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それが彼らの魔術黙示〈リベレーション〉  作者: 太郎
第一章 かくして始まる魔術譚
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Day0 アヴァンPart1

「うっさいわ、くそじじいぃぃっっーーー!!!」


「なんじゃと、くそまごぉぉぉっっーーー!!!」


 まったくこの爺さんは(おれ)の気持ちをわかっていない。否定、否定、否定で、一切俺の気持ちを理解してくれようとしない。いつもそうだ。爺さんは俺のすること、俺の思うことにケチをつけては認めようとはしない。

 俺は爺さんの胸倉を掴み、爺さんは俺の胸倉を掴む。もうどちらが殴りかかるってもおかしくなくなった。今日こそ爺さんに一矢報いてやると拳を振りかざそう、と思ったタイミングで、俺の隣に座っていたレーンがついに俺らの間に割って入った。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


「なんじゃい、お前さんはこのくそ孫の味方するんかいっ!?」


「ちがうよな、レーン!お前は俺の味方――」


 俺がそう言いかけてまもなくレーンは一度俯いて即座にスッと頭を上げた。そして彼女の怒鳴り声が、閑静なこの集落に響き渡った。


「いいかげんにしなさぁぁぁぁぁーーーーいっっ!!!!」


 *


「まったく、二人はいつもいつも喧嘩ばかりして」


「申し訳ないのぉ、このくそ孫が」


「ごめんなレーン、このくそ爺さんのせいで」


「ほら、そこ。また火花散らさないっ!もぉ、ほんと私がいなかったら……」


 レーンにより俺と爺さんは正座をさせられていた。いい歳をした爺さんがざまぁないなと思ったけれど……俺も大して変わらないな。

 俺と爺さんは毎日のように喧嘩してばかりいる。何か起きる度に対立する意見を持ち、論争をし、果てには殴り合いにまで発展する。結果は、五分五分…ではなく圧倒的に爺さんが勝っている。悔しいけれど俺じゃ爺さんには勝てない。だって爺さんは――まぁ、俺は日中爺さんに顔を合わさないように努力しているわけだけど、この時間は違う。「ご飯はみんなで一緒に食べましょう」というレーンの方針により、俺たち三人は揃って食事をしている。

 かれこれレーンの説教が始まってから数十分経過している。毎日の俺らの喧嘩はレーンの仲裁により形式的かつ一時的な和解がなされているわけだが、流石にレーンもストレスが溜まったのだろう。今日の説教の長さは仕方ないのかもしれない--


「ちょっとアヴァン!私の話、ちゃんと聞いてる?」


「あっ、はい。すみません。聞いています」


 上の空で聞いていたのがばれてレーンにしかられてしまった。俺が謝るとレーンは気にせず説教を再開したが、隣の爺さんは俺のそれにクスクスと笑っていやがる。殴りかかりたい。けれど彼女の手前、そんなことは出来ないわけで。

 今俺たちに説教している彼女、レーン・エアリアは俺と爺さんの家に居候している。かれこれもう五年近く一緒に暮らしているが…本当に彼女には助けられてばかりだ。彼女という仲裁役がいなければ俺はとっくに家を飛び出していただろうし、彼女がいなければこの家の家事全般が滞ることだろう。

 別に彼女は説教好きとかお節介な性格というわけではない。普段は明朗快活で、この集落の誰とでも仲良く話す気さくな性格である。キャラメルのような茶色の髪は肩の長さまでのびていて、桃のようなピンク色の瞳はくりっと大きい。俺とレーンしかこの集落に若い人間がいないから比較なんてできないけれどレーンはかわいい感じの子なんだとは思う。と言っても、長く一緒に暮らしているわけで俺にとってはもはや家族のような存在だ。きっと彼女もそう思っているはず--


「けれど、おじいさま、今回の件は私にも責任があります」


「うん?お前さんが一枚噛んでいると?」


「あっ」


 あれこれ考えていてまるでレーンの話が頭に入ってこなかったが、「今回の件」というワードが出たことで思わずはっとした。

 レーンは俺をちらりと見て、再び爺さんのほうへと視線を向けた。

 今回の件――すなわち俺の夢を賭けた壮大な計画。もちろん爺さんにはばれないようにと計画を進めていたわけだ。自分の夢なのだから、本来自分の力で進めるべき計画ではあったのだが・・・残念ながらそうはいかなかった。レーンの多大な助力により計画は最終段階まで移行し、ついに爺さんに話すときが来た。

 もはや計画は止められない。阻止不可能な段階で話したのであれば爺さんは受け入れざるを得ない――そういう目論見だった。しかし、まぁ、やはりというべきか、今日も今日とて喧嘩になったわけだ。

 今回の一件は重大だった。それだけに爺さんがレーンも協力していたと知ったならば、爺さんのレーンに対する評価も下がってしまう。そのようなことは避けようとレーンには今回の件への関与は否定しろとは言っておいたのだが、彼女は黙ってはいられなかった。


