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代償

※若干シリアスです。

 苦手な方は、ご注意ください。

「シオンッ!」


 俺がセリナさんと一緒に楽しい夕食の時間を過ごしていると、ソフィアが勢い良く扉を開いて入ってきた。かなり慌てているようで、ソフィアには珍しく息を切らせている。

 何か合ったのかと気にもなるが、せっかくセリナさんと二人っきりの新婚気分だったのに台無しだ。

 セリナさんは俺には不釣合いな人だけど、そのことで凹んでこんな美味しい状況を逃すような愚行はしない。

 チャンスがあれば、存分にその状況を活用していく。

 セリナさんは世話焼きさんだから、最高に楽しい。俺が口元を汚してると拭いてくれたりする。気の利く素晴らしい女性だ。どこに嫁に出しても恥ずかしくない。ずっと一緒に食事していたい。


「どうした?」


 口に含んでいた食べ物を呑み込んでから、俺をじっと見つめるソフィアに問いかけた。


「え、えっと……大丈夫?」

「なにが? 話しても大丈夫ってことか?

 別にいいぞ」

「そうじゃなくて……怪我とか、してない?」

「怪我? してないけど?」

「そ、そっか……ならいいんだ、うん」


 俺の答えにホッとした樣子のソフィアは、ドカッと椅子に腰を下ろした。

 お行儀が悪いぞと忠告すると、短く謝ってくる。なんだか、急に力が抜けた様子だ。


「何かあったのか?」


 そんな様子が気になった俺は、セリナさんが用意したグラスの水を飲んでいるソフィアに聞く。


「なんか、仕事中にシオンに呼ばれたような気がしたの……それで、早く終わらせて帰ってきたんだ」


 恥ずかしそうにそう言うソフィアが、あまりにも可愛すぎて見惚れる。

 縮こまるように肩を竦めて脚を閉じ、グラスを両手で挟むようにして持ちながら、少し俯き加減でチラチラと俺を見る。頬は薄く赤色に染まっていて、眉を寄せながら切なげな視線を向けられている。


 なにその可愛い仕草。どこで覚えたの? すごく可愛いから、たまに見せて欲しい。

 それに、俺の事が心配で急いで帰って来てくれたってところも、ポイントが高い。最高に素晴らしいです。もっとしましょう。誰かに嫁に行くまでは。


 そんなお願いを内心でしながら、ソフィアの言葉に思い当たるフシがないか考える。


 俺に呼ばれたような気がするとは、電波でも受信したのか? もしそうなら、俺みたいになっちゃダメだ。

 俺もたまに『会いたい!』って電波を受信するけど。ソフィアが仕事で町に居ない時とかだから、駆けつけてあげられない。その事が歯痒くて、涙で枕を濡らしながらぐっすりと寝ていたことがある。

 俺みたいに駆けつけられないと、今みたいな可愛い仕草が見れなくなる。だから、俺みたいになっちゃダメだ。受信したらすぐに駆けつけて、今の姿を見せて欲しい。


「もしかして、それってお昼ぐらいか?」

「えっ!?」


 余計なことを考えていたけど覚えがあったので聞くと、ソフィアは驚いた表情で俺を見てくる。


「そ、そう! そうだよ!」

「あぁ~、そうなんだ、ごめん。

 偉い人に絡まれてたから、心の中でソフィアに助けを求めたんだよ」


 興奮気味に頷くソフィアに事情を説明しながら謝る。なぜだかわからないけど、すごく嬉しそうに頷いてる。俺もソフィアと通じ合えて嬉しいけど、ちょっと引く。だって、そんなの怖いもん。

 だけど、たまたまかもしれない。俺もソフィアもなんとなくそう感じるだけで、実際に相手は何も思っていない。

 きっと、そうだ。ていうか、そうじゃないと困る。

 まぁでも、ちょっと気になるから実験してみよう。


──ソフィア! 大好きだ! 結婚してくれッ!!


