第一話 始まりの都市
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
早朝、巨大な壁の前に数人の列が出来ていた。
そこには商業都市ブルドオムスの関所があり、一人、また一人と入っていく。
しばらくすると、一人の青年の番になった。
服装に関しては黒地の七分袖にジーンズといった一般的な服装。
唯一目を引くところがあるとすれば首にかかったいくつものネックレスぐらいで、そのネックレスの先端は服の中に隠れているためファッション性が高いとも言えない。
見た目は黒髪に若干蒼みがかかった黒い瞳。そして容姿はというと顔立ちはある程度整っており、百八十と身長はあるが体つきが細いため、一見優男に見えてしまう。
しかし、よくよく見ると分かるのだが、彼には無駄な肉がない。まるで俊敏な獣のような青年である。
「オウカ・ライゼス。歳は十八で間違いないな」
「ああ、間違いない」
「この都市への目的は?」
この都市へ来る者の目的など二通りしかないが役人は規則どおりの確認をした。
「腕試しのついでに『災禍の種』の破壊」
役人にとっては何度も聞いたことのある類の回答だったが、それでも尚そう答えたオウカに目を瞠る。
千年前のあの出来事は『災禍の時』として語り継がれており、この都市も復興する際に商業を基盤に大きく発展したモデルの一つだった。
しかしながら何故ここまで巨大な壁が存在するかというと、大都市というのはそれぞれが『災禍の時』に墜落した隕石『災厄の種』(通称、『種』と呼ばれている)の一つ一つを封印するといった役割を担っているからでもあった。
都市を覆う巨大で頑丈な壁とそしてその都市以上に広大な範囲を覆っている巨大な特殊仕様の絶壁。まるで比率の合っていないアラビア数字の『8』のような形で都市は存在する。
この千年間、確かにいくつかの『種』は彼らのような開拓者(マイナーな呼び名では冒険者)によって破壊されたが、その規模は小さいものであった。しかし、それでも多くの犠牲と実力者の協力もあって成し遂げたことである。偉業といってもいいくらいの難事なのだ。
付け加えるとこの商業都市ブルドオムスが封印している『種』は決して小さくはない。それはこの都市の規模からも考えられることだった。都市の直径が一五キロに対して封印区域の直径は七十キロにも及ぶ。
都市と封印区域の門を潜ってもその道なりは一直線ではない。これは封印区域によって異なるのだが、地面が隆起していたり、熱帯または雪原などその種類は様々だ。
そして大半の『種』は地表よりもずっと下の位置に存在しており、一番厄介なのが墜落跡となる巨大な穴が何故か存在しないため、探索者はどう目的地に辿り着くかから考えねばならない。それはつまり地道に目的地までの道を探すか、作るしかないのが現状ということでもある。
またこの都市が抱える封印区域の内部は密林となっていた。まず一日では目的地に届くことはできるはずもなく、また何日かかけて無事辿り着くことができたとしても小さくて二トントラック一個分の大きさである『種』をどう破壊するかが問題なのだ。
それをこのオウカという男は特に気負うこともなく言ってのけた。真性の大馬鹿者なのか、よほどの自信家なのかどちらかだろう。
「ふむ。本気がどうかは知らんが、一人であそこを攻略するのははっきり言って無謀だ。門へ入るのもギルドでの手続きが必要になるし、そこで仲間でも集めてから行くんだな」
いくらこの場限りの付き合いでも目の前の男に死なれるのは目覚めが悪いのだろう。役人は扉の先を指差した。
「ここを抜けて真っ直ぐ行けばギルドだ。看板も出ているしすぐに分かるだろう」
そう言うと審査のために預かっていた二振りの剣をオウカに手渡した。
受け取った本人はというと、黙って役人をじっと見ている。
「何だ。何か質問でもあるのか?」
するとそれまで退屈そうにしていたオウカの表情が悪がきのように微笑んで、
「いや、おっさんいい人なんだなって」
まるで友人のように話しかけてきた。初対面の人間に対しては些か無礼な発言であるが、この青年の表情から悪意は感じられない。
役人もそう思ったのか、盛大に溜め息をついて再度扉を指差した。
「質問はないんだな。だったらもう審査は終わりだから行け。さっさと行ってしまえ」
オウカは苦笑しながら「ありがと。助かったよ」と言うと、目の前の扉を開けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
扉を開けると、オウカはその光景に目を奪われた。
