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クエスト4

 そこそこ見晴らしの良い高台に登った俺とソフィアは、大きな樹の下に座り込む。

 ポカポカ陽気に眠気が刺激され、瞼の重くなっている俺を、ソフィアが気合を入れるように一発叩いた。


「では、行ってきます」

「よろしい……頑張ってね」


 ソフィアに叩かれて素早く立ち上がった俺は、敬礼をしながらソフィアに出陣の報告をする。

 腕を組みながら大きく頷いたソフィアは、激励の言葉を投げかけてくれた。


「ちゃんと見てるから、サボったらダメだよ。あと、危なくなったら一応叫んでね。スカイイーグルより速く助けに行くから」


 手を振りながら離れていく俺に、ソフィアそう声を掛けてくる。

 あんがとな、と礼を言いながら、再び俺はゴブリンを探しに登ってきたばかりの高台を引き返す。

 あまり長い距離ではないが、登ってきてすぐに降りることに少し憂鬱な気分になった。


 まったくの無駄足だったわ……てか、ソフィアだけ行けばよかったんじゃねーか。俺は別に付いて行く必要なかっただろ! ソフィアも気づいてよ、その事実に! それに、アイツはスキルで【飛行】持ってるんだから、俺が居ない方が早く高台に登れるだろ! さっきの言い方だと結構な速さで飛べるんだみたいだしな、スカイイーグルより速いってすげーよ。確かあのモンスター、時速100キロとかで飛ぶんだろ?

 ……あっ! もしかして、そういうスキルも隠してたりすんのかな? 俺は【スキャン】で見てるから知ってるけど、ソフィアが実際にそのスキル使ってるところを見たわけじゃないし。隠してるって事は知られたくないって事だよな……? レベルもそうだったけど、ソフィアってあんまり詳しくステータスとかスキルの事教えてくれないし……。

 もしかして、俺って変態と同じことしてるのか……? 勝手にステータスとかスキル覗き見したりしてるして……。


「うわぁ~……嫌なことに気づいちまった……。今更遅い気もするけど、そういう事するのやめた方がいいかも……」

 

 今まで自分がやってきた事の無神経さに鬱になりながら、ガックリと肩を落としてトボトボと歩く。

 激しい後悔の念に打ちひしがれ、ソフィアへの謝罪の言葉を思いつく限り呟きながら。


 そうこうしていると、高台から下りきりそこそこの距離を歩いていた。振り向くと高台からも離れており、いつの間に仲良くなったのか野うさぎとじゃれついているソフィアが見える。

 野うさぎに夢中で俺のことなどまったく見ていないが、謝罪の意味を込めて深く頭を下げておく。


「よっし、これでとりあえず反省は後まわしだ、今は戦闘に備えないと……うわぁああ! ソフィアー! ごめんっ!!」


 突如訪れる自虐の念に苛まれながらも、血の涙を流しながらメニュー画面を開いて準備を始める。

 アイテムボックスから、運を減少させるアイテムを選択すると、目の前の空間からネックレスが現れた。見た目はシンプルな、黒く小さな宝石が付いてたそれを掴んで首に下げる。

 これを装備すると、運の値が-100されるので俺の運は50になったはずだ。そして、ソフィアからも十分に距離を取ったので、ゴブリンも出現しやすくなるはず。

 そう考えながら、またメニュー画面を操作してステータスを確認する。表示されている画面には、確かに50になった俺の運が映っていた。


 その事に、ホッと安堵の溜息を吐いた俺は腰に差してあるダガーを抜き取る。

 ここまでしてきたが、俺の予想が外れている可能性もある。何か他の理由でゴブリンが出現しないのかもしれない。

 そんな、一抹の不安を抱きながらキョロキョロ辺りを見回していると、少し離れた所に光の粒子が上がった。

 突然地面から沸き上がるように出現した光の粒子に驚きながらも、ジッとその光景を見つめていると、光がどんどんとゴブリンの形になっていく。


「え? この世界でも、ゲームみたいにモンスターがポップすんの?」

 

 あまりの衝撃的な光景に、ソフィアが居る高台を振り返る。

 すると、じゃれつくのは終わったのか、座った状態で膝に野うさぎを乗せているソフィア居た。耳がダランと垂れ下がっている野うさぎを撫でてやりながら、俺に向かって拳を振り上げて「がんばってー!」と叫んでいる。


