聖都
「馬車に乗る人って、少ないのか?」
俺とソフィアだけになってしまった寂しい車内をぐるりと見渡しながら問いかける。昨日の馬車の乗客も少なかったので少し気になった。たまたまなのか、いつもなのか分からないけど、車内に居る乗客が毎回まばらだ。
俺自身は馬車に乗ってここまで遠出するのは初めてなので、ギルドの仕事で各地を飛び回る経験豊富なソフィアなら知っているかもしれないと思い聞いてみた。
「う~ん……時間帯によってはすぐ満席になる事もあるみたいだから、日中はここからマルサイムまでを利用する人が少ないのかもね。
でも、マルサイムまでにあと二箇所停留所があるから、そこから乗ってくる人が居るかもしれないよ?」
少し上を向いて顎に人差し指を当てながら、ソフィアが考えるようにそう答えた。
聞いた風な言い方で予想しながらの答えなので、ソフィアもあんまり馬車を利用しないようだ。多分、【飛行】のスキルを持ってるから、こういった移動手段をほとんど使わないのだろう。
と、考えて、ある疑問が湧き起こる。
もしかしたら、ソフィアは俺のせいでこんな大変な思いしてるのかも……。
【飛行】のスキルを使って飛んでいけば、もっと早く法国に到着できるはずだ。だから、こんなケツが痛くなるような思いをしなくて済むし、快適な空の旅行を楽しみながら法国まで辿り着ける。
馬車を使って何日も掛けて行くのは、面倒なんじゃないのか?
俯き加減で腕を組みながらそう考えていると、チョンチョンと左肩を叩かれた。
それによってトラウマが蘇った俺は、ビクッと身体が跳ねそうになる。しかし、寸前でそれを堪らえた。我ながら上出来だと自画自賛しながも、振り向けない。
怖い。
その、“チョンチョン”は物凄く怖い。
脳裏に焼き付いている、目が笑ってないソフィアの笑顔が思い浮かび、背中に嫌な汗が流れた。だけど、今は騒ぐようなことは何もしていない。怒られるような事ないはずだ。
いや、もしかして、考え事に集中している時にソフィアが言ったことを聞き逃したのか?
そんなはずはない。ソフィアを愛してやまないこの俺が、神聖なる旋律を聞き逃すことなど──
たまにしかない。たまに聞いてなくて怒られるけど、大体はちゃんと聞いてる。
やべー、またなんか聞き逃したのか? だとしたら怒られるぞ?
この前なんか、どうせ聞いてないんだからとか言って、話しかけても声を出さずに口だけ動かしてたからな。
その時は、何とか無駄に高い動体視力を駆使して読唇術で読み取って話を続けてたけど、あんなの会話じゃない。寂しすぎる。
俺がグダグダと考えながら反応せずにいると、呼んだのに気付かなかったと思ったのか、また“チョンチョン”と左肩を叩いてくる。
これ以上は伸ばせない。
そう思い、意を決して恐る恐る左側へと顔を向ける。
「えっ、どうしたの?」
俺が顔を向けると、目を大きく開きながら聞いてくる。かなり驚いているみたいだ。
しかし、ソフィアにはさっきのような恐ろしい雰囲気はまったくない。ただ純粋に、俺の引き攣りながら笑みを浮かべる気持ち悪い顔に驚いているだけみたいだ。
「い、いや、なんでもない。
それより、なんか用か?」
ホッと胸を撫で下ろしながら、呼んできた理由を聞く。
俺が何かに安堵している事に、ソフィアは不思議そうな表情をする。だが、特に追求してくることもなく、マリナについて聞きたいと言ってきた。なんでも、俺がソフィアと同い年ぐらいの女の子と知り合いな事が意外らしい。
とても失礼なことを言われている気がするが、事実なのでぐうの音も出ない。ぼっちの俺には仲の良い近い年齢の女の子なんて殆ど居ない。ソフィアも意外に思うのも当然だ。