「はいっ!!」

「うおっ!? どうした?」

「シオンが結婚してくれって言った!」

「言わねーよ」

「言ったよ! 聞こえたもん!」

「アホなこと言ってないで、ご飯食べなさい」

「うぅ~……言ったのに……」


 ソフィアはそう言って拗ね始めた。

 予想外の食いつきで驚いたけど、セリナさんがちょうどソフィアの分の夕食を持ってきたので、そっちに意識をやるように仕向ける。

 セリナさんも俺が『結婚してくれ』なんて言ってない事をわかってるので、なんとなく引き攣った笑みを浮かべていた。

 ソフィアは納得がいかないようで拗ねた様子ながらも、お腹が空いていたのか出された夕食をモグモグと食べ始める。


 あぶねー。

 聞こえたわ、この子。俺が心の中で叫ぶと聞こえちゃうわ、この子。

 第六感みたいなのが備わってんの? そんなとこまでチートなの、ソフィアって? これじゃ、おいそれと心の中で叫べないじゃん。

 俺の心まで支配してくるの? 魔王かよ、お前は。


「シオンくんが絡まれてた偉い人って、どんな方なの?」


 ソフィアのチートっぷりに戦慄していると、セリナさんがそう聞いてきた。

 仕事が一段落ついたのか、椅子に座って不思議そうな表情で見つめてくる。


「リガニスさんって人です。聖騎士のお偉いさんみたいですよ?

 ミディアさんの上司って言ってました」


 俺がそう言うと、セリナさんが驚愕で固まった。そして、横を見るとソフィアも瞳を大きく見開いて俺を見つめている。


「えっ、なんですか?」


 美少女と美女にマジマジと見つめられる状況に、とてつもなく居心地が悪い。


「な、なんでシオンが、あんな奴と知り合いになったの!?」


 大きくテーブルを叩いて立ち上がったソフィアが、そう叫ぶ。

 すごい剣幕で怒っているけど、あんな奴呼ばわりはどうかと思う。確かにちょっと面倒くさい人だったけど、見た目も中身もイケメンだった。

 まぁ、ミディアさんの事になるとへなちょこだけど。


「あんな奴とか言うなよ。いい人だったぞ? 優しかったし」

「あんな奴っ……! あんな奴で充分だよっ!!」


 言葉の悪いソフィアを嗜めるように言ったが、気持ちが収まらないのか取り乱した様子のままだ。

 それに、セリナさんが複雑そうな表情をしながら声を掛ける。すると、静かになったソフィアは、苦しげな表情をして力なく椅子に腰を落とした。

 気まずい雰囲気が食堂を包む。

 ソフィアは泣き出しそうな表情をしながら俯いていて、食事にも手を付けようとしない。セリナさんもいつものニコニコとした笑顔が鳴りを潜め、苦しげな表情を浮かべていた。

 その状況に、俺はリガニスさんに呪いの言葉を吐きながら、ため息を一つ吐いた。


「俺が街を歩いてたら、急に声を掛けられてさ」


 誰に聞かれた訳でもないのに、急に語りだした俺に、二人の視線が集まる。

 しかし、その表情は変わっておらず聞きたくなさそうにしていた。

 だけど、二人がミディアさんと同じ誤解している事がわかってるので、怯むこと無く話を続ける。


「そんで、ちょっと一悶着あったけど、相談をうけたんだ。

 ミディアさんと仲直りしたいけど、どうすればいいかって」

「「ぇ……?」」


 面倒で色々と省きながら話をすると、乗り気じゃなかった二人が食いついてくる。

 しかも、仲良く声を揃えて驚いた表情をしていた。

 ちょっと楽しいかも。


「なんかパーティーの時に、知らない女の人に急に抱きつかれたとか言ってたから、それ見られて避けられてるんじゃないですか? って言ってやったんだ」

「「えっ?」」


 そこまで言って二人の表情を確認すると、目が飛び出るぐらいに驚いていた。

 なにこれ、すごい楽しい。


「ミディアさんをどう思ってるか聞いたら、『惚れた女』とか『他の男になど取られたくない』とか言ってたから、告白すれば? って言ったんだよ。

 そしたら、『そうしよう』って」

「「ええ~っ!?」」


 軽い感じで話を締めると、二人は期待通りの反応を返してくれた。

 最高に楽しい。ありがとう、リガニスさん。


「な、なら……ミディア様の帰りが遅いのは?」


 ゴクリと喉を鳴らしたセリナさんが、恐る恐るといった感じで聞いてくる。


「うまくいったのかもしれないですね。

 いやー、よかったです。お役に立てて」


 セリナさんの問いかけに頷いてそう答えると、嬉しそうな笑みを浮かべて涙が一つ零れた。そして、ソフィアもポロポロと涙を流しながら笑っている。


 さすがはミディアさんだ。やっぱり、いい人の周りにはいい人が集まるんだな。日頃の行いのお陰だな。スキルとかの事もあって苦しい時期があっただろうから、幸せになってほしい。

 待てよ? 俺は別にいい人じゃないから、必ずしもそうとは限らないか? 

