Day1 キルケPart4
「申し訳ありませんねレアリー先生。勝手に抜け出し、そして本来私のするべき仕事を押しつけてしまって」
職員室へ向かう廊下で、私は隣を歩くレアリー先生に頭を下げた。すると「いいです、大丈夫です、先生は悪くないですよ」と返され、私は頭を上げた。
「その、キルケ先生は頭を下げないで下さい!そうされるとその、困るんですっ!」
「困る?いったいどういうことでしょうか?」
私の頭を下げるという行為とレアリー先生の不利益には何のつながりも見いだせない。
「ですから、その・・・私へのヘイトが・・・」
「ヘイト?」
歯切れの悪い解答により、私はより頭を悩ませる。そして少し沈黙が訪れたのだがコホンと咳払いをして、レアリー先生は話を切り出した。
「えっと、それでなんですが、キルケ先生はその・・・本当に交際されている女性がいらっしゃらないんですか?」
「ああ、そうだね。正直もうする気もないけれどね」
「もう?」
「確かに一人いたけれど彼女は・・・まぁ、気にしないでほしいレアリー先生。慰めはいりません」
「はっ、はあ」と言いながら疑問を浮かべるレアリー先生。 あまり彼女について触れたくはなかった。
それ故に私も言葉を濁した。そうこうしている間に私たちは職員室へと着いた。
*
「いやはやキルケ先生も災難ですなぁ」
レアリー先生が淹れてくれたコーヒーを口にしていた私の元に、同じく一年担当のラッフェン先生がやってきた。
「災難とはなんのことでしょうか?」
「キルケ先生の生徒さん、入学前と入学式、既に二度も問題を起こしたそうじゃないですか」
なるほど、そのことか。しかし噂というものは本当に速く拡散する者らしい。けれど私としては。
「いいえ、彼はアヴァン君は良い生徒ですよ」
「MPの世話になり、そして遅刻をした生徒がですか?」
確かに表面を拾えばアヴァン君は善良な生徒ではないのかもしれない。しかし――
「ええ。彼は勇敢にあのパンデモンの手下と相対した。そしてなんとそれを倒してみせた。まぁ、今日の遅刻も彼が地方出身ということを鑑みれば仕方ないと思います」
「先に述べたことはわかりましたが、後半のことは解せませんよ」
ごもっともだ。私とて「道に迷った」ということに納得しているのは自分自身何故か理解していないのだから。「私もそうですよ」と言おうとした手前、ラッフェン先生が続けた。
「そもそもやる気あるんですかねその生徒。はなはだ疑問ですが」
少しカチンと来た。そのような決めつけを私は好かない。
「いえいえラッフェン先生。聞いた情報のみで私の生徒に対して侮辱とも取れる発言はお控え願いたい。彼の瞳は澄んでいた。彼には強い意思がある。そのような生徒にやる気がないというのは――」
「あの、キルケ先生?」
「あぁ、レアリー先生」
少し熱くなったか。私としたことがらしくないことをした。
「すみませんラッフェン先生。白熱してしまいました」
なんだかあっけにとられた表情をラッフェン先生はしていた。「いっ、いえ」と言い残すとラッフェン先生はご自分の座席へと戻られた。
「お見苦しかったかな、レアリー先生?」
私は微笑みながらレアリー先生に訊ねた。するとレアリー先生は首を横に振りながら、何故かうれしそうにしている。
「どうか、されましたか」
「いえ、キルケ先生も微笑まれるのだな、と」
ふむ、私はそんなに笑わないのだろうか。顔に手を当ててにこりとしてみる。するとレアリー先生は口を押さえて笑いをこらえている様子。
そういえば昔アルにも言われたか。「おまえはもっと表情豊かになれ」と。そうか、未だ私は喜怒哀楽が曖昧なのかもしれない。生徒と接する機会が増えるのだ。その点には気をつけておくべきであろう。
さて、仕事終わりにはアルの元へ行こう。何故生徒が「三日で」の件を知っているのか問いたださなければならない。