Day2 アヴァンPart8
「よし、問題ない!」
同じ過ちを二回もしないと固く誓った俺は昨日より1時間もはやく起きることに成功した。昨日は学園から無事に帰れたから、今日はそれの反対を行くだけでよいのだが・・・なんせ不安なもので、結局学園までの登校を脳内で三回シミュレートし、地図を広げてももう三回の卓上登校もした。これで迷ったら俺はもう学園に住み込むしかないのかもしれない。
昨日同様に買い置きしたパンをかじり制服に袖を通す。やっぱり着慣れないものだなと思う。今までフォーマルな衣服なるものを着ていなかった俺にとって、制服はカタッ苦しく思う。
「さて・・・」
歯磨きをし、どうにもならないぼさぼさの髪を放置し、準備完了。学園を目指そう。
*
まだ朝の早い時間のためさすがに人気が少ない。比例して学園の生徒もおらず、なんだか一人制服を着ていてはずかしい。
王都は都会と呼ばれてはいるが、決して緑が少ないわけではない。町の至る所に植樹されているし、この王都内にも原生のまま開発されていない区画もあるそうだ。自分のいるこの東区画は住宅街である。そういえば、いつだかレーンに頼んで住居を確保してもらったけれど、いい所を選んでもらえたなぁ。俺の住むアパートからすぐ近くには食料品店、日常品店が並んでいるし、わざわざ商業が盛んな西区画に足を運ばなくても済むし。
今のところ順調に進んでいる。この分だとだいたい…授業開始の一時間半前に着きそうだ!って、あの広い教室に一人で手持無沙汰に過ごさねばならないと考えると素直に喜んでいいものか。
そんな調子で進んでいた俺は、残すところ学園まで数分の直線に入ったところでようやく同じ制服を着た少女を発見した。その少女は金髪をしており、ツインテールでスタイルが良くて…って、もう該当人物は一人しかいないのでは?
しかしどうしよう。声をかける?昨日のことがある手前なんだか気恥ずかしい。彼女は言ってみれば高嶺の花、あこがれの的、学園のマドンナ。そんな彼女と登校してあのざまだった。それを二回もやったら確実に男子に恨まれ、ハブられるだろう。けれど、一応俺と彼女は知り合いだし、それなのに無視するのも気が引けるし――
「よっ、アヴァンっ!」
「うおっ!」
急に後ろから肩をたたかれてびっくりしてしまう。振り返ると、そこにいたのは紫色の髪をした同級生、エノであった。「この野郎!」と俺も肩をたたき返し、それから「おはよ」と挨拶。
「おはよう、アヴァン!」
そしてもう一人、後ろから現れたのは黄緑色のボブの髪をした少女ニーナが屈託の無い笑みを浮かべながら手を上げていた。その手にハイタッチをして彼女にも挨拶。
「なぁなぁアヴァン。おまえ、なに見てたの?」
「なにって?」
「スレイとアヴァンを驚かせようとしてたら、急にアヴァンの歩くスピードが遅くなってぇ」
「そんで違和感もったわけさ」
「ぎく!」
みっ、見ていたのか俺のことを!いや、しかし俺がなにを見ていたかなんてわからないはず。だって二人は俺のことしか見ていなかったわけで――
「あっ、おはようリンカ!」
「おっ、おはよう、レイ」
んんん?あれ、レイがリンカのもとに駆けて行ったぞ。あれ、これって。
「あのさアヴァン」
おそるおそる横を見ると、エノはにやぁっとした表情をしている。あれ、これ詰んでない?
「おまえが見てたのは――ゲフッ!」
それ以上言わせまいと即座に彼の口をふさいだ。そうしているうちに女子二人はこっちへ来て、俺たちの様子を見て不思議そうにしている。
「あっ、そういうことか!」
と今度はレイも気づいた様子。
「アヴァンが凝視していたのは――」
首をぶんぶんふってそれ以上言わないでとアピール。やばい、今の俺、はたから見てすっごい気持ち悪い行動してないか!
