トモダチ☆パニック
トモダチ☆パニック
1
「あたしと野村さんでやります!」
……え? わ、私?
いきなり名前を呼ばれて、顔を上げて隣を見ると、星川さんと目があった。
今日のロング・ホームルームで、文化祭のクラス代表を決めることになってた。
文化祭とか体育祭とか、そういうイベントに参加するのはキライじゃないけど、私は、みんなの中心や先頭に立ってまとめる性格じゃない。
だから、クラス委員の東屋さんが前に立って話し始めた時も、ボーッとしてた。
去年は食事系は抽選で外れて出来なかったから、今年はやってみたいな、とか。
メイド喫茶とかどうかな? とか。
そう言えば、あのマンガのネタでシンデレラ喫茶なんてのが、あったっけ。とか。
そうしたら、隣の席の星川さんが立ち上がって……そんなとんでもないセリフが聞こえてきた。
な、なんで?
星川さんは、まるで友達に向けるような笑顔で私を見てる。
同じクラスで、席も隣だけど、接点はそれしかない。
話しかけたことも、話しかけられたこともないし、もちろん、会話らしい会話をしたこともない。
それなのに……どうして?
何で、私と?
しかも、クラスの代表だなんて……いったい、何がどうなってるの?
戸惑ってるのは私だけじゃなかった。東屋さんもそうだし、他の子も同じだった。クラス全体が、微妙な空気に包まれてた。
「えっと、野村さん……どうするの?」
そんな空気を破ったのは、東屋さんの発言だった。
それをきっかけに、周りの人たちもヒソヒソとしゃべり出す。
――どうするんだろうね?
――星川さん、どういうつもりなのかな?
――あの二人って、仲良かったっけ?
みんなの視線が私に集まって……恥ずかしくて、顔を上げていられない。
なんで?
なんで? なんで?
いくら考えても答えが出てこない。
星川さん、どういうつもりなの?
どれだけ考えても、答えは出なかった。
どうすれば、いいんだろう……。
「野村さん! 一緒にがんばろう!」
誰かが私の手を握った。
ハッと顔を上げると、星川さんが表情な表情で、私を見てた。
何でなのか分からないけど、でも、本当に真剣な顔だった。
……もしかしたら罰ゲームなのかもしれない。
暗くて、オタクな私と文化祭のクラス代表をやるようにって。
そうじゃなかったら、オシャレで、明るくて、クラスの中心の星川さんが、私の手を握って……。
「ダメかなぁ……」
すぐ目の前にある星川さんの顔がしおれていくようだった。
校庭の、秋を迎えたひまわりのように。
そんな悲しい顔を見た瞬間。
胸の奥で何かが跳ねた。
だから。
「う、うん……」
「ホント! よかったぁ~」
パッと、いつもの明るい笑顔に戻った。
たぶん……いいんだよね。
いろいろ考えなきゃいけないこととか、やらなきゃいけないことがたくさんある気がするけれど、今はこれで良かったんだって。
星川さんは立ち上がって、クラスのみんなに、がんばる、とか、楽しもうね、とか言ってる。
でも、左手はいつまでも私の手を握ったままだった。
その手が熱くて、その熱が心まで染みてきた気がした。
2
「野村さん。早く、行こッ」
「え……あ、はい……」
ロング・ホームルームが終わって、あいさつをして、みんなが帰り始めたとき、星川さんに話しかけられた。
この後、視聴覚室で簡単な説明会があるんだけど、そんなに急がなくても大丈夫な気が……。
「ほら。バッグ、持って」
「あ、うん……わッ!」
待ちきれなかったのか、星川さんは私の手を握ると、そのまま教室を出た。
……な、何か、みんなの視線が痛いんですけど。
握られた手にドキドキしながら、私は引きずられるようについて行く。
他のクラスはまだ終わってないみたいで、廊下の人通りは疎らだった。
視聴覚教室のある東棟に入ったところで、星川さんが歩くスピードを緩めた。
でも、手は握ったままだった。
「楽しみだね」
「え?」
