6話 成長の日 [その1]
????年(八年目) 三月 一日
珍しく母さんとサラが言い争っていた。
夜トイレに起きたメルがその様子を偶然見つけ、僕とリリィに教えてくれて今に至る。
「何話してるのかなぁ?」
食堂のドアを覗きつつ、こっそり二人の様子を確認するメル。
どうやら彼女にはそこまで緊張感はなく興味の方が強いらしい。
僕もメルに従って聞き耳を立てる。
どうやら異世界でも聞き耳技能は自動成功のようだ。
なんておふざけは置いておいて。
どうやら二人の議論に花を咲かせている内容は僕たちのこれからについての事らしい。
母さんは僕たちを魔法学園に通わせたいらしく、サラはそれを危険だと思っているようだ。
まあ確かにそろそろ僕たちもそんな時期ではあると思う。
むしろ少し遅めな気もするが。
それにしてもサラがあそこまで頑なに否定するのはなぜなのだろうか?
唐突に、珍しく黙ってここまでの流れを聞くのみに徹していた問題児が声を上げる。
嬉々として放たれる提案は、いつものごとくとんでもない物だった。
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そんな訳で私たちは今、森の中にいます。
翌日、お昼を食べ終わった僕とメルに待っていたのは、
提案という名の強制ミッションだった。
昨夜の出来事を、
「サラがダメって言うのは、あたしたちが未熟だからよ!」
と、解釈しまった我が姉リリィは、その解決策として森のモンスターなり野獣なりから戦った証拠を持って帰るという狩猟民族のような方法をとる事にしたのだ。
恐らくサラが抱えている理由はそんな物ではないと思うが、こうなってしまっては幾ら言ってもリリィは止まらない。
探検隊の隊長様は道端の枝きれを手に入れ得意になったのか、ご自慢の声で歌まで歌いだす。
「ふんふーん、はっやくでってこーい、スライム、ピクシー、バハムート~」
おい最後!それと戦うのは大人になってもキツイぞ!
…そもそも存在するのか疑問だが。
異世界だからいても不思議じゃないんだよなぁ…。
いつの間にかついてきたピオもご機嫌なのか一緒になって鳴いている。
今回の探検でそれらのような何種かのモンスターと戦闘になることも想定済みだ。
あらかじめ家の書斎にあった本(実録!森にいる危険生物Ⅲ フルール・リトルルート著)を読み漁り、二つ目ぐらいのモンスターまでと遭遇しても良いだけの備えはしてきた。
まず薬草。これは説明しなくても判るだろう。
口に含んで良し、傷口に張って良しの万能アイテムだ。
次に非常食。とは言っても現代の缶詰みたいな優秀なものではない。
二階の倉庫で見つけた干し肉を昨日のうちに盗んでおいただけのものである。
他にも飲料水、蝋燭、包帯、等々それ相応の準備はしたつもりである。
あとは…これか。
できればこの「とっておき」を使う状況にならないのが一番望ましいが…。
「ライトおにーちゃん! お顔怖いよ? せっかくのピクニックなんだから笑お?」
一人深刻な顔をしている僕を見かねたのか、僕より前にいるメルが振り返ってにぃーっと笑って見せる。
こういうとこメルは本当に良く気が利く。
いつも皆をよく見てるんだろうなと思う。
「そうだね。僕がしっかりしてないと、リリィはかなり危なっかしいしね」
「ちょっと! 誰が危なっかしいですって!?」
僕らの会話にかみついてくるリリィ。
先ほどとはうって変わって、人間離れした綺麗な顔は不満に歪んでいる。
「姉さんしかいないだろ――って後ろ! 言ってるそばから!」
ピュイ!ピオも気が付いたのか僕とともにリリィに背後の危険を伝える。
何よもう――。
そう言って振り返るリリィの背後にはRPGでおなじみのスライム。
某国民的クエストとは姿が異なり、もっとこう、リアルなヌメヌメ系である。
「何よこいつ。あ、ちょっとプルプルしてて可愛いかも」
念願の初モンスターを先ほどの枝でつつきだすリリィ。
「止めといた方がいいよ。スライムは強くないけど…」
そう。スライム自体あまり危険なモンスターではない、と本に記してあったが…、
「きゃ!何この液体!!」
ほら言わんこっちゃない。
スライムの体内からから放たれる粘液がべっとりとリリィにまとわりつく。
確かにスライムは人体に害をなさない。
しかし森に棲むスライムは捕食の手軽さから羊毛や麻などの繊維を好むため、
それを栄養に繁殖するのだ。
本当に存在したんだね…! 現代で大活躍の服とかしスライムさん。
まあこの世界のスライムの場合、溶かすんじゃなくて食べている訳なんだが。
そうこうしているうちに、
リリィの洋服の三分の一くらいを捕食したスライムは分裂し、六匹に増えてしまった。
こうなったら、戦闘するのは得策ではない。
ここで服&バックを失うのは絵面的にも生存的にも危うくなってくる。
リリィにまとわりつくスライムを手持ちの水全部を使って素早く流す。
「やぁ…、まだ服溶けていく…!」
「服は後だ。早く逃げるよ! ほらメルもおいで!」
「わ!」
リリィとメルの手を取り、来た道を一目散に戻る。
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少し開けたところに出たところでようやく足を止める。
さすがにあの体の構造じゃここまでは追ってこれないだろう。
さて、リリィの服をどうにかする為に水場を目指したいところだ。
こうしている間にもゆっくり浸食は進んでいる。
できれば全身浸かれる泉とか湖があったらなお良いな。
寒いだろうが我慢してもらうしかない。
「これに懲りて余計なことはしない事。サラにも森は危ないってさんざん言われてきたろ?」
「うん…分かった…」「はーい!」
これは帰ったらサラに怒られるだろうなぁ。
あ、元々何か持って帰るんだからばれるのはおんなじか。
「じゃあ、どこか水で洗えるとこ探そう。飲み水もなくなっちゃったし」
「それならさっきあっちから水の流れる音がしてたよ! ちょっとわき道に入っちゃうけど…」
「お、でかしたメル!この際やむなしだけど、一応気を引け占めて行こう」
次なる目的を設定した僕らは、さらにこの暗い森の奥深くへ歩を進めた。
その次の瞬間――、
僕の目の前は鮮血に塗りつぶされた。




