言いなり
「はぁ~……」
ドレマーレ商会で魔石を買い終えた俺は、もう何度目かになるため息を吐いた。二百個の魔石が入った麻袋がやけに重たく感じる。足取りも重く、なかなか身体が前に進んでくれない。
「まさか、マリナがドレマーレ商会の関係者だったとは……」
初めて訪れたドレマーレ商会に好奇心が刺激されて、店内を子供のようにキョロキョロと見回していた。
店の半分ぐらいの位置で横に大きなカウンターが店内を仕切るように設置されている。カウンターの前には販売員のお姉さん達がズラッと並んでいて、ひっきりなしに魔石を買いに来る客を捌いていた。
そんな樣子をボケっと眺めていると、お姉さん達が並ぶ後ろの方にある店の奥に続いてるであろう扉が開いて、マリナが出てきた。
思わぬ人物の登場に頭が真っ白になる。俺を見つけたマリナは、いつも通り笑顔を浮かべて足早にこっちへとやってくる。後ろからはスーツを着た男性がマリナに付き従うような形で付いて来ていた。
法国にマリナが居ることにも驚きだが、店の奥から出てきたので、万引きでもしてとっ捕まったのかと思った。
その事をマリナに言うと、『違うよぉ~』って笑いながらヒラヒラ手を振って否定する。マリナは気にしてない様子だったけど、隣に居たスーツの男性に物凄い形相で睨まれてビビった。
あの反応からすると、マリナって身分が高いのかもしれない。聞いても曖昧にして教えてくれないし、すげー気になる。ただのGランク冒険者かと思ってたのに、全然違ったみたいだ。
「同じひよっこGランクの同志だと思ってたのに……。
今度からは今までみたいに気楽に話せないなぁ~。言葉遣いとか気を付けよう」
いくら旧知の仲と言えども、小心者な俺には身分が高い相手に気さくに話しかけるなんて無理だ。同じ一般市民だと思っていたからこそ、ああいった態度が取れただけで、偉い人なら話が変わってくる。
よかった、マリナが怒らなくて。『アイツ、ムカつく』って言われたら、きっと牢屋に打ち込まれてたわ。
「それにしても、俺にヤアス神殿の内部調査に同行して欲しいとか、無茶なこと言うよなぁ~」
最初は俺のステータスを知って同行しろと言われたのかと肝が冷えたけど、どうやらただ単に俺を利用したかっただけみたいだ。
正確に言えば、“ソフィアの幼馴染”かな。たまたまそれが俺だっただけで、俺自身がなにか特別視されてる訳じゃないと気づいたのでホッとした。
利用されてると分かって安堵するのもどうかと思うけど、ソフィアの気を引く為に俺に媚びを売る輩はたまに出て来る。大概は逆にソフィアに嫌われる事態になるので、最近はそういった輩も居なくなった。なので、久しぶりに面倒事に巻き込まれたなと思う程度だ。
「“俺を使ってソフィアを動かす”、ねぇ~」
ドレマーレ商会、というより“帝国”は、ヤアス神殿に強い関心を寄せている。
これまでも何度か神殿内の調査を行ってきたそうだが、深層部のモンスターが強すぎる為に、調査を進められるのは浅い階層に限定されていた。なので、獲得できるのはレア度の低いアイテムばかりで、満足のいかない成果だった。
聖ナカル法国から深層部への侵入を禁止されているのも制限になってはいるのだが、許可の出ている階層に出現するモンスターでさえ苦戦を強いられる。その為、奥に進もうにもリスクが大きすぎて、冒険者の大半は依頼を請けようとしない。
その為、今回白羽の矢が立ったのが、
俺の──“俺の”! 幼馴染であるソフィアだ。
今までもソフィアには要請を出してきたそうだが、ことごとく断られていたらしい。理由は分からないが、破格の条件を提示しているにも関わらず、あまり色よい返事を貰えずにいるみたいだ。
