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千里眼の巫女

「いらっしゃい」


 そう言って、荒んだ心を癒やすかのような笑顔で出迎えてくれる女神。その姿には、神々しささえ感じられた。

 ソフィアは天使のような笑みを浮かべて、嬉しそうに女神に寄っていく。すると、女神が立ち上がって、腕を広げた。そこへ飛び込むように、天使が抱きつく。

 優しく天使を受け止めた女神は、愛おしそうにその頭を撫でている。


「ブハッ!」


 突然、俺達を案内してくれたメイドさんが鼻血を吹いて倒れた。慌てて容態を確認すると、恍惚とした表情で幸せそうに気を失っている。

 なんだこの人、そういう感じなんだ。

 せっかく美人なのに勿体ないと思いながら、そのまま放置しておく。でも、鼻血を吹かないまでもその気持は理解出来る。とても美しい光景だ。このままずっと見ていたくなる。

 そんな事を思って惚けながら見ていると、女神が俺に視線を向けてくる。それに俺は、メイドさんを部屋に押し込むようにして扉を閉めた。


 思わず閉めちゃったけど、やばい! あの人【スキャン】使えるんだよ! ステータス見られたら不味いよ! あの瞳で俺の全てが見透かされてしまうよ! 

 言葉にするとちょっと興奮するけど、今はそれどころじゃない。どうにか、回避する方法はないのか……。

 無理だ。【スキャン】を防ぐ方法はない。しかも、いつ発動するかも分からない。もしかしたら、もう見られてるのかも……。

 うわああ! 終わってしまう! 俺のまったりのんびり生活が終わってしまう!!


「酷いわね。わたくしが貴方の師匠では不満?」


 頭を抱えて悩んでいると、倒れているメイドさんを足でどけながら扉を開けて、女神が声を掛けてくる。

 なんだこの人、そういう扱いなんだ。

 女神に足蹴にされて嬉しそうに微笑むメイドさんを見て、ちょっと羨ましいと思ったのは秘密だ。


「と、とんでもない! ちょっと場所間違えたかなと思って……」


 慌てて手を振りながら答えると、女神がニッコリと笑った。


「そう。間違ってないわ。早く入って頂戴」

「はい……」


 有無を言わさぬ樣子に、俺は恐る恐る女神と天使の楽園に足を踏み入れる。女神は俺が通りやすいように、メイドさんを強く蹴ってスペースを開けてくれた。

 なんだかちょっと可哀想になってきた。

 心なしか口からも血が出てるようなメイドさんから視線を外して、ジト目の天使が座る隣の椅子を示される。丸いテーブルに三つの椅子が囲うように並べられていて、俺とソフィアの位置が若干近い。とても座りにくいが、座らないと女神が怖いので細心の注意を払って腰を下ろした。

 物音を立てたら殺される。

 そんな気持ちで一つ一つの動作をこなしていく。


「紅茶で良い?」

「お、お構いなく……」

「ふふっ」


 部屋の隅で紅茶を淹れている女神にそう答えると笑われてしまう。俺がガチガチに緊張しているのを、どこか愉しんでいる樣子だ。しかし、それに腹を立てる余裕はない。自分がとても不釣り合いな場所に居る気がしてならないのだ。こういう場所に居ていいのは、俺みたいな凡顔じゃなくてイケメンだろう。全然落ち着かない。


「お待たせ」


 そう言いながらカップをそれぞれの前に置く。その樣子を目で追っていた俺は、美味しそうな香りを立てる紅茶を見た。この状態をずっと維持する気持ちで、顔を伏せて紅茶を見続ける。

 このまま念力でカップが割れそうなぐらい、見続けてやる!

 そう決心するような気持ちで、ひたすらに前に置かれたカップを眺め続けた。


「シオンくん?」

「は、はい!」


 女神に呼ばれた俺は、慌てて顔を上げる。残念ながら俺の決心は脆くも崩れ去った。


「自己紹介をするわね。

 わたくしは、ミディア=ハヴェル。よろしくね」


 首を傾けながらニコッとした笑顔で言ってくる。


「シオン=セフェルです!