 いや、違う。俺もいい人だ。正確には、女神の下僕という、“都合の”いい人だけど。


 そんな事を考えながら、二人が落ち着くのをゆっくりと待つ。

 しばらくすると、ソフィアも泣き止んで、嬉しそうに食事を再開した。その最中、しきりに俺の事を褒めてきて、セリナさんも感謝の言葉をたくさん投げかけてくれた。

 それに謙遜しながら、紅茶を飲んでゆったりと寛いでいると、ミディアさんが食堂へと現れる。

 すると、ソフィアとセリナさんが嬉しそうに立ち上がって駆け寄った。


「どうしたの、二人揃って?」


 急に囲まれたミディアさんが、困惑気味に首を傾げる。


「ミディア! リガニスとはどうだったの!?」


 嬉しそうにピョンピョン跳ねながら、キラキラとした表情のソフィアが、待ちきれないといった様子で問いかける。

 その問いに、ミディアさんはより一層困惑の色を濃くした。そして、チラリと俺を見ると呆れた表情でため息を吐く。

 ……ん?


「そういうことね……。

 勿論、断ったわよ」

「「「ええっ!?」」」


 何かを悟った表情をしたミディアさんの言葉に、思わず声を上げてしまった。俺と一緒に、ソフィアとセリナさんも同じように驚いている。


「ど、どうして!?」


 言いながら、ソフィアが顔を寄せるように近づいた。


「どうして、って……リガニスをそういう対象として見ていないからよ。

 わたくしが好意を持っ──そうね……まだ持っているわ。簡単に消えるものでもない」


 そう言うと、ミディアさんの表情に影がさす。

 その姿がとても弱々しく、儚い。必死に苦しみに耐えているような様子で、強く胸を押さえている。

 それを見た俺は、ようやく自分の浅はかな行動を自覚した。そして、当然の如く激しい自己嫌悪に陥る。


「わたくしが好意を持っている男性は、別の方なのよ。

 シオンくん──」

「えっ?」


 ミディアさんに呼ばれて、いつの間にか下がっていた顔を上げる。

 柔らかく微笑んで、慈しむうような瞳で俺を見つめている。


「シオンくんのせいではないわ。だから、そんなに自分を責めないで。

 リガニスは勿論だけど、わたくしの態度のいけなかったの。もっとしっかり二人で話していれば、シオンくんを巻き込まなくて済んだもの。事情を知らないのだから、勘違いして当然。

 巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 そう優しい声で謝罪してくれるミディアさんに、俺は顔を向けたまま反応できない。

 俺が悪くないはずがない。それは自分が一番良く分かっている。だけど、ミディアさんはそんな俺に謝ってくれている。

 その矛盾に頭が真っ白になって、ただ呆然とミディアさんを見つめた。


「み、ミディアの好きな人って、リガニスじゃなかったの……?」


 俺と同じように勘違いをしていたソフィアが、聞きづらそうにしながらも問いかける。


「ソフィアまでわたくしがリガニスを好きだと思っていたの?」


 そう、意外そうな表情でミディアさんが言った。


「だって、お城のパーティーで嫌な光景を見たって!」


 食い下がるようにそう言ったソフィアに、ミディアさんはゆっくりと首を振った。


「その光景が“リガニス”のとは言ってないでしょ?