「あたし、好きなんだ。文化祭とか体育祭とか」
「そ、そうなんですか……」
ちょっと意外だった。
偏見かもしれないけど、星川さんみたいな人たちって、行事とか好きじゃないイメージがあったから。
中等部の時も、合唱コンクールとか、総合学習の発表会とか、とにかく、何かと理由をつけてサボってた。
その割には、歌い終わった後に、感動したー、とか言ってた気もするけど……星川さんは少し違うタイプなのかな。
「野村さんは?」
「え? あ、その……」
「騒がしいのって、もしかしてキライだった?」
「あ、いえ……キライではないです……」
私はすぐ隣にいる星川さんを見た。
ゆるーいウェーブのかかった栗色の髪。
ほっそりした眉毛。
パッチリした目。
唇もプルンとしてるし、頬は白くて透明感があって……とても同じ女子高生とは思えない。
私は伸ばしっぱなしの真っ黒な髪を一本の三つ編にしてる。
乾燥してくればリップクリームぐらいはつけるけど、メイクなんて一度もしたことが無い。美容院のサービスで眉毛を少し整えてもらう程度だ。
オシャレに興味が無いわけじゃないし、それなりにダサくない程度にはしてるつもり。
でも、私はお金や時間を、ラノベやマンガやゲームに使いたいって思ってる、オタクな女の子の一人だった。
だから……オシャレでイマドキな星川さんは、遠い憧れの存在だった。
他にもキレイな人とか、カワイイなって思う人はいるけど、星川さんはちょっと違う。
遠い存在なんだけど、別世界の人なんだけど……壁が無いような気がする。
九月になって席替えをした時も。
「よろしくね」
って、挨拶してくれた。
他のオシャレな人たちは、私たちみたいなオタクグループは無視するのに。
もちろん、それ以降、私と星川さんが話しをする機会なんてなかったけど。
でも、何となく星川さんからは、あっち行け、みたいな空気は感じられなかった。
だからって、近づけるワケはなくて……。
星川さんと一緒に、しかも手をつないで歩いてるなんて、昨日の私に伝えてもバカらしっ、て言われるだけだと思う。
「ところでさ」
「は、はいッ!」
「何で敬語なの? 同い年じゃん」
「えッ! あ、はい……」
「ほら、また。何で?」
「な、何でって……」
グループの違い?
緊張?
憧れ?
何をどう説明していいか分からなくて、それでマゴマゴしてるうちに、視聴覚室に着いた。
部屋の仲には四人ぐらいしか人がいない。
どこに座ればいいんだろうって思う前に、空いている後ろの席に連れて行かれた。
「ここでいいよね?」
「え? あ、はい……」
そう話しながら座った時、手が離れた。
ずっと握られてたせいか手のひらが熱い。
胸がドキドキしてる。
別に女の子同士で手を繋ぐのは珍しいことじゃないけど、でも、同じ学校で手を繋ぐほど仲の良い子は、私にはいない。
小学生以来かも。誰かと手を繋ぐって。
こんなに、ドキドキするものだっけ?
「そうだ。野村さんって、朋美って名前だよね?」
「え……。あ、うん。知ってたんだ」
「そりゃ、同じクラスだし、当たり前じゃん?」
私の名前を知ってるなんて、ちょっと意外だった。
たったそれだけのことなのに、また胸の奥がちょっぴり温かくなった。
「朋ちん、トモ、ともっち……」
「あ、あの……」
「何て呼ぼうかなって。『野村さん』じゃ距離があるし」
「え……」
「やっぱり、朋ちゃんかな。……うん。朋ちゃんってカンジがする」
一人でウンウンとうなずく星川さんを、私はただぼーっと眺めてた。
「じゃあ、朋ちゃん。宜しくね」
「え……は、はい!」
「あたしの名前、知ってる?」
「星川梨奈……さん」
「そう。あたしのことはリナでいいよ」
「え! で、でも……」
「ダーメ。星川さん、なんて呼ばれたら調子くるっちゃうし。それに、敬語で話すなんて、トモダチじゃないじゃん」
「……え」
時間が止まった気がした。
ウソだよね?
聞き間違いだよね?
