一途な幼馴染
「ち、ちーと……ってなに?」
俺の叫びに、ソフィアちゃんはビクビクとしながら上目遣いでそう聞いてくる。
めっちゃかわいい。抱きしめたい。
ありえないステータスに興奮しすぎてしまった。思わずツッコミを入れてしまったが、言われた本人は何の事だかさっぱり分からないだろう。
「間違えた! シオン! よろしくね!」
「う、うん……ソフィアです。
そ、その……ちーとって言ってなかった?」
くっ! 強引に自己紹介にしたけど、それだけじゃ誤魔化せないか。
「ご、ごめん! ソフィアちゃんが可愛いから緊張しちゃって、シオンだよって言おうとしたのが、噛みすぎてチートかよ、になっちゃったんだ」
「っ!? か、かわいい……!」
俺のありえない言い訳に、ソフィアちゃんの純粋な心は真実だと感じてくれたのか、耳まで赤くして恥ずかしがっている。
「か~わ~い~い~」
そんなソフィアちゃんの姿に、またしても無意識に言葉が出てしまう。バカにしているように聞こえるかもしれないが、本当に可愛い。もう、持って帰りたい。
そんなことを考えてると、ソフィアちゃんは涙目になりながら湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、イヤイヤするように身を捩っている。
「こらこら、シオンくん。あんまりソフィアをからかわないの!」
微笑ましそうに俺たちの会話を聞いていたルージュさんだったが、ソフィアちゃんが恥ずかしさの限界に達しそうだと察知したのか、俺を優しく窘めるとソフィアちゃんを抱き上げた。
「からかってないよ! 本当に可愛いもん、将来は玉の輿だね!」
グッと親指を立てて、ルージュさんに合図を送る。
「玉の輿なんて言葉よく知ってるわね、シオンくん。
……ということは、シオンくんは将来お金持ちになるのかな?」
たわわに実るふくよかな胸に顔を埋めているソフィアちゃんをあやしながら、ルージュさんはどこはいたずらっぽくそう聞いてきた。
「う~ん、なれるならなりたいけど、可能性は薄いかな」
冒険者として活躍すれば金持ちになれるかもしれないけど、あんまり気が進まない。
家がお金持ちって言うわけでもないし。
父さんがギルドの職員として働いてるから、平均よりは上だろうけど良くも悪くも普通だからな。それに、普通が一番だよ。扱いきれないぐらいお金を手に入れたって、どうしたら良いかわからないし。
うん、それがいい。普通に生きよう。極力自分の能力は隠しながら、しがない冒険者を続けよう。ソフィアちゃんの家は立派だから、Bランク冒険者はそれなりに稼げるみたいだ。Cランク冒険者で、そこそこ頑張っていれば生活には困らなさそうだし、それでいいかな。
「あら? なら、どうしてソフィアは玉の輿になれるの?」
俺の答えが予想外だったのか、ルージュさんが首を傾げる。
玉の輿の意味を間違えて覚えてると思ったのかな? 別に、将来俺がお金持ちになって、ソフィアちゃんと結婚するわけじゃないのに……。
「ソフィアちゃんは可愛いから、どこかの貴族とか大商人に見初められるかもしれないよ。そうなれば、お金持ちになれる!」
「なるほど……。
シオンくんは? ソフィアをお嫁さんにしたくないの?」
そう言って、ソフィアちゃんを俺の方に向ける。おそるおそるといった感じで、こっちを振り返ったソフィアちゃんだったが、また少し頬を朱らめて顔を隠してしまった。
「したい!」
「おお! 即答だね」
そりゃそうですよ。俺だって男なんだから、できることなら可愛い子と結婚したいですし。
「でも、僕はお金持ちになれなさそうだし、無理かなぁ~」
「あら、別にお金持ちでなくても、ソフィアの旦那さんになれるわよ?」
「え~? それは勿体ないよ。僕がソフィアちゃんだったら、絶対にお金持ちの男引っ掛けるもん」
「…………シオンくんって意外と腹黒なのね。おばさん、びっくりしちゃった」
「ルージュさんはおばさんじゃなくて、お姉さんだよ!」
「とっても嬉しいけど、今の会話のせいで素直に喜べないわ」
引きつった笑みを浮かべはじめたルージュさんを、ソフィアちゃんが不思議そうに見つめている。
なんか悪いことしちゃったかな。確かに、こんな考え方持ってる5歳児とか嫌だわ。なんか、扱いに困りそうだし。
「そうだ! ソフィアは? ソフィアはシオンくんのお嫁さんになりたい!?」
お母さんからの急な質問に、ソフィアちゃんは目を白黒させている。そりゃそうだろう、ソフィアちゃんはステータスが高い恩恵なのか、普通の2歳児よりは賢いみたいだけど、まだそんな事考えられないだろうし。
でも、ルージュさんは答えを期待してなかったのかも。現に、また顔を赤くしてる我が子を見て癒やされたような表情をしてる。こうやって、恥ずかしがるような素振りが見たかったのかな。可愛げのない5歳児で申し訳ない。
「ぅ……うん……」
二人からの視線を感じながら恥ずかしがっていたソフィアちゃんだったが、小さく頷いた。
「「え?」」
俺とルージュさんの声が重なる。
「シオンくんの、お嫁さんになりたい」
そう言って、天使の微笑みのような笑顔を向けてくれた。
「ふふふっ……あらあら、ソフィアはシオンくんが好きになっちゃったみたいね」
俺とソフィアちゃんを交互に見ながら、ルージュさんは嬉しそうに微笑む。そして、どこか試すような視線で俺を眺めており、「シオンくんはどうなの?」と目だけで聞かれているみたいだ。