目の前には乱立するビルや商店、そして出店などがそれぞれエリア分けして展開されており、その中を少なくない人々が行き来している。
千年前に総人口が半分以下になったとはいえ、確かに現在人口は増えている。しかし、ここまで多くの人がいるのを見るのは初めてだった。
オウカが今まで住んでいた場所や故郷では多く見積もっても百人に満たないくらいが普通である。祭りか、何かの行事でもない限りここまでの人を見る機会というのはなかったのだ。
「これがブルドオムス。確かに大都市に分類されるだけはあるな」
やや呆れた感のある感想をつぶやくと、ふと思い出したように苦笑した。
これなら確かにあの子が一緒に付いていくと駄々をこねたのも分かる。
剣の修行でオウカが一年ほどお世話になった家に一人の少女がいて――彼にとっては姉弟子にあたるのだが――年齢やその言動から次第に本当の妹のように面倒を見ることが多かった。
オウカとも年齢が近いお陰か、その子もこちらを兄のように慕ってくれていたのだが、一ヶ月前にこの都市へ行くことを話したところ「私も付いていきますっ!」と凄い勢いで懇願されたが、両親の必死の説得(最後は泣き落とし)ですったもんだの末、渋々ながらも同行を断念したという出来事があった。
それからオウカが旅に出るまでの間にも色々とあったのだが、今はそれよりも早くギルドに登録をしなくてはここに来た意味がないと棒立ちだった足を進ませる。
実際関所からギルドまでの距離はそれほど離れておらず、少し歩いたところで看板が見えてきた。
ギルドの中に入ると、数人の開拓者たちがいくつかのグループに分かれて話し合っているのが見受けられる。
ベテランからアマチュアまで『種』の攻略やそれに関する依頼の作戦会議中というとこだろう。ほとんどの者が、今入ってきたオウカに対して興味を持っていないようだった。
まるでそれが当たり前のことであるようにオウカはそのまま奥の受付に向かう。
「初めてギルドを利用するんだが、登録はここで問題ないか?」
「大丈夫ですよ。基本的には登録から依頼の請負までここで行っています」
オウカに声をかけられたのはギルドの制服を着こなした二十前半の女性職員で、胸元にはネームプレートでイリアと表示されていた。
淡い栗色の髪が腰まであり、その瞳は琥珀色。美女といって申し分ない容姿をしている。
有体にいえば出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体つきをしていた。
ちなみにこの都市に在中している開拓者の大半は彼女が目的で足しげく通っているのだが、今のところ彼女を振り向かせることが出来た者はいない。
そんな彼女に対して、まったく物怖じしないオウカはよほど肝の据わった男なのかもしれない。
「それなら早速で悪いが登録をお願いしたいんだが」
「では、こちらの書類を確認してから記入してください」
記入事項の内容は一般的なことから始まり、現在保有している能力も記入するようになっていた。
千年前とは違い、現在ではギフトというのはそれほど珍しくなくなっている。そのため、昔のように能力者=道具としての扱いはなくなった。
そして、その珍しくなくなった大きな要因が人工的なギフトの取得である。それは技術の進歩のお陰であり、それまでに犠牲になった能力者たちのお陰でもあった。
具体的には誰もが適応能力さえあれば、後からギフトを追加することができるのだ。
といっても、その能力を得るためにはギルドにて購入しなければならない。もちろん、ギフトに応じて相応の金額が求められる。
例えば、探索者の生存能力を高める『解析』に関しては比較的安価で購入できるのに対して、戦闘的な意味合いで使用の多い『炎』や『氷雪』など外因的効果を付与した能力は非常に高価な金額と共に制約が求められる。
制約とは、使用の用途やそれを違反したときに発生する罰則などの注意事項を了承した後、個人のプライベート情報を年に一度申請しなければならないことを表す。
そのため、探索者の中でもそれなりに経験と金額を稼いだ者でないと、簡単には新しい能力を得ることができないのだ。
全ての記入が終わり、オウカは再度女性職員に声をかけた。
「はい、では確認させていただきます」
イリア・フォウントはその書類を見て、硬直してしまった。
一般事項の内容に関して問題らしい問題はなかったのだが、能力保有欄に記入されている種類が問題だった。
『俊敏』『高速思考』『解析』『見切り』そして、『蒼の守護』――
四つのギフトは今まで見たことがあったが、この『蒼の守護』に関しては見たことも聞いたこともない。
