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クエスト3

「レベル48……」


 ソフィアから本当のレベルを教えてもらった俺は、驚きすぎて呆然とする……演技をした。俺の反応に、照れくさそうな表情を浮かべているソフィアだが、不安の色が見え隠れしている。

 そんなソフィアを安心させるようにニヤッとした笑顔をして、「すげーな!」って言いながら、頭をワシャワシャ撫でてやった。ボサボサになるって嫌がるのを無視して、いっぱいワシャワシャしてやった。そして、ワシャワシャしていた手を自分の頭に乗せる。急に頭を撫でる止めてそんなことをしている俺を、ソフィアが「何してるの?」と聞いてくるようなきょとんした表情で見ているが、しばらくしてまたワシャワシャする。何度かそれを繰り返していると、ソフィアからストップが掛かった。


「ちょ、ちょっと! さっきから何してるの!?」


 頭を撫で回している俺の手を掴んで止めてから、慌てた樣子で聞いてくる。


「ソフィアのレベルを吸い取ろうと思って」

「そんなんじゃ吸い取れないよ!」


 俺の奇行の意味を教えてやると、頬を膨らませながら怒られた。

 ですよねー、自分でも途中から何してんだろ? って思ってた。ソフィアが突っ込んでくれなかったら、止めるタイミングも掴めなかったわ。


 ようやくソフィアの制止が掛かったことで奇行を止めることが出来た俺は、少し乱れた黒髪を手櫛で直すソフィアを黙って見つめる。それだけで、元通りになる癖のない綺麗な髪に驚嘆してると、ソフィアが頬を朱らめながらお礼を言ってきた。なんだかんだで、女の子だから髪を褒められるのは嬉しいみたいだ。



 幼馴染のスキンシップを終えた俺達は、ゴブリン探しを再開する。ソフィアが居るとゴブリンが逃げてしまうので、見晴らしの良い場所で待機してもらうことになった。なぜ見晴らしの良い場所かと言うと、俺が危なくなったらソフィアがすぐに駆けつけられるようにだ。そうじゃないと不安らしいので、高原を見渡せる高台を目指しながらゴブリンを探す。


「ん? って事は、ソフィアって人類最高レベル?」


 さっきソフィアに教えてもらった、人類の最高レベルが38だというのを思い出して聞いてみる。


「うん、そうだよ。知ってる人はそんなに多くないけどね」

「そうなん?」

「うん……ちょっとね」

「あぁ~、そうなんだ。……まぁ、ソフィアが強いってことは元から知ってたからな。今更あんま驚かないわ」

「ふふっ、シオンはそうだろうね」

「それにしても、やっと経験値が稼げる……!」


 刻一刻とせまる、初めての経験値取得イベントに、俺は歓喜の涙を流しそうになった。俺の気持ちを共有してくれているのか、ソフィアも隣で嬉しそうに微笑んでいる。

 ようやく、この日が来た! 俺のデビュー戦だ! 観客は、世界中の男を虜にする絶世の美少女……! この上ない、最高の舞台が整っている! 腕がなるぜッ!


 そう小躍りしそうな気分の俺は、メニュー画面を開いてダガーを取り出した。

 相棒の感触を確かめるように軽く素振りをする。空気を裂くような心地良い聞き慣れた音に、俺は調子の良さを確認して笑みを浮かべた。得意気に横をチラッと確認すると、それを見ていたソフィアが、少し目を見開いて驚いている。

 やべーわ、俺の華麗なるダガー捌きに、ソフィアも尊敬の眼差しを向けること受け合いだわ。冒険者になった時に、ナルサスさんから貰った【ダガー+1】が、よぉ~~やくっ本来の目的に使える。

 今まで草しか切って来なかったからな、今宵は俺もコイツも血に飢えてるぜ……真っ昼間だけど。

 でも、ゴブリンって経験値5とかだったよな。次のレベルまで10体も掛かるぜ? ソフィアに強いモンスター倒してもらって、おこぼれで経験値貰った方が早いんじゃねーの?