そこで、思わぬ取引材料が手に入った事をきっかけに、法国のギルドから俺を貸し出して貰う事にしたらしい。俺自身は、ここに来てすぐにギルドで登録を済ませてあるので、手続き的にギルドの紹介でクエストを請け負うことには問題がない。あとは俺が依頼を請ける事を承諾すれば契約が成立するところまで話を付けているんだそうだ。
俺を睨んできたスーツを着た男性はギルドの職員だったらしく、ちょうどその話を店の奥でしていたらしい。必死の形相で頭を下げながらお願いしてくる男性に、俺は更にビビるはめになった。
はっきり言ってしまえば行きたくはないけど、人前で大の男に頭を下げられて断れる度胸など持ち合わせていない。二つ返事で承諾してしまった。
「シオンならそうだよねぇ~」
と、憎たらしい笑顔を浮かべたマリナに腹が立ったが、歯を食いしばって漏れそうになった苛立ちを堪える。
男性は大喜びでお礼を言ってきて、何度も俺に頭を下げてから店を出て行った。
その後にマリナに店の奥へと連れ込まれて、事の真相を聞かされる。
今回の取引材料ではソフィアを引き出せない。なので、俺を使ってソフィアを引き出すそうだ。あくまでも本命はソフィア。俺はマリナと一緒に安全な馬車の中で護衛に囲まれながら、話し相手にでもなっていればいいらしい。
それだけで、薬草摘み100回分の報酬が出る。もう、何なんだろうね、薬草摘みって……。
それに、マリナも付いてくるらしい。マリナの能力は知らないけど、俺と一緒に安全な場所に居るんだから、戦闘では役に立たないのかもしれない。邪魔者が増えるだけじゃねーかと思った。
どうしてそこまでソフィアの同行を熱望するのか訊くと、ギルド最高戦力であり大きな実績も兼ね備えているからだそうで、何が何でも引き入れたい冒険者だと言う。
実績というのは、2年程前に実施された法国主催のヤアス神殿攻略作戦。
目標は勿論、最深部への到達。
そんな重要な作戦でリーダーを務めたのが、
俺の──“俺の”!! 自慢の幼馴染であるソフィアだ。
2年前ということなので、ソフィアは12歳にして国家的重要クエストのリーダーとして大抜擢された。
その作戦にはミディアさん達聖騎士の部隊も参加して、ギルドでもランクの高い人達が選出され、総勢15名の精鋭によるヤアス神殿攻略を決行したそうだ。
結果は最深部への到達に見事成功。
しかし、ティアマットのあまりの強さにヤアス神殿の完全攻略には至らなかった。ソフィアが軽くあしらわれたのだから、ちょっかいを掛けないほうが懸命だと判断したのだろう。
それに、深層部で得られたアイテムはレア物揃い。成果は充分で、作戦自体は大成功を収めたと言っても過言ではないと、法国は大喜びだったそうだ。
その一番の功労者であるソフィアの評価は鰻登りになり、今では法国から絶大な信頼を寄せられている。その為、今回のように度々国から名指しで依頼を貰うようになった。
俺は12歳の頃何してたかなー。母さんが過保護だったからギルドにもまだ登録できてなかったからなー。家でゴロゴロしてるか、ぷらぷら外を散歩したり遊んだりしてただけだ。小さい村だから学校なんて無いし、勉強は自主的にやるか両親からの教育を受けるかのどちらかだけ。母さんが読み書きと簡単な算数とか教えてくれたけど、俺があっさり出来るもんだから、
「シオンくんは天才だよ! お勉強なんかしないでいっぱい遊びなさい!」
って言って、全く勉強を教えてくれなくなった。
計算なんかは前世の記憶が役になってる。足し算引き算、掛け算割り算が出来れば早々困るような事はないし、言葉や文字も、日本語だ。簡単に理解できた。というか、知ってた。
だけど、文字は“ひらがな”しかない。手紙とかも全部ひらがなで書くんだ。カタカナも使わないし、漢字なんてこの世界に来てから一度も目にしてない。文章が読みにくくて仕方なかったけど、今はだいぶ慣れてきた。
って、何も成長してないな……むしろ漢字を読まなくなって退化してないか?
