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クエスト2

念願のゴブリン討伐を請け負った俺は、おそらく人類最強であろう幼馴染と共に、ゴブリンがよく出現するエリアまで辿り着いた。

 町から3時間程歩いた場所にある、ファーシエン高原。空気の美味しい、自然の温もりあふれる初心者御用達スポットだ。小動物なんかも多く生息している為、エサを求めてゴブリンやウルフといった雑魚モンスターが高頻度で現れる――はずなのだが……。


「居ないぞ?」

「居ないね」


 目を凝らして見渡せど、見付けられるのは動物ばかり。モンスターの姿は、影一つ見当たらない。

 誰かこの辺りに、ゴブリン狩りにでも来たんだろうか?


「……あっ!」

「? 居た?」


 あることに気づいた俺が思わず声を上げると、ゴブリンを見付けたと勘違いしたソフィアがこっちを向く。俺が向いている方角に目を向け、きょろきょろと視線を動かしている。

 すまん。そっちにゴブリンは居ない。

 と思っていると、ソフィアもその事に気づいたのか、ムッとした表情で俺をジト目で睨んできた。


「居ないじゃん!」

「すまん。別に見付けたら、声出したんじゃないんだよ」

「じゃあ、なによ?」


 からかわれたと思っているのか、ソフィアの態度がなんとなく冷たい。自分は真剣に探してるのに、俺がふざけて遊んでるように思えたんだろう。

 このままでは、ソフィアに嫌われてしまう。ソフィアに嫌われたら、俺はたぶん引き篭もる。いや、確実にこの世の終わりな顔して引き篭もる。


 良好な幼馴染の関係を続けている俺達だが、一度だけ少しの間疎遠になったことがある。

 俺が13で、ソフィアが冒険者として活躍し始めた10歳の頃。ギルド関係の人達や、冒険者仲間など広い交友関係を築き出したソフィアは、この世界でも高スペックな人間に囲まれ始めた。それは必然で、当然ソフィアと交友があるような人物だから、冒険者で指折りの実力者だったり、王族、貴族といった権力者だったりする。

 そんな中で、俺は良くも悪くも平凡だった。

 だからかもしれない。そんな俺が、ソフィアには異質に映ったんだ。ソフィアの周りには、それぞれいろんな分野で才能を示す奴らばっかりで、俺が逆立ちしても出来ないような事を簡単にやってのける。

 ソフィアは、平凡な俺と、自分と似たような才能を持った人間たちとの違いに、初めて気づいたんだと思う。だから、気になったんだろう。


(わたしと一緒に居て、楽しい?)


 そう、言われた。

 多分、ソフィアなりに気を遣った言い方だったんだろうけど、その言葉と憂うような表情が俺の心にズシリとのしかかった。

 どれぐらい沈黙が続いてたのか分からなかったけど、何も言えずに口篭る俺を見て、ソフィアは一言「ごめん」と呟いてその場から去ってしまった。情けない俺は、去っていくソフィアを追いかけることも出来ずに、呆然と立ち竦んで動けなかった。

 それからしばらく、俺は引き篭もった。父さんと母さんは俺の気持ちを汲んでくれたのか、何も聞かずにそっとしておいてくれた。おそらく、ソフィアがルージュさんに話して、そこから事情を聞いたんだろう。何にもやる気が起きなくて、どっか遠くに行こうとかずっと考えてた。

 でも、なんでそんなに傷ついたのか、自分でも分からなかった。だって、そうだろ? 平凡を望んだのは自分自身で、ソフィアと俺は本来なら接点を持つことすら無いような差がある。それなのに、ソフィアにその違いを突きつけられて、傷ついた。

 そこまで考えて、ようやく俺は気づいた。俺はソフィアと【対等】で居たかったんだと。

 口では、イケメン金持ちと結婚して玉の輿に乗れ、とか言っときながら、心の奥底では俺にもチャンスがあるのかも、なんて考えてたんだ。

 滑稽だった。あまりに、馬鹿すぎて泣けるぐらいに。俺はどこかで、ソフィアが俺と一緒になってくれるかもと“期待”してたんだ。

 その感情に気づいてから、心が急激に楽になった。そして、その感情が、俺の“傲慢さ”だと気づけた。

 世界で一番の存在で、ソフィアの為だったら全身全霊を捧げる。そう思ってたけど、俺は全身全霊をソフィアに捧げていなかった。どこか、俺に対して恋愛感情を持ってくれないかと期待する、薄汚い【欲望】が潜んでいた。そんなでは、ソフィアを幸せには導けない。ソフィアと【対等】であれる男を見付けられない。本当の意味で俺は、ソフィアの幼馴染で居られていなかった。