呻きながら改めて俺の異性関係を嘆いていると、それを見たソフィアが慌てて擁護してきた。
元々小さな町に住んでいることもあって若者が少ない事や、ギルドでGランクのクエストしか請けさせてもらえなかった事など、友好関係を広げるのが難しい環境にある。
そういう理由もあって、俺が自分以外の若い女の子と話している姿をあまり見たことがなかったそうで、マリナと親しげに話している樣子が新鮮だったらしい。
『親しげ』の部分には疑問を感じたが、確かに俺は異性の友達とか知り合いが少ない。ソフィアみたいに、美形の異性と出会いがあるわけでもないし、黙って立ってるだけで寄ってくるわけでもない。
しかし、いくら平凡な顔だからといって、まったく女の子が寄ってこないわけじゃない。俺にだってそれなりに、異性の友達とは言わないまでも知り合いというものがいる。
例えば、ギルドで薬草摘みのクエストをしているが、その薬草採取の依頼を出す薬屋の看板娘である、コーリンちゃん。とても可愛らしく、取ってきた薬草を持って行くと天使のような笑顔で「いつもありがとう、おにいちゃん!」とお礼を言ってくれる、よく出来た4歳の女の子だ。
他にも、今年6歳になるはずのリレちゃん。彼女のご両親は、俺の憩いの場である喫茶店を経営していて、ギルドの仕事終わりに必ず寄っている。ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んで居ると、一つのテーブルに二つある椅子の片方に座って、話し相手をしてくれるとても仲の良い女の子だ。
「小さい子ばっかりだね」
俺が仲の良い女の子を挙げていると、ソフィアは苦笑いでそう言ってくる。
その指摘に、俺はハッとなった。
確かに。
言われてみれば、俺がよく話してるのは小さい女の子ばかりだ。
俺の少し年上や年下の女の子と話をしないわけじゃないが、ソフィアやマリナと比べれば他人みたいなもんだ。ソフィアは難しいが、マリナと同じぐらい話すとなると、コーリンちゃんとリレちゃんぐらいの年の女の子しか居ない。
男だったらそれなりに話す奴が居るけど、俺と近い年齢だとみんな自分の両親が経営する店の跡取りだから、仕事が忙しくてなかなか交流が持てない。
「そんな馬鹿な!」
異性関係の推察によってある結果に至った俺は、思わず叫んでしまった。
俺が突然叫んだことで、またソフィアを驚かせてしまったけど、今はそれどころじゃない。
ま、まさか……?
いや、落ち着け、冷静になれ。それは違う、絶対にありえない。俺はそんなんじゃない。
みんなにも言ったじゃねーか。俺は妖美で麗しい“大人の女性”が好きなんだ。決して、“小さい女の子”が好きなわけじゃない。
あの純粋無垢な姿で、俺の何でもない話に天使のような笑顔を向けて楽しそうに聞いてくれるのは最高に可愛いが、それは守ってあげたいという保護欲にからくるものだ。決して、邪な気持ちを持って接しているわけじゃない。好意はあるが、恋愛感情に発展するようなものじゃない。それは、絶対だ。
だが、客観的に見れば俺は……くっ! 口で言うのはおろか、考えることさえも憚れる!
しかし──しかしだ! もし仮に、コーリンちゃんやリレちゃんと楽しそうに話している姿を見た奴らは、俺の事をどう思うだろうか?
そうだ──“ロリコン”だ。
小さな天使と、嬉しそうに話す平凡な顔の冴えない男。
その関係性を知らなければ、『もしかしたらあの人……?』と、勘違いされる可能性がある。
最初から決めつける事はないだろうが、何度もその現場を見たらどう思うだろうか? 何人もの小さな天使たちと楽しげに話している冴えない男を見て、何を感じるだろうか? どれだけの人が、ただの面倒見の良いお兄さんだと思ってくれるだろうか?
