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締め切りは明日

作者: 一条 灯夜

 とんだ計算違いだった。

 大学の夏休みは二ヶ月もあるってのに、始まった途端のこのくそ暑い七月末に大学にいく羽目になるとは思っても見なかった。

 そもそもの誤算は……。


 理系の学部じゃないから、基礎・教養科目で理系の授業があるが、まあ、あんまりたいしたことはない。高校の延長か、喋り好きなどっかの有名企業にいたって爺さんが、適当に食っちゃべってるのを聞き流すだけだ。

 他の授業と違って、理系の授業は出席重視なので、取り合えず大学の教室にはいないといけないがそれだけ。

 試験も、この天文学の講義はレポートだけだし、お遊びみたいなものだったはずなのだ。


 試験成績、五十九点。

 大学の赤点は、六十点以下だ。

 ちなみに、他の講義は全て予定通りの成績でクリアしている。

 天文学だけ、こんな嫌がらせのような点数で、追加レポートを課されていた。普通は、一点ならおまけするだろうが。あのクソジジイ。


 昼前なのに三十度というクソ猛暑の中、辿り着いた大学図書館。その、入館ゲート前で……。

「ばーかばーか」

 一年の時だけは同じキャンパスで講義を受けている、理学部の幼馴染に罵倒された。

「いや、あれは、絶対にあのジイサン、出席かなんか見落としただけだ。どう計算しても、六十一点になってるはずだし」

 言い訳ではなく事実を告げたんだが、スポドリのCMに出れそうな幼馴染は、大きな目を呆れたように細めて嘆息した。

「普通は、余裕を見るものなの! アンタ、要領が良かったのは、高校まで?」

 返す言葉もないが、ギリギリだけど取れてると計算出来た講義よりも、危なかった化学と線形代数――なんで哲学課でそんなに理系科目をやるのかは知らないが、一年の前期で二コマ取っていないと、後期で必修が受けられずに、詰んでしまう――に注力すべきだと判断した。あっちは、レポートじゃなくて期末考査が実際にある授業だったし。

 まあ、その甲斐あって、化学は七十越えて『良』取ったけどな。線形代数はギリギリ。


 もっとも、天文学は五十点以上には最終の救済レポートを出してくれたのでありがたかったんだけど……。

 試験期間最後となる昨日に二科目入っていた俺は、今日までレポートに着手することが出来なかった。しかも、天文学の先生は非常勤講師なので、提出期限は明日という追い込まれ具合だ。


 俺って、昔っからそうなんだよな。

 一個つまずくと、中々立て直せない悪癖っつーかジンクスっつーか、そういうのがある。

 ……まあ、日頃からもっと余裕を持って生きろってことかもしれないが。


「まあ、午後になると更に暑くなるんだし、ちゃっちゃと終わらすよ」

「うーぃ」


 締め切りは明日。

 しかも、確実に点と取らないと拙いということで、専門家……って言っても、大学一年なんて高校の頃から増えた知識なんて、そう多くは無いけど、理学部なんだし俺よりははるかにましな片桐にヘルプを要請していた。


 図書館の自習室は、これまでに無いくらいに混んでいた。先輩のデータをそのまま印刷して提出させないように、手書き指定のレポートが多いせいだと思う。

 席が空いてないってレベルじゃないけど、普段が一人二人しか居ない部屋だから、違和感が凄い。

 隣の片桐が、かすかに嘆息するのが分かった。


「なんと嘆かわしい」

「まあ、こんなもん、こんなもん」


 容姿に似合わず固いことをいった片桐と、空いている机に座って……。


「じゃあ、千円でお願い」

「はぁ!?」

 財布を取り出して拝んでみると、形の良い眉を歪めて片桐が思いっ切り睨んできた。

 まあ、そんなに甘くは無いか。

「やっぱ、だめ?」

「友達止める」

 ツンと口をへの字にした片桐。

 片桐は、まあ、可愛らしいって感じじゃないけど、凛々しくて……充分に華やかな女の子なんだが、容姿に自覚がないのか、今時珍しいぐらいに硬派な女子大生だった。

 本人曰く、理系の女は皆そんな感じらしいけど……。

 