 よろしくお願いします!」


 ハキハキとした声で名乗った俺は、深く頭を下げる。そしてまた、視界に入った紅茶を見続ける作業に戻った。心の中で紅茶に「ただいま」と言うと、「おかえり」と返してくれたような気がする。この場での唯一の癒やしは、目の前に置かれる紅茶だ。


「ソフィアから聞いてた通り、シオンくんって面白い子ね」

「面白いなんて言ってないよ。ちょっと可笑しいって言ったの」

「そんな酷いこと言ったら可哀想よ。優しくしてあげないと」

「だって、可笑しいんだもん。さっきからずっと紅茶ばっかり見てるし、意味わかんない」

「そういうお年頃なのよ」

「……どんなお年頃なの?」

「ソフィアにもその内わかるわ」

「ふ~ん」


 くそっ! ソフィアめ! 言いたい放題言いやがって! どうせ、馬鹿にしたような顔してんだろ!? 俺が紅茶しか見てないからっていい気になりやがって! しかたねーだろ! こんな美人が目の前に居て、緊張するなってのが無理な話だ!

 それに、この人は俺の天敵でもあるんだ! 唯一、俺の弱みを握ることの出来る人なんだ!


 心の中で文句を言って、緊張を紛らわせる。だけど、どうしても落ち着かない。ミディアさんが目の前に居るだけで、俺は心臓を鷲掴みにされた気分になる。どんなに美人でも、顔を合わせられない。あの瞳で見つめられるのが怖い。


「そうだ。ギルドに行かなくてもいいの?」

「ん~、別に明日でもいいんだけど……」

「ムーシュさんが首を長くして待ってるわよ?」

「そうなんだ……」

「あの人、ソフィアが大好きだから」

「孫にしたいっていつも言われる」

「ふふっ、あの人らしいわね」

「よっし! それじゃ、ちょっと顔見せてくるね」


 そう言ったソフィアはゆっくりと椅子を引いて、立ち上がる。俺は未だに紅茶を見続けているが、それは目端から見ることが出来た。


「いってらっしゃい。ほら、セリナ。お見送りなさい」

「は、はいっ!」


 ミディアさんが声を掛けると、鼻血を垂らしていたメイドさんが返事をする。

 あの人、セリナさんっていうんだ。ある意味印象に残る人だから、簡単に覚えられる。役に立つかはわからないけど。


「シオン!」

「お、おう!」


 突然呼ばれてどもってしまうが、横からソフィアの気配を感じながら返事をする。


「いつまで紅茶見てるの!? しっかりしなさい!」


 ちょっと怒ってるみたいだ。まぁ、当然だけど……。


「うっす! 頑張ります!」


 なんとなく体育会系のノリで返事をする。気恥ずかしい時とかに、何故か出てしまう癖みたいなもんだ。


「よし! それじゃ、いってくるね」


 俺の返事に満足したのか、嬉しそうな声で言ってくる。


「気を付けてな!」

「うん!」


 声を掛けると、ソフィアは弾むように言う。そして、セリナさんに案内されて部屋を出て行ったみたいだ。

 ソフィアとセリナさんが居なくなって、俺は更に緊張する。今はミディアさんと二人きり。美人と部屋の中で二人きりなんて、最高に嬉しいはずなのに嬉しくない。俺もこの部屋から出て行きたい。


「やっと二人きりになれたわね、シオンくん?」


 とても興奮する台詞のはずなのに、今は死刑宣告にしか聞こえない。もう、絶対にステータスがバレてる。終わりだ。俺はもう、この人の下僕だ……ちょっといいかも。


「わたくしが、怖い?」

「い、いえ、そんな事は……」


 少し淋しげな声で言われたので、思わず否定してしまった。

 実際は怖い。それはもう、めっちゃ怖い。だけど、ここで怖いですなんて言えない。俺は自分の意志をはっきりと主張できる人間だが、これだけは無理だ。


「なら、どうして怯えているのかしら?」

「そ、それは、その……」


 ステータスを【スキャン】で視られるのが怖いです!

 って心の中で言っても聞こえないか。

 やっぱり怯えてるように見えるよな。緊張してるだけでこんな態度取らないもんな。いくらなんでも、不自然過ぎる。

 さすがは女神、人の心を手に取るように読んでくる。だから、さっきの俺の心の声も聞き取ってくれ!