「あの、アヴァン?えっとそれにエノもレイもなにしてるの?」
俺ら三人のやりとりに、一人蚊帳の外のリンカ。いや、むしろ今回も事の核心部分にいるのだけれど!ふさぐ腕にスレイがとんとん叩いてきたことで、彼の口を塞いだ手を放した。
「ったく、必死すぎないかアヴァン?」
「だって、はずかしいじゃん」
「アヴァン、なにが恥ずかしいの?」
一人純真に聞いてくるリンカ。そんな無垢な瞳で見つめられて戸惑っている俺へとレイの助け船が入った。
「いやぁ、リンカ。アヴァンがね、なんだか気持ちよさそうに歌っていて・・・」
無理やり過ぎないかな、それ!っと突っ込もうとしたけれど、リンカは「はぁ」となぜか納得した様子。また一つ、俺はリンカから変人扱いされたみたいだな。
「えっと、とりあえず・・・行こうか」
なんとも微妙な雰囲気を察してスレイが口を開いた。俺は顔を真っ赤に染めながら、なるべくリンカから距離をとって道を進んだ。
*
「それで、男二人きりだし単刀直入に聞くけどさ、アヴァン。おまえ、完全にリンカに惚の字なの?」
「ホノジ・・・?」
学園についてから俺はエノに腕を引っ張られるがままに男子トイレへと連れ込まれた。
「リンカに惚れてるのかって聞いてるんだよっ!」
「はっ!!」
鏡に映る俺の顔は真っ赤。今にでも火を噴きそうなそんな赤さ。だって仕方ないはずだ。惚れてる?そんなこと人生で聞かれたのははじめて。だいたい、同年代の男友達というのさえはじめてなわけで・・・ふつう、出会って数日でこんな話をするものなのか?都会ってやっぱり怖いなぁ。
「おっ、俺は!」
言いかけてまもなくスレイがすっと一差し指を突き立て俺の口をふさいだ。うん、なんか無駄にかっこつけてないか、この人。
「言わなくても、その反応見ればわかるさ」
「わっ、わかるのか!」
「たぶん十中十がわかると思うぜ、おまえの反応は」
そんなにわかりやすいのか、俺!?って、ことはもしかしてリンカにも――
「あーでもオレの見立てだと当の本人はわかってなさそうだけれどな」
「そうなのっ!?」
先ほどからのオーバーリアクションばかりだ。しかし、リンカはわからない、って――
「なんでそんなことがわかるのさ?」
まるで人の心を読んでいるような度重なる発言。さすがに疑問を持たざるを得ない。
怪訝な目つきを向ける俺に、スレイはちっちっと指を振り、腕を組んで自慢げに語り始めた。
「いやぁ、なめてもらっては困りますねアヴァンくん」
「急に上から目線!?」
「自分、これでも恋愛、極めてますんで」
なんとも自身ありげな語り口調に内心いらっときて、気づいたら拳を握っていた。いけない、いけない。目の前の彼は友人。殴ってもびくともしない爺さんじゃないんだ。
「伊達にあいつと長くつきあってないんでね」
「あいつと長く」…?って、いったい――
「あいつって、誰?」
「決まってるじゃん、レイだよ」
「・・・・・・へっ?」
え、本当なのか?エノがレイと?んと、でもなんだか辻褄が合うかもしれない。昨日の時点で二人は仲が良かったし、今日だって二人一緒に登校していたし。なるほどね。
「ご納得いただけたかな?包み隠さず言うと俺とレイは初等科からの付き合いなんだよ。いやぁ、あのころからオレは勝ち組だったね、うん」
おっといけない、今度は足が出そうになった。あぁなるほど。レーンから聞いたことがあった。たぶんエノはバカップルの片割れだ。そんなに長く付き合ってるんだから、きっとレイもそうなんだろうな。なんだろう。俺が思うのは何だが、二人は学園じゃなくて式場に行けばいいんじゃないかな。
「うおっ、その目は怖いねアヴァン」
「えっ、あっ、ゴメン」
無自覚で睨み付けていたらしい。いや、半分自覚あったけどさ。
「まぁ、そろそろ時間だね。帰ろうか、教室へ」
「うん」