Day2 アヴァンPart9
ついに始まる授業に胸の高まりが治まるわけもなく興奮気味。ああ、ここから始まるんだ、俺の学園生活が!
わくわくして待っていると、間もなくしてキルケ先生が教室に現れた。すらっとした姿勢を崩さず歩くキルケ先生は本当にさまになっている。
「では、はじめようか」
キルケ先生は教壇に立つと、一拍おいて話を始めた。
「魔術。君たちはそれにどれほどの理解があるだろうか。手始めに『魔術とは何か』という問いに、皆はどのように答えるであろうか?」
魔術かぁ。いつだかそんなことを考えたけれど、やっぱり「帰責を起こす力」というのがベターな解答なんじゃないかなぁ。
「君たちの多くはきっと一般に言われている定義を思い浮かべたであろう。一般の定義曰く、『奇跡を起こす超常的な能力』だ。これは魔術師でなくとも知っている常識である。けれどこの定義には今なお論争がある。魔術はもはや『一般的』なものだから『超常』などというのはおかしいとか、だ。私としてはこの定義を気に入っていてね。なによりわかりやすい。何事も単純明快なほうがいいと私は考えるね」
確かに複雑なことなんてわかりづらいだけだし、気楽に生きていけるならそれほど楽なことはないよなぁ。なかなかキルケ先生とは気が合うかもしれない。
「さて、前置きから本題に入ろう。今日は魔術の種類について講義しよう。なかなかに厄介なテーマになるから適宜テキストを参照してほしい。一応板書はするが、口頭でも重要なことを言うつもりだ。聞き逃さないようにしてくれたまえ」
ノートを開いて一ページ目に今日の日付やら授業名やらを記入する。
「まず魔術とは何か、という前置きの詳しい補足から入ろう。例えばの話をしよう。火を起こすとすると燃料が必要だ。水を作ろうと思えば水素と酸素が必要だ。これはさも当たり前のことであり、疑う必要はない。しかし魔術というものは、この法則を覆す。実際に見せよう」
そう言うとキルケ先生は手を前方に掲げた。それからキルケ先生の手を中心とした赤い魔法陣が浮かびあがり、一メートルの炎が立った。
「このように『ありえないこと』、すなわち奇跡を起こすのが魔術の本質である。諸君らも理解している通り、魔術は強大な力を持つ。ゆえにその裏返しとして大変危険な力ともいえる。であるから魔術は通常の営みとは別次元の対応がこれまでされてきたわけだ。具体的に言えば、魔術に関しては固有の法規範が整備されていたり、最も身近な例を挙げるならばこの学園が設立されていることだね」
そしてその法律に違反したわけですね、俺は。レーンから言われていたけどまさか法律で魔術が制限されているとはなぁ。でも確か今は多少制限はあるけれど、結構自由な身分なんだよね。
「さて、本当はここで魔術の歴史について触れたいが、それはまた別の機会にしよう。魔術の分類について板書する」
キルケ先生はチョークをとり、黒板に文字を書き出した。ああ、かっこいい人が文字を書くとその文字もきれいになるのかな。それに比べ自分の字ときたら…
(1)精霊・非精霊
(2)攻性・守性
(3)詠唱形態
「ここに書いた三つの観点において魔術は分類される。そうだね、今日は(1)について触れようか。これは他の二つより少し難しい内容だから、注意して聞いてほしい」
ここから先はレーンからあまりよく聞いていない内容だ。集中して聞かないと!
「精霊魔術。それはその名の通り、この世界に生きる精霊の力を借りて行使される魔術。精霊について触れておこう。この世界に存在する精霊の数は無数。『神秘』ともいえる彼らの存在について、わかっていることは事実極僅か。ただ、どうやら彼らには十の属性が存在し、さらに一属性につき下級精霊、上級精霊、精霊公なる存在がいるらしい」
精霊の存在については知っていたけど、まさかそんなに種類があるとは思わなかった。いったい何なんだろう、下級精霊とか上級精霊って。
「この下級、上級、精霊公という区分について、これは精霊魔術の枠組みに大きく関係している。下級精霊の力を借りて行使される魔術を典型魔術、上級精霊の力を借りて行使される魔術を想念魔術、精霊公の力を借りて行使される魔術を無上魔術と呼ぶ」
あぁ、なるほど。力を借りる精霊によって魔術の名称が変わるのか。えっと、でもその典型魔術とか想念魔術っていったい?
