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1話「祭り」

数ある小説の中からこの小説を読んで下さりありがとうございます。

 ──幻覚を見たことがあるか。

 その問に、俺はイエスと答える事が出来る。宙に浮いている人魂が見えたりするのだ。


 俺──シレン・クラウディアがこのような幻聴や幻視の症状が現れたのは四年前からだ。

 四年前、十二歳になった俺はその当時、病で二週間生死の境目を彷徨った。

 その後、病状は快復したがこのような幻覚が現れて来た。

 挙動不審になった俺を心配した両親が連れてきた、央都──ザッカリアで一番の名医と呼ばれている医者は精神疾患の薬を処方した。

 効果は全くと言っていいほど無かったが。


 俺は親の安心する顔が見たい一心で治ったと嘘をついた。

 それから、心配を掛けまいと相談できなくなり、一人で幻と戦う日々が始まった。

 たが、年月は人を大いに変えるもので、初めは幻覚に恐れ慄いていたが、ずっと幻と付き合っていると段々と慣れ始め、怖くは無くなっていった。

 しかし、三年前から幻を頻繁に見掛けるようになった。

 変わったことと言えば、三年前から住まいをザッカリアからスイアハンと言われる長閑な町に越したくらいだ。

 引っ越したのは亡くなったとある伯爵が建てた屋敷。

 庭付き、家具あり、おまけに広いといった豪華三点セット。

 両親に聞けば、この屋敷は見た目と比べて異様に安かったと聞く。

 何か後ろめたいことでもあったのか。

 いや、あったのだろう。

 俺の幻がよく現れるようになったのもこの家に来てからだ。


----


 朝一番の陽光が窓から俺の顔に当たる。

 熱い。

 床に横になっていた体を起こし、よろよろと洗面所へ向かって顔を洗う。

 水を顔にかけると、さっぱりとして気持ちが良かった。

 顔を上げ鏡を見ると、ニートみたいな顔をした奴が写っている。

 俺だった。


「うわぁ……」


 隈はでき、無精髭は生え、目は死んだ魚みたいになっている。

 おまけに、両親から受け継いだ唯一の取り柄とも言える黄金色の髪もボサボサ。

 原因は分かっている。

 お姉さんモノのアレをオカズにオールしたからだ。

 おかげでパジャマはいか臭いし、所々カピカピしている。

 このまま町に出たら衛兵から職質を受けるのではなかろうか。

 いや、間違いなく受けるな。

 引きこもりクズニート(春休み)の俺ではあるが、これでは今日、帰ってくる両親に心配をかけるかもしれない。

 身なりと髭くらいはどうにかしよう。

 剃刀を使って鼻下と顎をつるつるにすると、えっちな液体でカピカピになったパジャマから普段着に着替えた。

 部屋を出ると、厨房の方から美味しそうな匂いが漂ってきた。

 腹減ったな。


 廊下を抜けて厨房に着くと、メイドさんが料理の下ごしらえをしていた。

 ショートカットの艶のあるダークブラウンの髪が、ぱっちりお目めにかかっている。背は小さく守ってあげたくなるような容姿をしている。


「おはようございます。シレン様、お早いんですね」

「おはよう、ニーナ。腹が減ってさ」


 このメイド──ニーナはこの屋敷のメイドをやっている。

 あまり仕事で帰ってこれない自分たちと、何の役にも立たなさそうな穀潰しの俺では、この屋敷の管理は無理だと両親は思ったそうな。

 ニーナは優秀すぎる。

 メイドの鑑で、本当に同い年かと思いたくなってしまうほどだ。


「ふふっ、もうすぐ朝食が出来上がりますから待っていてくださいね」

「りょーかい」


 料理が出来るまで食堂で待っていよう。


「お待たせしました」

「ありがとう。一緒に食べようニーナ」

「いえ……私は使用人ですので」

「一人で食べる飯ほどマズイものはないよ。だから食べてくれ」

「ではお言葉に甘えて」


 毎朝恒例のやり取りを終え、俺たちは目の前の食事にありついた。

 今日はこの町の特産品であるビーグルバードの胸肉を塩や胡椒といった調味料で味付けしたものか。

 ビーグルバードの肉質は硬いはずなのだが、すごく柔らかくなっていて、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出すようだ。