「【スキャン】を使われるのが……恐ろしい?」

「えっ?──」


 確信をつく問いかけに、思わず顔を上げてしまった。そして、悟った。この人は、まだ俺のステータスを知らない。だけど、俺が【スキャン】を使われることが怖いとわかった。多分いろんな人達が、ミディアさんの前でこういう態度を取るんだ。だから──


「ごめんなさい」


 心を込めて今までの態度を謝罪した。泣きそうな表情を笑顔で隠してるミディアさんを見て、己の愚かさを呪った。そしてこの人だからこそ、ソフィアと仲良くなれたんだと確信した。


「ふふっ、やっぱりシオンくんは面白いわね」

「よく言われます」


 ルージュさんにもよく言われるので、そう返事をする。すると、ミディアさんが楽しそうに笑ってくれた。そのことにホッと胸を撫で下ろす。もう、さっきみたいな淋しげな雰囲気は感じない。ただ純粋に楽しんでいるだけみたいだ。


「安心して、【スキャン】は使わないわ。

 これは、わたくし自身が決めてそうしてるの。シオンくんの態度とは全く関係ない。

 そうね……一種の制限みたいなものね」

「制限、ですか?」

「そう。わたくしにステータスを覗かれる事を恐れる人は多くいる。

 だからこそ、仕事や要望以外での使用は自分で禁止してるの」

「なるほど……」


 そう説明してくれるミディアさんの言葉に、肩の力が抜けた。俺のステータスを知っているのは、まだ自分自身だけ。自分で禁止してるだけだから嘘かもしれないけど、俺のステータスを知ったらもう少し反応を取るはず。だから、今のところは大丈夫だ。

 この事実は、思った以上に心を軽くしてくれる。これでいつも通りの対応が出来るはずだ。

 ミディアさんは、俺のスキルを知らない。だけど、少なからず修行をつけてくれるのだから、ある程度俺のステータスを把握する必要がある。虚偽の申告をしても、隠し通せるかわからない。だからこそ、最後の一手を用意してある。

 その切り札を使用できるか判断する為に、ミディアさんに話を振る。


「でも、ミディアさんは一つ勘違いをしています。

 俺は、ただ単に自分のステータスが知られる事を怖がってたんじゃありません」

「そう……なら、どうしてかしら?」


 俺の言葉に興味を持ったのか、ミディアさんの雰囲気が変わった。おそらく、仕事モードと言うやつだ。ちょっと怖いけど、それ以上に美人に真剣に見つめられると照れる。もっと俺を見て! ってなる。


「その前に、一つ質問してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


 俺が聞くと、ミディアさんは頷いてそう答えた。

 ずっと気になっていたことがある。なんで俺を、弟子に取ろうと思ったのか。どうして、ただの一般人だった俺を、可愛がってるとはいえソフィアの言葉一つで弟子に取ると決めたのか。いくらなんでも、わざわざ呼び寄せて、Gランクの冒険者を弟子に取るなんておかしすぎる。隊長クラスの実力者なら、いくらでも未来有望な人材が弟子入りを志願するはずだ。なのに、ミディアさんは俺を呼んだ。

 多分、何かしら俺の情報を持ってるんだ。だから、それを確かめるために、俺を呼んだ。


「なんで、俺を弟子にしようと思ったんですか?」


 本当の意味を教えて欲しいという願いを込めて、問いかけた。


「ソフィアの事が心配だったから……では、納得しないわよね?」


 俺の願いを汲み取ってくれたのか、そう聞いてくるミディアさんに頷いて答える。


「ミーレは知ってる?」

「はい。ソフィアと同い年のSランク冒険者だって聞きました」

「そう。なら、話が早いわね。

 あの子からの情報なのよ。貴方のステータスに疑問があるって」

「な、なんで?」

「ゴブリンとウルフの倒し方が、素人じゃないって」

「それだけで、ですか?」

「ええ、それだけ」


 いやいやいや、さすがにそれだけで疑問持つって凄くね? ソフィアは何も言ってなかったよ? むしろ、危ないと思って助けに来てくれてたよ? 

 ていうか、あの時見てたの? どこで? 全然気づかなかったよ? ……あっ!


「もしかして、ソフィアに言伝頼んでた『例の男、ちょっと匂う』っていうのは……」

「そこまで知ってるの? そう、シオンくんの事よ」


 俺かよ! ソフィアの彼氏じゃないのかよ!? ソフィアの彼氏が浮気してたんじゃないのかよ!