だって、あの星川さんが、私のこと、そんなふうに思ってるはずがないもん。
で、でも、確かに、そう言った気がする。
ハッキリと、その、トモダチって……。
あ! でも、クラスメートって意味かもしれない。
そうだ。きっと、そう。
ダメよ、思い上がっちゃ。
でも。
「どうしたの? 朋ちゃん、具合悪いの?」
「え……う、ううん。違うけど……」
「あ、そうそう。番号とメアド教えて。赤外線って使える?」
「え? あ、ケータイの?」
「うん。だって、連絡しあったりすること多くなるだろうし、仕事以外のメールとか電話とかしたいし」
「あ、う……うん……」
私はバッグからケータイを取り出した。
星川さんは既に準備してる。
お互いの番号やメアドを交換してる時。
「朋ちゃん。じゃあ、言ってみて」
「え? な、何を……」
「だから、あたしの名前」
「星川、梨奈さん……」
「そうじゃなくって、リナって呼んで欲しいなぁ……」
そう言って星川さんが顔を上げる。
そこにはさっきの、あの、しおれた顔があった。
な、何で?
私が名前を呼ばないだけなのに……。
いったい、どうなってるの?
「朋ちゃん、他の子だと名前で呼び合ったり、あだ名で呼んだりしてるじゃん」
「あ、うん……まぁ」
「やっぱり、あたしみたいな、バカでウルサイ子はキライ?」
「え……! そ、そんなこ……と」
思わず立ち上がりかけて、慌てて座った。
今頃気づいたけど、結構、人が集まってた。
何人かの人は、立ち上がって大声を出した私を何事かと見てる。
顔が熱くなるのをカンジながら。
「そんなこと、無いけど……」
「じゃあ、名前で呼んで欲しいな~」
「う……」
いつの間に戻ったのか、星川さんがニコニコと私を見てる。
もう何がなんだか分からなくて。
頭がグルグルしてきちゃって。
……言わなきゃダメなのかなぁ。
たった二文字だけど、でも、その言葉が出てこない。
心の中で練習してみようって思っても、「リ」の字すら出てこない。
どうしよう……言えるワケないよ……。
「それでは、説明会を始めます。わたしは……」
ハッとして前を見ると、教卓のところに誰かが立ってた。
それまでペチャクチャと騒がしかった視聴覚室が、潮がひいたようにシーンとなった。
……良かった。
前の席から送られてきたプリントを受けとって、こっそり、小さなため息をついた。
とりあえず、この場はナントカなった。
とりあえず今は説明会に集中してよう。
って思ったのに。
「……朋ちゃんって、照れ屋さんなんだね」
「え……」
「まぁ、そんなところもカワイイんだけど」
「……えぇッ!」
あッ、と思った時には遅かった。
みんなが大声を出した私を見てる。
「どうしましたか?」
「あ、いえ、その……ごめんなさい!」
もう恥ずかしくて、恥しくて、頭の中が真っ白になった。
3
「朋ちゃんって、地下鉄? JR?」
「えっと、地下鉄だけど……」
「じゃあ、一緒だ。あたしも地下鉄なんだ」
そんなことを話しながら、私たちは教室まで戻って来た。
説明会が終わった時、私はお弁当箱を教室に置いてきちゃったことに気づいて、それを星川さんに言ったら、一緒に戻ることになった。
いつも一緒にいる友達とか、待っているのかなって思ったんだけど、教室には誰もいなかった。
お弁当の入った小さなバッグを持った時。
「ねぇ。この後、ヒマ? 何か用事ある?」
「え……その、別に……」
「それじゃ、どこかで何か食べよう。のども渇いたし」
「で、でも、寄り道は……」
「ウソ! 朋ちゃん、寄り道したこと無いの?」
「地元ではするけど……」
本屋さんとかツタヤとかブックオフとか……学校の帰りによく行くけど、もちろん地元のだ。
校則では寄り道は禁止されてるし、停学にはならなくても、反省文を書いたり、生活指導室に呼ばれたりはする。
「朋ちゃん。地下鉄だよね。ドコまで?」
「え……新木場までだけど……」
「じゃあ、有楽町に行こう。そこなら大丈夫だって」
「で、でも……」
「リサーチとか必要だと思うんだ。どんなお店やるかとか。ほら、食べ物系は競争が激しいから、ちゃんとした企画書を出さないとダメだし。
それに、食べ物系じゃないなら、お客さんが来そうなのとか、自分たちが楽しいって思えるのをやりたいでしょ?」
……す、すごい。
星川さん、そんなに真剣なんだ。
文化祭とか好きって言ってたけど、でも、ここまで真剣なんだって思ってなかった。
何か、意外だった。
「あれ? 朋ちゃん?」
「あ、ううん……その、スゴイなぁって」
「え? 何が?」
「だって、文化祭のこと、真剣に考えてるし……それに比べて、私は自分のことばかりで……」
「え? 自分のこと?」
「だって……あッ!」
しまった、って思ったときには遅かった。
星川さんが不思議そうな顔で私を見てる。
ごまかさなきゃって思ったけど、どうすればいいのか分からなくて。
無言の、イヤな空気が私たちの周りにある。
「……朋ちゃん。やっぱりイヤだった?」
「え……」
「ごめんね。ムリヤリ誘っちゃって……」
「え……ッ!」
ほろほろと、涙が零れ落ちていく。
キレイな星川さんの顔が、少し歪む。
「あたし……朋ちゃんと仲良くなりたくて……でも、きっかけが無いと難しいから、これだって閃いちゃって……」
「え? ええッ? な、何で? わ、私みたいなのと?」
「だって……好きになっちゃったんだから……仕方ないでしょ?
