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小さな決意

 ソフィアと別れてから、すぐに出かける支度を済ませた俺は、グローツァ家の扉を叩いた。


「あら、おはよう、シオンくん」

「おはようです。相変わらずお綺麗ですね」

「いつもありがとね」

「いえいえ、お世辞ですから」

「一言よけいよ」


 対応してくれたルージュさんと、いつも通りの挨拶を交わすと、パチンと頭を叩かれた。

 口ではお世辞だと言ってふざけてるが、実際にはその美しさは衰えていない。もうすぐ、四十路に差し掛かろうというのに、昔とは違った大人の妖艶さみたいなものが漂っている。娘も娘なら母親も母親だ。


「ソフィア居ますか?」

「居るんだけど……部屋を覗いたら眠ってるみたいなのよ」


 なんだよそれ。俺の事は叩き起こしておいて、自分はスヤスヤ夢の中ですか!?


「シオンくんが来たら起こしてって言われてるんだけど、よく眠ってるみたいだから起こしづらくて……」

「あー、なるほどです」


 やっぱ疲れてんじゃねーか。無理して俺のところに来なくたっていいって言ってんのに。


「なら、起きたらマルトの森に来るように言ってください。俺は先に行ってるんで」


 ソフィアなら、俺と違ってすぐに来れるだろうからな。文字通り、飛んで来れるし。


「ごめんなさいね……でも、いつ起きるか分からないわよ?」


 申し訳なさそうで、それでいてなんとなく嬉しそうな表情で謝るルージュさん。きっと健気な俺の態度に心打たれてしまったのだろう。ふっ、罪な男だぜ……。

 でも確かに、ソフィアが今日中に起きるか分からないな。何度か待ち合わせだけして、すっぽかされた事あったし。俺より優先すべき男達との予定が、急に入ったりするみたいだ。やっぱりああいう高スペックな奴は、ちょっと近くまで出掛けるだけで異性とのイベントが発生するんだな。


「来なかったら、それはそれでネチネチいじめるネタになるんで問題ないです」


 ニヒニヒと気持ち悪い笑顔を浮かべる。若干ルージュさんが引いてるみたいだが、気にしたら負けだ。

 今度はどうやっていじめてやろう? 肩でも揉んでもらうか? なまじ高スペックだから、ドラゴンのステーキが食べたいって無茶なお願いしても、本当にドラゴンを狩りに行こうとするしな。この前は俺の足を舐めろと命令したら、本当に舐めてこようとしやがったから叱ってやった。いつもは軽快なツッコミをかましてくれるのに、変なところでボケが伝わらなくなるからお仕置きにも気を遣う。


「相変わらず良い性格してるわね。でも、気を遣ってくれてありがとね」

「ルージュさんみたいな綺麗な人にお礼を言ってもらえるなら、大したことじゃないです」

「またお世辞?」

「今度は本気です」

「あら、ありがとう」

「うっす。それじゃ、また」

「気を付けてね。またいつでも遊びにいらっしゃい」


 手を振って見送ってくれるルージュさんに一礼してから、マルトの森に向かう。


 ルージュさんとの会話は楽しいわ。やっぱりモテる人はお世辞にも慣れてるのか、返しに余裕があるし、俺のおふざけにも嫌な顔せず乗ってくれるから、ついつい話し込んじゃうんだよなぁ。

 でも、俺は楽しいけどルージュさんはどう思ってるのかな……? ニコニコ話してくれるけど、内心では「面倒くせーな、このガキ」とか思ってんのかな?

 やべー、めっちゃ心配になってきた。どうしよ、お腹痛い。

 で……でも、昔からこんな感じのやり取りしてるし、それでも変わらず接してくれてるんだから、少なくても嫌われてはいないよな……?

 きっと、そうだ! そうに違いない! そう思ってないと、不安で押し潰されそうになる……!


