第三話 魔物の群れ
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
オウカとミレットの二人は森の中を走っていた。
封印区域の森の木々はそのサイズも歪だが、その生え方も人の侵入を拒むように入り組んだものだった。
決して常人ではまともに歩くことすら覚束無いだろう中を、二人は苦もなく疾走している。
今から十分ほど前に、魔物の気配を探すために瞳を閉じて集中していたオウカだったが、少しして瞳を開いた。
そして直ぐにオウカは真剣な表情で、
「離れた場所で人が魔物に襲われている」
と言うとミレットの指示を仰いだ。
もちろんミレットは人を助けるためであれば、行動することに躊躇しない。だが、オウカという開拓者でもない人間を戦闘に巻き込んでいいものか悩んでしまう。
オウカに場所だけ聞いても、もし万が一、ミレットがそこに着くことが出来なければ人が死んでしまう。
決断する必要がある。……そして、ミレットは決断した。
「案内して」
オウカは頷くと、着いて来いとばかりに背中を向けて森に入った。
現在、森に突入してからミレットは目の前のオウカに驚愕を重ねていた。
ミレットはオウカの後ろを着いて行くだけだから大丈夫だが、先頭を走るオウカはまるで先導する道があるように迷いなく進み続けている。
ミレットの見立てでは、オウカはある程度の、それこそ開拓者になる実力は持っていると思っていた。筋肉のつき具合や、開拓者と同じペースで歩いて微塵も疲れを感じさせないところからもそれを裏付ける要因となっていた。
だが、その評価も改めねばならないようだとミレットはオウカの遠い背中を見つめた。
オウカは後ろにミレットが着いて来ているのを、後を見ずとも感じていた。
ミレットをなるべく離さないように、それでいて今も襲われている人たちを救えるギリギリの速度でオウカは走っていた。
しかし、気配を感じる限り、このままでは間に合わない。
オウカは左右の腰に帯剣した二振りの剣を抜くと、後続のミレットへの目印として左右に広がる木々を斬り倒さないように調節しながら斬り傷を刻み、全速で駆け抜けた。
オウカが森を抜けると、そこには多数の魔物に襲われているギルドのパーティがいた。
既に何人かは重傷のようで、それを庇うように前衛タイプの開拓者が二人と、『炎』のギフトを使う後衛が一人応戦している。
三人とも決して軽傷ではすまない傷を負っており、全滅も時間の問題だ。
この襲われている開拓者たちというのが、実はミレットの所属するパーティであり、彼らのような実力者が揃っていても苦戦する魔物の群れに、新たにオウカ一人が参戦したところで何の意味を成さないように思える。
魔物は熊のような体躯で、立ち上がった状態では全長四、五メートルにも及ぶ。また、全身を覆うように茨の棘が生えており、鋭くて長い爪と牙が血で濡れている。
ギルドではシンフルベアと呼ばれる封印区域の奥地、つまりは『種』の近くに生息する魔物だと確認されている。その凶暴性と黒くて分厚い毛皮に守られた体躯は並みの攻撃では掠り傷すら付かないため、開拓者の中でも指折りの実力者でしか相手に出来ない存在だったが、開拓者にもまだなっていないオウカは知る由もない。
シンフルベアは十七匹。普通この数で攻められれば、いくら経験の豊富な開拓者であろうとも死を意識するしかない。
オウカは魔物の数だけを確認すると、再び風となって魔物の群れへ突入した。
「動くなッ!!!」
言霊に気を籠めて、オウカは一喝した。
対象となったのは苦戦していた開拓者の三人と、周りを囲んでいた十七匹のシンフルベア。全てが金縛りにあったように動けない中、オウカは両者が対立する中間に立った。
開拓者にとっては突然表れた正体不明の青年。シンフルベアにとっては好都合にも増えた獲物。
どちらが早く動きを再開するかは、火を見るよりも明らかだった。
