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それが彼らの魔術黙示〈リベレーション〉  作者: 太郎
第一章 かくして始まる魔術譚
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Day0 アヴァンPart3

「はあっ、はあっ・・・」


 急に走り出したものだから息が乱れている。まわりの乗客たちが、すずしい車内でただ一人汗を浮かべる俺を変な目で見ているのがわかった。気まずくて、ぎこちなく作り笑顔をし「どうもどうも」と言いながら席を探す。

 車両11の5列目のC席は・・・ここか!

 荷物を上に持ち上げる。発進から三分経って、ようやく俺は席に着くことが出来た。座席は弾力性のあるクッション。王都への長旅を快適に過ごせるようにといった設備である。

 窓からは遠くにカラナンが見えた。こうして見るとやはりよくあんな所に住んでいたと思えてしまう。


「しっかし、すっげぇーな、これ」


 改めて列車の凄さに驚く。こんな鉄の塊が魔術で動いているなんて信じられない。

 普通に考えたらこんな鉄の塊は動かない。魔術が普及する以前の世界では魔素に変わる燃料により列車を動かしていたらしい。しかしエルフ族から魔術の叡智を授かった人はそれの研究を重ね、ついには魔素を利用した魔術により列車を動かすことに成功し、現にこうして俺はそれに乗っているわけだ。魔術は奇跡を起こすものという定義は本当にしっくり来る。

 列車に乗るのはあの時を除けばこれが初めてでとても新鮮だ。人々は指定した座席に座り、思い思い好きなことをしている。本を読んだり、文書を作成したり、って、俺だけなんもしてないじゃん!しまったなぁ、本なんて読むのが面倒だから一冊も持ってきてないし、それ以外にもやることなんてないし・・・まぁ外でも眺めて王都に着くのを待つとするか。


 *


 列車が先に進むにつれて、景色も段々と変わって行く。ゴツゴツとした山の麓から出発したわけだが、今は見渡す限りに草原が広がっている。セリス王国は広大な領域を支配しているが、人が住めるように開発がされている地域は少なくて、こうやって緑が生き生きしている所が多い。精霊族。彼らのためにだそうだ。そもそも彼らがいないと人もエルフも魔術を使えないのだから、我々は彼らの生活を邪魔してはならない。とは言え彼らは目に見えるわけではないから、本当に存在しているのかと俺は疑問である。


「だから!何処にあるかって聞いてるんだよッッ!!」


 車内の閑静を破るかの如く響いた怒声。それと同じくして一人の男性が前方車両から俺の乗る車両へと吹き飛んできた。周りの乗客は一斉になにが起きたのかとおそるおそる身を乗り出す。俺も同じく座りながら通路へ首だけを伸ばし状況を観察する。渦中の人物は二人。一人は先ほど吹き飛ばされた男性。格好からするにこの列車の乗組員のようだ。もう一人はどう見てもカタギには思えない風貌。髪の半分は赤、もう半分は青に染まっている。腕には極太のブレスレットを巻いていて、首元には鎖のようなネックレスをしている。その見た目に加え、眼光は恐ろしいほど鋭い。彼の放つ視線は野次馬と化した周囲の乗客を萎縮させている。

 そうして見ている内に前方車両からまた新たに二名がこの車両へと侵入してきた。一人は昨今じゃ一切見なくなったパンチパーマを、もう一人は先に伸びたリーゼントをしていた。どうやら先に現れた赤青髪の男に二人はへりくだっている様子。それから考えるに、もしかして後の二人は手下とかなのだろうか。


「でっ、ですから、お客様にそのようなことはお教え――」


「ディオ様の言うことが聞けねぇーのか、あぁん!?」


「ひぃっ!!」


 パンチパーマをした男が一歩前に進み、そして乗組員の胸ぐらを掴んだ。

 ただ事ではない。それは明らかであった。

 周りの乗客は彼らに声が聞こえないようにひそひそと話をしている。しかし誰もあの人たちと関わろうとはしない。確かに無理もないかもしれない。だって、あれは普通(・・)の人間じゃない。関わりでもしたらなにをされるか。


「ディオ様は優しい方だからなぁ!今ならまだおまえを助けてくれるだろうよ」


 リーゼントをした男が今度は乗組員の頭を鷲掴みにした。乗組員の表情は横顔からでもわかるほど真っ青になっている。


「ですからコア・クリスタルがなければこの列車は・・・」


 その言葉にディオと呼ばれた男はやれやれという感じに首を振った。

 コア・クリスタル。確か大気中の魔素をかき集め動力へと返還する装置だったけ。それが彼らの目的の品なのか。でもいったいなんでそんな物を?