 美味い、ひたすら美味いなニーナの料理は。

 ニーナが食べている姿を感慨深く見つめる。

 人形のように白く透き通った肌、桜色の唇。胸は少々寂しい気がしなくもないが、それでもモデルのように均整の取れたプロポーション。

 よくここまで回復したなと思う。

 初めてニーナがこの屋敷に連れてこられた時は、頬は窶れて目に光が宿っておらず、この世に絶望したような顔をしていたが、今ではこのように健康そのもので前よりずっと笑うようになった。

 本当に良かった。

 三年前のあの日、連れて来られた女の子があのままだったらどうしようと俺なりに悩んでいたものだ。


「どうかなさいましたか、シレン様?」

「いや、ニーナが明るくなってくれて良かったなぁと」

「シレン様とシレン様のお母様、お父様のおかげです」

「何か面と向かって言われると照れるな。ハハッ」

「いえ、お優しい人ですよ、シレン様は。

 それはそうと、先ほどベッドの上に置いてあったものは捨てましたので」

「えっ……?」


 ベッドの上に置いてあったものってアレだよな? 捨てた……だと?


「捨てた?」

「はい、捨てて燃やしました」

「……」


 あまりのショックに言葉を失う。


「変わりといっては何ですが、私で良ければ好きに扱ってもらって構いません。何なら今日の夜にでも」

「いや……いい」


----


「本当に燃やしてあるし」


 裏庭に行くと炎が空に上がっていた。

 俺のお姉さま方ぁ……。

 残った灰をかき集めるが、ボロボロに朽ちていくお姉さま達。

 居たたまれない。


「はぁ……外で運動でもしよ」


 落ち込んでいても無くなったお姉さま方は帰って来ない。

 気分を切り替えよう。

 運動でもして気分を晴らすのだ。

 屋敷の周りをぐるりと周回する。

 一周、四キロ弱のコースを一時間ほどランニングした。


「ハァ……ハァ……。結構、キツかったな」


 息を整えながら屋敷の中へ入り、ランニングで出た汗を流すため、シャワーを浴びに浴場へ向かう。

 シャワーから出る温かい湯が疲労の溜まった俺の体をバキバキと解していく。


「ふぅ……あ、着替えの服持ってくるの忘れた。ニーナ! 部屋から着替えの服を持ってきてくれ!」

「ここに服をお入れしておきますね」


 呼んでから、一分と待たずに駆けつけたニーナの籠に服を入れるシルエットが俺からドア越しに見えた。


「分かった。サンキューな、ニーナ」

「いえ、主の身の回りの世話をするのがメイドの喜びですので」


 ニーナが持ってきてくれた服に着替えて部屋に戻ると、荒れ果てていた俺の部屋がきちんと整理整頓されていた。


「仕事早いなぁ」


 そのせいでお姉さま方がお亡くなりになったんだがね。


「だがしかしっ! まだ隠し場所はあるのだよ」


 高らかに叫び、床の板を外すとそこにはお姉さま方ではなく、メイドさん方がいた。入れた覚えはないのに……。


「ニーナ、恐ろしい子っ……!」


 ニーナの索敵能力を改めて思いしらされた激動の朝だった。


----


 昨日は俺の息子と一夜を共にして明け方まで起きていたせいで襲ってくる眠気が尋常ではなく、あまりにも眠かったので部屋で両親の帰ってくる昼まで寝て過ごしていると、ドアがノックされた。

