聖騎士
溯ること、一週間前。
聖騎士の本部、ハイリヒッターへと訪れた俺は、ミディアさんに案内されながら、石造りの殿内を歩いていた。すれ違う聖騎士と思しき人たちに頭を下げられ、それに柔らかく微笑みながら応える姿に、『この人は凄いんだ』と改めて実感した。
実際に副団長としての姿を見て、ようやくミディアさんの凄さを思い知った。
颯爽と歩くその後ろ姿を、尊敬の眼差しで見つめていると、チラチラと俺にも視線が集まっていることに気づく。
正確には、俺の首にぶら下がっているネックレスに目をやり、顔へと視線が動いてくる。
見たことの無い奴が、ミディアさんの後ろを歩いて、弟子の証であるネックレスを付けている。その事で、俺の存在を理解したのか、物珍しげな表情をしてる人や驚いてる人が多くいた。
その中で、辛そうに目を伏せて悲しむ人や、はっきりと嫉妬心を孕んだ目で見てくる人などもいる。
ある程度は予想していたけれど、実際に負の感情を向けられると尻込みしてしまう。ポッと出の俺に、ミディアさんの弟子という名誉を奪われた人達が居る。
栄光あるポジションに憧れて必死に努力してきた人達が、この聖騎士の中にはたくさん居たんだ。
簡単に貰って良い物じゃなかったんだよなー。
……今更だけど。
今ならソフィアがミディアさんに謝っていた気持ちが分かる。
俺が掻っ攫った名誉を長年夢見て来た人達が居て、その為に辛い訓練や任務に耐えてきた人達が居る。そういう人達を、ミディアさん自身も気づいていて、もしかしたら気に掛けていた部下が居たのかもしれない。
だからこそ、俺にこの証を与えてくれた事に、ソフィアは感謝の気持ちを合わせて謝っていた。
ソフィア自身も、幼馴染の俺が心配だという話をミディアさんにしていたから、責任を感じているんだろう。ミーレちゃんの情報が決定打になったとは言え、ソフィアはそれを知らないんだから、自分が一番の原因だと思っているはずだ。自分が、ミディアさんの弟子を夢見て来た人達の心を踏みにじったと、責任を感じているはずだ。
俺はその責任を背負わないといけない。何も考えず、ただ綺麗なお姉さんの所有物になったと浮かれて、オシャレだと言われて喜んでいた。この証を貰って、そんな事で愉悦するなんてどう考えても不謹慎過ぎる。
達成感とか、認められた自信とか不安とか、そういう様々な感情を抱いて受け取る物だったんだ。
俺はいつも、気づくのが遅い。
簡単に予想出来てたのに、本質を見抜くことが出来ない。
気づいてても、気づけていない。
そんな事ばっかりだ。
ここに来てからの自分の行いにため息を吐いて、自虐心を吐き出す。
そんな俺の姿にチラリと目をやったミディアさんは、「もうすぐよ」と声を掛けて、通路の先にある大きな扉を指差した。
段々と近づいてくる扉に緊張感が高まりつつも、覚悟を呼び起こすように、短く強い息を吐いた。
ミディアさんが扉を叩くと、中からリガニスさんと思しき声が返ってくる。
返事をきっかけにミディアさんが扉を開けると、仕事机に向かっていたリガニスさんが、笑顔で出迎えてくれた。
イケメンスマイルで歓迎してくれた事にホッとしながら中へと入ると、正式な引き合わせとして、改めてミディアさんが俺の事を紹介する。その後、こちらに目で合図を送って来たので、心得たと小さく頷いた。
少し重たい脚を動かして、一歩前に出た俺は、改めてリガニスさんに自己紹介をした。俺の軽率な行動で傷つけてしまった事の謝罪と、本部への入殿許可をくれた事への感謝の気持ちを述べる。
それに、リガニスさんは笑顔を崩すこと無く、気にしていないと言った風に手を振りながら許してくれる。
ミディアさんに振られた事で狭まっていた視野が広がり、気付けていなかった大切な人が見えてきたのだそうだ。振られた当初も、悲しむ事なく、どこか清々しい気持ちで返事を受け入れられた言っていた。
ここにも、俺を責める人は居なかった。