 だから、傷付いた。

 ソフィアと同じ舞台に立てない俺が、ただの観客である俺が、ずっとその舞台を見続けていて、その舞台に立っている気になってたんだ。

 客席からどんなに拍手を送ろうとも、賛辞を投げかけようとも、客席に座るだけの男が主人公の相手役になる事は、絶対にない。

 そんな自分勝手な妄想が現実になる期待をしてたから、ソフィアの問いかけに即答できなかったんだ。

 そりゃー、楽しくないだろうよ。舞台で繰り広げられる、素晴らしい演劇に集中しないで。ただ、主人公のソフィアばっかり見つめて、客席に座る俺の所に来るのを、今か今かと待ち続けてたんだから。子供でも、そんな事有り得ないって理解できる。とんだ勘違い野朗だ。これが精神年齢30過ぎのおっさんとか、片腹痛い。

 でも、ようやくそんな滑稽な自分に気づけた俺は、舞台の演劇に集中する事が出来るようになった。

 楽しかった。

 舞台で繰り広げられる、ソフィアを中心とする演劇が最高に楽しくなった。俺に出来るのは、拍手と賛辞を送る事だけだが、俺の拍手でソフィアが安心した表情をする。俺の賛辞にソフィアが微笑んでくれる。それだけで、俺の中の全てが満たされていく気持ちになった。

 そして、更にソフィアの事が愛おしくなった。妹みたいな女の子から、本当の“妹になった”

 無償の愛を捧げて、ソフィアの幸せを心の底から祝福できるようになった。


 引き篭もってうじうじしていた俺だったが、あの日伝えられなかった言葉を伝える為に、すぐにソフィアにもとに向かった。

 俺が会いに来たことで、ソフィアは嬉しさと不安が入り混じった表情をして出迎えてくれる。そんな彼女にたった一言「楽しい」伝えた。

 自分では見えなかったが、その時の俺の顔は会心の笑みだったと思う。なぜなら、ソフィアが惹き込まれるような綺麗な笑みで頷いてくれたから。



「と、言うわけですよ」

「……怒るよ?」


 懐かしき思い出の回想を締めくくる言葉を言うと、ソフィアが額に青筋を立てて呟く。

 しまった! 思考が脱線しちまった!

 俺の若かりし頃の過ちを思い出してる場合じゃない! 今は、ゴブリンがどうして居ないのかの推測をソフィアに伝えないと……!


「す、すまん、すまん。怒らんでくれ。ちょっと気づいたことがあったんだよ」

「はぁ~……わかったよ。それで、何に気づいたの?」

「あぁ……多分なんだけど、ソフィアが居るからゴブリンが出ないんじゃないか?」

「えっ? どうして?」


 俺の推測に、ソフィアはきょとんとした表情で首を傾げる。

 そう、この天使のように可愛らしいソフィアの美しさに、ゴブリンは自分の醜悪さを恥じて姿を現せないんだ! 

 ……じゃなくて、ソフィアの運が高すぎるんだよ。もうすぐ運が、上限まで成長しそうだし。

 俺の150も高いけど、ソフィアはもっと高い。それにソフィアはレベルも高いから、あんまり弱すぎるモンスターだと出現が抑制されるのかもしれない。

 ゲームでは、運が高いとランダムポップする率が下がる設定だったからな。影響がないのは、元々出現率が低いレアモンスターとか、固定ポップのモンスターだけだ。それに、レベルが上がると、弱いモンスターが彷徨くエリアを歩くとき、蜘蛛の子を散らすように逃げていくから移動が楽になったりする。

 俺一人なら、運を下げるアイテム装備すればどうにでもなる。

 運を下げるアイテムとか、始めた頃は何であるのか不思議だったけど、素材集めで自分より弱いモンスターを狩る時には必須のアイテムだ。あとは、モンスターを寄せ付けるアイテムを装備して、雑魚モンスターしか出ないエリアで暴れまくる。ものすっごい、ストレス発散になるんだ。……やばい、やりたくなってきた。