偶に探索者という職業を楽して金銭の稼げるものとして冷やかしに来る者もいるが、目の前にいるオウカという人物はそれに該当しないだろう。あくまで憶測、いやそんな気がするというだけだが何故か間違っていないはずだ。
しかし、それならばこの技能に関していえば全て生まれ持ったギフトということになる。
そもそも五つものギフトを生まれながらに持つということは極めて稀だ。
一体、オウカという男は何なのだろう。
出口のない思考に耽っていると不安になったのか、当の本人が声をかけてきた。
「すまない、何か不備でもあったか?」
「あっ、いえ大丈夫です! 気にしないでください!」
イリアは慌てて応えると同時に、つい柄にもなく大声を出してしまったことに赤面してしまった。
「ならいいんだが……」
オウカ自身はあまり気にしない様子だったが、これには周り(イリアファン)が黙っていなかった。
いつの間にか二人のやり取りは注目を受けていたようで、血の気の多い者は既に席を立ってオウカに殺気を飛ばしている。
それに対してオウカはどこ吹く風で流していたが――周りの様子に気づいたイリアは営業スマイルをフルに発揮して周囲を落ち着かせる。
その効果は絶大で、こちらを見ていた全ての者が「でれっ」とした表情に変わり、先程のことなど忘れてしまったぐらいだ。
まるで他人事のように眺めていたオウカは同類を見つけたように、
「お前も苦労してるんだな」
と優しく労わるように言った。そう、言ってしまった。
最初はその言葉が上手く理解できなかったのか、イリアはきょとんとしていたが、言われたことがだんだんと馴染んでくると先程とは違った意味で顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あなたに言われたくありませんっ!」
顔を赤くして怒っている彼女を見てオウカは微笑んでしまった。
「何を笑っているんです! オウカ!」
「いや、わるい。何だかさっきまでと違ってこっちの方が話しやすいと思って」
屈託なく笑いながらそういうオウカの顔を、イリアは今までこれ程まじまじと見たことがあろうかというほどに見つめてしまった。
そんな二人の時間は、無粋な邪魔が入ったことで終わりを迎えた。
「ごほん、あ~イリア君。大きな声が聞こえたが大丈夫かね?」
イリアはその声に酷く緊張したが、声がした方へ振り返るときには動揺の欠片も見えない笑顔を貼り付けた表情で迎えた。
「お騒がせして申し訳ありません、グラン副所長」
イリアに声をかけたのは、猫背で痩せおり、どこか神経質な雰囲気をかもした男だった。
「いや、問題ないのならいいんだよ。何かあったらすぐ僕に言うんだよ。僕は君の事が気に入っているからね」
「ありがとうございます。何かあったらご相談します」
あくまで事務的に答えるイリアに対して、グランという男は粘着質な目線を彼女に向けながら去っていった。
そして一瞬だけ、オウカに目線を移すときに蛇に酷似した絡み付く殺気に、イリアは気づくことはなかった。
溜め息を堪えつつ、イリアが再びオウカの方を見ると、彼は無表情でグランの去った方向を見つめていた。
「あの、オウカさん。どうかされましたか?」
するとオウカは先程の表情がまるで嘘のようにラフな感じで応えた。
「なんでもない。それよりも、さっきみたいにオウカと呼び捨てにしてくれ」
「あ、あれは、申し訳ありませんでした」
縮こまったようにしてイリアは謝罪したが、当の本人は不満げな表情を浮かべる。
「気にしないでくれ。というよりも、俺にはあっちの方が楽なんだが」
「そんなわけにはいきません。お客様に無礼なことはできません」
イリアがそう言うと、オウカは意地悪な表情になった。
「それなら仕方ないか。じゃあ、俺だけイリアを呼び捨てにするよ」
イリアにとっては本当に珍しいことに三度硬直する。
「……あの、オウカさんって結構意地悪ですか?」
「何を言うんだ。俺のようにこれ程清廉潔白という言葉が似合う男はいないぞ」
我慢していた溜め息を盛大に吐き出すと、イリアは半眼でオウカを見据えた。
「分かりました。オウカ、あなたの言うとおりにしましょう。ただし、これ以上不真面目な態度でいるようなら分かっていますね?」
「もちろんだ」
オウカは嬉しそうに、まるでシッポを振る犬のように頷いた。
軽く頭痛を覚えるイリアだったが、表情を見る限り決して嫌そうには見えなかった。
まるで我侭な弟の面倒でもみる姉の心境というやつだろうか。
「ではオウカ、ここに記入されている内容に間違いはありませんか?」
「自分のことだ、間違えようがない」