無理だ……どう考えても変態だと思う人が何人かは居るはずだ。これがイケメンだったら、全ての人達が面倒見の良いお兄さんだと思うのだろう。
しかし、俺は凡顔だ。イケメンじゃない。
終わった……。
俺は肩を落として項垂れ、目の前が絶望の世界に変わったかのように薄暗くなる。
これから新天地に向かって、安息と希望に満ちた未来を手に入れなければならないというのに、故郷に置いてきた過去がずっしりと心にのしかかった。
「ど、どうして急に落ち込んじゃったの?」
絶望に打ちひしがれる俺に、ソフィアが声を掛けてくるが、立ち直れずまともな反応を返せない。突然叫んでから落ち込み始めた俺の変化を、ソフィアは困惑した表情で狼狽えていた。
ソフィアに心配を掛けさせている事を申し訳なく思いながらも、なかなか俺の心が言う事を聞いてくれない。
「小さい女の子しか親しい人が居なくて落ち込んでるの?」
「うっ……まぁ、そんな感じだ」
眉をハの字にして“気遣う”ような表情で言ってくるソフィアに、受け入れがたい現実を突きつけられ、言葉に詰まりながらも頷いた。
「わたしとか、マリナさんも居るじゃない!」
遠い目をしながら魂が抜けたように落ち込む俺に、ソフィアが元気付けるように肩を叩いてそう言ってくる。
俺の事を必死に励まそうと笑顔を向けてくれているが、どことなく淋しげな表情をしていた。おそらく、同情してくれているんだろう。
そんなソフィアの優しさも、今の廃れてしまった俺の心には辛い。
「いいんだ、どうせ俺なんか……」
思い通りにいかない現実を僻んで、拗ねるように自虐する。
そんな情けない姿を晒している俺に、ソフィアは口を固く結んで辛そうな表情で俯いた。
ソフィアにそんな表情をさせてしまった事に、更に自虐の念が強くなる。
このまま消えてしまいたい、なんて馬鹿な事を考えていると、ソフィアが肩を叩いて俺を呼んでくる。それに反応して顔を向けると、何かを決心したような表情で自分の太ももをポンポンと叩いた。
正確には、青いショートパンツに黒いオーバーニーソックスを履いた格好なので、太もも部分が素肌なことからペチペチと音を立てている。
その動作を虚ろに見て、何をしているんだと不思議に思い、またソフィアの顔を見ると、
「ね、寝不足だから深く考え過ぎちゃうんだよ。
だから、着くまで少し眠った方がいいよ」
と、少し頬を赤く染めながら言ってくる。
ソフィアの提案にそうだなと思った俺は、自虐の念を振り払うように頬を叩いて気合を入れた。
そして、壁に寄りかかった方がこのまま眠るよりも楽な体勢で寝られると考えて、角の席に移動する為に立ち上がろうとする。
と、ソフィアに腕を掴まれた。
まだ何か用があるのかと思い首を傾げて聞くと、また自分の太ももをポンポンと叩いた。
さすがに二回目ということもあって、俺もなにか意味があるのだと気づきソフィアの姿を観察する。
俺を引き止めるように腕を掴んでいるのに、頬を赤く染めた顔は視線を逸らすように横を向いている。そして、なぜだかちょっと苛ついたように、三度目の太ももポンポンをする。しかし今度は、今までよりも強く叩いたせいで完全にペチペチだった。
全く分からない。意味不明だ……と、思うのはギャルゲーの主人公ぐらいだろう。
前世でVRMMOをやり込む程ゲーム好きな俺は、それ以外のジャンルもある程度はプレイしたので知識がある。何でこんなわかりやすいアプローチに気づかねえんだよ、と思ったことが、ギャルゲーをやったことのある奴だったら一度はあるはずだ。
俺もそう思った内の一人なので、これだけソフィアがアピールしていれば答えは一つしかない。
──膝枕だ!
それに気づいた俺は、一気に悩みなど吹き飛んで興奮する。
マジか! いいのかよ!?
美少女に膝枕してもらえるのって、イケメンだけじゃないのか? 凡顔でもしてもらえるのか?
でも、ソフィアがしてくれるって言うんだから、大丈夫だよな?