「ソフィアが強いから、ゴブリンが怯えちゃって出て来れないじゃないかなって」


 何気なく思い付いた感じで言うと、ソフィアは目を丸くして驚いた。ちょっと、優越感。

 そして俺の言ったことを、自分の経験と照らし合わせながら分析しているのか、顎に指を当てながら真剣な表情で考え込む。きっと、仕事してる時のソフィアって、こんな感じの表情してるんだろうな。なんていうか、凛々しい。いかにも、仕事できますって雰囲気が漂ってるわ。


「……考えたことなかったけど、あり得るかもしれない。最初の頃はよく見かけたモンスターとか、レベル40過ぎてから見なくなったりしたから……あっ」


 呟くように分析結果を報告してくれたソフィアだが、思考に集中しすぎてしまったのかポロッと自白した。そして、しょんぼりと肩を竦めて、恐る恐る俺の事を見上げながら不安げな表情を向けてくる。

 これがソフィア必殺の、『怒ってる?』である。命名は俺、シオン=セフェル。俺に怒られそうな時に、必ず先制で繰り出される一撃。未だにこの攻撃に耐えられたことは一度もない。


「まぁ、なんだ……気にしてねーって」


 よしよしとソフィアの頭を撫でながら、優しく声を掛ける。こんな風に、不安げな表情をしている時の対応も完璧だ。

 あの表情の名前は『怒ってる?』だが、ソフィアは俺が怒ってるのか不安に思ってるんじゃない。俺がソフィアに嘘をつかれて、傷付いていないかを不安に思ってるんだ。

 だから、安心させるようにゆっくりと頭を撫でながら、優しく微笑みかけて気にしていない事を伝えれば大丈夫。

 

 俺の完璧な対応に、ソフィアはグッと唇を噛み締めると、薄っすらと目尻に涙を浮かべた。

 あれ……なんで? いつもなら、撫でられて気持ちよさそうにする猫みたいな表情になるのに……。


「ど、どうした?」

「うぅ~……ごめんなさい」

「いや、ホントに気にしてねーって」

「でも、嘘ついちゃったぁ~!」


 そう言って、ガバッと抱きついてくる。頭を胸にグリグリと押し当ててきて、背中に回された手でギュッと服を掴んでいた。

 ヤ、バ、イ!! 

 何この状況? こんなの初めてなんだけど……どうしたらいいの? とりあえず、抱き返しても大丈夫かな?


 手をワキワキさせながら彷徨わせ、ソフィアの背中に腕を回して力を入れようとして――止めた。

 そのまま左手で優しくリズミカルに背中を叩いて、右手で頭を撫でる。落ち着かせるようにゆっくりと宥めていると、胸に埋めていた顔が横から出てきて、気持ちよさそうな表情をさせてるのが分かった。

 完璧だ……! 完璧すぎる! ソフィアの突然の行動にも、完璧に対応できた!

 まさに、応用力。これまで培ってきた経験が活かされ、俺の持てる技術すべてを使ってソフィアをこの表情へと導いた。


「落ち着いたか?」


 会心の出来に満足感を抱きながら、そっと声を掛ける。


「うんっ!」


 満面の笑みを浮かべて弾むように返事をしたソフィアは、ピョンっと飛んで離れた。

 そして、申し訳なさげな表情で頭を下げる。


「嘘ついて、ごめんなさい」

「ああ、気にしなくていいぞ」


 しっかりと謝っておきたかったのか、真面目な態度で謝罪をするソフィアに、大きく頷いてそれを受け入れる。


「えへへ、スッキリした! シオンに嘘付いてるの嫌だったから、気持ちが楽になったよ!」

「そ、そっか……ありがとな」


 輝くような笑顔で言うソフィアの言葉が、グサリと胸に刺さった。罪悪感に声が少しどもりながらも、なんとか笑顔のままで受け答えできた。

 どーしよ……胸が痛い。胸の奥にある、心が痛い。俺も嘘ついてるんだよぉ~……ごめんなぁ、ソフィアぁ……。


 嬉々とした表情でじゃれついてくるソフィアに、心の中で謝罪の言葉を唱え続けた。

ちょっとメインの方の影響が出てます。

メイン作品を書いてると、知恵熱が出そうになるぐらい頭が痛くなります。


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