「典型魔術、想念魔術、無上魔術の順で必要な魔素は上がるし、詠唱難度も上がっていく。では、それぞれについて補足していこう。典型魔術。これは君たちの中でも既に詠唱が可能な者も多いだろう。典型魔術はその名の通り魔術の初歩であり、とても重要なものだ。これは単純なフレーズを詠唱することにおいて行使される。例えば――」
「《焔球》」
キルケ先生は宙に向けて燃えさかる球を放った。それは天上に辿り着く寸前でポンっと消えた。
「このようなものだ。とても簡単なものであろう?次へ移ろう。想念魔術。これは大変自由度が高い、魔術師の個性が見て取れる魔術だね。君たちの目標到達地点でもある…のだが、どうやら君たちはレベルが高いのかもしれない。すでに習得している諸君もいるようだ。さて、これは詠唱式の中に属性をもつ語句を埋め込み詠唱をする。ただ語句を言うのでは精霊は応えてはくれない。それ故、精霊が応えてくれるような詠唱式でなければならない。そう、これには慣れが必要だ。慣れない内は、精霊は君たちの求めに応えてはくれず、結果として詠唱は魔術として発現しない。けれど安心したまえ。修練を積めば諸君なら詠唱できるようになる。手本をみせよう」
「《すべからく、燃やし尽くす業火》」
今度は宙が炎により包まれる。ボボォッと燃える炎に、一同は驚きの声をあげる。
うーん。もしかして俺が使っていた魔術ってこれだったりするのかなぁ。そうなると一段階飛ばして立ってことになるけど。まぁ、難易度が高い魔術を使えていたんだし、素直に喜んでいいのかな。
「さて、最後だ。無上魔術。これは最高難度を誇る魔術だ。これに関してはかなり先天的な魔術適性が関わってくる。それだけじゃない、才能のある人間も相当に鍛錬をせねば行使できない魔術だ。これは想念魔術とは違い詠唱式は自由ではない。『魔術法典』と言う魔術の根源たる書物の一節でもって詠唱される。いい機会だから見せよう」
「《森羅に希う。我が名において、灼熱を顕せ》」
教室を全体を包み込む灼熱の炎。自分たち生徒には触れないけれどすぐ目前まで炎は迫っている。
あぁ、そうか。これが本物の魔術なんだ。自分が今までに使ってきた魔術とは格が違う。
「と、いう様なものだ。それじゃあ簡単にまとめをしよう」
しかし一つつっかかることがある。キルケ先生は無上魔術が高い難易度だといった。それを先生はたやすく行使してみせた。確かにキルケ先生は教師だし、それが一種の教師としての要件なのかもしてない、けれどそれを除いても――
そうこう考えている間にキルケ先生は板書を終えていた。
魔術名称 詠唱式 関連事項
下級精霊 典型魔術 単純なフレーズ 初歩的な魔術。魔術師ならば誰でも詠唱可能。
上級精霊 想念魔術 関連語を組み込む 自由度の高い詠唱。ただし難度は高い。
精霊公 無上魔術 一定の詠唱式 先天的な才能に加え、修練も必須。
「このようになる。諸君らの中から無上魔術を行使出来る優秀な者が現れることを期待しているよ」
キルケ先生が言い終えると同時にチャイムが鳴った。
「さて、今日はこれくらいにしよう。それじゃあ授業は終わりだ。お疲れ様」
キルケ先生はまたきれいな姿勢をして教室を去っていった。
「あのさぁ、リンカ」
「なに、アヴァン?」
俺は芽生えた思いを誰かに伝えたくて仕方がなかった。きっとこの思いはここにいる誰もが抱いているはずだ。けれどあまりのことにみんな口を開けずにいるんだ。
だからこそ、俺が言うべきだ。そんなよくわからない責任感が俺の口を開かせた。
「キルケ先生…すごくね?」