シンフルベアは大きく唸って忌々しい金縛りを解き、目の前にいるオウカへと鋭くて長い爪を振り上げ、勢いよく下ろした。
鈍い音と共に、舞い上がる土煙と鮮血。
――死んだ。
今の出来事を見ていた者たち全てがそう思った。オウカの後ろで固まっていた開拓者たちと、やっとの思いで森を抜けたミレットが呆然とした様子で口に手を当てていた。
「グルァアアアアアアアアアアッ!!」
シンフルベアは雄叫びを上げながら、振り下ろした爪を引き抜こうとして自分の腕から先が無いことに気づく。
「ガァアアアアアアアアアアアッ!!」
今度は絶叫。それも痛みに伴う、耐え難い絶叫。
視界を遮っていた土煙が薄れると、そこには死んだと思われていたオウカが先程と変わらずそこに立っていた。先程と違う点といえば、切断されたシンフルベアの腕が地面に投げ出されていることか。
オウカは先程の攻撃を受けても泰然としており、どこか余裕すら感じさせる。
「うそ……」
ミレットはオウカが死んでいなかったことへの喜びと、あのシンフルベアの腕を切り落とす離れ業を本当に彼がやったのか信じられずにいた。
その声が聞こえたわけではないだろうが、ミレットはオウカがこちらを見たような気がした。
シンフルベアの群れも同族が攻撃されたことに気づいたのか、それぞれが威嚇などを行い、オウカに敵意を示す。その中に隻腕になった魔物もおり、痛みよりも憎悪が勝ったのか、より凶暴に咆哮を上げる。
「へぇ、今ので戦意を失わないのは中々だな」
膨大な敵意のプレッシャーは物理的な塊となって襲い掛かるのだが、当の本人は微風を浴びるように心地よく感じながら相手を褒めた。
一瞬の内に心を凪いだ状態にすると、オウカは両手に持った剣を下段に構えながらシンフルベアの群れに流れるように歩み寄った。
近づくオウカに隻腕になったシンフルベアは、残った方の腕で迎え撃つ。先の攻撃よりも爪を広げてより確実に獲物を狙うが、シンフルベアの一撃は空を裂くのみで手応えは無い。
トンと、何かが背後に降り立つ音を聞いてシンフルベアは振り返ろうとしたところで――紅い花弁にも似た鮮血を全身から噴き出して、絶命した。
誰もが何が起こったか理解できずにいた。それは共通の認識で、開拓者も魔物も動きを止めるには十分な出来事であった。
オウカは後ろを気にせず、残りのシンフルベアの群れへ向かう。
今度は三匹のシンフルベアが動こうとしたところで、オウカの両手が霞んだ。咲き乱れる三つの紅くて瑞々しい花々。醜悪から生まれた美ゆえに散るのも早く、微かな結晶となって消え去る。まさに鎧袖一触の出来事だった。
残る敵は十三匹。
「彼は、一体誰なんだ……」
今までこのシンフルベアの群れに全滅寸前まで苦しめられたパーティのリーダーであるケビンは、少なくない傷の痛みも忘れて呟いた。
決して答えが返ってくることを期待して言ったわけではなかったが、予想外にも知った声で答える者がいた。
「彼は、オウカ。オウカ・ライゼスです」
ケビンは声の方を振り向くと、予想どおりミレットがそこにいた。
ミレットもオウカが応戦している間に仲間の存在に気づき、シンフルベアに気付かれないように注意しながらここまで来たのだった。
素早くパーティーメンバーの容態を確認すると、ミレットは重傷者から応急手当を始めた。開拓者の大半は携帯している持ち運び優先の救命道具セットと各人の衣類などを使い、即席の止血と骨折には添え木を当てて体を固定する。
「ミレット、君は何故ここに? いや、それよりもオウカ・ライゼス……聞いたことのない名だ」
「そうだと思います。オウカは、開拓者ではないですから」
「……何だって?」
「彼は開拓者でなく、なるために私と一緒に試験を受けるはずでした」
ケビンが絶句するのも仕方が無い。他の人よりもオウカという人間を知っているミレットでさえ、動揺を隠すことが出来ないのだから。