 そんなこんな考えて歩いてると、いつの間にか目的の場所まで着いていた。


――森の中で、ポッカリと開いた空間に、鮮やかな彩りの花々が咲き乱れる場所。


 昔、二人で冒険ごっこをしながら見付けた、秘密の場所だ。

 まだ純粋だったソフィアは、ここで結婚式を挙げたいと、りんご色に染まった顔で言ってきた。恥しさの限界を超えていたのか、涙目になって少し震えながら告げる姿は、何もかもを投げ捨てて抱き締めたくなるほど可愛かった。

 しかし、すぐに強靭な精神力で理性を取り戻した俺は、その場で転げ回りながら悶絶する程度で事なきを得た。


 あれは危なかった。美少女とはいかに危険な存在であるかを、改めて思い知らされる出来事だった。


「いい天気だ」


 ドサリとその場に倒れた俺は、大きく伸びをする。そよ風が吹いて、木の葉が擦れる音が心地良い。ゆっくりと瞼を閉じれば、すぐに夢の中だろう。さっきまで寝てたくせに、この身体はまだ睡眠を欲しているらしい。


「おやすみ」


 誰に言うでもなく呟いてから、意識を闇の中に沈めた。











「さむッ!」


 冷たい風に煽られたことで飛び起きた俺は、身体を震わせながら空を見上げる。

 やべー、寝過ぎた。もう夕方になってる。ソフィアに言った通り、本当に夕方までダラダラしてしまった。


「そう言えば、ソフィア来てないみたいだな」


 キョロキョロと辺りを見渡してもソフィアの姿はない。きっと、明日の朝までグッスリ熟睡コースなんだろう。俺がイケメンだったら、いつの間にかソフィアが来ていて膝枕をされてるんだろうが、所詮凡人の俺には夢のまた夢。寒い中、待ち合わせた相手が来ずに、トボトボ帰路に着くのがお似合いだ。


 そんな自虐を吐きながら森を歩いていると、何処からか話し声が聞こえてくる。

 辺りを窺ってみると、少し離れた場所にソフィアと、後ろ姿しか映らないが長身の男が見えた。


「くっ! 幼馴染を森に放置して、自分は男とデートかよ!」


 くそっ! 羨ましい! 見せつけやがって……!

 ……はっ! もしかして、これを見せる為にわざと俺をここに誘導したのか? 一人寂しく過ごす俺を、嘲笑うかのようにデートする姿を見せて屈辱を与える。

 なんて手の込んだやり口だ……! もしかすると、ルージュさんまでグルかもしれない……そんなに俺をいじめて楽しいのか!? マジで一回本気で距離置くぞっ!

 まぁ、あとで謝りに来られたら許しちゃうんですけどね。はぁー、虚し……。


 そろりと二人に見つからないように歩いてると、こちら側を向いてるソフィアと目が合った。


――が、強引に逸らしてやった。


 凡人な俺のささやかな抵抗だ。謝りに来るまでは怒ってやる! 謝りに来たらすぐ許すが、それまでは怒る!

 ……なんか情ない感じもするけど、気づかないふりをしよう。俺の心のためにも、それがいい。


 森を抜けてからトボトボと歩いてると、前からルージュさんが歩いてきた。あの方角から歩いてくるってことは、今日はナルサスさんと夜のデートに向かうのだろう。

 未だにラブラブだからなぁ~、あの二人。まったく……今日は一家総出でデートの予定かよ。これだから美形どもは……!


「シオンくん、こんばんは」


 心の内で僻みを呟いてると、ルージュさんに声を掛けられた。

 視線を左右に振ってるけど、俺の周りに何か居るのか?


「こんばんは」

「……どうしたの? 機嫌悪い?」


 うおっ! さすがに鋭いぞこの人。挨拶の一言だけで俺の機嫌が分かるなんて……! 伊達に十数年もお隣さんやってないわ。


「ちょっと」


 あなた達、美形が憎いです。


「あらあら、ソフィアと喧嘩でもした?」

「ソフィアは来なかったです」

「えっ? お昼前には家を出て行ったわよ?」


 だから、朝っぱらから起こしに来たのか。

 お昼からデートだったんだな。


「イケメンとデートだったみたいで」

「ぇ……えぇ~? それは無いと思うけど……」


 ルージュさんに「なに言ってんの、こいつ?」みたいな顔で見られてしまった。地味に傷つく。

 う、嘘じゃないもん! さっきそこの森で見たもんッ!