「いやいやいや、まだソフィアちゃんは小さいから、恋と友情の区別がつかないだけでしょう」
「……冷めるわー。ホント冷めるわー、シオンくん。あんた、もう少し5歳児らしい反応しなさいよ」
呆れ返った表情をしながら、ジト目でルージュさんから睨まれる。それに、口調もさっきまでの優しそうなお母さんじゃなくなってるし。
「そんな事言ったら、ソフィアちゃんだって小さいのに、少ししっかりしすぎてない?」
「さっきまでは、2歳児にしてはしっかりしてる子だと思ってたけど、シオンくんと話したせいでそんな考え吹き飛んじゃったわ」
「僕は特殊だから」
「うん、そうだね。その通りだけど、それじゃ納得出来ないからね。いかにも、「ほら、僕だから仕方ないでしょ?」みたいな言われ方しても、全然納得出来ないからね」
やっぱりルージュさんは誤魔化せないか。それに、なんか口調もさっきまでとは変わってるし。
「まぁまぁ、世の中広いんだからこんな5歳児も中には居ますよ」
「いやいや、そんな5歳児シオンくんだけで十分だからね」
この会話の後から、ルージュさんとは妙に仲良くなった。
たまにナルサスさんと喧嘩すると、俺のところに愚痴を言いに来るぐらいに仲良くなった。
そのおかげで、ソフィアとは小さい頃から一緒に遊んでいたので、疎遠になることなく幼馴染としての地位を得ることができたのだ。
「どうしたの? ボーっとして」
ベッドに座りながら、ぼんやりとその時のことを思い出していた俺を、ソフィアが心配そうな表情で覗きこんでくる。
ソフィアは、初めて会った時に俺が予想した通り、この国でも有数の美少女に成長した。そして、俺が予想した通り、各国の権力を持つ貴族の跡取りや大商会の跡取り息子、果ては順位は下の方でありながらも王位継承権を持つ王族にまで、見初められているのだ。将来は間違いなく、玉の輿になれることだろう。
その圧倒的なルックスの良さに加え、スタイルも良ければ性格も良い。それでいて、この国始まって以来の天才と名高い才能の持ち主で、ステータスもあの頃から更に成長している。
本当に、唯一の欠点といえば俺と幼馴染であることだけだ。何故、幼馴染がこんなに冴えない俺だったのか。これだけ完璧なら、小さな頃によく遊んでいた男の子が、実は城からこっそり抜け出して来ていた王子様だった、なんていうシチュエーションが現実のものになったとしてもおかしくない。
「なんでもない。
それより、いい男捕まえたか?」
ギルドの仕事から帰ってきたソフィアは、必ず俺の部屋に来る。
いつもは朝に起こしになんて来ないのに、ギルドの仕事で家を空けた後は、朝でも夜でも関係なく俺のところに顔を見せに来てくれる。
疲れてるなら無理しなくていいとも言ったが、無事に帰ってきた事の報告を兼ねて、というソフィアの意志を尊重して受け入れている。なので、仕事から帰ってきたソフィアに、毎回同じ質問をしようと、「いい男を捕まえたか?」と聞くのが通例になった。
本当なら仕事の話を聞きたいが、ソフィアが話したがらないのならば聞けない。だから、仕事で出会ったいい男と、恋に発展するような出来事がなかったか聞くようにした。将来玉の輿に乗るソフィアの相手は誰になるのか、幼馴染の俺じゃなくても興味があるはずだ。その相手を、幼馴染の特権として一番先に知ったところで、罰は当たらんだろう。
「捕まえてない」
ソフィアはちょっと怒った表情で、いつも通りに答える。
「お前も14歳になるんだか、そろそろ色恋の一つあってもいいだろう」
「17で色恋の一つもない、シオンに言われたくないよ」
いつも通りの答えにヤレヤレと肩を竦めると、ソフィアがブスッとした表情で反撃してくる。そんな表情がとても可愛いいので、ついついいじめてしまいたくなった。
「いや、俺は経験あるぞ」
しれっと嘘をつく。
まぁ、前世では経験があったから、全くの嘘というわけでもないけど。
「はいはい、嘘ついたらダメだよ」
「いや、嘘じゃな……」
「そんなことより、今日は暇? 暇なら付き合って欲しい所があるんだけど」
「話聞けよ」
まったく相手にされずに流されてしまった。
そんな、「あんたに恋人が居ないことなんて分かってます」風に流されると、ムカつくんですけど。そりゃ、ソフィアとはよく一緒にいるから嘘だってすぐ分かるだろうけどさ。大切な幼馴染に恋人が出来たことへの焦りみたいな、そんな態度をとって欲しかった。
「はぁ~……小さい頃のソフィアは可愛かったのになぁ~。「シオンくんの、お嫁さんになりたい」って恥ずかしそうに言ってたのに……」
あの頃の純粋無垢なソフィアはどこへ行ってしまったのか……。今じゃ、わがままで生意気な娘になってしまった。どこで育て方を間違えてしまったのか。俺以外の男にはニコニコと愛想よく接するくせに、昔の男なんてどうでもいいって事か……。
「……覚えてるの?」
そう言って、急に顔を赤くするソフィア。
そりゃ覚えてるよ。俺の大切な初めて告白された思い出だ。そんな恥ずかしがることないだろう。なんだ、俺に告白したのは人生の黒歴史だとでも言いたいのか? 失礼なやつだ。
残念ながら報われずに終わってしまったが、2歳のソフィアに告白を受けていたと知ったら、きっと将来の旦那は嫉妬に狂う事だろう。どうだ、ざまあみろ!