しかし、彼女の手が止まることは無く、着実に手当てを行っていく。このオウカが作ってくれたアドバンテージを使わずにいることは、ミレットにとって罪にも等しい。
それだけ、この戦闘は一方的であった。目の前では早くもシンフルベアの数が残り六匹まで削られている。
まるで夢幻を見ているようだ。オウカが魔物の群れに向かって歩くだけで、そこに紅い血の花が咲き、そして結晶となっていく。
有り得ない。通常では、有り得るはずが無い。それでも、現実として今起きていることは認めるしかない。
「本当に、彼は何者なんだ?」
ケビンは再度同じような問いを口にするが、明確な答えを求めて言ったわけではないことが分かるだけに、ミレットは心に浮かんだままいつものように答えた。
「分からないけど、わたし達の味方ですよ」
オウカは最後の一匹となったシンフルベアを見据えた。
この群れのボスと思われるシンフルベアの体躯は他に比べて一回り大きく、全身を覆う茨の棘もより禍々しく、かなりの強敵だと思われる。
それでもオウカが気負うことはなかったが、懸念していることが一つだけあった。
ミレットが負傷した開拓者たちと合流したことは戦闘中でも把握していた。
彼女も開拓者の一人であるからにはこういった状況に巻き込まれることもあるだろうが、オウカとしてはあまり血生臭い光景を見て欲しくなかったのだ。
特に現状のオウカの剣技は疾風怒涛といった言葉に相応しいものが多いため、本来であればこれだけの戦闘である。周りは屍山血河となり、見るも無残な光景が広がっているはずだったが、魔物の特性上倒されたものは結晶となるため、それも杞憂となった。
最後の敵ということもあり相手の力量を測るため、オウカは牽制程度の意味で斬撃を放つ。
ギギギィンッッ――
三つに重なった耳障りな音が、オウカの攻撃をシンフルベアが防いだことを示していた。その巨大な体躯に似合わず、かなりの素早さも兼ね備えているようだ。
「今のを防ぐか。だったら、少し本気を出さなきゃな」
オウカは今まで抑えていた枷を一つ開放した。静から動へ身体がシフトする。
ギフトの『俊敏』を活用したオウカはこれまでの流麗な動きと異なり、雷にも似た動きでシンフルベアに接近する。
相手もそれに合わせて、触れただけで致命傷になり得る一撃を見舞う。
ギィィィィンッ――
二度目の刃合わせでお互いに有効な一撃が加えられなかったことを確認すると、矢継ぎ早に連続の攻防へと至る。
オウカが雷速で挑むのに対して、シンフルベアは持ち前の強靭な肉体と時には身体に生えた棘をも使って相手を貫こうとする。
常人はおろか、ここにいる開拓者の大半でさえもがこの攻防を追えずにいた。
それほどまでに凄まじい戦闘。先の戦いではまだオウカは足を使わずにいただけあって目で追うこともできたが、ここまで来ると最早誰も手出しのできない状態になる。
現に応急処置を終えたミレットとケビンは先程から開いた口が塞がらないようで、呆然と事の成り行きを見守っている。
ギィンギギギィギィィィィイン――
度重なる攻防の果て、オウカはシンフルベアとの間に距離を取る。距離は十メートル。今のオウカにとって一足で縮められる距離でもある。
「……そろそろ決着をつけるか」
全ての出来事に始まりがあるように、終わりもまた存在する。
個人的にはまだこの魔物と戦いたいという想いがあるのは確かだが、後ろの開拓者たちの状態から見て、時間もあまりないはずだ。不幸中の幸いにもミレットが彼らに応急処置を施してくれたから安心して戦うこともできたが、これ以上はただの自己満足に過ぎない。
(身体は十分に温まった。後はこの魔物を最短で刈り獲るのみ)
オウカはそれまでと同じように雷速でシンフルベアに接近する。そして、目の前に豪速で迫る爪を確認し微笑んだ。
ゴッ――
幾度も繰る返された刃合わせが鳴らない。鳴るのはただ空を引き裂く音のみ。
戸惑いを浮かべるシンフルベアの懐に、オウカは立っていた。