「冗談だよ、半分は。資料、適当に選んで。なんか、引用を明記しないといけないらしい」

 半分本気なの? と、咎める目を向けられたが、頼られて断れない正確は相変わらずらしく、「で? テーマは?」と訊いてきた。

「火星の大気」

 俺が答えたときには席を立っていて、レポート容姿にテーマと名前を書き、講義で指定されていた教科書を使って序盤の当たり障りの無い部分を書き上げる頃には、武器として使いたいレベルの厚くて固くて、大きな本を何冊か手に戻ってきた。


 ちょっと黄昏て片桐を見上げる。


「読め」

 降ってきたのはその男勝りに男らしい一言だけで、隣の関に座って俺の手元を除きこむ姿勢が、圧力をかけていた。


 本を開く。

 意外と、写真や想像図も多くて、ちょっと感謝した次の瞬間、全力で死力を下げに掛かって着ている細かい字がびっしりと並んだ説明文に、俺は溜息をついた。


「火星が、昔は海があったって知ってはいたけど、結局、その雲ってどこにいったんだ?」

「資料に、なんて書いてある?」

「いくつか説がある。隕石がぶつかって大気が飛んでったとか、太陽風が吹き飛ばしたとか、元々の重力の関係だとか」

「アンタが正しいと思うことを発展させて書くの、分かった?」

「ああ」


 …………。

「か、は――」

 資料の引用をレポートの最後に記して、ようやく五枚にも及ぶ――三枚二千文字以上、図や表の添付は可――救済レポートを締めくくった。

「ん、考察って言うか、ほんの結論のつぎはぎだけどね」

 片桐は、いかにもできるOLって感じの姿勢で酷な事を言ってきた。

 苦手科目をがんばったんだ、褒めろ。

 とか考えていたら――、悪戯心が疼いてきた。

 片桐は、誰に対しても名前を教えたがらない。仲が良い相手でも、苗字で呼ばせる。なぜなら……。

「ありがとう、……音の夢と書いてリズムちゃん」

 自分が笑わないように気をつけながら、あくまでさり気なく片桐の本名を呼んだ。

 うん。

 まあ、家がピアノ教室なんだし、片桐の母さんに悪気はそこまで無いのかもしれない。尤も本人は、そんなキラキラネームが『だいっきらい』とのことで、必要以上に堅物に育ってしまっているが。

「実験室の薬品、盛られたいの?」

 目がマジだった。が、できっこないと思ったので、ふふんと笑って言い返した。

「一年でそんなのないだろ」

「ぶっぶー、理学部と工学部は、実験演習で週一で学部の校舎へ行ってるんですー」

 マジか。

 理系って大変だな。

 われやれと、肩を竦めて両手をヒラヒラさせる。

「ちゃんと金出すって、手伝ってもらったし。十七時までだから、レポート講師質のポストに入れたら」

「ええ? 金は嫌。なんか、露骨だし、アレじゃない?」

 なにがアレなのかは分からなかったが、まあ、本人がそういうなら、ありがたく――。

「急ぐよ。商店街のイタリアンの店、食べ放題、十七時から四時間なんだし、レポート出したらその足で行くから」

 感謝だけしておこうと思ったんだが、渡す予定の千円よりも高くつく店のコースを指定されてしまった。


 ちょっとの不満をこめて、頭をナナメにして片桐を見れば……。

 ニヤリと凄みのある笑顔を浮かべ――。


「次、名前で呼んだら、一生面倒見てもらうから」


 言葉の意味は分かるが、それをどんなつもりで片桐が言ったのか、仮説を立てること俺にもは出来る。が、レポートに記した火星の雲がどこへいったかよりも、どの説を採用するかには頭を悩まされそうだった。

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