 好意を持ってる男性が、わたくしとリガニスを恋人だと思っていて諦めた、と言っているのを見て聞いてしまったの。

 だから、なるべく避けるようにしていたのよ……今になっては、遅いけれどね」


 憂う表情で肩を落としたミディアさんは、力のない笑みを浮かべる。

 そんな、ミディアさんの姿に勢いをなくしたソフィアが、何かに気づいた表情をした。


「なら、その誤解を解けば──」

「無理よ」


 短く言うと、ミディアさんは目尻に涙を浮かべる。ソフィアもそれに気づいたのだろう、口を噤んで黙り込んだ。


「──故郷に、婚約者が居るそうよ」


 そう言い終わると、ミディアさんが瞳を閉じる。そして、涙が一粒こぼれ頬をつたった。

 もう、誰も言葉を発さない。ただそれぞれが、悲しみを抱えた表情で俯くだけだ。

 俺もその例からもれず、歯を噛み締めて手を強く握りしめる。

 思い浮かぶのは、後悔の念。そして、自分自身に対する怒りだけだ。


 ミディアさんは優しいから。だから、俺のせいじゃないって、気にするなって言ってくれた。

 確かに、ミディアさんにも落ち度があったのかもしれない。リガニスさんを避ける理由をちゃんと伝えていれば、リガニスさんも俺も勘違いをすることはなかった。

 だけどそれは、まだ好きな人に対して、ミディアさんの中で気持ちの整理が付いていないからだ。

 自分の態度を後悔して、リガニスさんの顔を見ると、きっとその時の光景を思い出してしまうのだろう。だから、苦しげな表情をして避けるような態度をとっていたんだ。

 好きな人にリガニスさんと恋仲であると勘違いされて、諦められてしまった。そして、その好きな人はミディアさんへの想いを乗り越えて、別の女性と結ばれた。

 もう少し早く気づいていればと、何度後悔したのだろうか。今のミディアさんの表情を見れば、今でもその事を後悔して、気持ちを捨てきれずに苦しんでいることが痛いほど伝わる。

 なのに、勝手に勘違いして、勝手にリガニスさんを焚きつけて、その結果リガニスさんとミディアさんの両方を傷つけた。

 誰も幸せになれず、ただ傷つけただけだ。

 そんな俺を、ミディアさんは許してくれる。事情を知らなかったのだから仕方ないと、巻き込んでしまって悪かったと、謝ってくれる。俺が自分を責めないようにと、救ってくれようとする。

 本当に、いい人だ。俺の罪まで、自分で被ろうとしてくれて、ただ自分が一人だけ悪かったのだと、傷ついた心のまま、周りを癒やそうとする慈悲深い人だ。


──そんな人を、俺は傷つけたんだ。


 これだから、バカは調子に乗っちゃいけねーんだよ。なにがシチュエーションだ、くだらねーな。

 ゲームからの恋愛知識しかない無能が、余計なことするからこういう事になるんだ。なにもわからねー、知ったかぶりのクズが首を突っ込むから、周りが迷惑するんだ。

 しかも、来て早々、これからお世話になる人に対してこれだ。

 救いようのないアホだな。どうすんだよ、これから?

 いや、どうするもなにも償っていくしかない。ここの居させてもらえる間だけでも、俺に出来る償いをするしかない。本当はとっとと追い出したいだろうけど、ミディアさんは優しくて慈悲深いから、俺の面倒を見ようとするはずだ。

 さっさと消えちまう方がこれ以上迷惑を掛けなくて済むし楽だけど、それは逃げてるだけだ。少しでもミディアさんに償いが出来るまでは、ここに居させてもらおう。


 間抜けの分際で図々しいが、俺には今の状況に甘えたまま償うことしか出来ない。

 俺のステータスを有効活用して償ってもいいが、それだと逆にミディアさんに大きな負担を掛ける可能性がある。

 それならば、必要な時に俺の能力と知識を活用して、聖騎士の活動をサポートしていく。そうすれば、ミディアさんは勿論、リガニスさんに対しても償いになるはずだ。

 自己満足でも何でも、二人に対して俺が出来る事をコツコツと積み重ねていくしかない。


 そう心に誓った俺は、ミディアさんに歩み寄って深く頭を下げて謝罪する。

 それをミディアさんは微笑みながら受けいれてくれたが、まったく俺の心は晴れない。それは、まだ何も罪を償っていないからだ。

 この曇りきった心を晴らすことが出来たら、それを合図に二人の償いが出来たのだと感じよう。

 まずは一年。この期間である程度自立したい。その為に、ミディアさんの手伝いやギルドでの仕事を熟して冒険者のランクも上げる。

 自立する事が出来たら、今度は恩返しと償いだ。五年でも十年でも。俺の気持ちが晴れるまで、恩返しと償い続ける。


 やってやる。こういうのもなんだが、ようやく生きる気力が出てきた。

 ソフィアの為とは違う、俺の為に生きる気力が湧いてきた。恩返しとか償いという言葉を使っていたって、要は俺の自己満足だ。だから、このやる気は俺が生きていく為の気力。

 ソフィアが幸せになる為に努力するのではなく、俺の為に努力する。

 