 それで目が覚めた。


「なに……?」

「シレン様、お父様とお母様がお見えになられました」


 壁の時計を見ると既に十二時を回っていた。


「今、行くからちょっと待っててくれ」


 急いで、シワになっている服を整え玄関へ向かうと、探検時の格好のままの両親と談笑するニーナがいた。


「お待たせ。お帰り、父さん、母さん」

「もう、この出来の悪い息子ったらレディを待たせて……。ニーナちゃん、私の留守中迷惑掛けられなかった?」

「シレン様は私に迷惑などは……」

「ほら、お母様に正直に話してみなさい。ニーナちゃん?」


 ニーナの額に、先端が淡く光る人差し指を当てるおふくろ。その指先から淡い光が消えると同時にニーナの目から光が消えた。


「シレン様が……シレン様が私の体に興味ないと……」

「ニ、ニーナ!? 何を言っているのかな? 僕、全然分かんないなあ!」


 くそ、おふくろめ。

 ニーナに催眠魔術なんて使いやがって……。


「こらこら、母さん。ニーナちゃんに催眠魔術を使うんじゃない」

「あら、父さん。いいじゃない、これくらいハメ外したって。折角の家族水入らずなんですもの。それにしたって、ニーナちゃんみたいな可愛い子の身体に興味がない何て、うちの息子はゲイなのかしら?」

「安心しろ。それはない」

「ついに家の息子にも春がやって来たか……。父さん嬉しいぞ」

「うるさいな……余計なお世話だよ」


 おふくろがニーナに催眠術を掛けてから三十秒ほど経ってやっと練っていた解除術式が完成した。

 ニーナの額に触れ、術式を発動させ、催眠魔術を解いた。


「ニーナ、食事にしよう」

「はい、料理を運んで来ますので食堂でお待ちになってくださいませ」


 食堂で料理をまだかまだかと待ちわびていると唐突に、親父が思いついたような顔で懐から銀色に光る腕輪を取り出した。


「そういや、今回の古代遺跡からこんなものが幾つか見つかったんだがお前も一ついるか?」


「格好いいな……。よし、貰おう」


 親父たちはちょくちょく古代遺跡に行っては今回のように何か持って帰ってくる。

 所謂トレジャーハンターと言われる類の人種だ。だから別に泥棒というわけではない。

 今回くれた物は、中央に窪みが幾つかあり、その一つに宝石のようなものが埋め込んである以外はこれといった装飾のない銀のメタリックの腕輪。

 そのシンプルさが気に入ったのでせっかくなので貰っておくことにした。


「今回の物は用途が全然分からんから気をつけろよ」

「サイズぴったりだし問題ないんじゃね?」


 右手首に着けてみたが、腕輪のサイズは見事にぴったりだった。

 ひんやりとして気持ちいい。

 