大きな心を持って支えてくれる人しか居なかった。
本当にいい人ばかりだと思う。少しぐらい罵られた方が、甘やかされ過ぎな俺には良い薬になる。
いつまでも失敗を許してもらってたら、本当の罪の深さに気づけない。
だからこそ自己満足を貫けると確信した。
いつまでも甘やかされ続けて、その事に気づいていながら自分を戒めようとしなければ、いつまでもバカな俺のままだ。
二人が俺を許しても、俺自身が絶対に許さない。
自己満足の戒めを心で唱えながら、笑顔でこれからの事について話を切り出した。
リガニスさんがチラリとミディアさんに目配せをしたが、すぐに俺の方に向き直ると、俺の質問に答えてくれる。
基本的な立場はミディアさんの弟子になるので、聖騎士の仕事を手伝っても良いし、手伝わなくても良いそうだ。
将来的に聖騎士になりたのであれば、仕事を手伝っていた方が何かとメリットがある。
だけど、そうでないのであれば、今までの生活を続けたまま、ミディアさんの修行だけを受けに、ここへ来て良いらしい。
勿論、手伝うことの出来る範囲は限られる。
簡単な雑務を手伝ったり、修行の一環として簡単な任務に同行するぐらい。俺でも参加出来るかどうかの曖昧な基準はミディアさんに一任されているので、指示に従って仕事を熟していくよう言われた。
とても助かるけど、そんなに居たせり付くせりで良いのかと聞くと、聖騎士が聖騎士以外の一般人を弟子に取るのは初の事らしい。
なので正直な話、リガニスさんも俺の扱いに困っているそうだ。
俺を信頼しているとの事なので、秘密漏洩とかは心配してない(重要機密に関わるような仕事は手伝えないので、情報を得ること事態不可能)そうだが、任務中の怪我や最悪の場合死亡する可能性もある。そこが判断に困る要因になると教えてくれた。
だからこそ、仕事を手伝うのであれば、危険の少ない任務のみの同行を心掛けて、基本的には雑務と訓練所での稽古を中心に行動するよう忠告をうけた。
そう説明を聞き終えた俺は、リガニスさんの忠告通りあまり顔を出さず、大人しく稽古日だけ訪れようと考えていた。
だけど、ミディアさんは俺のステータスを知っている為、モンスター討伐の任務なんかでも普通に連れて行く。
近くにヤアス神殿がある影響で、比較的聖都の周辺はゾンビやワイトと遭遇し易いらしく、聖騎士が定期的に間引きに赴くそうだ。それでも、治安の維持としては充分ではなく、冒険者ギルドにも依頼を出してモンスターの掃討にあたっている。
そういう事情もあって、ミディアさんが少しでも戦力が欲しいからと、初日からゾンビとワイト狩りに駆り出された。しかも、俺とミディアさんの二人だけで。
他の隊員の方々も討伐に向かっているそうだが、いかんせん範囲が広いせいで、部隊を四方八方に分けて向かわせないと対応できない。
『わたくしに付いて来なさい』と師匠っぽく声を掛けてきたミディアさんに言われるがまま、担当区域に向かった。
何と言うか、ミディアさんは仕事の事になると結構強引になる。
正義感が人一倍強いんだろうけど、使えるものはなんでも使うって所が、非常にサバサバしている。
日頃の温和なミディアさんを知っているだけに、こんな一面もあるんだなとちょっとした衝撃を受けた。
でも、その事に嫌な感じは全くない。
それだけ、俺に期待してくれているんだし、何と言ってもミディアさんの役に立てる。
『償いをしたいなら幾らでもその機会を作ってやるよ』的な所が、美しい女性に向けて言うのも失礼だけど、非常に男らしい。
俺自身もその方が気が楽だし、そういう気持ちの問題にも配慮して、任務に参加させてくれているのかもしれない。
益々頭が上がらなくなるな、と思いながら、それとなくミディアさんに俺の持っている知識を話す。
恐らく、ヤアス神殿周辺にたくさんある無限湧きスポットの影響だと思う。