離れた場所で見ていたからこそ、ミレットには今のオウカの動きが把握できた。
それまでの異常な速さではなく、ここにきてオウカは緩急の妙を使い分けたのだ。その速さに慣れてしまっていたシンフルベアには理解できなかったであろう。
豪速で迫る一撃に怯むことも無く、オウカは雷速を解き、柳のような動きでそれを避けてシンフルベアの死角へと移動した。つまり、シンフルベアの懐である。
灯台下暗しとはよく言ったもので、戸惑いを浮かべるシンフルベアはオウカに気づけずに初めての隙を見せてしまう。
茫然と立ち竦む巨体の足元からその連撃は始まった。まずは脛に致命的な一撃を喰らったのか、前のめりに体勢の崩れるシンフルベアに対してオウカは休むことなく、超高速の斬撃を更に加速して斬り刻む。
あまりの剣速と止むことの無い下からの攻撃に二トン近くあるシンフルベアの身体が地上から離れる。完全に無防備となった瞬間を狙って、オウカは両手に持つ剣を全身の捻りを加えて心臓に突き立てた。
ドンッ――
有り得ないという言葉が何度頭に浮かんだだろう。ミレットは空高く舞い上がったシンフルベアを見上げ、最後の一撃の構えを取ったままのオウカに畏怖の感情と場違いながらも戦士として完成された美しさを感じていた。
十メートルほど舞い上がったシンフルベアの巨体は、そのまま黒煙を上げて結晶となって落下した。他の結晶とは異なって一回り大きく、禍々しくも艶のある漆黒の球体は吸い込まれるようにオウカの手元へと収まった。
パーティを襲っていたシンフルベアの群れがもういないことを確認したミレットは、今まで張り詰めていた緊張の糸が解れたような気がした。しかし、いつまでも安心してはいられない。応急処置をしたとはいえ、仲間の容態は刻一刻を争う事態であることに変わりはない。それに先程まで意識のあった三人も既に他の仲間と同じく、意識の無い状態になっている。
ミレットの所属するパーティは六人で構成されており、ミレットとオウカの二人で運ぶには数が多すぎる。
どうしたらいいのかミレットが悩んでいると剣を鞘に収めたオウカが近づいてきた。彼もこちらの現状を見て、時間があまりないことを悟ったようだ。
「オウカ、どうしよう……どうしたらいいの?」
ミレットは言ってから悔やんだ。さすがのオウカもこの人数を運ぶ手段を持っているはずはないだろう。もしあるにしても、重傷者に負担を与えずに移動するのは不可能だ。
全てをオウカに頼り切るのは虫が良すぎる。
「誰かこの中に式神か、もしくは『使役』のギフトを持っている人は?」
悲壮な表情のミレットに、オウカは優しく問いかけた。
「え? 『使役』ならわたしが持ってるけど」
ミレットの所有するギフトは『解析』『衝撃』そして『使役』の三つ。だが、『使役』とは能力者に比べて遥かに弱い魔物や動物を一時的に拘束し、操るギフトである。しかも、その効果は対象が生きているときに限られるもので、この周囲にはシンフルベアの群れを恐れて他の魔物は逃げてしまったはずだ。
「それなら一つ方法がある。俺を信じてくれないか?」
オウカの目は真剣で、彼が言うようにこの場を解決できる方法があるのなら信じたい。
ミレットは縋る思いで確認した。
「それでみんなが助かるなら。
わたしは何をすればいいの?」
「ミレットの『使役』を使って、ここにいる人たちを魔物で移動させる」
「でも、この周囲には魔物はいないのよっ。それにこれだけの人数を運べる魔物なんて、わたしには……」
「大丈夫だ。それについては俺に考えがあるから、少し待っててくれ」
オウカはそう言うと、少し離れた位置に聳え立っている巨木へと一足飛びで駆け抜けた。そしてその勢いを乗せたまま腰に差した剣を抜き、強烈な一閃を放った。
幹の根元から斜めに切断された巨木は、ゆっくりとオウカの方へ傾きだした。彼は木が倒れてくるのを確認すると、今度は左右の剣を使って不要な部分を斬り分ける。