「さっき森で楽しそうに話してました。お昼前に出たなら、多分ずっと一緒だったと思います」

「そ、そんなはず……」

「もう、いいっすか? 失礼します」

「あっ! シオンくん……!」


 呼び止めるルージュさんを無視して、早歩きで家に向かう。


 も、漏れそう……。

 身体が冷えたからか、尿意が急激に押し寄せてきた。ルージュさんと少し話すぐらいは大丈夫だと思ってたけど、ちょっと耐えられそうにない。

 そもそも、なんでこのタイミングでルージュさんに捕まるんだよっ! それに機嫌悪いって言ったんだから、そっとしといてよ! ルージュさんはもっと空気の読める人だと思ったのに、がっかりだよ!


 そんな文句を言いながら帰路を急ぐと、無事に家まで辿り着いた。

 危なかった。あと数分遅れてたら、しばらく町の外を歩けなくなるような酷い醜態を晒すことになってた。


「ハックションッ!!」


 あー、風邪引いたかも。

 ソフィアとルージュさんという、美少女と美女に冷たい態度をとってしまった罰かもしれない。

 なんてこったっ! 俺は理不尽な目に合わされても、それに怒ることさえ許されないのかっ! 神様までもが美形の贔屓しやがるのか! 人間皆平等だろッ!

 ……取り敢えず、大人しく寝てよう。ソフィアに感染するとマズイから、治るまではソフィアを来させないように母さんに言っとかないと。

 はぁー、ついてな。











 やっと治った。

 治るまで、3日間も掛かったわ。

 つーか、病気に対して俺のステータス何の意味もなさないの? ウイルス耐性ゼロなの?

 ……あっ、そっか。状態異常防ぐ装備付ければよかったじゃん。治ってから気づくとか、俺アホ過ぎ。


「久しぶりの外だなぁー」


 天気が良いので庭に出て、ストレッチをする。久々に日光を浴びて、なんだか生命力が溢れてくるような気分だ。


「シ、シオン……」


 どこからともなく、女神様の声が聞こえた。

 女神様なのだから、きっと天からの声だろうと思い空を見上げるが、雲ひとつない真っ青な色が映るだけだ。

 もしかして、ついてない俺の姿に心を痛めた慈悲深い女神様が、地上に舞い降りたのか!? どこに居るんだ? 全然見当たらないんだけどっ!?


「む、無視しないでよ……! 無視は……嫌だよぉ……うぅ……」


 ヤバイっ! せっかく女神様が来てくれたのに、俺が見つけられないせいで無視されてると勘違いしてる! 

 どどど、どうすればいいんだ!? つーか、女神様ももっと見つけやすいように、俺の前に現れてよ! なんでわざわざ見つけにくい所から声かけるんだ!?


「い、嫌だぁ……シオンに嫌われたら、わたし……ど、どうしたら……どうしたらいいか、分かんないよぉ……」

「そこかぁっ!?」


 バッと振り向くと、涙をポロポロ流して泣いているソフィアが居た。


「うぉ……何で泣いてんのお前?」

「ふぇ……ぐすっ……」


 マジ泣きじゃねーか。

 朝っぱらから憂鬱になるような顔してんなよ。


「ほら、泣き止めって」

「ずびび……ずるずる」


 お手本みたいな鼻すすり音出してんじゃねーよ。

 ポケットからハンカチを取り出して、真っ赤になっている目元を拭ってやる。なんだか、目元が腫れてるみたいだ。ずっと泣いてたのか?


「どうした?」


 ソフィアが泣いてる時の対応は慣れてる。とりあえず、優しく声を掛けて、泣いてる理由を聞いてやるのが大切だ。

 どうせまた、ルージュさんに怒られたんだろ。 あの人、結構躾が厳しいからな。ナルサスさんが激甘だから、バランスは取れてるんだろけど。


「だ……だって、シオンが……」


 俺かよッ! 俺は何もしてねーだろ!? 3日も風邪で寝込んでたんだから、何も出来ねーし!