群がる事しか脳のないモンスターだけど、群がるには大量に出現させなければならない。その為、ヤアス神殿の周辺は次から次へとゾンビやワイトが湧いてくる。倒しても倒しても、倒した以上に数が増加されるので、通常なら通り道で邪魔になる奴だけを倒して進んでいくエリアだった。
そう伝えると、ミディアさんは憂うように小さくため息を吐いた。
大方予想が付いていたようだけど、実際に倒しても倒してもキリが無い相手だと認識すると、気が重くなるそうだ。
お礼を言いながら疲れた表情で微笑むミディアさんに、俺から一つ提案をする。
内容は、聖都周辺を聖域にしてしまってはどうか、ということだ。
ヤアス神殿は、出現するモンスターの種類がアンデットや悪魔系など、闇属性を持つモンスターが多い。
その為、聖ナカル法国という神聖な国を創った事は間違いじゃない。名前の通り、聖属性を基本とした戦力を持ってヤアス神殿を管理しているなら、これ以上の適任国家はないだろう。
だけど、法国の成り立ちから考えたとしても、無限湧きスポットが数えきれない程ある場所に、国家の首都である聖都を構えたのは失敗だ。
ヤアス神殿の危険を抑える為とは言え、首都をここにしなくても良かったと思う。城塞都市を構えて安全に配慮しつつ、ヤアス神殿の管理に努めれば、ここまでミディアさん達が手を焼く必要もなかったはずだ。
無限湧きの元凶の魔法陣を消すことが出来ればいいんだけど、そんな方法は無い。
いや、もしかしたらあるのかもしれないけど、消そうなんて考えた事も無いし、消して時間経過での復活が無かったら、無限湧きスポットのレベリングが出来なくなる。
自分がレベリング場所の恩恵を充分に受けたら、他のプレイヤーの効率を下げる為に消してしまおうと考える輩が出る。だから、運営もプレイヤーが消せるような仕組みにはしてないだろうし。
無限湧きを止めることは出来ない。
それならば、その名の通り、聖なる都市にして闇属性モンスターの襲撃を抑え込めば良い。
そう言った俺に、ミディアさんは訝しげな表情をして見つめてくる。
その、『何言っちゃってんのコイツ?』的な目で見られるのは非常に興奮するけど、今は悦んでいる場合じゃない。
メニューを操作して、アイテムを一つ取り出す。
それを、隣を歩くミディアさんに渡した。
「これは、何かしら?」
俺から渡された石を、手の平に乗せて眺めながら訊いてくる。
「【聖石】です」
「【聖石】?」
俺の説明に不思議そうな表情でオウム返しするミディアさんの姿が、可愛くて悶絶しそうになるのを必死に耐えながら渡したアイテムについて話す。
「えぇ~っと……正式名称は、【聖魔法石】です。
まぁ、魔除けみたいな物です」
「魔除け?
もぉっ! 勿体ぶらないで、早く教えて頂戴!」
「はっ、はい!」
俺の下手くそな説明に、業を煮やしたミディアさんが拗ねたような表情で、先を促してくる。
それに驚いて思わず畏まっちゃったけど、向けられているミディアさんの表情と見た目のギャップが凄まじく男心を擽るので、別の意味で緊張してきた。
とても可愛くてもっと見ていたくなる。
なので、聖石について説明したくなくなるが、あとが怖いのでグッと堪らえて、ゆっくりと頭の中で言葉を整理しながら詳細を伝える。
「えっと……聖属性の効力が備わっている石で、本来は魔石だったものなんです。
魔石に聖属性の魔法──回復魔法が一番簡単です──を放ちながら握っていると、魔石の色が真っ白に変わるんですよ。
そうして出来上がったのが、そのミディアが持っている聖石で、魔物を寄せ付けにくくする効果があります」
「そ、そんな画期的な物が……!」
俺からの説明を黙って聞いていたミディアさんは、瞳を大きく開いてマジマジと聖石を眺めている。
驚愕からか、感動からか、持つ手が僅かに震えていた。
俺がサラッと、ミディアさんの事を呼び捨てにしたのにも気づかないほど驚いている。
よかったー、気づいてなくて。
なんで呼び捨てにしちゃったんだろ?