ソフィアが大活躍している裏で、俺は現状維持のままのんびりしてたってわけか……いくらなんでも情けなさすぎるだろ……。
どうしようもない幼馴染でソフィアに申し訳ない。こんな俺でも見捨てずに幼馴染として扱ってくれるソフィアに感謝しないとな。今でも優しくしてるつもりだけど、もっと優しくしよう。うん。
改めてソフィアを大切にしていく決意をしながら、魔石の入った麻袋を持つ右手に力を込めてグッと握る。
そして、前に見えてきたミディアさんの屋敷を目指して力強く歩き出した。
「余計な事をすれば魔石を売るのを止めるとか言うしなぁ……そんな重い話俺にするなよ……」
勇ましく歩き出したにも関わらず、重い使命感に気持ちが一気に沈む。
マリナは、俺が余計な事を吹き込んでソフィアの同行が得られない事態になれば、法国への魔石の輸出を止めるとのたまいやがった。
『ただシオンは、作戦に参加しますってソフィアさんに報告するだけでいいんだよ』と、綺麗な歯を見せながら笑うマリナに、俺はただただ頷くしか出来なかったのだ。
※
お遣いを終えて帰ってくると、ソフィアとミディアさんが食堂で夕食をとっていた。
お昼ご飯を食べてからお遣いに出掛けたが、色々あったせいですっかり夜になってしまっている。なので、二人とも既に帰宅済みだったようだ。
セリナさんがドレマーレ商会の場所がわからなかったのかと心配してくれる中、ソフィアはお遣いも満足に出来ないのかとバカにした様子で言ってくる。
そんなソフィアの態度に、ミディアさんはクスクスと笑って意味ありげな目線を俺に向けてくる。
「ソフィアもさっきまで本当に心配そうにしてたのよ。わたくしと一緒に夕食を食べ始めて、わたくしは食べ終わってるのに、ソフィアは全く食事が進んでいないでしょう?」
そう言って、ミディアさんはソフィアの前に置かれる夕食を指さす。
示されるソフィアの夕食に目を向けると、全く量が減っていない。一方、ミディアさんは既に食べ終えて食器は片付けられているのか、ティーカップだけが置かれていた。
「シオンくんと一緒に食べたかったみたい。わたくしは振られてしまったわ」
「ち、違うよ!」
ミディアさんが意地悪な顔をしてそう言うと、ソフィアが慌てた様子で否定する。
少し顔を赤くしながらミディアさんを睨みつけるソフィア。それを涼しげな表情で受け流しながら、美味しそうに紅茶を呑むミディアさん。女神の天使の戯れを見れるとは最高だ。いつまでも鑑賞していたいけど、とりあえずお遣いの成果を渡さなくては。
「遅くなりました。これがお遣いで買ってきた魔石です」
「ありがとうございます」
俺の分の夕食を持ってきてくれたセリナさんに、持っていた麻袋を渡す。
笑顔でそれを受け取ったセリナさんは、中身を確認すると魔石を貯蔵している箱へと移し替えに食堂を出て行った。
「遅くなってごめん、一緒に食べようぜ」
席についた俺は、顔を赤くしてミディアさんを睨み付けているソフィアに声をかける。
「う、うん……」
少し恥ずかしそうにしながらも小さく頷いてくれたソフィアは、夕食に手を伸ばし始めた。それに倣うようにして、俺も美味しそうな香りを立てている夕食にありつく。
食事中、チラチラと俺に視線を向けてくるソフィアの様子が気になり、黙って首を傾げて返す。すると、しまったと言うような表情したソフィアは、慌てて視線を外して食事に集中する。
そんなソフィアの樣子に、何か気になることがあるのかと自分の身体を見てみるが、特に変わった所はない。仕方ないので、ミディアさんに自分がどこか変なのかと問いかけるように視線を向けてみるが、微笑ましそうに見つめ返されるだけで教えてはくれない。