「どうかな?」


 凡人の俺が考えだした妙案を、天才のソフィアに伝える。


「そんなズルしてたらダメ!」


 眉を顰めて不機嫌そうな顔で怒られた。

 けちぃ~……。

 やっぱりダメか。努力家なソフィアには、俺の効率的な思考が理解出来なかったみたいだ。

 はやく10まで上げて、冒険に出たいなぁ~。町から、日帰り出来る場所までしか行ったことねーんだもん。そろそろ我慢の限界だ。ソフィアなんて、10歳の頃から長期クエストに出てるのに……。


「それに、ちゃんと弱いモンスターと戦って戦闘に慣れていかないと、あとで困るのはシオンなんだからね!」


 人差し指を立てて諭すようなポーズで、ソフィアに忠告される。


 ああー、急にレベルだけ上げちゃうとそういう心配があるのか。でも、ゲームで散々っぱら戦闘した俺なら大丈夫だろ。なんていうか、そういう感覚を脳と身体が覚えてるんだよな。前世ではダガーなんて触ったことすらない俺だけど、この世界で初めて握った時に妙にしっくりきた。手に馴染んで、握り方とか腕の動かし方、手首のひねり方とか全てが分かってた。多分、こういう戦闘経験なんていうやつも、ゲームの分身だった俺のキャラが培ってきたモノを引き継いでるみたいだ。


 そしてそれは、モンスターとか殺しの恐怖とかにも影響してる。

 モンスターに目の前に立たれても、一切恐怖心が湧いてこなし、モンスターを殺すことの恐れといった感情も全くない。最初は慈悲の心を無くした殺戮マシーンと化したのかと思ったが、そういう訳でもないみたいだ。肝が座ってるというか、覚悟が出来ている感じ。

 なので、モンスターと戦うことに何も心配がない。だからこそ、初戦闘だというのにこんなにウキウキしてられるんだ。


「はいはい、わかりましたよ」


 聞き分けのない子供みたいな台詞で、ソフィアに返事をする。

 ソフィアが先輩としてアドバイスをくれるのは嬉しいけど、そういうところがなんとなく、俺がモンスターと戦闘するようなクエストに出ることを反対する母さんに似てる。俺が冒険者になった頃から、常々心配そうにはしてたけど、怪我してからそれがより顕著になった。

 母さんの心配もわかるけども、もう少し俺を信用して欲しい。母親の気持ちも考えないガキみたいな考えかもしれないけど、父さんはそこまで厳しくない。もちろん、俺がバフォメットに襲われて怪我をした時は、仕事を早退して帰ってきてくれるぐらい心配してくれたけど、今は俺の気持ちにも理解を示してくれてて応援もしてくれる。だから、あとは母さんを説得できれば、もう少し冒険者ランクもスムーズに上がるのだが、なかなか許してもらえない。普段はのほほんとしていて、逆に俺の方が心配になるようなおっとりとした性格の、いい大人のくせしてドジっ子属性も持ち合わせているような天然人だ。見た目も俺が記憶に残っている3歳の頃から殆ど変わってなくて、童顔なこともあってか若々しいっていうか幼い。未だに一人で歩いてると男に声を掛けられる事があるみたいで、自分の母親がナンパをされてる現場を見て、なんとも言えない気持ちになったのを覚えている。


(母さん可愛いんだよな……)


 俺の名誉の為に否定しておくが、決してマザコンじゃないぞ? 客観的に見て、そう思ってるんだ。ソフィアの方が断然可愛いし。まぁ、ソフィアと比べたられたら可哀想か。世界一の美少女だから。

 でも、息子の俺が言うのもなんだが、母さんは顔立ちが整っていて、なかなかに可愛い。雰囲気も柔らかくて、見た目だけならおっとり系美少女だ。俺が全くの他人だったら、俺みたいな年齢の息子が居ると言われても信用しないだろう。それぐらい、若く見える。

 しかし残念なことに、俺にはまったくその要素が顔に受け継がれていない。ならば、父さんと似ているのかと言われると、そうでもない。父さんに似ているパーツもあるが、至って平凡な顔だ。父さんもそこそこイケメンで、知的な雰囲気が好きな女の子にウケそうな顔立ちをしてる。二人の顔立ちを受け継いでいれば、俺もイケメンになれたはずだ。にも関わらず、俺の顔は平凡。神様のいじめとしか思えない俺の顔に、静かに涙した事もあった。

 

 そんな見た目が若い母さんは、俺の事を10代の時に産んだ。だから、ルージュさんよりも少し年下になる。実年齢でも見た目でも大人な雰囲気のルージュさんより幼いので、母さんが物腰低く話しているのに違和感は全くない。だけど、ルージュさんが母さんに対してめっちゃ物腰が低いのが、すごく違和感を覚える。ナルサスさんとルージュさんが初めて俺の家に来た時に、母さんに変に気を遣ってたのを覚えてる。今にして思い返せば、あれは母さんを怒らせた経験を持つ、選ばれし者(主に、俺と父さん)の態度によく似ていた。きっとあの二人も、何か選ばれし者になる為の条件を満たして“しまった”のだろう。