なんか他の事に気を取られてると、いつも自然に出来てるようなことが出来なくなるんだよな。
俺だけかな、こういうの?
知力255なのに、もう脳が老化してんのか?
しっかりしろという意味を兼ねて頭をトントンと叩きながら、ホッと胸を撫で下ろしていると、聖石に夢中になっていたはずのミディアさんが、にこやかな表情でこっちを見てきた。
「いつからシオンは、わたくしの事を呼び捨てにするようになったのかしら?」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
はっきりと顔に『不快です』を書いてあるミディアさんを見て、飛び上がって地面に着地した俺は、綺麗な土下座を披露した。
高性能なステータスのお陰で、膝は全く痛くない。
でも仕返しのつもりなのか、俺を呼び捨てにしてくれたのはちょっとだけ嬉しい。
絶対に顔には出さないけど。
「いいわ。口が滑っただけなようだから、今回は許してあげる。
だから、早く起き上がりなさい」
「ありがとうございます! 師匠!」
呆れた表情で差し出されたミディアさんの手を握って、起き上がった俺は感謝の気持を伝えた。
「ええ。
でも、そうね……わたくしがシオンくんを認めたら、名前を呼んでも構わないわ」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
「それは嬉しいですけど……呼び捨ては出来ません。
なので、認めてくれた俺の事を呼び捨てにしてください!」
自分より年上を呼び捨てにするのは、どうしても違和感がある。なので、呼び捨てにするよりは、されたい。
そう思ったのでお願いすると、気にしなくてもいいのに、と言いながらも頷いてくれた。
前世の記憶の影響なのか、ソフィアがミディアさんを呼び捨てにしているのも気になるぐらいだから、ちょっと面倒な国民性だよな。
「とりあえず、使ってみますから見ていてください」
そう、声を掛けてミディアさんが渡してくれた聖石を地面に置く。
すると、聖石が土の中に溶け込むように沈んでいき、完全に中まで埋まると、地面が緑色の淡い光を放つ。
直径二メートル程の大きさで、円型に地面が光っている光景を見て、ミディアさんが驚嘆の声を上げた。物珍しげに観察していて、おっかなびっくり光る地面を触ったり、円の中に入ったりしている。
「身体に害は無さそうね。
と言うよりも、むしろこの中に居ると、身体が楽になるわ」
「それは、この聖石に込められている魔法が回復魔法だからです」
「なるほど……込める魔法によって効果が変わるのね?」
「はい。
基本的な使い方は、戦闘が長引く時とかにそこら辺にばら撒いといて、体力が減ってきたらその円の中に入って回復したり、回復しながら戦ったりします。
ですけど、使ってると効力も早く切れるので注意が必要です。
あとは、攻撃魔法を込めておいてモンスターをその円に巧く誘導できれば、トラップ的な使い方もできますよ。
まぁ、自分で引っ掛かって自爆したり、モンスターも回復する奴は回復するので、使いどころが難しいですけど……」
聖石について説明していると、ちょうど効果が切れて地面から放たれていた光が消える。
ミディアさんがずっと中に入っていたので、全て使い切ってしまった。
「あまり長時間は保たないようね」
残念そうに光の消えてしまった跡を見つめるミディアさんは、しゃがみ込んで地面をさすっている。
「勿論、長時間継続させる方法もありますよ?」
「そういう事は、早く言って頂戴!」
しゃがんでいるミディアさんに上目遣いで怒られてしまった。
その光景にちょっとだけ、ドキッとする。