 ……よかった。安心した。もう、それだけが気掛かりで、気掛かりで。ソフィアが変な男に引っ掛かったのかと、本気で思っちまった──


「ど、どうしたの? 泣くほど嫌だったのかしら?」

「いえ、これは嬉し涙です」

「そ、そう……」


 困惑した表情をしたミディアさんにそう伝えてから、グシグシと目元を拭う。


「『例の男、ちょっと匂う』って、ソフィアの彼氏が浮気してるって意味だと思ってたんで……」

「随分と飛躍した解釈の仕方ね。でも、合っている部分もあるわよ?」

「えっ? ど、どこですか!?」

「正確に言うと、そうなったらいいなっていう、わたくしの願望」

「ソフィアが浮気されていい訳ないでしょ!」

「そこではなくて……もう、いいわ。

 それで? ステータスは視てもいいの?」


 答えを教えてくれないのが、釈然としない。だけど、また真剣な表情で答えを待ってるミディアさんに話を掘り返すのは無粋だ。ここは、本題に戻ろう。

 俺が用意した、最大で最高の切り札。それは──

 【師匠が信用できそうな人だったら、秘密を共有してもらおう作戦】

 これだ! ちょっと作戦名が長いけど、それ以外は完璧だ! さすがは、知力255。冴えてるぅー! 

 恥ずかしいから自画自賛はここまでにして、今までミディアさんと話してきて思った。この人なら、大丈夫だ。虐げられる痛みがわかるこの人なら、きっと力になってくれる。力になってくれなくても、絶対に秘密を口外したりなんかしない。

 ある意味賭けになるが、正直こうした方が楽だ。修行でいちいち手加減して弱いフリなんか続けるの無理だし、ある程度疑問を持たれてるなら視てもらったほうが気が楽だ。

 たぶん、ソフィアの事を可愛がってるから、教えようとするかもしれない。だけどそこは、俺が自分が決心がついた時に、と言えば理解してもらえるだろう。きっとミディアさんなら、その方がいいと思うはずだ。

 あとは、ミーレちゃんだけど……出来れば、本人と直接話してからにしたい。俺がいま信用できるのは、ミディアさんだけだ。だからミーレちゃんにも、本人にあって信用できそうなら教える。できなさそうなら教えない。俺が素人じゃないと、モヤモヤした気持ちを持ったまま過ごしてもらおう。俺を覗き見してた仕返しだ。


「その前に、一つだけ約束してください」

「ええ、貴方の許可がなければ、絶対に口外しない」

「……わかってたんですか?」

「何年もこのスキルと付き合ってきたのだから、それぐらいの事はお見通しよ」

「さすがですね」

「ふふっ、ありがとう」


 そう笑顔で言うミディアさんは、多分俺の気持ちを全て見通している。

 要望でもステータスを視たことがあるって言ってたから、こういう場面も経験済みなのかもしれない。だから、いろんな制約を掛けて【スキャン】を使ってるんだ。無闇矢鱈に、ソフィアやルージュさんのステータスを覗いてた俺とは大違いだ。

 ゴブリン? アイツはいいだろ。モンスターの能力を知って、作戦を立てるのは基本中の基本だ。モンスターにプライバシーなど存在しない!

  なんか、可哀想だ。頑張ってゴブリンキングになれよ! もう倒しちゃったけど!


 馬鹿なことを考えて、人生の初体験をミディアさんに捧げる緊張を和らげる。

 やばい……余計こと考えたせいで逆に緊張してきた。しかし、ミディアさんになら捧げてもいい! むしろ、捧げたい!


「では、どうぞ」

「意外とあっさりね。

 他の方々はもっと緊張していたけれど……」

「視てもらいたい気持ちの方が強くなったので」

「そう……。そう言ってもらえると、わたくしも助かるわ。

 では、始めるわね」

「どうぞ、どうぞ」


 そう宣言したミディアさんに、軽めの調子で答える。

 すると、ミディアさんは一度目を閉じた。たぶん、目を開いたらステータスを視るって合図にしてるんだろう。いろいろと気が回る人だ。そんな事しなくたって、【スキャン】は使えるのに。

 やっぱり、ゲームと現実だと、いろんなことの重さが違うな。


「──!」


 ゆっくりと目を開いたミディアさんは、驚愕の表情で固まる。

 どうだ、凄いだろ? 俺が前世で、死ぬまでやり続けて手に入れたステータスだ。

 俺のステータスを自慢するように、ミディアさんに心の中で話し掛ける。

 そんな余裕があるぐらい、心の重荷が軽くなった。人に秘密を知ってもらうのは怖いけど、それを乗り越えると世界が広がる気持ちになる。もっと、こういう人を増やせたらいいな。


 いつかソフィアにも知ってもらいたい。

 心の奥底から、そう思った。

まだ、バレたかはわかりません。

必殺! 「……視えないわ」

が、残ってます。


深夜テンションで、一気に書きました。

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