『お試しください。』 =モードセール万能薬の巻=
私は、井本祥子。37歳。・・・独身。別にモテないから独身じゃないんだと思う。逆に、美しすぎて近寄りがたいからだと思っておこう。
朝食はいつもグリーンスムージー。最近はりんごパックに凝っている。いつまでも若くて綺麗でいたいから、そのための努力は惜しまない。
「ああ、枝毛・・・」
シャンプーやトリートメントにこだわっても、髪がなかなか綺麗にならない。私は、鏡の前で髪をとかしながら、憂鬱になっていた。
「あ、もう仕事行かなきゃ」
梅雨のこの時期、髪の毛がぶわっと広がってまとまらないのも大嫌いだった。私は長い髪をひとまとめにくくって、仕事に出かけた。
本当のところ、気になるのは髪だけではなかった。花屋の仕事をしているので、水仕事で手はガサガサになっていた。せっかく綺麗な顔立ちとスリムな体型なのに、髪の傷みと手荒れさえなければ完璧なのになぁ・・・祥子はそう思っていた。
「あいたたた・・・」
重い物を運ぶので、腰痛もかなりひどくなっていた。見た目が若くて綺麗なだけで、中身はボロボロだわ、と祥子は嘆いていた。
それでも、綺麗な花たちに囲まれて、祥子は毎日楽しく働いていた。綺麗な花たちに負けないように私ももっと磨かなくっちゃ!
翌日、仕事が休みなので、久しぶりに美容院に行こうと祥子は考えていた。この枝毛たちを綺麗にしてしまいたい。美容院の予約を10時に入れ、祥子は支度を始めた。
ピンポーン
「誰かしら?」
玄関を開けると、何かの販売員らしき女性が立っていた。訪問販売か・・・いらない、いらない。
「おはようございます。今回、”若返り”をテーマに作られた万能薬のキャンペーンでお伺いしました」
さっさと断ろうと思ったが、”若返り”という言葉が引っかかった。そんな言葉で踊らされるわけじゃないけど、少しぐらい商品を見てもいいかな、と祥子は思ったのだった。
「井本様が最近お悩みになっていることとかございますか?」
「え?例えば?」
「吹き出物が出来たとかシミが気になるとか、髪がパサつくとか・・・」
「あ、それそれ。髪がね、すぐ枝毛が出来ちゃって」
「いろんなお悩みがあるかと思いますけど、この万能薬なら1つで全部のお悩みが解消出来るんです」
「・・・ほんと?」
「井本様に効果をお見せするため、本日は実演させていただきます」
そう言うと、女性販売員はカバンの中から万能薬の入った容器を取り出した。
「実はですね、ここ、見ていただけますか?」
販売員が差し出した手の甲が赤くなっている。
「これ・・・火傷?」
「そうなんです。昨日、晩御飯に天ぷらを、と思ったら油がはねてしまって」
「赤くて痛そうね」
「はい。まだヒリヒリしてます。井本様、ここで、この万能薬の登場です」
「え?火傷の薬じゃなくていいの?」
「いいんです。今から塗りますので、よく見てて下さい」
販売員が自分の火傷の部分に、万能薬を少し手に取り、擦り込んだ。
「ええっ?」
なんと、万能薬を塗った途端、手の甲にあった火傷が跡形もなく消えたのだ。
「どうなってるの??」
「井本様、これがこの万能薬『モードセール』の効力でございます」
キツネにつままれたような感覚だった。確かに、痛そうな火傷があったのに。
「井本様は枝毛にお悩みだそうですが、毛先に少し付けてみて下さい」
言われるまま、枝毛が気になる毛先を少しつまんで、万能薬を擦り込んでみる。一瞬、髪が濡れるのでよくわからないが、少し時間が経つと髪が渇き、なんと枝毛がなくなっていた。
「ええ、すごい・・・」
「この万能薬は、例えば『火傷をした場合は、火傷する前に、枝毛が出来た場合には、枝毛が出来る前に、状況を戻す力があるのです」
「なんですって」
私は、さっき薬を取った指を見た。髪の先に薬を擦り込んだ右手の人差指と親指だけ、手荒れのガサガサがなくなり、綺麗になっていた。すごい・・・
「どうでしょう、井本様。今ならこのお試し用『モードセール』を無料で体験出来ます」
「え?無料なの?」
販売員が、カバンから小さい容器を取り出した。
「お試し用なので、こちらの小さいサイズになりますが、お使いになられますか?」
「使います!使って良かったら買います!」
「ありがとうございます。まず、サンプルをお試しになってから、お気に召せば、こちらに連絡・・・」
販売員がカバンの中をゴソゴソして、探し物をしている。
「あれ・・・名刺が・・・すいません、連絡先書いておきます」