ミディアさんは俺とそれほど身長が変わらないから、上目遣いで見られることなんてなかったので、なんだか新鮮な感じだ。
ソフィアは自分の身長の低さと容姿を最大限に活用して上目遣いを使ってくるので、ある程度耐性があるけど、ミディアさんからは全くの不意打ちだった。
なので、ちょっとドギマギしながら謝ったあと、聖石の効果を持続させる方法を話す。
簡単に言ってしまえば、とりあえず大きな魔石を使えばいい。大きな魔石を使えば、その分込められる魔力量も多いので長時間での効果が期待できる。
だけどそのかわり、大量にMPを消費する。
【巨大な魔石】に目一杯回復魔法の【ヒール】を込めると、MP300ぐらいは消費するハメになるはずだ。なので、この世界の現状を考えると難しい。ソフィアですら半分以上MPを使ってしまうのだから、効率も良くない。それに、巨大な魔石を入手することすら困難だ。
だから、一般的に手に入る大きめの魔石に目一杯魔法を込めるしかない。
試したことがないから確証はないけど、あの大きさの魔石に限界まで聖属性魔法を込めると、せいぜい持ってもMP30が限界。ゾンビやワイトだと、五体ぐらいで効果が切れちゃうと思う。
「素晴らしいわ!」
「えっ!?」
そう説明していると、興奮気味に立ち上がったミディアさんが両手で俺の手を握ってきた。
嬉しそうに微笑みながら、しきりにお礼を言ってくる。
なんでも、ミディアさんでも一日にゾンビやワイトを倒すのは二十体が限界らしい。だから、一般の聖騎士だと倒せても十体程度。その半分の討伐数が、聖石一個で事足りてしまう。
その意味は非常に大きくて、有効な手立てになると絶賛してくれた。
「聖石について教えてくれて、本当にありがとう。
シオンくんには感謝しても仕切れないわ」
一週間前の出来事を思い出していると、ミディアさんが絶妙なタイミングで、聖石についてのお礼を言ってくる。
「いえいえ、とんでもないです。
お役に立てたのなら、光栄です」
穏やかな表情で褒めてくれるミディアさんに、そう言いながら頭を掻く。そして、照れを隠すように紅茶を飲んで、気分を落ち着かせる。
『まさか、あの程度でこんなに喜ぶとは思ってなかったね!』と言ってくる親友に、心の中で同意する。『お前は分かってたんだな』と思いながら、そっとカップを置くと、ミディアさんが親友を注ぎ足してくれた。
それにお礼を言って、自分のカップに紅茶を注いでいるミディアさんをボケっと眺める。
聖石の使用を開始してから、聖騎士たちの負担がかなり軽減され、滞りがちだった任務にも手が回るようになったそうだ。あまり多くの聖石は用意できないそうだけど、一人一個作れば、一日三十個は聖石が作れる。なので、聖騎士が居なくてもばら撒いてさえおけば、単純計算でゾンビやワイトが百五十体は倒されるんだ。100%その仕掛けを活用できるわけじゃないけど、モンスターの脅威が軽減されたのは事実なので、聖都周辺の安全も向上した。
その事が何よりも嬉しいミディアさんは、最近機嫌が良い。だから、その姿を眺める俺も非常に楽しいのだ。
気の抜けた表情でミディアさんを眺めていると、そんな俺の態度に苦笑いを浮かべながら紅茶を飲んでいる。
ミディアさん自身は見られることに慣れてはいるらしいのだが、真正面から堂々と眺められると気が散るそうで、一度注意されたことがあった。
止めるよう言われたのだが、その頃にはすでに癖になっていて、気を抜くといつの間にか眺めてしまっている。
無意識の内にやってしまうので、不快だったら注意して欲しいとお願いすると、呆れた表情でため息を吐かれてしまった。他人任せな発言にちょっと真剣に怒られてしまう。