見る見るうちにそのサイズは小さくなっていき、最後には高さ二メートルくらいの円柱となって地面にそっと降り立った。
また不要となった大量の木材は、ご丁寧にも切り揃えてその脇に並べているからミレットとしては何ともいえない気持ちになってくる。
あれだけ規格外のオウカが大丈夫だと言うのだから、自分も気負わずにやれることをやればいいのだと思うと心が軽くなるのを感じた。
オウカは二メートルはある円柱を軽々と肩に担いで、再び一足飛びでこちらに戻ってきた。
「それをどうするの?」
「式神を顕現させるための依り代にする」
ミレットがオウカの言ったことを理解できずにいると、オウカは百聞は一見にしかずとばかりに円柱を縦に置いてその上に飛び乗った。
カコっと、何かが填まる音がすると同時にオウカから膨大な量の生命力が溢れ出し、それを一点に流し込むのをミレットは黙って見守った。
変化は唐突に起こった。オウカの立っている場所から黒煙が流れ出して円柱を覆うと、徐々にその輪郭が形成されゆき、信じられないものに変貌したのだった。
それはミレットたちの仲間を散々苦しめたシンフルベアに他ならなかった。
「オ、オウカ……あなた一体何を」
「こいつは式神で、魔物とは違うから心配いらない。その証拠に棘とか、敵意とかないだろ?」
オウカはシンフルベアらしき式神の肩に乗って、ミレットに問題がないことを示した。
確かにシンフルベアの特長ともいえる茨の棘が生えていない。それに禍々しさは消え、どこか神々しささえ感じるような気がする。
「それにしても、これをどうやって?」
「それは後で説明する。時間がないんだろ?」
オウカの言葉にミレットも気を引き締める。
「……」
「正直なところ、俺にはこいつを顕現させるだけで精一杯だ。だからミレット、君がこいつを『使役』してくれ」
言いたいことも聞きたいことも山のようにあるが、時間がないのは確かだ。
「やってみる」
ミレットは式神に触れ、意識の経路を繋げる。
通常は魔物に『使役』を使うと必ずと言っていいほど強い抵抗を受けるが、今回はそんなことはなく、すんなりと自分と式神に経路が通ったことを感じた。
(四肢を地面に着けて、身を伏せて)
ミレットが指示すると式神はそのとおりに行動した。
「無事『使役』できたみたいだな。では、急いで彼らをこいつの背中に運ぶぞ」
二人は慎重に式神の広い背中に仲間を乗せ、移動する際の振動で落ちないようにそれぞれを負担にならない程度に固定する。
「オウカ、次はどうするの?」
「ミレットはこれから言う二つのことに集中して『使役』を使ってほしい。
一つは振動を与えずに移動させること。もう一つは門まで最短距離で進むように指示すること」
「分かった」
ミレットには目の前のオウカを信じるしかない。その彼が言うことだ。ミレットは全力で式神を『使役』した。
(お願い、揺らさずに、門まで真っ直ぐ最短距離で進んでっ。みんなを助けたいのっ!!)
指示を受けた式神は、ミレットの望むままに己のでき得る最善の方法で門へと向かう。
伏せた姿勢から四肢を伸ばし、ミレットの指示通りに式神は滑るように大地を蹴って直進した。
まったく揺れないことにも驚いたミレットだったが、次第に近づいてくる森の木々に式神が自分の指示を理解できなかったのか不安になった。
「集中を切らすな。そのまま信じて『使役』するんだ」
オウカの言葉にミレットは再度集中して『使役』する。
(お願いっ――)
木々はもう目の前だが、それでもミレットは願い続けた。
式神が木々にぶつかる瞬間、それを避けるように木々の方が左右へと退き、道を開ける。
不思議な光景にミレットが目を瞬かせていると、隣に座っていたオウカが微笑んで言った。
「気にはなるだろうが、後でまとめて説明してやるから今は集中だ」
「絶対よ? 嘘ついたら、本気で怒るからね?」
言葉とは裏腹に、ミレットは輝くような笑顔で応えた。