「はい」
販売員は電話番号を紙に書き・・・カバンの中からもう一つ容器を取り出した。
「すいません、名刺忘れるなんて・・・これ、もう一つお使い下さい」
「え?いいの?使います!」
なんと、サンプル用の小さな容器だが、2つももらえることになった。
その後、予約していた美容院へ向かった。長いこと通っている美容院なので、私の髪のことを良くわかってくれている。
「あれ!?」
髪を切りながら、お馴染みの美容師がびっくりする。
「なんですか?」
「いや、すっごく髪綺麗になりましたね!前は枝毛結構あったのに。トリートメントですか?」
「ええ、まぁ、そうなの。髪に合ったみたいで」
実は、美容院に行く前に、全部の指先を使って、髪の先に万能薬を塗ったのだ。そうすることで、髪も指も綺麗になった。長年悩んでた悩みが一気に2つも解消したのだった。
「あいたたた・・・」
美容院の帰り道、髪は爽やかになったが、シャンプー台で寝ころんだ姿勢になったため、首や腰がかなり痛くなっていた。あの万能薬ってこういう痛みにも効くのかしら。
家に帰り、とりあえずダルイ痛みがある首の後ろと腰の辺りに万能薬を擦り込む。すると、嘘のように痛みが取れた。
「モードセール・・・戻せる、か。すごい薬が出来たもんだわね」
腰の痛みが取れたことで、体まで若返った気持ちになった。髪に結構使ってしまったので、サンプルもあと一つになってしまった。次はどこに使おうかな・・・
お風呂に入りながら、私はモードセールを使いたい部分を発見した。いつの間にか打ち身になっていた膝の青い内出血と、この乳首・・・。よく雑誌とかに載ってる「黒ずみを解消!」みたいな薬の代用になるんじゃないかな・・・。
私はお風呂上がりに早速、膝と乳首に万能薬を塗ってみた。膝の内出血は消え、乳首は優しいピンク色になった。
「すごい・・・誰かに見せたい!相手いないけど」
私は、体が若返っている実感をものすごく感じた。
「あ・・・」
ふと見ると、膝に塗った部分だけ肌が瑞々しくなっていた。と、いうことは・・・薄く全身に塗れば、体中が若返るんじゃないかしら。
そして、私は全身に薄く、くまなく万能薬を塗った。サンプルは容器の残り半分となってしまった。
「すごい・・・」
腕が、胸元が、腰が、お尻が、足が・・・全身が瑞々しくまさしく20代前半の肌だった。
「夢みたい!」
ツヤツヤになった髪を乾かそうと、鏡の前に立って気付いた。
「あ・・・」
顔に塗るのを忘れていたのだ。いやだ、私ったら。体が若返っても顔がオバサンじゃダメじゃない!私は顔にも薄くくまなくモードセールを擦り込んだ。明日、仕事に行ったら店長も常連のお客様もびっくりするかしら。
『井本さん、なんだか一段と綺麗になったわね』とか言われたりして。ワクワクしながら、薬を塗り終えて、数秒後・・・
「ああっ・・・そんな・・・」
薬を塗った効果が出て、私の顔も若い頃に戻った。だが、私はすっかり忘れていた。20歳になってすぐ、ブスだった顔を整形して美人になったことを。モードセールを塗ったことで、整形前のブサイクな顔に戻ってしまったのだ。目や唇を避けてパーツごとに丁寧に塗れば良かったのに、『綺麗になりたい!全部綺麗になりたい!』という気持ちから、顔を洗うように薬を完全に顔全体に塗ってしまったのだ。そのため、二重にした目や、高くした鼻、少し削った頬骨、シャープにした顎、全てが戻ってしまったのだった。
「あっそうだわ!」
あの女性販売員に電話すれば・・・もしかしたら、モードセールの効力を戻すようなすごい薬があるかも知れない。私はメモに書かれた電話番号に電話をかけた。
―お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません
「そ、そんな・・・」
その後、私は仮病を使って、花屋をしばらく休ませてもらい、コツコツ貯めてきたお金で、もう一度モードセールを使う前の顔に整形してもらい、美人に戻った。
もう、おいしい話に乗って楽して綺麗になろうなんて思わない。以前のように、地道な努力をしながら私は生きていこうと決めたのだった。
でも、モードセールを全身に塗ったおかげで、年齢の割に肌が綺麗と周りから絶賛され、前の私よりさらに自身がついた。今度、美魔女コンテストにでも出てみようかしら。
~『お試し下さい。』=モードセール万能薬の巻=(完)~