 俺の母さんは、怒ると怖い。笑顔でニコニコしながら怒るんだけど、それが思わず震えるほど怖い。威圧感っていうのか、有無を言わさない雰囲気に心臓が掴まれた気分になる。俺も父さんも、母さんに怒られた時はただひたすらに謝り続けるだけだ。もう、なんていうか抵抗する気持ちも湧かない。だからこうやって、バレないように胸の内でブツブツと文句を垂れるだけだ。

 臆病だって? ほっとけ。


 今まで母さんが怒った出来事で最も怖かったのが、父さんが職場の若い女の子に介抱されながら家に帰ってきた時だ。飲み過ぎてフラつきながら歩く父さんが心配だったその人が、肩を貸しながら家まで送ろうとしてくれて二人で歩いてたらしい。そこに、父さんの帰りが遅いことを不安に感じていた心配性の母さんが、いつも父さんが帰宅してくる道を探しに行った。そして、運が悪いことに、途中でばったり鉢合わせてしまったらしい。

 ベロンベロンに酔っ払いながら若い女の子と密着して歩く父さんを見て、不安そうだった母さんの表情が無になった。

 「“そこ”までの記憶は無いが、“そこ”からの記憶は鮮明にある」

 とは、父さんの談。


 扉が開く音が聞こえて、出迎えに行った俺は、腕を組んで寄り添う父さんと母さんの表情を確認すると、「おかえり、父さん。もう遅いから僕は寝るね。おやすみ」と言って、手を振って自室に逃げ込んだ。恐ろしい雰囲気を纏った笑顔で「おやすみなさい」と返してくれた母さんと、貼り付けた笑顔で「おやすみ」と返してくれた父さんの縋り付くような目が、今でも印象に残っている。自室で布団に潜った俺は、父さんの悲鳴のような謝罪の言葉を子守唄に、ゆっくりと眠りに付いた。

 その後の父さんの態度はとても献身的だった。愛妻家で知られていた父さんが、より一層献身的になった。でもそんな状況になったけど、母さんは勿論だけど、父さんも嬉しそうだったし、結果的には良かったんだと思う。今でも息子の俺が恥ずかしくなるぐらい仲睦まじいので、いつまでもそのままの関係で居てもらいたいものだ。



 父さんが母さんに対する態度を思い出して、美少女に献身的になるのは、遺伝なのか? と、俺とソフィアの関係を思い返しながら考えてると、俺の適当な返事が気に入らなかった樣子のソフィアが、プックリと頬を膨らませていた。


「“はい”は一回!」


 ダメ息子に躾をする母親のような事を言われた。


「は~~~~~い」


 父さんと母さんの事を思い出していたので、なんとなく抵抗してみたくてふざけてみた。

 これでもちゃんと一回だぜ? どうだ、クソガキみたいだろ? 


「……帰る」

「勘弁して下さいッ!」


 踵を返したソフィアの腕を掴んで、必死になって止める。

 やっぱり余計なことしちゃダメだ……所詮俺は凡人なんだ。美少女に逆らっちゃいけないんだ。

 父さん……俺は間違いなく、貴方の息子でした。


 心の中で父さんにそんな報告をしながら、ソフィアに縋り付く。捨てられないようにひたすら謝り続ける俺に、溜息を吐いて止まってくれたソフィアは、真剣な表情で俺を見つめてきた。


「……シオンの事を心配して言ってるんだよ?」

「はいッ! 申し訳ありません!」

「いつもわたしが側に居られるわけじゃないんだから……」

「はいッ! ソフィアが不安にならないように頑張ります!」

「うん……」


 俺の態度に一応は頷いてくれたソフィアだけど、その黒曜石のような瞳には不安の色が見え隠れしている。俺の気持ちを汲んでくれて討伐クエストに同行してくれたんだろうけど、やっぱり心配は拭えないみたいだ。

 よっしゃ! やってやる! ソフィアの不安を吹き飛ばすような、華麗な戦闘を見せ付けてやるぜ! そうすれば、ソフィアだって少しは気が楽になるはずだ! 俺がいつまでも迷惑を掛けてたら、安心して玉の輿に乗れない!

 いっちょ、やってやりますか! ゴブリンの一匹や二匹……いや、百匹や二百匹、余裕で倒してやるぜッ!


 やる気になった俺を見ているソフィアは、複雑そうな表情が浮かんでいる。

 その表情を、俺の一番大好きなソフィアの表情である、笑顔にしてみせようと固く決心した。

次回は戦闘です。

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