ソフィアの態度に疑問を感じながらも夕食を食べ終えた俺は、食器を流し台へと持っていく。食器を浸けておく桶に、汚れた皿やフォークなどを入れて、再び座っていた椅子へと戻る。少し遅れてソフィアも夕食を食べ終え、三人で紅茶を楽しんでいると、ミディアさんが俺に声を掛けてきた。
「それで、シオンくん。どうして帰りが遅かったのかしら?」
なんとなくそうかなとは思ってたけど、俺の帰りが遅かったことを気にしてたみたいだ。
ソフィアがチラチラと視線を向けていたのも、遅れた理由を訊きたいけど食事中ということもあって自重していた為の仕草だったらしい。
「やっぱり聞いちゃいますかー」
「ふふ、聞いちゃうわね」
俺が軽い感じで返すと、ミディアさんも乗ってきてくれる。
まぁ、話さないといけないことだし、覚悟を決めよう。
「簡単に言えば、クエストを斡旋されていて遅くなりました」
「クエストを斡旋……? シオンに?」
不思議そうな表情で聞き返してくるソフィアに頷いて答える。ミディアさんは俺の言葉を聞いて、驚いた様子で目を見開いていた。
驚くのも無理はない。普通ならGランクの俺にギルドがクエストを斡旋してくるようなことはない。それに、ミディアさんは俺のステータスを知っている。だからこそ、それがバレて斡旋されるような事態に発展したのかと考えが及んでしまっているみたいだ。
「まぁ、正確にはソフィアにかな?」
「えっ? わたし?」
「そそ、俺を使ってソフィアを引き出したいんだってさ」
「はぁ? シオンを“使って”ってどういう意味!?」
俺の言葉に、ソフィアは苛立った様子で聞き返してくる。
やっぱりソフィア的には面白くないよなー。俺もソフィアをダシに動かさるのは面白くない。まぁ、今回のような迷惑を掛かるような内容限定でだけど。ソフィアの為になることだったら、いくらで使われてもいい。むしろ、使って欲しい。
「ドレマーレ商会が主催するヤアス神殿内部調査に同行するように言われた」
「「っ!?」」
なるべく平静を装ってクエストの内容を伝えると、二人が息を呑む音が聞こえてくる。表情は予想通り驚愕に染まっていて、時間が止まったのかのように仲良く停止した。
数瞬すると、事態をいち早く飲込んだミディアさんが苦々しく顔を顰める。
「そうきたのね……やられたわ。シオンくんの事まで調べあげてるなんて……迂闊だった」
「ど、どういう事!?」
頭を抱えるミディアさんにソフィアが問いかけた。
ミディアさんは話しにくいのか、気遣うような視線で俺を見つめてくる。なので、俺がソフィアの疑問に答えることにする。
「ソフィアはドレマーレ商会が主催するヤアス神殿内部調査のクエストを断ってたんだろ?」
「う、うん、そうだよ──ぐっ……!」
歯切れ悪く肯定するソフィアは、俺の問いかけで事態を理解したみたいで大きく表情を歪ませる。
「だけど、ドレマーレ商会はどうしてもソフィアにクエストを請けて欲しい。だから、俺を同行させることで、ソフィアを引き出そうって魂胆らしい」
「卑怯だよ、そんなのっ!」
苛立ちを隠せないソフィアが机を叩いて叫ぶ。
本気で怒るソフィアはやっぱり怖い。美少女が怒ると怖いってよく聞くけど、ソフィアは能力も桁違いに高い。強さと美しさを兼ね備えた人間が激しく憤る姿は、無意識に身体が反応して土下座して謝りたくなってしまう。
「ごめん……」
謝ってどうにかなる事じゃないけど、ソフィアに頭を下げる。
それは、俺がソフィアの弱みになってしまうことの謝罪であり、俺が弱いせいでの謝罪でもある。
今すぐにソフィアに俺のステータスの事を打ち明けてしまえば、ソフィアはこのクエストを回避することが出来る。だけど、俺にはまだソフィアに打ち明けられる勇気がない。俺のステータスを知って、ソフィアが“変わってしまう”事が怖い。