いや、待てよ。これはさすがに、未来の旦那にキレられるよな。幼馴染の俺が一番最初に体験していいシロモノじゃない。いくらなんでも、そこまでしてもらっていいのか?
しかし、このチャンスを逃せば、俺は一生膝枕なんかしてもらえないかもしれないぞ。
ぐぬぬ……!
そんな葛藤を心の中で繰り広げていると、突然頭が掴まれた。
そして、気づいたらソフィアの太ももの上に頭を乗せる体勢になっていて、膝枕をされている。
あまりに一瞬の出来事で、見下ろすように見つめてくるソフィアを呆然と見た。
「そのまま寝ていいよ」
拗ねてるようにブスッとした表情でそう言う。でもソフィアも膝枕は恥ずかしいみたいだ。頬を赤く染めながら横を向いてしまった。
「い、いいんですか?」
柔らかく弾力のある感触を後頭部に感じながら問いかける。衝撃的過ぎて頭が追いつかず、何故か敬語になってしまった。
「うん」
横を向いたままの短い返事だが、ソフィアははっきりと頷く。
その反応を見て、ようやく自分の置かれる天国を満喫する事が出来るようになる。
後頭部に伝わる弾むような、それでいて包み込むような感触。スベスベとした肌触りというか頭触りが、最高に気持ちいい。
一生に一度しか無いであろう体験を存分に堪能する。この感触を文字通り頭に叩き込む為に、ひたすらに動かしていた。すると、途中でピクリとソフィアが脚を跳ねさせる。
「んっ……くすぐったいから、あんまり動かないで」
眉を寄せたソフィアに、切なげな表情でそう言われた。
ここで鼻血を吹き出さなかった俺は偉いと思う。おそらく次は耐えられない。それぐらいの破壊力を持っていた。まぁ、次はないけど。
そんな事を考えながら短く謝る。そして、五感の全てを頭に集中する為、目を閉じて──
──寝た。
起きたらマルサイムに着いてた。
御者のおじさんに二人揃って起こされた。
ソフィアも、俺を太ももに乗せながら熟睡してしまったみたいで、二人揃って寝ぼけ眼で居ると、いつの間にやら乗ってきていた三人組の冒険者風の男女にクスクス笑われている。
一瞬だった。一瞬で天国から現実に戻った。
夢の中から現実に引き戻された俺達は、真っ赤な顔をしながら御者のおじさんにお礼を言って逃げるようにして馬車から降りる。そして、恥ずかしさと気まずさでぎこちない会話をしながらも、明日の出発に備えて一泊する為に宿を探すことにした。
※
明けて翌日。
あの後ソフィアが三回ぐらいナンパに遭いながらも、無事に宿を見つけることが出来た。
隣に俺がいるのに「お嬢ちゃん一人?」っておかしいだろ! 俺は空気か!