……しまった、また涙が出てきた。
「なんで泣きそうなの?」
「ちょっと虚しくなって……」
「シオンって時々よくわからなくなる」
「俺は特殊だから」
「……それ、お母さんも言ってた」
ソフィアにそんな事吹き込んでるのかあの人。せっかく、ナルサスさんの愚痴という名の惚気話を聞いてやってるのに……今度から断るぞ。
「それで? 今日は暇なの?」
「ごめん、ちょっと用事がある」
「何の用事? それが終わってからでもいいよ」
「無理かなぁ 、終わるのは夕方になりそうだし」
「何処か出掛けるの? ギルドの仕事?」
「いや、家でダラダラする」
「……それは暇って言うんだよ?」
「ちげーよ! ダラダラして英気を養うのも冒険者の仕事だ!」
「Gランクの仕事に、英気を吸われるような事ないでしょ……」
くそっ! 俺がGランクだからって馬鹿にしやがって! そりゃ、最年少Sランクのソフィア様には分からねえだろうが、薬草を採取するのも疲れるんだぞ! 蚊には刺されるし、草から急に虫が飛んできてびっくりするし!
「はいはい、お疲れ様」
「ありがとう」
「なんで急に素直になったの!?」
いや、男って単純だから美少女からの労いの言葉一つで疲れが吹き飛ぶんだよ。贅沢を言えば、笑顔で言ってくれると尚良い。
「……美少女なら、誰でもいいの?」
「う~ん……美女でもいいかな」
「あっそ」
俺の答えがお気に召さなかったのか、不機嫌になってしまった。ちょっとからかい過ぎたかな?
「でも、ソフィアに言われるのと、そこらの美少女・美女に言われのとは全然違うぞ!」
「ふ~ん……どう違うの?」
ジト目のソフィアも可愛い。
そりゃ、ただの美少女・美女に言われるより、少しでも好意を持ってる女の子に言われた方が嬉しいに決まってる。誰でも、好きな人に声をかけてもらった方が嬉しいと思うけどなぁ。
「えっ!?」
「なんだ、ソフィア違うのか? ただのイケメンに言われるより、好きなイケメンに言われた方が嬉しいだろ?」
「驚いたのはそこじゃないんだけど……。それに、なんでカッコイイ男の人限定なの?」
それはもちろん、ソフィアの隣に相応しいのは、ソフィアの魅力に負けず劣らずの魅力を持つ男だからだ。俺みたいな平凡な男が隣に立ってみろ、コレジャナイ感が半端ない。
「そんな事ないと思うけど……」
「いや、駄目だ。お前はもっと、自分の容姿が優れてる事を自覚しろ」
「……自覚はしてる方だよ。ずっとシオンに言われ続けてきたから」
おお……! 素晴らしい! 俺の今までの努力が報われた気分だ。これで自分に自信がなくて、変な男に捕まってしまうという悲劇を回避できる。
おめでとう、俺。ありがとう、俺。
「……でも、良かったと思った事は一度もない」
「ん?」
「なんでもない! それより、マルトの森に行きたいから付き合ってよ!」
「わかった、わかった。支度してお前の家に行くから、いい子にして待ってろ」
仕方ない。マルトの森ぐらいならすぐに行けるし、付き合ってやるか。ソフィアお気に入りの、秘密の場所に行くんだろう。嫌な事があると、いつもあそこに俺を連れて行く。別にただのんびり過ごすだけだから、俺はいらないと思うけど、側に人が居るだけでも、落ち着く事ってあるからな。それぐらいしか役に立てないし、わがままを聞いてやろう。
子供扱いしたことにご立腹なのか、ノロノロと準備を始める俺を、怒った様子で急かしてから部屋を出て行ったソフィアに、苦笑いが漏れた。