「あ、謝るのはわたしの方だよ……わたしのせいで……シオンが──巻き込まれたっ!」
声を詰まらせながら言うソフィアは、何かを堪らえるような表情で足早に食堂を出て行く。
階段を駆け上がっていく音が止むと、大きく扉が閉まる音がした。
ソフィアが居なくなると、重い雰囲気が俺とミディアさんを包む。
突然の物音に驚いたセリナさんが、心配そうな表情で食堂に戻ってくる。そして、ミディアさんが事情を説明すると、苦しそうに俯いてしまった。
ミディアさんと色々と相談して解決策を考えるので、セリナさんは仕事に集中して欲しいと声をかけると、気遣うような視線を向けてくれた後、一礼して食堂の扉を閉める。
セリナさんにああは言ったけど、解決策なんて無い。あったとしても、何も成果を出さずにクエストを終えることだ。だけど、ギルドの仕事である以上、請け負ったソフィアにはそれなりの“成果が期待される”。ましてや、ギルド最高の冒険者だ。何も成果無しでは、ソフィアの輝かしい功績に泥を塗るだけだ。ソフィアはそれでも良いと言ってくれるだろうけど、周りはそれを許さないだろうし、俺もそんな事にはなって欲しくない。
「俺がステータスの事を話せば「それはダメ!」……えっ?」
俺の呟きを、ミディアさんが強い口調で遮る。
「もし、そうすればソフィアはクエストを請けなくなるわ。けれど、ドレマーレ商会はソフィアが何故請けなかったのか疑問を持つはず。そして、シオンのステータスの事を調べ上げられてしまったら、それこそ取り返しの付かないことになる」
「はい……」
ミディアさんの言う通り、ドレマーレ商会に俺のステータスを知られてしまえば、あらゆる手段を使って俺を利用しようと企んでくるかもしれない。それこそ、大きな取引材料になる【魔石】を使ってでも。
簡単に使われてやるつもりはないけど、魔石の入手ルートが分からない以上、下手にドレマーレ商会には逆らえない。
ソフィアの様な後ろ盾があるわけじゃないし、窮地を脱するような切れる頭も持っていない。巧く言い包められて、自分の知らない内に良いように使われそうな気がして恐ろしい。
「魔石の存在が厄介ですよね……そのせいで、こっちは何も出来ないです」
「ええ、本当にね……。
けれど、今回ばかりはわたくし達聖騎士の責任が大きいの。まさかこんな形で、シオンくんに迷惑を掛けるとは思ってもいなかった。
本当にごめんなさい」
そう言うと、ミディアさんは憂うような表情で深く頭を下げた。
女神に頭を下げさせるなんて、とんでもない罰当たりだ。すぐさま気にしていない事を伝えて、頭を上げてくれるようお願いする。
そんな俺の樣子に、ミディアさんは嬉しそうに微笑みながら顔を上げてくれた。
マリナが言っていた、思わぬ取引材料。それは、聖騎士の失態によって、ドレマーレ商会から法国へと下された罰であるそうだ。
魔石の入手ルートを探っていた聖騎士を解放する条件として、法国に所属する冒険者を一人、ドレマーレ商会に貸し出すよう提示された。
高ランクの冒険者は、所属する国以外の依頼を請け負うことは非常に稀である。それは、所属する国のギルドから頻繁にクエストを斡旋される為らしい。
法国と言えば、ヤアス神殿に意識を向けられがちになるけど、【モールの樹海】や【グリモワールの湖】など危険区域が多く点在している。それこそ今回のソフィアのように、他国を拠点にして活動してる高ランクの冒険者を呼び寄せて調査や監視に務めなければならない程に。
王国とは非常に友好的な関係を築いているので、名高い冒険者を借り受けるような事になっても、比較的スムーズに二国間で斡旋が行われている。