「わりぃーのはおめぇーだからな!痛い目見たくなければ、さっさと場所を吐けばよかったんだよ!!」


 ついにディオは動いた。そして右腕を大きく振り被り、固定された乗組員の右頬めがけて拳を放った。

 あの勢い、間違いなくただではすまない。俺にはわかる。難度も殴られてきたんだから。それが当たれば確実に乗組員はーーああ、もうっ!見てられるか!!


 通路へと駆け出る。そして即座に右手をかざす。


「《迅雷よ、駆けろ》ッ!!」


 バチリバチリと音が鳴り、そして一筋の稲妻が通路を前方へ向かって駆け抜けていく。


「ッ!なにっ!?」


 当たる寸前でディオは身体を反らしたために、稲妻は壁へと直撃する。壁には大きな穴が開き、その周りは焼き焦げる。


「なんだ、てめぇっ!」


 ディオ、そして取り巻き二人の視線は俺へと向けられる。三人だけではない。この車両にいる全員の視線は俺へと注がれている。



「一体何者だ、てめぇ」


 通路を進み、ゆっくりとディオへと近付いていく。


「名前はアヴァン。あんたの悪事、見過ごせなくてさ」


 俺へ向けられた眼差しからは警戒の念が見受けられる。近づくにつれてディオは一歩、二歩と後退していく。乗組員さんは三人の拘束から解き放たれ、急いで俺の方へとやってきた。


「あの、大丈夫ですか?」


 コクリとうなずかれる。乗組員の外見から判断するにそこまで怪我はしていないようだけれど、しかしネクタイが乱れていたり、腕には軽い擦り傷が。それに吹き飛ばされたことから考えるに相当痛みはあるはず。


「えっと、貴方はその・・・公認の魔術師の方ですか?」


 公認魔術師。その言葉を知らない者はいないだろう。セリス王国公認魔術師試験を突破した者に与えられる資格。いわゆる魔術師のエリート資格であり、俺の憧れでもある。けれど自分はそんなたいそうな身分ではないわけで。


「いえ、ただの通りすがりです」


 今の俺は乗り合わせた魔術師にすぎない。肩書きなんてもの、今の俺には一切ない。


「アヴァンか、ふふふはははははっっ!!!」


 この車両、いやこの列車全てに響き渡るような鼓膜を突き破るかと思うぐらいのディオの大きな笑い声。なにを笑って――


「調子にのるなよガキぃ。誰に喧嘩売ったのか、わからせてやる」


 ディオは高く左手を掲げる。それを合図に取り巻き二人がナイフを腰から引き抜いた。



 もはや三人は俺への敵意、いや殺意を隠そうとはしていない。このような相手と戦うのはこれがはじめてだ。いつもの相手はレーンか爺さん。レーンとは魔術の模擬戦、爺さんとは殴り合い。二人とも俺にどこまで本気で戦っていたのかは不明だが、今のこいつらには手加減なんてものは存在しないだろう。俺を殺す。そのことが彼らの脳を支配している。あの目つき、殺人に躊躇いなんてないようだ。

 構えからするに、ディオは俺と同じ魔術師のようだ。けれど取り巻きは違う。一人の魔術師、二人の近接戦闘員。さて、どう来る?俺ならどう動く?

 きっと彼らはこういうこと(じっせん)になれているのであろう。その結果身についたのが溢れんばかりのあの殺気。思うに彼らは俺をなめている。それならばあいつらは--


「ふう、はあっ」


 目を瞑り深呼吸をする。ここから先に油断は致命的となる。だから精神を統一し、イメージをする。彼らの動きのシミュレーションを。そしてこれから起こること、否、起こすことを!