 奥底から湧き上がる気力を宿らせた俺に、ミディアさんは驚いた表情を向ける。

 多分、目が血走ってるんだろう。だから、ミディアさんは俺が罪を償う事を決心したと気づいたかもしれない。

 なので、ミディアさんは頃合いで俺に充分償いを受けたと言ってくれるはずだ。それで俺が、誰かの為に生きることをしなくなると思うはずだ。可能性でしかないけど、ミディアさんならきっとそうだ。

 だけど、これは自己満足。俺の心が晴れるまでは、いつまでも続く人生。その為、ミディアさんが許しくれても、終わらない。

 だから、勘違いをさせる。恩返しと償いをする為に、自分の人生を歩んでいるので、ミディアさんは俺が自分の為に生きていると思うはずだ。

 そこまで出来たら後はこっちのもんだ。自己満足だとか、押し付けがましいと思うのは俺だけ。

 何故なら、俺の為に生きていて“たまたま”ミディアさんとリガニスさんの為になっただけなのだから。

 

 ミディアさんは複雑そうな表情をして俺を見つめている。だけど、何も言っては来ない。

 今はどんな言葉を掛けても、俺には響かないと感じているのだろう。

 セリナさんも俺とミディアさんを心配そうに見つめ、ソフィアは苦しそうな表情で俯いている。


「ミディアさん、夕食は?」


 その雰囲気を吹き飛ばす為に、俺は表情を明るくして問いかける。


「え? ……ええ、外で済ませたわ」


 急に振られた話題に、ミディアさんは戸惑いながらも答えてくれた。


「そうですか。なら、みんなで談笑でもしましょう!

 俺が言うなって感じですけど、みんなと楽しく過ごしたいです!」


 そう言って、三人の顔を見渡す。

 俺が無理に場を盛り上げようとしている事に気づいてるだろうけど、みんなだって昨日の様な雰囲気で和気あいあいと過ごしたいと思ってるはずだ。

 きっかけはどうであれ、今はただ何でもない話をしてみんなで笑っていたい。


「そうね、ありがとう。

 わたくしも暗い雰囲気なんて嫌よ。これからもずっと、明るく楽しく過ごしていきたいわ」


 微笑みながらミディアさんが頷いてそう言うと、ソフィアやセリナさんもまだまだぎこちないけど笑顔を浮かべてくれた。


 その後は、少し気まずい空気が流れたけど、談笑している内に段々とそれも感じなくなり、柔らかな雰囲気が俺達を包んでいた。

 みんなが笑顔になるぐらい、セリナさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら雑談に花を咲かせた。

 中でもウケが良かったのは、ソフィアが小さい頃に俺の家に泊まりに来た話だ。夜中に二人で一緒に寝ている時に、いたずら心でこっそり布団から抜けだして部屋の押入れに隠れた事があった。一緒に寝てる布団から俺が居なくなった事に気づいたのか、ソフィアはすぐに目を覚ました。そしてキョロキョロと辺りを見渡してから、突然大声で泣きだしてしまった。

 慌てて隠れていた場所から飛び出した俺は、泣いているソフィアをあやす。ポカポカとソフィアに殴られながら、必死に謝って泣き止ませた。

 その後、ソフィアに居なくならないよう抱きまくらにされながら朝までぐっすりと寝た。


 そんな懐かしい思い出を語っていると、ミディアさんとセリナさんはクスクスと笑って、ソフィアは顔をりんごみたいにして睨みつけてくる。

 この表情が見たくて、わざとこの話をした。意地悪して悪いけど、恥ずかしがってるソフィアは最高に可愛いので、ついチャンスがあるとその姿が見たくて話してしまう。

 だけど、ソフィアにとっては忘れて欲しい恥ずかしい思い出だろうけど、俺にとっては大切な思い出だ。いつまでも覚えていて、たまにこうやって思い出したい。

 そう言うと、ソフィアは俯いてしまう。それを不思議に思い声を掛けると、拗ねた表情で顔を逸らしてしまった。

 訳も分からず困惑していると、ミディアさんとセリナさんに生暖かい目で見つめられていた。


 そうやっていろんな話をしながら、みんなで眠くなるまで語り合った。

 ソフィアも、ミディアさんも、セリナさんも、そして俺も。

 みんなで笑って楽しい時間を過ごした。


 その最中、何度も飲んだ紅茶は、今までで一番まずかった。

お読みいただきありがとうございました。

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