だけど、依頼主が帝国になってくると話が大きく違ってくる。帝国自体が、他国とは一線を画す軍事力を持っている事もあり、自国の冒険者を貸し出すことを敬遠する国が多い。
王国と法国もその例から漏れず、冒険者という浮遊戦力とはいえ依頼主が帝国であると良い顔はしない。もちろん、冒険者自身が帝国の依頼を請けたい考えれば、それを止める事はしてこない。
しかし、もし帝国のクエストを請けてしまえば、その冒険者は所属する国からのクエストの斡旋が激減する。それは、国からの信用を失ってしまうからだそうだ。いつか他国に流れてしまうかもしれないという不安を持つ戦力に依存するのは、非常に危険になる。それならば、実力は劣っても国の為に尽力する冒険者にクエストを斡旋し、成長していって貰えれば、将来的には自国の利益になってくる。
そういった不文律が国と冒険者の間には存在する。俺みたいな下っ端Gランクなら、『帝国からの依頼で薬草摘み? どうぞどうぞ』的な感じで全く気にも止めないんだろうけど、ソフィアはそうはいかない。王国と法国からしても帝国のクエストなんて絶対に請けて欲しくないはずだ。
それに、ソフィア自身もあまり帝国には良い心境を抱いていないせいもあって、何度か要請されていた依頼を断り続けていたのだそうだ。
しかし、そんなソフィアの態度にもめげず、帝国は事あるごとにソフィアにラブコールを送ってくるらしい。マリナは破格の条件とか言ってたけど、帝国の王位継承権を持つ王子様との縁談とかも来てるそうだ。
何が破格の条件だよ、ソフィアを取り込もうって魂胆が見え見えじゃねーか。それに、お相手の王子様は、今年で36歳になるおっさんとか。なんだよそれ。完全にロリコンじゃねーか。王子様だとそんな事まで許されるのかよ! 羨ましすぎるだろ王子様! 俺もなりたいよ! ロリコンじゃないけど。決してロリコンじゃないけど、王子様になりたいよ!
ソフィア自身も、自分の能力を欲して縛り付けるように縁談を持ち掛けてくる帝国に嫌悪感を抱くようになり、さらに心境を悪化させたのだそうだ。
そんな状況で、ドレマーレ商会という帝国の犬からの依頼をソフィアが請けるはずもない。それに、ソフィアの正式な所属国は王国なので、今回のドレマーレ商会からの要求は突っぱねる事が出来ていた。
「だから、俺を使ったんですね」
ミディアさんの話を聞き終えて、益々罪悪感に苛まれる。
まさかそんな複雑な関係があったなんて思ってなかった。ソフィアは仕事の話を全くしてくれなかったけど、その気持が分かる気がする。こんな話をされても、俺じゃ気の利いた言葉ひとつ言えなかったと思う。ソフィアの気持ちも知らないで、無神経に仕事の話を聞きたがってた自分を殴りたいわ。
いくらなんでも酷すぎるだろ。なんで、まだ14にしかなってない女の子が、こんなドロドロした世界に巻き込まれなくちゃならねーんだ。今回は帝国のことばっかりだけど、それ以外にも色々あるのかもしれない。王国だってソフィアを欲しがってるだろうし、法国だってそうだ。
ソフィアを欲しがるのは、分かる。あれだけの能力を持ってて、可憐な美少女だ。男が群がって当然だし、国単位で囲ってしまおうとするのも分かる。
だけど、利用しようとするのは許せねえ。ソフィアには幸せになって欲しいんだ。自分から望んで、国の為、惚れた男の為、能力を活用していくなら何も言わない。欲を言えば、ソフィアにはルージュさんみたいに冒険者を引退して素敵なお母さんになって欲しいけど、それはソフィアが決めることだから俺の自己満足を押し付けるようなことはしない。
だけど、ソフィアなりの幸せは絶対に掴んで欲しい。そして、馬鹿な俺でも分かってるのは、帝国にはソフィアを幸せにする事は出来ないって事だ。