「驚いてないみたいだな……ってことは、この世界ではこれが常識なのか……? どういう原理なんだろ?」


 ソフィアに拳を突き上げて応えてから振り返り、もうすぐ形が完成されるゴブリンを見据える。

 数瞬してから光の粒子が消えると、ゴブリンが棍棒を振り上げて雄叫びを上げた。

 デコボコの頭には鋭く尖った耳が付いていて、下顎が出ている大きな口には牙が歪に生え揃っている。緑色をした全身を覆うようにボロボロの布を着て、木製のゴツゴツした棍棒を握るゲームでも見慣れたゴブリンの姿だった。


 ちょっと不安だったけど、バフォメットも見たことある形だったから、モンスターはこの世界でもゲームと同じ形をしてるみたいだ。これなら、頭にあるモンスターの知識も充分に活用できる。また、一からモンスターを覚え直すような事にならなくてよかったわ。

 あとはゴブリンのステータスも確認しておいて、本当にゲームと同じか確かめておくか。


 そう考えて、ゴブリンに【スキャン】のスキルを発動させる。


ゴブリン

Lv:1

HP:5

MP:0

物理攻撃:1

物理防御:1

素早さ:1

魔法攻撃:0

魔法防御:0

知力:1

運:0



 ……うん。

 そのまんまだ。

 なんだか、力が抜けるぐらいそのまんまだ。

 つーか、ソフィアと母さんは、こんなのと戦うのをずっと心配してるの? なんか、心配されてるっていうか、バカにされてる感じがするんだけど……気のせい?

 ……まぁ、いいや、とりあえずパパっと倒しちまおう。急激にやる気が無くなったけど、クエスト失敗になるのは嫌だし……それに、ソフィアに俺は大丈夫だって証明して安心してもらわないと……。


「ん?」


 ゴブリンの弱さを再確認して呆然としたが、なんとか気を持ち直した俺は、ゴブリンが何かをしていることに気づく。

 しっかりと、ゴブリンの動きに集中すると、俺に向かって挑発するように人差し指をクイクイと曲げていた。その動作に唖然とし、ゴブリンの顔に視線を上げると、片側だけの目を細めながら顎も上げ、見下すような表情をしている。


 うわー……ゴブリンに嘗められてる。

 どうしよ? 怒りよりも哀しみの感情のほうが大きい……俺って、そんなに見た目弱そうなのかな? 確かに平凡な顔つきだし、装備もしょぼいけど、お前にそんな顔されたくねーよ。

 やっぱ、弱いモンスターって相手の強さとか見極められないのか? でも、ゲームだとレベルの高い俺を見て逃げていってたし、ソフィアがある程度離れた場所に居るから出てきたんだろうから、レベルの高い奴は判ったりするのか?

 となると、ステータスが高くてもレベルの低い奴は、モンスターにとっちゃ雑魚ってことか……。


「ハハッ……なんか虚しくなってきた。

 せっかく、前世で頑張って築き上げた俺のステータスが、こんな雑魚に嘗められる程度だなんて……」


 あまりの衝撃にガックリと肩を落としながら、目元をグシグシと拭う。


 ドラゴンに喧嘩売る蟻みたいにしか感じねーけど……コイツは殺す。

 全然、何とも思ってねーし、クエストで仕方なく戦ってやるような奴だけど、殺す。

 それはもう……

 一瞬で、

 瞬く間に、

 あっという間に、

 息つく間もなく、

 瞬きすらさせずに、

 光の速さで──


──殺す!


 大地を蹴って一気に距離を詰めた俺は、アホ面晒しながら指を曲げているゴブリンの首を、すれ違いざまに跳ねる。勢いで持って行かれそうになる身体を、片足を地に軽く付けて止め、べっとりとダガーに青い血が付着してるのを確認した。


 その事に巧く仕留めることが出来たのだと安心し、その判断が間違っていないことを証明するかのように、後ろに感じるゴブリンの身体がドサッと倒れる。

 その音を聞いてから、少し離れた場所に飛んだゴブリンの頭に目をやると、未だに俺を挑発していた時のアホ面のままで転がっていた。


 一瞬で戦闘が終わったことと、少し頭に血がのぼり過ぎてしまった事に虚しさが襲ってきたが、そんな感情を振り払うように頭を振っていると、ゴブリンの頭が光の粒子になって消えていく。