「そういう奴が一番危ない目に遭うんだぞ、息子よ」

「大丈夫だって。問題ないない」


 今までそんなに危険な物はなかったから大丈夫だろ。問題なんてあるわけないだろ。

 腕輪の付けられた右腕をブンブンと回し問題ないとアピールする。


「ところで、二人とも夜までいるの?」

「いや、父さんと母さんはまたすぐ遺跡に向かわなくちゃならん」

「そりゃ残念だな。勇者アリスの聖誕祭があるのに」


 勇者アリス──約三百年前、この世を支配しようとしていた魔王ゼグラスを討ち滅ぼした文字通りの英雄。

 今日はその勇者の生誕祭で、アリスの故郷であるこの町で盛大なお祭りがあるのだ。

 去年は四人で行ったので、今年も行けるかと誘ったが仕事が立て込んでいて来れないようだ。

 少し残念だ。


「今年は二人で見に行っておいで。いい? 愚息、自分からニーナちゃんを誘うのよ、絶対だからね」

「はいはい、分かったよ」

「失礼します」


 扉が開くと、ニーナが皿にクロッシュを被せて料理を運んできた。

 今日は更に凝ってそうだな。


「本日はグランドフィッシュのムニエルです」


「滅茶苦茶旨そう……」


 出てきた料理に思わず唾を飲み込む。

 朝食も気合が入っていたが、これも負けていない。


「また腕を上げたわね、ニーナちゃん!」

「お褒めいただき有り難うございます」


 ニーナはおふくろに料理を褒められて嬉しそうだった。


 それから楽しく団欒した。

 古代遺跡に行った時の体験などを面白おかしく話してくれたり、ニーナと俺の関係について問い詰められたりした。

 何もないって言っているのに……。


 昼食を食べ終えると、二人は嵐のように去っていった。

 まったく、我が親ながら台風みたいな人たちだ。


 両親を玄関で見送ると、おふくろに言われたことを思い出し、横にいたニーナに話しかけた。


「そうだ、ニーナ。夜一緒に行かないか? 勇者アリスの聖誕祭に」

「二人でですか?」

「そうなるな」

「行きます! 私、絶対に行きたいです!」

「分かった。一緒に出掛けような」

「はい!」


 約束を取り付け、ニーナのご機嫌を取った。

 何だかんだ言ってニーナ、お祭りとかイベント大好きなんだな。


 お姉さま方は無くなって夜まで暇だったので、部屋に戻って魔術練習をする。目を閉じ、精神を統一。


 部屋全体に流れる魔力の流れを感じた。空間そのものが自分の体になったような感覚。

 よしよし、あとは魔力回路(エイドス)を庭で取ってきた目の前の葉っぱに繋ぐか。

 俺の魔術は時間が相当掛かるから集中しないと……。

 だが、空間にやって来た邪魔者のせいで集中力が妨げられた。この空間全体が自分のものだった感覚が喪失する。

 くそっ……あと少しで成功したのに邪魔するなよ。


「んだよ……。邪魔邪魔」


 銀の腕輪の周りでぐるぐると徘徊する幻──青い炎の人魂があまりにも煩わしかったので、追い払うように人魂を手で払うと、人魂は慌てて部屋の外へ逃げて行った。

 そのあとは何の邪魔者も来なかったので、思う存分時間を掛けて練習する事が出来た。



----


 俺にとって魔術の練習は、走ったり筋トレしたりといった肉体を行使する運動より楽なのでランニングした時より涼しい顔で終わることが出来た。

 魔術の発動スピードは人並み以下だが、それは割愛。

 勿論、人には得手不得手が有るように、俺のように魔術の方が楽と感じる人も居れば、俺とは違って肉体労働の方が楽と感じる者もいるが。


「六時か……」


 壁に掛けられている時計を見ると、針は六時を差していた。


「呼びに行くか」


 少し早めに出た方が良いな。

 ニーナを呼びに廊下を抜け部屋へ向かった。


「ニーナ、いるかー? そろそろ行くぞー」

「……シレン様、どちらの服がよろしいと思いますか?」


 呼んで暫くするとドアが開いた。

 中からニーナがちょこんと顔を出して、手に持った服を俺に見せる。

 赤か青か……。普段のメイド服が黒で寒色系だから、どちらかというといつもと違うイメージのニーナを見てみたい気もする。

 でもニーナならどちらも似合いそうな気はするんだよなー。


「どっちも良いと思うけど、どっちかというと俺は赤の格好をしたニーナが見たいかなー?」


 自分の欲望を素直に吐いた。キモいとかキショイとか言われると思ったが、意外にそんな言葉は飛んで来ず、


「ふふ、分かりました」


 ニーナは俺を見て嬉しそうにただ笑って部屋へ戻って行った。


----


「お待たせいたしました、シレン様」

「……」


 いつもと違ってほんのりと化粧していて赤のドレスを着ているニーナは美しかった。

 少なくとも俺が一瞬、言葉を失ってしまうほどには。


「シレン様?」

