5
幸いというべきか、二匹の怪物は古川伊代に完全に気をとられていて、時生の存在になど、全く気をかけていなかった。
卑怯とか、そんなことは無関係だ。
一匹は不意打ちで、簡単に仕留められた。
敵を斬る、この感触には慣れそうもない。慣れたくもないのだが。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
生返事気味に返事を返したのは、残った一匹の注意が時生に向いたからだ。
しかし、二匹を倒した今では、正面から対峙しても、それほど恐ろしい相手とは考えなくなっていた。
今度は、パターンのように襲いかかってくる、敵の腕を、時生は狙った。
やはり腕も首と同じように、斬るのは難しくなかった。
タイミングだけが、課題だったと言える。
右腕、左腕、そして、首。
リズミカルな動作で、時生は敵を、冷酷なまでに処分した。やらなければ、やられるのはこちらだ。
「あとは!」
大型の怪物だけを残している。
この敵は、サイズだけではなく、多少は知恵もまわるのか、ジャージ男と攻防の入り交じった戦闘を展開している。
だが、後ろががら空きだ。
時生は、素早く忍びよると、背中を目掛けて斬りつけた。
「硬い!」
可能性は想像できていたので、そこまで驚きはなかったが、大きさが違うだけの個体にしては、あまりにも体の硬度が違いすぎた。こっちは、肉を、特に筋肉を切ったという手応えがした。
致命傷は与えられなかった。
怒りの咆哮とともに、そいつは時生に向きを変える。
「だめ、逃げて!」
伊代の声がした。
しかし、後ろを向いて遁走するというような間合いでもない。まずは、回避か、防御。敵の動きを見て、対応を決めようと、時生は集中力を切らさないよう努めた。
そんな必要はなかった。
「お前の相手はこの俺だっ!」
今度は、ジャージの男が、時生と同じように、そいつの背中に斬りつけた。
これが致命傷になった。
腕力の差は歴然だ。
派手な音をたてて、怪物の体が時生の前に倒れた。
時生のつけた傷の上から、より深い傷が入っている。
ジャージ男は、倒した怪物を挟んで時生と向き合うと、ニヤリと笑った。
「やったな」
「まあ、なんとかね」
「感謝するよ。俺ひとりでは、危ないところだった。えっと‥」
「芳田時生君よ。私は、古川伊代ね」
何故か、伊代が代わりに自己紹介をした。
彼女は時生の刀と自分のを見比べて、しかめ面をしている。
「私もそのくらいの長さにしとくんだったな。こっちは重すぎ。おかげで助かったよ、芳田君」
「ハハハ、俺は、山村司だ。よろしくな」
時生は差し出された右手を、いかにもスポーツマンだなと、思いながらも握り返す。
「怪我は?」
「ああ、まあ、痛い」
やがて、助けたところの四人組と、離れたところにいた二人の女子とが合流した。時生が、置いてきた刀と鞘も、持ってきてくれている。
戦いの終わった安堵から、それぞれ、労ったり、名乗りあったりをした。
しかし、まだ、安全が確保されたわけではない。
依然として、まだ距離があるものの、南の方角から来る怪物の集団は迫りつつあった。
「けど、なんか遅くないか?」
山村が疑問を口にした。
確かに、密集した集団だからなのか、その進軍は遅々として進みは重い。
「あれはまだ、俺たちは見えてないぞ」
パーカーの男子が言った。彼は、駒木雄大だ。
「あいつらかなり視力が悪いみたいなんだ」
「へえ。なるほどな。だが、どのくらいで見つかるのかを試す気はないな。歩きでいいから進もう」
山村が促すと、反対する者はなく、北にむけて全員が歩き出した。
北の方角には、ビル群が存在するのが見え始めている。このまま、中世日本の町並みが続くわけではないようだ。
時生は背後を眺めた。
京都タワーは、遠ざかり始めていた。
「どうしたの?」
古川伊代が、時生の顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもないよ」
「ふうん。なんでもないんだ」
彼女が、時生の表情に何を見たのかはわからない。たぶん、不安とか、恐怖とか、そのあたりだろう。
逆に、伊代の表情からは、何かが読み取れるだろうかという発想が、時生の脳内を巡り、彼は、試してみることにした。
伊代はまっすぐな視線を返してくる。
ただ見つめ会うような格好になってしまい、時生は顔を赤くした。
「ど、どうしたの?」
「なんでもないよ」