「なに目を瞑ってんだよ!!《絡み取れ、我が蔦の暴威》ッ!」


「《迅雷よ、貫け》ッ!」


 俺の放つ迅雷とディオの蔦の一撃が衝突する。拮抗。宙で激しい衝突が起こり、相殺。


「あめぇーんだよ、ガキィッ!」


「これでもくらいなぁッッ!!」


 くだけ散る蔦により生じた煙の中から現れる取り巻き二人。ナイフを振り被り、そしてそれは俺を目掛けて放たれる。悪いけれど――計算通りっ!


「はぁぁぁっっッッッッ!!」


 放たれた一撃の速度のズレを利用する。先に伸びたリーゼントの腕を掴み、そして思いっきり後方へと引く。俺の腕を引く力に耐えきれなくなったリーゼントは後方へと吹き飛んでゆく。

 そしてもう一人、パンチパーマに対して振り被った右腕の拳に力を込め、顔面めがけてそれを放つ。


「グアッハッ!」


 俺の右ストレートはパンチパーマへと直撃し、情けない声を上げながらパンチパーマは前方へと吹き飛んでいく。


「畜生ッ!」


 即座に翻る。立ち上がったモヒカンがナイフを突き立てこちらへ向かう。猪突猛進という言葉がこんなに似合う状況はない。


「ハアッ!」


 突進を交わし、伸びきった腕に肘をくらわす。そして痛みに悶える隙をつき、左足を振りかぶり腹部を目掛けて蹴りを入れる。そして少し捻りを加えることでリーゼントもまた「ぐあっ!!」と腑抜けた声をあげた。


 これで二人無力化した。残るはディオ。手をパンパンとたたき合わせ、そして俺はディオへと振り返った。


「んだっ!てめぇ、一体!?」


 唖然、という表情をしている。それに腰が引けている。想定外だったんだろうな、この状況は。しかしこれはこちらにとっては好機。畳みかけるならば今。


「何度でも言うよ。俺はただの通りすがりさ」


「ただの通りすがりの魔術師が俺らに敵うわけねぇーだろ!!何なんだよ、なんなんだよ、てめぇっ!!」


 激高に続き蔦の一撃が連続して放たれる。しかしどれも正確さも威力もない。俺は軽い雷撃を放ち、それを相殺していく。

 蔦の弾丸の雨が落ち着いたところで俺は駆け出す。そしてディオへと肉薄する。見かけは厳ついのに足が震えている。魔術に頼りきりで懐は完全に無防備。

 右手を引き力を込める。そしてそれを思い切り放つ!


「はあああああああっっっっッッッ!!!」


 拳は直撃しディオは前方車両へと吹き飛ぶ。そしてそのまま彼は気絶したようだ。



「ありがとうございます、アヴァンさん」


「いえいえ」


 周りからは拍手が巻き起こり、なんだか照れくさい。こういうのも悪くないかもしれないと思える。


「何かお礼を・・・・・・」


「結構ですよ。俺はただ当たり前のことをしたまでです」


 言い終わると同時に汽笛がなった。どうやらかれこれ出発から時間が経っていた様で、もう王都へと着いたらしい。はやく王都に大地を踏みしめたい。俺は座席に戻りキャリーケースを下ろし、そして駅員さんへと挨拶した。


「それでは失礼しま――」


「動くな!貴様だな、報告をうけた魔術師は!!」


「へえっ!?」


 振り返ろと、視界に入ったのは青い魔術礼装を着た三人の男性。彼らは俺に対し即座に魔術を撃てる体勢をとっている。


「えっ、あの。なんでしょうか?」


 まるでわけのわからない状況に俺は問いかける。聞こえるのは乗客たちのどよめき。そんな周囲の様子を尻目に、はじめに俺に話をかけた男性が口を開いた。


「魔術法第六条、貴様は知らぬのか?」


「・・・あ」


 ここに至ってようやく自分の置かれた状況を把握した。そういえばレーンに「いい、アヴァン。何があっても学園入学までに魔術を行使しちゃだめだよ」って言われてた。六条とか言われてもよくわからないけどつまり俺はやってしまったらしい。そしてこの人たち、MPって警察組織の人たちっぽい。


「状況を理解したようだな。署へと着いてきてもらうぞ!」


 瞬く間に俺は囲い込まれ、拘束された。その後三人に連行され、駅前すぐのMPの署へと連れていかれるのであった。

 

 

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