なので、頑張って止めるようにしたけど、ふと気づくといつの間にか眺めてしまっている。
眉を顰めて顔を向けるミディアさんから、慌てて視線を外すんだけど、またちょっとすると眺めていた。
あまりの無意識っぷりにミディアさんにどうしたらいいのか相談したら、『もういいわ。好きにして頂戴』と、力の抜けた表情で承諾を頂いたので、今は心置きなく眺めることが出来ている。
ソフィアが居ると交互に視線を向けて眺めたり出来るんだけど、今は寝てしまっている。だから、本人にとっては傍迷惑だとは思うけれど、俺の観察対象はミディアさんに集中している。
俺の観察対象歴の長いソフィアは、眺めていても何も言ってこない。
最初の頃は恥ずかしそうに顔を背けたりしていたけど、いつからか俺からの熱い視線に慣れたのか、今となっては堂々としたものだ。俺の存在なんか視界に入ってないんのかと思うぐらい、自然体で寛いでたりする。
でも、その御蔭でたまに無防備なソフィアを見ることが出来る。口に手を当てて、可愛らしく欠伸をする姿だ。
眠たそうに欠伸をしながらトロンとした目で俺を見る。すると、ハッとした表情をしてから慌てて欠伸を噛みころす。充血した目で恥ずかしそうにしながら、頬を赤く染める姿は非常に可愛いのだ。
その光景を拝見した際は、感謝の気持ちを込めて『かわいい』と、褒めることにしている。
俺のそんな反応に、ソフィアはちょっと拗ねた表情で横を向いていしまう。
だけど、そんな仕草も非常に可愛いので、また『かわいい』と褒める。
そうしていると、
「そんな風に言われても嬉しくない!」
と言って怒ってしまう。
本心から褒めているんだけど、ソフィアは誂われていると思ってしまうらしい。
それに、俺なんかよりイケメン金持ちに言われた方が何十倍も嬉しいだろう。
なので、
「そっか、ごめん。
もう、言うの止めるわ」
と、断腸の思いでソフィアへの『かわいい』の封印を宣言する。
すると、何故か焦った様子のソフィアは、しどろもどろに何かを否定をするが、最後にはどこか諦めた表情で、また『かわいい』と言っても良いと許可してくれる。
なので、ソフィアの気持ちは分からないけど、今でも時折『かわいい』と言うようにしてる。
「そろそろ寝ましょうか」
お互いのカップが空になったタイミングでミディアさんがそう提案する。
残念だけど、充分にのんびりとしたティータイムを満喫したので、明日に差し支えないようしっかり睡眠を取らないとな。俺はともかく、ミディアさんをあんまり長く付き合わせるのは申し訳ない。
それに、明日は珍しく俺にも予定がある。
セリナさんからの頼まれ事で、別名ウハウハ商会の、ドレマーレ商会に魔石を買いに行かなければいけないのだ。
そろそろ魔石の数が心許なくなってきたと言っていたので、暇人な俺がその大切な役目を買って出た。聖石の御蔭でミディアさん達の負担が減ったので、更に部外者な俺の手伝える事が減った。
基本的にはギルドでクエストを請けて、怪しまれない程度にミディアさんに稽古を付けてもらうため、ハイリヒッターに訪れる。そんな毎日になりそうだ。
必要ならいつでもこき使って欲しいと言ってあるので、師匠からお声が掛かるまでは平凡な日々を送ろうと思う。何か役に立ちたいと焦る気持ちもあるけど、また余計な事に首を突っ込んで失敗したら元も子もない。
今は焦らずに、じっくりと機会を待つことにしよう。
──そう思って眠りに付いた昨日の事を、どこか遠くに感じながら、有無を言わさない笑顔を向けて脅してくるマリナに、俺は屈してしまった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。