「ソフィアと話してきます!」
「し、シオンくん!?」
勢い良く立ち上がった俺は、ソフィアの自室へと向かう。急な俺の行動にミディアさんが引き止めるように名前を呼んでくるけど、振り返らずにソフィアのもとまで急いだ。
部屋の前まで行くと、少し乱暴に扉を叩いて中に居るはずのソフィアを呼ぶ。
俺の突然の来訪に戸惑った様子だけど、すぐに中から返事がきた。焦る気持ちを抑えながら扉を開いて、ソフィアの部屋に入った。
明かりも付けずにベッドに座っていたソフィアは、驚いたような困ったような表情で見つめてくる。自慢の綺麗な黒髪が少し乱れていて、ベッドのシーツには酷く皺が寄っていた。そんな状況を見て、今までソフィアは頭を抱えて葛藤を繰り返していたんだと気づいた。
なるべくゆっくりとした動作でソフィアに近づいて目の前で立ち止まると、膝を床につけて視線を合わせるようにしゃがむ。そして、乱れた髪を梳かすようにしながら頭を撫でた。
そのまま優しく撫で続けていると、呆然と見つめ返すだけだったソフィアの頬が、少しずつ赤く染まっていく。そんなソフィアに微笑みかけると、照れたような恥ずかしそうな様子で視線を逸らしてしまった。だけど、撫で続ける俺の手を振り払うようなことはしてこないので、この状態を維持しながら話を切り出す。
「俺のことは気にしないでいい」
「えっ……?」
その言葉に、ソフィアは再び俺の顔を見つめてくる。大きな瞳が更に大きく見開かれて、また呆然とした表情をして固まった。俺の言葉が意外だったのか、それとも見捨てて構わないと言われたと思っているのか、今のソフィアの表情からは読み取れない。
なので、なるべくソフィアに負の感情を抱かせないように、優しげな笑みを作って微笑みかける。自分がイメージする最高のイケメンスマイルを意識しながらだ。慣れない笑顔を作っているせいでほっぺたが攣りそうになるし、凡顔の俺には似合わない笑みということで顔から火が出るほど恥ずかしい。だけど、ソフィアの為を思えば、これぐらいどうってことない。
「俺の事を心配してくれるのは凄く嬉しい。そりゃもう、飛び上がる程にな。
だけど、そのせいでソフィアが犠牲になるのは絶対に嫌だ」
ミディアさんから話を聞いて、ソフィアの葛藤を知って、俺が出した答えだ。
出した答えもなにも、既に決まっていた答えを伝えただけ。
幼馴染として生きてきて、何よりも大切なソフィアに迷惑を掛けてしまうぐらいなら、死んだ方がマシだ。俺の存在がソフィアの邪魔になるのなら、急いで目の前から消えよう。
俺にだってプライドぐらいある。ソフィアの足枷になってまで幼馴染である事に固執しようとは思ってない。ソフィアの障害になるなんて、俺にとっては何よりも耐え難い苦痛だ。
「違う! わたしのせいでシオンが犠牲になってるんだっ!」
撫でていた俺の右手を包み込むように両手で掴んだソフィアは、激しく頭を振りながら取り乱した様子で否定する。
強く眉を寄せているせいで眉間には皺が出来ていて、縋り付くような表情で見つめてくる瞳には涙が溜まっている。己の罪に苛まれて懺悔をしてくるかのようなソフィアの姿に、胸がズキリと痛む。
こんな表情をさせてしまう程、俺の存在はソフィアを追い詰めてしまっている。そんな自分がどうしようもなく情けなくなった。
だけど、今ここで俺まで苦しい表情をしてたら、もっとソフィアを追い詰めてしまう事になる。それに、ソフィアの為だったら何だってするんだ。
そう考えた俺は、笑みを強くしてソフィアを見つめ返す。
「ソフィアの犠牲になら、喜んでなってやる」
俺の言葉に、ソフィアは呆気に取られたような表情をさせた。
