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洛中魔界・洛外迷宮  作者: 影宮芯二
8/11

「やはり、どんな危険が待ち受けているかについては、できるだけ報せておいたほうがいいんじゃないか? 情報の透明性は大事なことだぞ」


 沈黙を破って、山村が口を開いた。

 負傷した左腕には、女子から借りた無駄にゴージャスな花柄のハンカチが巻かれている。


「政治家かよ。芳田はどうなんだ?」


 意見を聞かれれば、時生も応える。


「必要以上にみんなを怖がらせなくていいと思う。危険があることについては理解していない人はいないだろうし、逃げないといけないことには変わりないわけだから、今は、それで十分なんじゃないかな」


 山村は二度ばかり大袈裟に頷いた後で、首を捻る。


「俺だったら、聞いておきたいけどな」


 駒木は、ため息をついた。


「世間ではな、お前みたいに、強い人間ばかりじゃないんだよ。俺は、できることなら知りたくなかったよ。とりあえず、民主主義の鉄板、多数決で2対1なんだから、この件はもう少し安全が確保できるまでは伏せておく。それで、いいよな?」


「わかった。芳田の意見を聞いて、俺も納得した」


「俺の意見はなしかよ」


 そのとき、コンビニから、古川伊代が出てきた。

 幸い、自動ドアではなく、手動で開くタイプのドアなので、こじ開ける努力は必要なかった。


「見て見てー」


 表情は明るい。

 伊代は、中華まんを口に挟みながら、時生たちに、おにぎりを見せる。


「ここ、ここー。ここを見てよ」


 そう言って、商品情報が印字されているラベルの一部分を指差した。賞味期限の標示が、2003年になっている。


「げ! 何年前だよ。つーか、その肉まん、食ったら駄目なやつなんじゃねーのか?」


「はい残念。駒木君、不正解。これはなんと、「あんまん」なのでした。あったかいのと、甘くて美味しいのを兼ね備えた、画期的な食べ物なのですぞ」


「俺が言ってるのはそこじゃねえ!」


 時生は思わず口を挟む。


「それ、まだあったかいんだ?」


「おっ、いいところに気付きましたねー。そうなんです。食べられるんです。もしも、これが、十年以上前のものだったら、まったく食べられたもんじゃなかったはずですが、このとおりあたたかい。そして、美味しい。我々は、協議の結果、以上のことから推察するに、このおにぎりも食べられるという結論に達したのであります!」


 そう言って、伊代は自慢気におにぎりを天高く掲げた。


「こいつこんなキャラだったのか‥?」


 駒木が、聴こえるか聴こえないかの音量で、ぼそりと呟く。

 時生としても、知り合って間もないながら、さっきまでとのギャップに面食らうばかりだ。


「芳田君には、ご褒美としてこのおにぎりを授けよう」


 時生は差し出されたおにぎりを素直に受け取った。

 ビニールの上からでも、米の柔らかさがわかるし、古びた様子はまるでない。

 直感的に、これは食べられそうだということが理解できた。


(このあたりは、ついさっきまで、2003年だったってことなのか‥)


 左手の鞘に納められた刀に眼を向けた。

 これにしても、真新しく制作されたばかりの色艶があって、とても骨董品には思えない。山村は、さっきまでの領域を、戦国時代と評していたが、多少の誤差があるにせよ、そのあたりの時代そのものだったんだろうと思えた。


「どうしたの? おかか、嫌いだった?」


 考え込んでしまった時生に、心配そうに伊代が声をかける。


「だから、そういうことじゃねえよ。はいそうですかって、いきなり食えるかよ」


 時生の代わりに、駒木が伊代に言いかえすのだが、時生にしてみれば、そういうことでもなかった。


「みんなもう、食べてるのに」


「はあ? 食べてんの! 全員、食あたりとか、洒落になんねえぞ。山村も、何か言ってやれよ」


「みんな、度胸があるんだな」


 駒木は頭を抱える。


「聞くんじゃなかった‥」


 時生は、この話題に終止符を打とうと、おにぎりのパッケージを開封して、やはり、大丈夫だと確信し、一口食べてみる。

 味も、匂いも、食べられなくて身体が拒絶する要素は何一つなかった。あえてひとつ挙げるならば、おかかより鮭が食べたかったということくらいだ。


「大丈夫だよ。食べられる」


 駒木は、「お前もか」という目で時生を見るが、山村は納得したように腕を組んだ。


「なるほど、つまり俺たちは今、2003年の中に入ってきているっていうことだな」


「んだよ、それ。わけわかんねーことばかり起きるけど、このコンビニの食べ物は、食える。それはさすがに理解したよ」


「そうだな」


 話を続ける山村と駒木を尻目に、時生はおにぎりを完食した。

 山村の見解は正しいのだろうが、駒木が理解したことこそが、今の自分たちにとっては、最も重要なことなのかもしれないと、時生は思った。


 伊代が、ペットボトルのお茶を差し出した。

 気が利くんだな、とは思ったが、開封してある上に、中身が少し減っている気がするという疑問は、気にしないことにして、素直に受け取って、飲んだ。


「ありがとう」



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