1. 時給1200円の仕事でも・・・
「契約社員ですか。」
「そう、でも時給は良いよ、1200円だから。」
「はあ・・・」
1200円て、それくらいの時給のコンビニバイト募集ならあったような気がする。
私の表情を見た目の前の男は、ケケケケと声を立てて笑った。
「そんな仕事だよ。この仕事、ミスコンテストの事務局のスタッフてのは。」
松本ヨシノブ。
これが目の前にいる男との名前だ。
髪を茶髪にしてチャラい感じの男で、歳はまだ30代だと聞いている。見た目もそんな感じだ。
それでも200店舗を超えるファッションチェーンのオーナー社長だ。こんな男でも社長になれるのに、私ときたら・・・
「龍造寺隆一郎さん。すごい名前だよね、あなた。
でもさぁ。あなたもう54歳なんだろ。その歳でいい仕事につこうなんて、それはムリじゃん。
このミスコン事務局の仕事は、中身は簡単だし悪くないと思うよ。」
「はあ・・・」
私はそう言うしかない。
今まで勤めていた食品卸会社は、大学を出てから30年以上勤務していた。業績悪化でリストラの対象となった私は、三カ月前に会社を辞めたのだ。
いや、辞めさせられたというのが正しい。
今でも、上司の声が耳に残っている。「これから、君には輝かしい未来が待っているはずだ。」
そしてこれがその輝かしい未来らしい。時給1200円のアルバイトの仕事が。
松本ヨシノブは私の表情を見ながらケケケケと笑う。
「いい仕事だよ。
だって美人の世話なんて最高じゃん。」
「でも、どうしてあなたが直接やらないんですか。そんないい仕事なら。」
「そりゃ、今のファッションチェーンの仕事でそっちに手が回らないからに決まってるじゃん。儲かってるんだようちの店。
知ってる? うちの店のこと。」
知るわけない。
松本ヨシノブの店は、若者向けの服をそろえて人気のショップだということは聞いたことがある。スタイルのいい若い男女が写った広告の写真も見たことがある。
でも、私は53歳というだけでなく、メタボで腹が出ている。頭も剥げてしまってて、前からてっぺんまで毛がない。
さらに恥ずかしながら、私は独身で彼女いない歴イコール年齢というありさまだ。
こんな私に似合う服なんか、松本ヨシノブの店にあるはずもない。
ちなみに、中性脂肪の数値も高くて、健康診断では医者に行くように言われている。医者に行ったら金もかかるだろう。ここはやはりこの仕事を引き受けるべきだろうか。
「てもね、本当の理由は彼女に怒られちゃったんだよね。
ミスコンやろうと思って立ち上げたら、彼女がそれは浮気の相手を探すのが目的だろって怒り出しちゃってさ。
まあ、事実だから仕方ないんだけどさぁ。ケケケケ・・・」
松本ヨシノブは笑いながら言った。
「あなたにやってほしい仕事の内容は、ボクが立ち上げたミスコンテストの事務関係一切。
応募書類の整理から、出場することになった女の子たちの世話や、コンテストの会場設定なんかも。
1人でこなせるだろうけど、忙しければ手伝いをもう一人つけてもいいよ。」
「はあ・・・」
「はあって、あなたそれ口癖なの。」
「そうみたいです。」
「そうみたいですって、あなた面白いね。」
ケケケケとまた笑う。
結局、この仕事につくことになるのだろう。もう何社履歴書を突き返されたか。食品会社の倉庫係が大半を占める履歴書なんか、検討するにも値しないのかもしれない。
スズメの涙ほどの割増退職金もどんどん減っていく。
私は腹をくくった。
顔をあげて目の前のチャラい男を見た。
「やらせていただきます。お願いします。」