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江藤麗が、店から出てきた。
制服のブラウスの上に紺のカーディガンを羽織ったスタイル。長い黒髪を背中まで伸ばしているところなど、派手さはないが、好感度の高いお嬢様系女子という印象だ。
腕にかけたビニール袋いっぱいに商品を抱えている。ウェットティッシュや制汗剤が、ビニールごしに見えた。
「なんか、ごめんねー。古川さん、甘いものを口にしたあたりから変なテンションなの」
「ん、ああ。まあ、気にすんなよ」
駒木が何故か緊張した声を出す。
江藤のことが、苦手なのか、意識しているのかのどちらかだが、どちらにしても、わかりやすく態度に出てしまう人間性なんだなと、時生は思った。
代わりに謝られた伊代はというと、幸せそうに、あんまんを咀嚼している。
江藤に続いて、他の女子たちも続々と店から外に出てくる。
後になって困らないように、名前と顔を、なるべく一致させておきたいと考え、時生は女子たちのひとりひとりについての印象を、記憶に留めるよう観察し始めた。
松下友香は、身長が低いのと、やや痩せすぎなのが特徴だ。そのわりには、チョコレート系の菓子類を大量に確保している。
持ち出すならもっと他のものがいいのではないかと、時生は思わないでもなかったが、他人の価値観や、主義主張にはなるべく口を出さないのが、自分の生き方なのである。
永島千帆は、典型的な運動部の女子という外見だ。日焼けした肌に、筋肉はそこまでガッシリというわけでもなく、引き締まった体つきなので、野外で持久力系のスポーツという条件なのであれば、陸上競技の何かあたりをやっているんだろうと、時生は踏んだ。
短髪の後ろ髪がうなじのあたりで、柔らかく巻いているあたりは、精悍な顔立ちも相まって、女子というより、男性アイドルを思わせる。
高橋萌香については、なんというか、スカートが短いのが印象的である。下手をすると、そこしか覚えていない可能性すら危ぶまれる。時生は、自分のような思春期の高校生男子にとっては、犯罪的なスカートの短さだと思った。
遅れて、野田翼も外に現れた。
彼は平均的な普通の男子高校生という印象。
だがそれは、自分にも当てはまることだな、と時生は自身を諫めた。
「野田! お前、自分だけ女子に紛れ込みやがって」
思わず、といった感じで駒木がわめく。
女子には聞こえないボリュームで「ハーレム状態かよ」と呟くのが、時生の耳には聞こえた。
「いやいや、駒木が三人で見張りをするっていい出すからじゃないか」
「は? あー。そうだな、言ったわ、俺」
さすがに恥ずかしかったのか、人差し指でボリボリて頭を掻くが、次に見知らぬ人物がコンビニから出てきたのに驚いて、その動作を止めた。
たぶんまた高校生くらいの年代で間違いないだろう、若い男性で、太り気味の大柄な体格ではあるが、猫背な上に、縮こまるような姿勢で立っているので、それはどこか温和な草食動物を思わせた。
上下ともグレーのスウェット姿で、胸元に食べ物由来とおぼしき汚れがあること。何よりも、寝癖のついたボサボサの髪を見て、時生は彼を「ニートの人だ」と決めつけた。
そして、それは十中八九、間違いないだろう。
真新しいスニーカーに違和感があるのは、どこかから調達したからだろうか。
「誰だお前は!」
駒木が発した口調が、彼には厳しすぎたのか、ビクリと全身を震わせると、両腕を上げて防御の構えをとった。
「うわぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「コンビニに隠れてたんだって」
伊代が代わりに説明した。
「何でもあるわけだし、頭いいよね。私たちにも、気前よくわけてくれたのよ。どれでも、持っていっていいって」
「まあ、もともと、僕の物じゃないからねぇ」
「そうだったのか、それは助かった。俺は、山村司だ。よろしくな」
そう言って、山村は彼に右手を差し出した。
彼は、手を握り返す以外の選択肢を、脳内で数秒のあいだに算出させようと試みたように見えたが、結局、断念して山村の手を握り返した。
「細凪誠といいます。えっと、よろしく?」
「ああ、よろしくな。よかったら、君も、俺たちと来ないか? ここには化け物の大群が迫っているし、危険だと思うんだ」
「うんー。でも、隠れていればやり過ごせるかもしれないよね?」
「確かにな、だが、それは危険な賭けだ」
細凪は、頷いて思案を巡らしている。
コンビニの中に隠れることを、時生は、考えてみる。
一人二人なら、何とかなるかもしれない。しかし、ここにいる全員は不可能だと結論が出せる。
「そうだねえ、でも僕は」
細凪は、山村の左手に握られた日本刀を見る。
「戦えないよ?」
「かまわんさ」
快く即答する山村の背後で、駒木が「かまわんのかよ」と、小さな声で言うのが聞こえた。声を大にしてまで反対する気はないらしい。
「うん‥」
細凪は、その場の全員を見渡した。
特に、女子のグループに目を留めた。主に、高橋のスカートに注目しているように、時生には思えた。勿論、誤解かもしれない。
「わかったよ。僕も、一緒に行かせて」
細凪誠が、仲間に入った。