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それが彼らの魔術黙示〈リベレーション〉  作者: 太郎
第一章 かくして始まる魔術譚
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Day0 アヴァンPart4

「なんでも好きに注文して構わないよ。ああ、この店はコーヒーもおいしいが紅茶もおいしい。ダージリン、いやアールグレイの方が私は好みかな。あとシフォンケーキもおいしい。お腹がすいているならばホットサンドも――」


「あの、キルケ先生?」


 滔々と話すキルケ先生の言葉に割り込む。「どうしたのかな」と訊ねられる。

 どうしたのか、じゃない。だって――


「あの、この状況はいったい?」


「?」


 自分の意図をくみ取ってもらえていないらしい。説明調で俺は話す。


「自分はMPの世話になって、それでどうやってかはわかりませんがキルケ先生は助けてくれました。それだけでも意味不明なのに、なんで、喫茶店に・・・」


「ああ、そういうことか」


 キルケ先生はその後店員を呼び俺にお構いなしに注文を頼みだした。どうやら自分の分だけではなく俺の分もらしい。俺には全くわからない。この人が何を考えているのか。

 数分経った後にコーヒーと紅茶が届いた。キルケ先生は紅茶を自分に差しだし、自らのコーヒーに口をつけた。そして一拍おいた後に口を開いた。


「君はいいことをした、そういう自覚はないかい?」


「いいことを?」


「ああそうだ。君のしたことはそう簡単なことじゃない。だって君が相手をしたのはいかつい顔をした犯罪者であろう?周りの乗客は君を賞賛こそすれど、手助けをしてくれただろうか?」


「それは、なかったですけど・・・」


 まるでそこにいたかのように状況を理解してくれているキルケ先生。


「君は正義を貫いた。もし君が動かなければ、いったい何が起きていたか。想像してみるといい。列車のコア・クリスタルは盗み出され、列車はとまる。それから二次、三次と被害は拡散していく。君はそれを止めてみせた。他の人が動かなかったけど、君は動いたのだ。だから私は今鼻が高いよ」


「!?」


 俺、ほめられているのか?喜ばれているのか、俺のことに。でも、だって俺は――


「ああ、まだ君は私の生徒じゃないか。口惜しいね。君を我が生徒として誇れないのは」


 違いない、この人は・・・キルケ先生は、俺を。


「あの、キルケ先生」


「なにかな?」


「ありがとう、ございます。俺、こんなほめられたことなんかなくて。その自分で言うのも何ですか、気恥ずかしくて・・・」


 自分でも顔が熱くなっているのがわかった。俺はあの集落で誰かに喜んだり、ほめられたりしたことがなかった。けなされてばかりで、それでまたいらついて・・・でも、ここでは違うのかな。


「そうか。まぁ、とりあず、その紅茶を飲みたまえ。冷めては香りが半減する」


「はっ、はあ」


 そう勧められたために、俺も紅茶を飲まずにはいられなかった。ミルクを注ぎ、角砂糖を投入する。な

んだか一瞬キルケ先生が怪訝な表情を見せたが、それを気にせず一口。あっ。これおいしい!


「確かにミルクを入れてもおいしいだろうが、本当はストレートの方がアールグレイには合う。ミルクを入れるとわかっていたならアッサムの方が適している」


「はっ、はぁ」


 キルケ先生はもしかして紅茶がお好きなのだろうか?けれど無知なオレに話されてもなぁ。そういえば一つ未解決の謎があった。俺はキルケ先生に訊ねた。


「あの、いったいどうやって俺をMPから連れ出してくれたんですか?」


 キルケ先生は魔術学園の教師のはず。それなのにMPの人と知り合いらしかった。魔術学園の教師とMPの警官は共にエリート同士だが・・・何か関係があるのだろうか?