 そして、光の粒子が全て空中へと舞い散ると、ボトッと音が聞こえ、ゴブリンの頭に付いていた片側の尖った耳だけが残されていた。

 後ろに倒れているはずのゴブリンの身体を確認しようと振り返ると、すでに光の粒子となって消え去ったのか、ゴブリンが纏っていたボロ布だけが残されている。


「ゲームと一緒だな。耳が討伐証明で、ボロ布はドロップアイテム。

 ボロ布はいらね。汚いし、置いてこ」


 ゴブリンの耳が落ちている場所まで歩き、それを拾い上げてアイテムボックスに仕舞う。


 なんとか無事目的が達成出来たことに、ホッと一息ついていると、何やら顔に光が掛かる。

 何事かと、眩しさに目を細めながら光が差してくる方へ顔を向けると、光の粒子がゴブリンとウルフを創り出していた。


「クエストは一体でいいんだけど……まぁ、いいか。経験値稼ぎになる」


 今度現れた二匹は、最初から俺を警戒するように臨戦態勢で呻いている。

 さっきのゴブリンとの明らかな反応の違いを不思議に思い首を傾げていると、ゴブリンが棍棒を振り上げて襲い掛かってきた。

 ゴブリンの移動速度は速くはないが、人間の駆け足程度の速度は出てるので遅くもない。

 しかし、ドカドカと走るゴブリンの動きが、俺の目にはやけにゆっくりに感じた。


「なんか、遅く見えるんだよなぁ~」


 ステータスの恩恵か、俺の動体視力は異常な程良くなっている。

 日常生活を続ける上ではあまり感じることはないが、集中した時やこういったモンスターと対峙した時に、時の流れが遅くなったかのように周囲の動きがゆっくり見える。

 その為、ゴブリンが駆け出すのと同時に、俺の視界から消えるように横へ移動したウルフの姿もしっかりと捉えることが出来た。

 だが、明らかにゴブリンを目眩ましに使って、自分の存在を敵から隠すように動くウルフに、モンスターが連携なんかするのかと驚かされる。ゲームではただ群がるように攻撃を仕掛けてくるので、連携なんかあったものじゃない。

 だから、少し呆気にとられてしまったが、眼前に迫ったゴブリンの棍棒を受け止める為に、ダガーを頭の上で構える。


──ぽふり


 そんな擬音がしっくりくる程、腕に伝わる衝撃は、情けないものだった。

 目の前に居るゴブリンは、踏ん張るような表情で両手で棍棒を振り下ろそうとしている。だが、当の俺はまったく押されている感覚がない。正直、このまま腕を下げてサンドバックになったとしても、全然平気だと思えるほど力が無かった。