と思いながらナンパからソフィアを守る為、凡顔の恐ろしさを教えてやろうとしたら、何もせずに逃げてった。俺の鬼の形相に恐れをなして逃げたのかと思ったら、そうじゃない。ソフィアの睨み一つで逃げているみたいだ。
何をしているのか不思議に思い聞いてみると、スキルの【抑圧】を使ってるらしい。
本来は自分より弱いモンスターに使うもので、プレイヤーには効果なんてない。でも、この世界では自分より弱い人間にも効果を発揮するらしい。
効果は相手の能力を一定時間ダウンさせ、恐怖状態にする。自分と相手との能力差でダウンさせる数値も変わってくるけど、あんまり使い道のないスキルだと思っていたので驚いた。弱いモンスターなんてすぐ倒せるし、レベル差があり過ぎると逃げていく。それに、単体にしか効果がない。【抑圧】を使うなら、【超越者の波動】を使った方が広範囲だし恐慌状態になって動きも止まる。
この世界ではこんな風にスキルが使えるのかと勉強になった。色々とスキルの効果に応用が働くみたいだ。
でも、正直危険だとも思う。ソフィアの使い方なら便利だと思うが、強い奴が弱者を従える為に使ったとしたら大問題だ。
そう思って聞いてみたが、そもそもスキルを持っている人自体が珍しく。そういう心配は無いとは言い切れないが、居たとしても極稀で、国やギルドに指名手配される程の極悪人になるらしい。
通常、一人前の冒険者でスキルを持っていたとしても一個や二個。Aランク冒険者で最大所持数の人が五個。Sランク冒険者はソフィアを除けば、多くても十個と取得するのが困難みたいだ。
正直、少なすぎる。十個なんて、ゲームを始めたばかりの初級者が何日間かプレイして取得可能な量だ。この世界は、そうとう成長難易度が高いらしい。
ソフィアはいくつ持ってるのか聞いてみたら、また秘密にされた。まぁ、二十個なのは分かってるからいいけど、ちょっと寂しかった。
そんな会話を宿泊した宿でして、失敗を繰り返さないように早寝したので体調は万全。
いざ、法国へ向かう馬車に乗り込もうと意気込んでいると、ソフィアに笑われた。なんでも、法国へは馬車じゃなくて“鳥車”で行くらしい。
鳥車なんて知らない俺は、疑問符を浮かべながら首を傾げる。
言葉通り、大きな鳥を大量に使って客室部分になるゴンドラ型の物体を運ぶのか? なんて考えていたら、当たらずとも遠からずだった。
鳥型モンスターの【イーグル】四体が、客室部分だと思われるでっかい木造の箱を運びながら飛んでた。客室部分をワイヤーのような物で吊るして、それをイーグルに固定して飛んでる。
そんな光景を間近で見て、まず思ったのは『落ちそう』だ。多分、鳥車の御者はテイマー職がやるんだろうけど、それでも怖い。ゲームではワールド移動で飛空艇を使えた。だから、空の移動は飛空艇じゃいのかとソフィアに聞くと、飛空艇は高すぎて余程の金持じゃないと乗らないし乗れないらしい。
飛空艇の燃料に使用される、魔石が大量に必要で経費が掛かり過ぎるとか。
魔石ってそんなに高級品なのかと驚いていると、法国行きの鳥車の停留所に着いた。
しばらく待っていると、上空から鳥車がやってきて着陸する。飛行場ならぬ鳥車場で働いている係員が、客室の頑丈に施錠された扉を開けると乗客が降りていく。
そして、降り終わると待っている俺達の方を向いて、乗り込むように誘導してきた。怖いのでへっぴり腰気味の俺を、ソフィアが笑いながら手を引いて連れて行ってくれる。
それで何とか鳥車の客室へと入れた俺は、中を確認するようにぐるりと見渡した。十人ぐらい乗れる広さをしていて、馬車の車内と似た造りになっている。適当に隅の方に移動して、ソフィアと並んで座った。今度はそれなりに乗客が居て、客席の半分以上が埋まっている。チラチラとソフィアの太ももを覗き見してるムッツリスケベが居るが、俺もその気持ちが分かるのでそっとしておく。
空を飛んでいるのでかなり揺れて怖かったが、三時間程で法国の“聖都オラルタール”に着いたので何とか我慢出来た。だけど早く着き過ぎて、残念なことに膝枕イベントは発生しなかった。
ちょっとガッカリしながらも鳥車を降りると、目の前に広がる大都市に呆然とした。マルサイムなんか、ちょっと大きな街程度にしか感じないぐらいの凄さだった。
まず目に付くのは、大きな城。遥か遠くにあるはずなのに、バッチリと肉眼で確認できる。そして、その次に大きいのは、大教会。屋根の部分に無駄に大きい鐘と、十字架の形をした物体が付いている。それ以外にも目に付く大きな建物が幾つかあるが、それより何より人がすごい。
もう、そこら中に人がいる。前世では見慣れた光景ではあるけど、十七年間もその光景から遠ざかっていたので圧倒された。
鳥車の停留所の隅で呆然と大都市の景色を眺める俺は、完全に田舎者だ。ポカンと口を開けてキョロキョロしてると、たまにクスクス笑いながら通り過ぎる人が居る。だが、そんな事は気にならないぐらい圧倒されていた。
そんな俺をソフィアはニコニコしながら、優しく見守ってくれている。そして、興奮気味に感動を伝えると微笑ましそうに頷いて応えてくれた。
さすがは世界一の美少女ソフィア! 優しさまで世界一だぜ!