気づいたら、朋ちゃんともっと仲良くなりたいって……そう思ってたんだもん」
言葉が出なかった。
それだけじゃない。
言葉そのものも理解できなくなってるらしい。
だって、星川さんの口から。
私と仲良く、とか。好き、とか。
あ、ありえない。
そんなワケない。
だから、きっとウソなんだ。
夢なんだ。
それにしてはリアルだけど。
でも、こんな現実があるワケがない!
「ごめんね。朋ちゃ……野村さん。ヘンなこと言って」
「……う、え、あ……」
「文化祭のことは、他の子に頼むからいいよ。朋……野村さんは、大丈夫だから」
鼻をすすりながら、目を真っ赤にして。
でも……キレイだなって思った。
泣いてもカワイイなんて、ズルイって思った。
だけど、笑ってる方がもっとカワイイ。
それなのに、今は泣いてる。
その原因は私なんだ。
「じゃあ……」
「ま、待って!」
私の横をスルリと通り過ぎようとした星川さんの腕を、反射的に掴んでた。
理由は分からないけど、何故かそうするべきだって思った。
「……何で?」
「な、何でって……」
星川さんは私の方に顔を向けないまま喋った。
そんな寂しい後姿に、どうしたらいいか分からなくて。
分からないけど、でも、キチンと伝えないとって、思った。
「わ、私……イヤじゃない、よ」
「……ホントに?」
「う、うん……だ、だって、私も……リ、リナと仲良くなりたいって思ってたから……」
思ったよりもスラリと名前が言えた。
その言葉に反応したのか、リナがこっちを向いた。
「朋ちゃん……本当に?」
「う、うん。で、でも……私なんか……何で?」
「いつからかなぁ。でも、気づいたら、朋ちゃんのことばかり考えてた。他の子と遊んでる時も、朋ちゃんとだったらどうなのかな、とか」
「で、でも、私、こんなだよ? オシャレとか全然してないし」
「そんなこと無いよ。元がいいから、あたしがもっとキレイにしてあげるよ」
「そ、それに、私……その、オ、オタクだし……」
「別にいいんじゃない? 誰に迷惑かけてるワケじゃないし」
「そ、それに、えっと、えっと……」
何か言おうとしたけれど、それ以上、何も言えなかった。
だって、唇が塞がれたから。
……これって、キス、だよね。
すぐ間近に、リナの顔がある。
リナの体温を感じる。
柔らかい唇の、初めての感触。
……気持ちいい。
手を繋いだ時も思ったけど、何でだろう?
そんなことを考えていたら、唇が離れた。
リナの吐息が顔にかかる。
「これでも疑う?」
「疑わない、けど……」
あまりにも予想外すぎて。
でも、悪い気はしなかった。
嫌悪感も無かった。
「私も同じなのかも」
「え? 同じって……」
「リナのこと、好きなんだって。ちょっと気持ちの整理がまだだけど、イヤじゃなかったもん」
「朋ちゃん……!」
「わッ!」
リナが抱きついてきた。
私もリナを抱きしめた。
……すごく、気持ちよかった。
心の底から、温まるような、安らぐような、でも、ちょっぴりドキドキする不思議な気持ち。
これが「好き」っていう気持ちなのかも。
そう思ったら、ちょっと恥しかったけど。
「……ん……」
キスしたら、恥しさよりも、嬉しさの方が強くなった。
私たちは、当番の先生が来るまで、教室にい続けた。
Fin




