだった。
「誰にも言えないことだったんです。」
「誰かに相談したりしなかったの?」
実は、舞香は他の先生にこの話をしたらしい。その結果、校長にまで話が行ったようだ。ところからそこから先がひどい話で、学校としてこれは不名誉なことだと考えた校長は、舞香を呼び出して堅く口止めしたらしい。
その時、舞香もこんなことになるとは思ってはおらず、校長に口止めされたことで強いショックを受けた。
「ひどい話だなぁ。」
「ずっとトラウマみたいになっていたんです。」
「親は知ってるの?」
「話してないです。校長先生が親にもいわないようにって言うので」
私は心から目の前にいる美女に同情した。同情という言葉でしか表せない感情だった。
「きっと時間が解決してくれるよ。いつか忘れてしまうもんさ、心の傷ってものは。」
私はやっとそれだけ言えた。54年も生きてきて、こんな程度のアドバイスしか出来ない自分が情けない。
だけど舞香はやっと笑顔をみせた。
「優しいんですね。隆一郎さんは。
きっと私の話を聞いてくれるとおもったんです。」
バラの花のような笑顔で舞香はそう言った。
「お礼です。大好きよ。」
そして舞香は私の唇にキスをしたのだった。