しかし少しすると、言葉の意味を理解したのか嬉しそうに笑顔を見せて大きく頷いてくれる。手を握る力が強くなって、嬉々とした様子で俺へと訴えかけるように口を開いた。
「わたしも! シオンの為なら喜んで犠牲になるっ!」
思いがけないソフィアの一言に一瞬呆然としてしまった。
まさか、そういう形で対抗してくるとは思ってもみなかった。嬉しすぎて転げ回りたくなる衝動に駆られるが、そんな場合じゃないと自分を戒めるようにグッと気を引き締める。
油断したらだらしなく垂れ下がるであろう表情筋に力を入れて、精一杯の神妙な顔を取り繕いながらゆっくりと首を振った。
「それは駄目だ」
「なんでぇ!?」
ソフィアは俺の返しを訊くと、悲痛な感情を隠すことなく全身から向けてくる。
せっかく天使の笑みを浮かべていたのに、不敬にもその笑顔を破壊してしまった事に心が抉られる気持ちになる。だけど、俺のせいでソフィアが犠牲になるなんて、絶対に許せない。耐えられない。いくらソフィアが望もうとも、それだけは受け入れることが出来ない。
だけど、それだとソフィアは納得しない。だから、もっともらしい事を屁理屈で固めて諭すしかない。
「俺とソフィアは、価値が違う。
片や、最年少Sランク冒険者の世界一の美少女。片や、田舎育ちのGランク冒険者の冴えない男。どちらかが犠牲になるとしたら、答えなんて決まってる。
それに、ソフィアには立場もある。俺の為に、それを蔑ろにするのはやめて欲しい」
「決まってない! シオンより大切な立場なんて無い!」
嬉しすぎる。鼻血出そう。
抱きしめちゃ駄目なのかな? いや、駄目だよね。危なかった、少し混乱した。
「ありがとう。
でもそれは、ソフィアの考えだ。多分、ソフィアだけが導き出す考えだ。
大多数の人は俺と同じ考えだと思う。俺がソフィアの犠牲になることを、大勢の人が望むはずだ。
まぁ、ドレマーレ商会は望まないだろうけど」
「知らないよ、そんなの! わたしだけでもいいよ! わたしの身体を動かせるのはわたしだけなんだ!」
「いや、そうなんだけども……」
「シオンを利用してわたしを思い通りに使いたいなら、そうしてあげるよ! だけど、わたしが護るのはシオンだけだ! 周りの奴らなんか知らない!
それでもいいんだったら、シオンを利用してわたしを動かせばいい!」
「待て待て、話が飛躍しすぎだ。ちょっと落ち着けって、なっ?
それだと、俺が先陣きってヤアス神殿を進まなくちゃならなくなる」
「それでもいいよ。シオンを狙ってくるモンスターは、わたしが全部倒す。
シオンはただ、安全な道を転ばないように歩いて」
た、頼もしすぎる……! そんなイケメンみたいな台詞どこで覚えたんだ?
ていうか、俺が情けなさすぎるだろ。モンスターに襲われる心配より、転ぶ心配かよ。ヤアス神殿でそんな心配してくるの、ソフィアぐらいだ。
「明日、わたしがこの条件で話をしてくるよ。
シオンは何も心配しないで大丈夫。全部わたしに任せて?」
そう言って勝手に結論を出してしまったソフィアは、満面の笑みを浮かべながら首を傾けて問いかけてくる。手をギュッと握りながら、そんな仕草で問いかけられると何も言えない。
全然大丈夫じゃないんだけど、俺には首を縦に振る動作しか許されていない気がする。
それ以外の動作をしてしまえば、神の意志に背く。別に強く信仰してるわけじゃないんだけども、俺にとって唯一神であるソフィア神からの天啓であれば、従う他ない。
なので本日二回目の、アホ面でただ頷くだけの仕事を熟した。
どうしてこうなったんだろう?
ソフィアは付いてくる予定ではなかったのですが……。
作者も必死に説得しましたが、言う事を聞いてくれません。
お読みいただきまして、ありがとうございました。