「なに、簡単なことさ」


 コーヒーのカップを置く動作に思わず俺は息をごくりとのむ。


「ゆすったのさ」


「えっ!!?」


 その爆弾発言に俺は驚きを禁じ得なかった。辺りを見回すと客や店主の視線を集めてしまったらしい。はずかしい。


「冗談」


「まるでそう聞こえないですよ・・・」


 だめだ、俺にはこの人がなにを考えているか全くわからない。あんな窮地を救ってくれたからいい人だとは思うのだけれど。思考の迷宮に陥りうなり声をあげる俺にキルケ先生は口を開いた。


「私のことを理解しようとしても難しいかもしれない」


「えっと、どうしてですか?」


「君はまだ若い。私のような老いぼれの考えを読もうなど、そんな難儀なことはしなくていいよ。若い思考は若い内にしかできないのだ。無理をして合わせてくれるまでもない」


「はっ、はぁ」


 えっと、老いぼれ?いや、キルケ先生は全然そう見えない。むしろ失礼ながら外見から年齢を判断したら俺と数歳しかかわらないように見える。とても美形だし、すっごいもてそうだ、キルケ先生は。


「先生もしゃれを言うんですね」


 俺は笑いながら言った。けれどキルケ先生は一瞬「なにを言っているんだ」という表情を見せた。でもすぐに俺の発言を理解したのか「ああ」と答えた。

 それから俺と先生はたわいない話に花を咲かせた。俺もお代を払うと抵抗したが、結局キルケ先生が全額支払ってくれた。結構高かったけれど「問題ないよ、このくらい」とキルケ先生は言ってくれた。申し訳ない気持ちがすさまじい。


「それじゃあアヴァン君。二日後に会おう」


「あっ、はい。えっと、これからよろしくお願いします、キルケ先生」


「ああ。こちらこそ」


 そうしてキルケ先生は自分の進路とは反対の東地区へと歩いて行った。

 さて、これで俺も一人か。地図を取り出して確認する。駅から徒歩10分という最高の立地。そこが俺の新居だ。


「よぉし!」


 これから俺の新しい生活が始まる。俺は夕焼けを背景にるんるんとアパートを目指した。



 アパートの大家さんから鍵を受け取り俺はようやく新居に辿り着いた。既に日は沈み外は真っ暗。荷物の整理は明日にしよう。

 我が家は六畳の居間にトイレとシャワールームとキッチン付きという極めてシンプルな部屋。家賃は毎月5万G。平均よりやや安めだ。駅前でこの金額はどう考えても破格。いわくつきかと疑ったが、どうやらここの大家さんは魔術学園のOBの方らしい。それで学園の生徒にはこの金額で宿を提供してくれているそうだ。

 とりあえずシャワーを浴びることにした。そして濡れた髪を乾かした後に俺はベッドに横になった。

 やっぱり体を休めると心が落ち着く。それと同時に今日の出来事があれこれとわき上がってきた。本当に今日は内容の濃い一日だった。

 朝目覚めて、支度してカラナンを後にした。爺さんのあれは見送りでもなんでもなかったけれど――


「レーン・・・」


 別れ際のことを思い出してしまう。レーンは強い女の子、親友の女の子。そんな彼女がはじめて見せたあの表情が、なぜか鮮明に思い出せてしまう。いけないことだとは思う。だけれどもなんだろうかこの気持ち。胸をしめつけられるような・・・

 だめだめ、切り替えないと。レーンには感謝しているけど今日からは一人暮らし。頑張っていかないと!

 えっとそれから列車で戦ったなぁ。あんな露骨に敵意をむき出しな相手ははじめてだった。一応俺の力は通じていたみたいだし、というかあのレーン仕込みの技術だし自信を持つべきかもしれない。けれどコア・クリスタルをなんで盗もうとしていたのだろうか。売れば高いとかなのだろうか。

 最後にキルケ先生のことが思い浮かぶ。正直あの人はよくわからない。けれど間違いないことがある。あの人はとってもいい人だ!だって初対面なのに俺のことをほめてくれたし、それに奢ってくれた。そんな人が悪い人なわけがない。


「さて・・・」


 次第に眠気が増してきた。今日は疲れたしもう寝ることにしよう。明日は荷物の整理をしていたらきっとすぐ終わるだろう。そうしたら明後日、入学式だ。あぁ、やばいな、今俺とっても幸せだ!

 そんな高揚を覚えながらも、俺は知らぬ間に眠りに就いていた。

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