とか思いながら話していると、まずは俺の師匠になる人に挨拶に行こうと言われる。
ソフィアは俺の師匠になる人と交流が深いらしいので、自宅も知っているらしい。留守の可能性もあるけど、入って待たせてもらえるみたいなので心配とのこと。
その言葉に従って歩き出した俺は、ソフィアに案内されながら聖都の町並みを眺める。
たくさんの住宅と商店が立ち並んでいて、多くの人が行き交う道を歩いてると懐かしい気持ちになった。
前世では日常的な風景だった事を思い出す。その光景と今の光景が重なり、なんだか涙が出そうになった。この世界に来てからは静かな町で暮らしてきたので、人で賑わう音が少し気になる。だけどそれ以上に、これからここで生活出来る事にワクワクしていた。
来てよかったと思いながらあちこち眺めていると、ある事が目につく。すれ違う人の中に、全身を覆うローブを着ているの人が多い事だ。それをソフィアに聞いてみると、頭に帽子を被ってれば学生。そうでなければ、聖職者らしい。
とても分かり易い見分け方だと思うが、学生が帽子を取ったらどうするんだ? と思っていたら、聖職者の着るローブには背中の部分に十字架の刺繍が入っていた。やっぱり、法国という名前が付いているだけあって、宗教色の強い都市みたいだ。
しばらく子供のようにはしゃぐ俺と、それを母親のように見守るソフィアといった感じで歩いていると、一軒の立派な家の前で立ち止まる。高い柵に囲まれて綺麗に手入れされた庭まである、いわゆる豪邸だった。
聖騎士団の隊長との話なので、やっぱりというか金持ちだった。ソフィアと仲が良いみたなので、男でなかった事が悔やまれる。男だったら間違いなく、ソフィアの旦那候補だった。
ソフィアは通い慣れているようで、ためらった樣子もなく門の前にあるヒモを引っ張る。
どういう形で中に繋がっているのかわからないが、それを引っ張ると中にある来客を知らせるベルが鳴るらしい。引っ張った後に、ソフィアが二階の窓に向かって手を振っていたので、どうやら師匠は在宅なようだ。
しばらくすると、大きな扉が開いてメイドさんが現れる。
「メイドさん!」
この世界に来て薄々期待していた人が目の前に現れて、思わず叫んでしまうほど興奮した。
質素な造りのメイド服だが、またそれがいい。大変素晴らしいメイド服だ。
鼻息を荒くして近寄ってくるメイドさんを眺めていると、ソフィアに叩かれた。
「変態」
そう言ってジト目で睨みつけてくる。
「しかたねーだろ!? 男のロマンだ!」
「そんなの知らないよ!」
ソフィアにも分かってもらおうと熱い気持ちをぶつけるが、ブスッとした表情で怒られてしまった。
そんな犬も喰わない痴話喧嘩をしていると、いつの間に来ていたのか、目の前で門を開けてくれてるメイドさんにクスクスと笑われている。ここまで来て、最後の最後でまた二人揃って顔を赤くしながら、案内を申し出るメイドさんに小さく頷いた。
メンドさんの後に続いて中に入ると、高そうな壷や絵画が飾られた玄関がある。そこを通過して、すぐ目の前にある、途中で左右に分かれた階段を登る。踊り場で左に曲がり、登り切った二階の通路の一番奥の部屋に案内された。
メイドさんがノックをすると、中から鈴の音のような声で返事が返ってくる。
そして、開かれた扉の向こうには、金髪碧眼の女神が微笑みながら椅子に座っていた。
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