「俺がどうした?」

「む、無視するんだもん……!」


 あぁ……あの時、目を逸らしたのを怒ってるのか。

 でも、デート中に声を掛けるのは無いだろ、あそこで手振って呼んだら空気読めなさすぎる。


「そりゃ、ごめん。邪魔しちゃ悪いかと思って」

「嘘だぁ……ぐすっ……わたしが遅れたから、怒ってたって……お母さんがぁ……うぅ」


 「嘘だぁ」で、またドバッと涙が出てきた。ついでに、鼻水も出てる。


「まぁ、ちょっとは怒ってたけど……でも、それはお前が悪いだろ。男と約束があるなら先に言っとけよ」


 よしよしと頭を撫でながら、涙を拭ってやる。ついでにちり紙も取り出して、鼻水も拭いてやった。こういった用意の良さは、唯一凡人な俺がイケメンと肩を並べる所だ。……ルージュさんのアドバイスだけど。


「ち、違うもん……用事があるって言ってるのに、付きまとってくるんだもん……!

 秘密の場所見つかるの嫌だし……仕事と関係のある人だから、無視も出来ないし……」


 なんだ、仕事関係の人だったのかよ。風邪が治ってから、あの時のデートはどうだったのか根掘り葉掘り聞いてやろうと、高熱でうなされながらニヤニヤしてたのに。


「なら、泣く必要ないだろ。ちゃんと理由があるなら、俺は怒らない」

「でも、シオンはそのせいで風邪引いたって……! わたしの事を待ってて、風邪引いたって!」


 待ってたって言うか、寝てただけです。

 しかも、ガッツリ寝ちゃって、寒い中平気で熟睡してました。


「まぁ、そうっちゃ、そうだけど……」

「体調に気を遣えないのが、一番ダメだって! どんなに好きでも、そんな人は絶対側に居ちゃいけないってッ!!」


 興奮気味に叫んだソフィアは、またもやポロポロと泣き出してしまった。


 ……なにそれ?

 それは俺が、体調管理の出来ない“駄目人間”って事? そんな駄目人間は、どんなにソフィアが好きでいてくれてても、側に居させちゃ危ないって事?

 ひっ、酷すぎる……! 別に体調崩すぐらいいいだろっ!? 確かに、体調管理が出来ないのは良くないけど、たまにだったら風邪ぐらい引いたっていいじゃない! 人間だもの!


「お……俺は、そうは思わない!」


 冷や汗が垂れるのを背中に感じながら、せっせとソフィアの涙を拭いつつ力強く言い放つ。


「ぐす……ぇ……?」

「確かに、今回の事はあんまり良いとは言えない」


 あの寒い中、腹立してアホ面で寝てれば風邪も引く。それに、美形への僻みでルージュさんに不機嫌な態度を取ったのも、完全に俺が悪い。

 あとでルージュさんに謝らないと……!


「うぅ……うん……」

「だけど、次からちゃんと気にするなら、俺はそれでいいと思う」


 もう、あんなマヌケはしない。今度は、あの場所で眠る予定になったら、何か上に掛ける物を持って行こう。


「ぅ……そ、そうかな……?」

「あぁ、問題ない。人間誰だって失敗するんだ! だから、その失敗を活かして次に繋げよう!」

「っ……うん!」


 自分を励ますように、拳を突き上げて宣言する。ソフィアも納得してくれたのか、ようやく可愛らしい顔に笑顔が戻った。

 泣いてる美少女もそれはそれで良いけど、やっぱり笑ってるのが一番だわ。なんか心が洗われる気持ちになる。これで、ソフィアから引き離されるのを防げただろう。確かに、ソフィアはこの国でも重要な人材だからな。周りの人間関係に対して、注意深く気を配る必要がある。

 ホント危なかった……。今まで考えたことなかったけど、ソフィアの幼馴染ってだけでかなり気を遣わないといけないんだな。下手に風邪なんか引いて、仕事前のソフィアにうつしたら牢屋にぶち込まれたりするのかな……? なんか、ちょっと怖くなってきた。もっと、体調管理に気を遣おう。


 俺に頭を撫でられて嬉しそうに微笑んでいるソフィアを眺めながら、ソフィアの幼馴染として相応しい人間になろうと、ひっそりと胸に誓った。


 ソフィアを送りがてらルージュさんに謝りに行ったら、快く許してくれた。

 やっぱり、モテる人は心が広いや。俺も見習わないと!

頭空っぽにして書けると楽しいですね。

読み直して、おかしな箇所を幾つか見付けましたが、気が向いたら直します。


ゆるい作品ですが、お付き合い頂ける方は、これからもよろしくお願いします。

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