「レーン、俺が言う。今度はその、なんだ。ちゃんと冷静に話し合おう、爺さん」


 頭も冷えてきたし、喧嘩していても話は進まない。受け入れてもらうほかない状況だし、拒絶されても俺は絶対行くが・・・それでも爺さんに、唯一の血縁者に言葉で認めてもらいたかった。


「先に取っ組み合おうとしたのはどちらだか」


「あぁん!?」


 「コホン!」と咳ばらいをするレーン。いけない、また右手が動いてしまった。しかしこうもけんかっ早い爺さんと孫を前にして一歩も引かないレーンはほんと勇気があると思う。


「それでだな、爺さん」


「おう、詳しく話してみ、孫」


 仕切り直しだ。ようやく爺さんの「クソ」がぬけた。交渉の席にようやくついたという所。爺さんは白と黒が入り混じった髭の生えた顎をさすりながらようやく俺と視線を合わした。


「前から何度も言っているけれど、俺はやっぱり魔術の道に進みたい」


「そんなこと、繰り返さんでも十分知っとるわい」


 「知っているならば理解しろ!」と思わず口からでそうになるが、ぐっとその気持ちを飲み込み、話を続ける。


「何度も何度も俺は爺さんを説得しようと試みたけど、それでも爺さんは俺を認めなかった」


 爺さんはコクリとうなずく。隣のレーンに目をやると、彼女は真剣な眼差しで俺を見ていた。


「まあ、今回の件は確かに強引だったとは思う。でも、そうでもしないと爺さんは俺のことを――」


「もうよい。もうよい、アヴァン」


「爺さん?」


 爺さんは湯飲みを口へとやり、こちらをまじまじと見つめた。見慣れぬ爺さんの眼差しに気圧されるが、ここで目線をそらすわけにはいかない。


「もう、決まったことなのじゃろう?今更どうこう出来ることじゃないなら、もはや儂は受け入れるしかなかろうな」


「爺さん、それじゃあ――」


「ちぃっと、夜風を浴びてくる」


 爺さんはそう言ってそそくさと玄関から外に出ていった。残されたレーンと俺は顔を見合わせた。


「レーン、俺・・・」


「やったね、アヴァン!!」


「うぉっ!」


 両腕を広げレーンが俺に抱きついてきた。思わぬ行動に俺は体勢を崩しその場に尻餅をついてしまう。おしりは痛いがレーンは無事そう――!?


「れっ、レーンっ!!」


 間近にはレーンの顔が。彼女からなんだかあまい香りがして、それが鼻腔をくすぐる。胴体にはやわらかいものが――やばい、やばいっ!煩悩が、理性が、俺の男心がっ!


「あっ、アヴァン?どうしたの?」


 心配そうにこちらを見るレーンの瞳には、顔を真っ赤に染めた俺が写る。ぼっさぼっさの赤い髪、群青色の瞳。そんなだらしのない俺の姿を見ると、なんだか萎えてきて、だんだんと落ち着きを取り戻すことが出来た。


「レーン、その・・・取り敢えず、俺からどいてくれるかな?」


 ようやく今のきわどい状況を彼女も理解してくれたようだ。レーンの頬がりんごのように赤く染まっていく。それと同時に俺から降りて、こじんまりと体育座りをするレーン。顔を染めたままぽつり「ごめんね」と言われ、俺はすぐに「こちらこそごめん」と返した。

 なおも落ち着かない理性を整えようと深呼吸をする。レーンは比べるまでもなくかわいい、それはわかっているつもりだった。きっと王都にだってこんなかわいい子はそういないだろう。だから、そんなレーンに抱きつかれたら俺はどうしようもない。彼女のためにもいち早く離れるべきだったけれどなんだか名残惜しさもあって・・・でも、俺とレーンは家族のような関係・・・だよ、な・・・・・・?


 レーンとのやりとりで乱れた脈も落ち着いて、今一度俺は爺さんの言葉を反芻した。回りくどかったけれど、つまり――俺の魔術学園への入学が認められた。そういうことだ!

 長かった。それでも叶ったんだ!

 思い出されるのはあの日の記憶。俺を助けてくれたあの魔術師、そして彼の放った魔術。途中で記憶は途切れているけれど、それでもあの魔術の輝きは忘れやしない。


「ありがとうな、レーン。お前の力添えがなかったらこううまくはいかなかった」


「ぜんぜんだよ、アヴァン。それより、おめでとう!これで晴れてアヴァンも――」


「ああ、晴れて魔術学園の新入生だ!」


 すっごい嬉しいけれど、これはあくまでスタートライン。学園に入学したからといって、優れた一流の魔術師になれるわけじゃない。しっかり勉強して、鍛錬して、そうやって夢へと近付くんだ。

 爺さんに無理やり認めさせた、という後ろめたさを感じながらも、俺とレーンはこの喜びを分かち合った。

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