「バフォメットはもっと力があったけどなぁ~。一発だけで俺の腕に傷を付けたし。

 まぁ、アイツはそこそこ強いモンスターだから、ゴブリンと比べたら可哀想か」


 ゴブリンの攻撃に調子抜けしそうになりながら、少し力を入れて振り払うように棍棒を弾く。

 そして、俺に押されて後ろに倒れ込む程に仰け反ったゴブリンに向かって、横から真っ二つにするようにダガーを振るった。

 俺からの攻撃にまったく防御の体勢を取れなかったゴブリンは、為す術なく身体を半分にされて絶命する。


「はぁ~……」


 まったく歯ごたえのない相手に溜息を吐いて、眼前で光の粒子になるゴブリンを見つめる。

 その光景を眺めながら、ダガーを逆手に握り変え、振り返りざまに背後から飛びかかってくるウルフに突き刺した。

 確かな手応えを感じたが、少し勢いがつき過ぎてしまったせいか殴り飛ばす形になってしまい、ウルフの首元に深くダガーが刺さったまま飛んでいってしまった。

 その為、大切なダガーを手放してしまったが、目の前にある衝撃的な光景に追うのも忘れて呆然と呟いた。


「……なにしてんの?」


 飛んで行くウルフの軌道を目端に捉えながら、俺に剣を向けて固まっているソフィアに声を掛けた。


「……気づいてたの?」

「何が?」

「ウルフ」

「気づいてたよ。だから、引き付けてから倒したんじゃん」

「そ、そっか……」


 背後から俺を襲うような体勢で剣を向けているソフィアに、訝しげな表情をしながら投げかけられた質問に答える。

 俺の答えにびっくりとした表情でコクコクと頷くソフィアは、やっと自分の状態に気づいたのか、慌てて俺に向けていた剣を引いてブンブンと腕を振り始めた。


「ち、違うの! 危ないと思って、助けに来たの!」


 ああ、そういう事か。最初は剣と腕しか見えなかったから、背後から襲われたのかと思ったぞ……。


「ごめん、心配掛けたな」

「う、ううん、全然! お節介だったみたいだしっ!」

「そんな事ねーよ。たとえお節介だったとしても、俺の為に来てくれたんだから嬉しくないはずない。

 それに、あそこから来てくれたんだろ? スカイイーグルより速くなんて、それぐらいの気概で居るっていう比喩かと思ってたけど、ホントに一瞬で駆けつけてくれたんだな。

 やっぱ、すごいな、ソフィアは」

「そ、そんなこと……。

 ──ご、ごめん、なんか照れちゃって……!」


 顔を赤くしてワタワタするソフィアの姿に、心が癒やされていく感覚を覚える。


 かわいいなー、なんかゴブリンばっか見てたから、めっちゃ癒やされる。慌てながら照れるのも久しぶりに見たから、こうグッっと来るモノがあるわ。

 ソフィアは褒められると恥ずかしがって、照れるタイプだからな。俺はよく居る、褒められて伸びるタイプだけど、ソフィアはほっといても勝手に伸びる。だから、褒めて伸ばさなくても「出来るようになった」って、嬉しそうに教えに来てくれる。

 そして、ソフィアの照れる表情が見たい俺にとって、それは絶好のチャンス。

 時折やってくるチャンスに、「おお! やっぱすごいな、ソフィアは!」って返すだけの簡単なお仕事で、世界一の美少女の照れる姿を堪能できる! 本来なら凡人の俺が見ることが許されない、金持ちの家宝として大切に保管されているような芸術品が、そんな言葉一つで鑑賞できるのだ! きっと世の中の男どもは羨ましがっている事だろう。


 いや、待てよ。もしかしたら、俺よりも先に報告してる男が居るのかもしれない。昔は、今みたいに照れて慌てたりしてたけど、最近はなんとなくクールな感じで照れる。頬をちょっとだけ赤く染めてそっぽ向きながら照れるんだ。

 ……うん。

 それはそれで可愛いのはわかってるんだど、俺は慌てながら照れる派だ。異論は認める。

 

 でも、そっか。きっと、一番最初に教えたい男にその報告をしてて、後から俺に教えるから反応がクールなのかもな。なんか寂しいけど、ちょっとずつソフィアも大人になってるんだな……やばい、泣けてきた……!


 視界が滲みそうになるのをソフィアから隠す為に、ウルフと一緒に飛んでいった俺の大切な【ダガー+1】を探す振りをして横を向く。その最中、一瞬不覚にも零れそうになった涙を顔に力を入れて踏ん張った。

 それで涙を我慢した俺は、地面に転がるダガーとその隣に討伐証明であるウルフの毛があるのを見つけ駆け足で寄っていく。その間、腰に下げている布を使って汗を拭う振りをしながら、涙も軽く拭っておいた。そして、ダガーを拾ってからその布で、刃にこびり付いたモンスターの血を綺麗に拭き取り、腰に差してからウルフの毛を拾い上げる。 


 ……それにしても、カッコつけて振り向きざまにウルフ倒すの止めとけばよかった。

 ソフィアが見てるからちょっと張り切っちゃったけど、危なくダガーで腕を傷つけるとこだったわ。咄嗟に軌道を変えられたから良かったけど、今度からはもっと注意して戦わないとな。慣れないことはするもんじゃないね。

 まぁ、でも、なんとかクエスト達成出来たし、これからはソフィアや母さんも、少しは俺の事認めてくれるかな。

 毎回ソフィアが同行しないとFランク以上のクエストが請けれないとか、さすがの俺でも気が滅入っちまう。あとで母さんを説得するのに、ソフィアも協力してもらうか。なんか頼ってばっかで申し訳なくなるが、俺が一人前になったらたくさん恩返ししよう。

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