「……あ、ごめん。じゃあ行くか」


 俺達はお互いに沈黙したまま、廊下を歩いた。

 この時ほど廊下を長く感じたことはなかった。


「人がいますね……」

「そうだな、いっぱいだ」


 外に出ると、沢山の人が一方向へ向かって歩いていた。

 きっとみんな町中へ向かっているのだろう。街中はこれ以上の人だかりが出来ているのか……。

 なんか目眩がしそうだ。


「こんなに多いと、迷子になっちゃいますね……」


 手を忙しなく組んだり、解いたりしているニーナ。


「だよなー」


 そう返すとニーナからギリッと大きく歯が軋む音がした。

 下を向いて小言で何か呟いているようだけど何を言っているのかさっぱりだ。


「今年は前年より祭りに来ている人多くないか?」

「えぇ! 今年は王都の聖教会から、勇者アリスが生前使っていた聖剣が来てるので、余計に人が集まっているのでしょうね!」

「もしかして怒っていらっしゃる? ニーナちゃん?」

「いいえ! これぽっちの、一ミクロンも、私は怒ってなどいないです!」


 嘘だ、絶対に怒ってる。

 言葉尻は強いし、その顔は怒ってる時のものだし。

 しかし、これ以上尋ねると更に怒らせるということだけは分かったので、触らぬ仏に祟りなしということで知らんぷりしておくことにした。


「そうかいそうかい。それじゃ、ちょっと涼しい風に当たりに一人でそのへんぶらついてくるわ」

「……シレン様?」


 しばらくニーナの怒りが収まるまで、一人でその辺をぶらつこうと考えて伝えると、ニーナに笑顔で睨まれた。

 なんでだ。


「おけーおけー。君の言いたいことは良く分かった。わかったから、そんなに怒らないで」

「私は怒ってなどいませんよ、ええ」

「もう……。じゃあ時間もないしさっさと行くぞ。ほら」


 

 強引にニーナの腕を掴んで、町中へずんずんと歩き出す。抵抗されたらどうしようかとヒヤヒヤしたがそんなことは無く、ニーナは俯いただけだった。

 黒髪に隠れて俯くその顔は夕日が当たり、俺には赤く見えたのだった。


----


 町中に着くと、町中を埋め尽くしている人だがりが騒然としていた。


「何かあったんですか?」


 なぜ騒然となっているのか気になったので、近くにいた暇そうにしている鼻ピアスのチャラ男に声を掛けた。


「あぁ!? 彼女と手なんか繋ぎやがって。テメェ、ぶっ殺すぞ」

「彼女じゃないすよ。それより、何かあったんですか? みんな騒然としているので」

「よし、ぶっ殺す」


 キレた鼻ピアスが殴りかかってきた。

 鼻ピアスの拳は真っ直ぐに顔面へ伸びていく。

 これ、顔面コースじゃないか……。

 せめて腹パン、腹パンでお願いします。顔は目立つんです。


「させませんよ」

「何しやがるッ! 女は引っ込んでろ」

「黙りなさい」

「っ……」


 俺の顔面に伸びてくる腕を横から白い手ががっしりと掴んだ。

 そのまま鼻ピアスの腕を捻りニーナは鼻ピアスの行動を封じる。

 流石ニーナ、出来る子ですわ。


「もう一度聞きます。何があったんですか?」

「……。さっき、聖剣が賊に盗まれたんだとさ」


 俺の代わりにニーナがお得意の黒い笑顔で尋ねると、俺達から逃げられないことを悟った鼻ピアスは衝撃の事実を吐露した。


「嘘吐いたらいけませんよ?」

「痛ッ! テメェ、この女めろ! 俺がこの状況で嘘なんか吐いて何もいいことはねぇだろうが!」

「まぁまぁニーナ。そのくらいにしておこうか」

「……シレン様がそうおっしゃるなら」


 ニーナに組み伏せられている鼻ピアスが哀れに思えたので、助け舟を出してやった。

 こんな公衆の面前で、女の子に組み伏せられるのを見られたら、俺だったら恥ずかしくて死ねるわ。

 いや、ニーナは確かに強いけどね。


「もう二度と関わりたくねぇ!」


 ニーナから解放された鼻ピアスは一目散に人ごみに逃げていった。

 足速いなあの鼻ピアス。手が出るのも早いことがたまにキズだが。


「にしても、聖剣が盗まれたとはねぇ。ニーナ」

「正直私も驚きました。聖教会が生ぬるい警備をするはずはないのですが」


 聖教会は一体何をやっていたんだ。

 今回盗んだ賊は相当の手練なのか?

 今まで盗もうとした輩もいたが、ことごとくく失敗に終わっていたのに。


「まぁ、俺たちには関係ないことだから気にしないで町を回るか。ニーナ」

「はい、一緒に回りましょうシレン様」


 俺たちには関係ないことだ。

 聖剣が盗まれようが、壊されようが知ったことではない。


 こちらに手を伸ばすニーナの手をとって、俺たちは夜の人ごみに混じっていった。


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