「それでは確認なのですが、この『蒼の守護』というのはどういうギフトですか?」
「秘密だ」
「なるほどって……え、秘密?」
「そうだ、秘密だ。確か確認事項の中には記入の義務があったが、その詳細について答える義務はなかったはずだが?」
「そ、それはそうですけど……」
オウカが言うようにギルドの登録では記入の義務はあっても、個人に不利益な内容であれば黙秘権を行使することが出来る。
出来るといっても実際にそれを行う者も少ないし、ギルドの心証も悪くなるから基本的には普通はしない。
つくづくオウカという男は規格外のようだ。
「それなら仕方ありません。その件については保留としますが、これだけは答えてください」
オウカは無言で促す。
「使用する剣技は二刀流。そして現在はシングルで登録ということでよろしいですね?」
「そうだが、何かまずいことでもあるのか?」
ここまで常識知らずの人を見たことがありませんとばかりに、イリアは呆れと眩暈を感じた。
「まずいことも何も、まずありえません。一人で行動して、『種』を破壊するだなんて自殺志願者以外の何者でもありませんよ」
「そうなのか?」
「そうなのかって! もうオウカさんは非常識です!」
先程のこともあり、イリアは声を絞って、周りには聞こえないぐらいの大きさでオウカを注意する。
本当にギルドへ登録する気があるのかしらとイリアが疑問に思っていると、それを訂正するようにオウカは言葉を足した。
「しかし、世の中にはシングルで行動する開拓者もいると聞くが、俺の勘違いだったか?」
「確かにギルドに登録されている方でシングルで行動する方もいますが、それは最高位のランクを持つほんの一握りの方たちだけです。
その方たちも何か大きな依頼があったときは、契約しているパーティと合流して行動しています」
イリアの言葉は実際に正しいが、実のところオウカは自分なら何とかなると考えていた。
『蒼の守護』もそうだが、オウカにはもう一つの理由で問題ないという確信もあった。
そんな悪巧みを見破ったのか、イリアは半眼でオウカを見つめた。
「あの、オウカは自分なら何とかなるとか思っていませんか?」
「まぁな」
ここで素直に、愚直に答えてしまうあたり、オウカという人物が伺える。
「まったくあなたという人は……。
分かりました。ではオウカのギルド登録はこちらから提示する条件をクリアしてから正式に採用しましょう」
「条件?」
「ええ、これでも私はギルドの職員です。あなたが死なないように、その適正を確認させていただきます」
イリアはそう言うと「ちょっと待ってくださいね」と席を離れ、壁に設置している通信機で誰かと連絡を取りだした。
オウカは会ったときとは大きく雰囲気の変わったイリアを見ながら、これからどんな条件を出されるのか思案していた。
正直なところ、オウカは初めの頃、そこまでイリアと関わるつもりはなかったのだ。
世界にはまだ多くの『種』が存在し、その猛威を振るっている。
この都市はその一つに過ぎず、すぐに破壊して、新しい場所へ向かおうと思っていた。
だが平和だと思っていたこの都市も色々とあるようだ。
(――少しばかり様子を見てみるか)
オウカがそう思考を終えると同時に、イリアの方も通話先と話がついたようで戻ってきた。
「お待たせしました。こちらからオウカさんに提示する条件とは、ダブルスを組んで一つの依頼を達成していただくことです」
シングルは一人のこと。ダブルスは文字通り、二人のことを表す。
「しかし、俺にはまだこの都市の知り合いはいないんだが」
「はい、それも承知してます。何せオウカですからね」
何だか納得できないことで、イリアは予測していたようだ。
「そこで私の知り合いの開拓者を紹介します。
先方には既にこちらから連絡を取り、了承をいただきましたので心配しないでください」
そういうイリアの表情はどこか楽しそうで、それを見たオウカも深く考えずに了承した。
「分かった。そういうことなら早速行動したいんだが、今からでも大丈夫か?」
「もちろんです。相手は門で待っているはずなので、そちらに向かってください」
オウカは頷くと、パートナーの特徴などを確認しようとしたが、イリアはいじめっ子のような笑みを浮かべて意味深に言った。
「オウカが探さなくても、相手の子がきっと見つけて声をかけてくれます。
ですから、分かりやすいように目印をお渡ししますね」
イリアが机の中で何やら探しだして、目的の物が見つかったのか、その笑みは更に輝きを増した。
それと同時に、その目印を受け取ったオウカの表情は反比例するように暗くなったという――閑話休題。