第十三話 協同作戦④
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
時間は少し遡る――
オウカたちが地下道にて地上への出入口を目指している最中、シィーアたちも地上から五番出入口を目指していた。
鬱蒼と生い茂る背の高い草を踏みしめながら、おやっさんことバージェンズ・オオギは辟易していた。
本当であれば道中隣にいるシィーアと色々話をしたいと思っていたのだが、先程からタイミング悪く襲いかかってくる魔物の所為で会話が上手く成り立っていない。
「っクソ! 俺に何か恨みでもあんのかッ。……で、だなシィの字」
「ほれ、前方三時の方向から魔物じゃぞ」
「ああッ、この野郎空気読みやがれッ」
巨大な身体から繰り出される打撃に成す術なく退場させられる魔物たち。苛立ちは自分で思っているよりも蓄積しているようだ。
別におやっさんがシィーアに恋愛感情を抱いているとかそういう訳ではなく、単に彼女の能力について詳しく知りたかっただけなのだ。
オウカ戦もおやっさんの度肝を抜くには十分な能力だったが、封印区域に入ってからのシィーアの能力はそれを上回る汎用性を見せ、彼にとっては驚きの連続であった。
一職人として創作意欲を感化されっぱなしのおやっさんとしては、この移動中に是非とも詳しく話を聞きたかったのである。
尤もおやっさんがシィーアとの会話を望んだ理由はそれだけではない。少しでもオウカたちを救うに必要な英気を溜めておきたかったのだ。
昔からの常連であるミレットは当たり前に、シィーアと同じく出会ってまだ間もないオウカの心配もしている。
現に彼女の気配察知によってオウカたちが五番出入口へと向かっている事は確認済みであり、現在おやっさんたちが最短ルートで歩を進めているのがいい証拠である。
ただネガティブな感情のままでは、心身ともに十全な状態で戦う事が出来ないのは道理。それが分からないような青臭さは、おやっさんやシィーアにもなかった。
おやっさんの場合はこれまで生きてきた経験によるもので、シィーアの場合は一時的に動揺はしたものの、元々育ってきた環境の影響から精神を立て直していた。
急いては事を仕損じるという言葉があるように、自分や仲間が危地に追い込まれている時ほど冷静に行動しなくてはならない。
もし実力以上の事を求めるのであれば、個々に万全の状態で挑まなくては望まぬ結果が待っている。
しかし、だからと言って引ける状況ではない。それはおやっさんにも、そしてシィーアにも分かっている事だ。きっとこの行動が結果として、更なる不遇に見舞われる事になろうとも彼らは進むしかないのだ。
ブルドオムス警備隊に助けを呼ぶといった方法もあったが、どうしても時間が掛かってしまう。その間に何かが起きてしまっては、二人とも悔やむに悔やみきれないだろう。
故に、進む。魔物が襲いかかろうが蹴散らし、目の前を塞ぐ樹木があれば薙ぎ倒す。そうして限られた時間で彼らは確実に突き進む。
「しかし、ここはもうシンフルベアの縄張り近くじゃろ? どうしてこうも他の魔物が出てくるのじゃ?」
「さぁな。ただ最近、封印区域の様子がおかしいってのは確かだろうぜ」
おやっさんの回答に、シィーアは不快気に鼻を鳴らした。
彼女の索敵能力のお蔭でここまでの道すがら魔物からの不意打ちを受ける事もなく順調に進んでいるのだが、この遭遇率は異様だった。
主立っておやっさんが接近してきた魔物を対処、そして中距離はシィーアが担当する形で今のところ大した問題も起きていない。
シィーアの言う通り、シンフルベアの縄張りに入っている影響からか崩落場所よりも魔物との遭遇率は減っているが皆無ではない。
通常は魔物同士の縄張り争いで他の魔物がその領域に出現する事もあるのだが、シンフルベアの縄張りにまで見かけるのはあからさまに異常であった。
シンフルベアはこのブルドオムスの封印区域において上位の魔物である。それも地上で危険度を挙げるのであれば、一二を争う魔物だ。戦力的にもそうだが、生存本能から格下の魔物は近付かないはずなのだ。
(この状況もそうだが、問題は……)
本来地下道に生息するスローノッカーが地上に出てきている時点で、何かが少しずつ壊れ始めているのをおやっさんは感じ取っていた。
一体この封印区域に何が起きているのか。それが分からなければ、いくら上位開拓者であろうとも対策を打つことが出来ないだろう。
無事にオウカたちと合流出来たら真っ先にギルドへ報告すべきだと、おやっさんは一時的に思考をまとめた。
「でだ、シィの字。その能力どこまで発揮出来るんだ?」
「どこまでとは?」
答えながらもシィーアは自分の背の高さもある草の一部を抜き取り、後方へ向けて投擲した。おやっさんが振り返ると、そこには全身を草で貫かれた魔物がゆっくりと倒れて黒煙を噴き出している姿だった。草を投擲する際に硬質化させたらしい。
「やっぱ凄ぇな。使いようによっては無敵じゃねぇか」
「ふん、箱庭の女王など興味もないわ」
「ん? 何か言ったか?」
「気にするでない、独り言じゃ。それよりも能力じゃったか、シィーアが知り得る植物であればこの地限定で全て発現出来る。主に比べれば、それくらいのものじゃな」
「それくらいって、お前さんなぁ……」
シィーアの語る内容にも驚きだったが、それを自慢にしないのにもおやっさんは呆れてしまった。
何故シィーアはオウカという兄に対して、ああも自分を下に見るのだろうか。そして実の兄を『主』と呼ぶ事に、おやっさんはシィーアの将来が心配でならなかった。
確かにオウカの身体能力は並外れており、その身体に見合った知能とギフトを兼ね備えている。あと四日前の戦いで見せたあの蒼い光も気になるが、それだけだ。
言い方は悪いかもしれないが、それだけなのだ。開拓者として彼以上の者は存在する。開拓者の中でも百人に、いや千人に一人の逸材かもしれないが、そんなものはこの都市にもいる。
ゴルディエス・ハーグラン――おやっさんがまだ開拓者だった頃、代々ブルドオムスの守護者として立っていたハーグラン家の中でも際立った才覚を見せていた。
まだ二十代になったばかりの小僧が、だ。
しかしその事を感謝こそすれ、嫉妬や敵意と言う感情はなかった。何故なら彼は、その類稀なる力を全てこの都市を守る事に捧げているのだから。
おやっさんが開拓者を辞めた時も、ハーグランは守護者たらんとしていた。
人々は語る――『単独防衛』の二つ名を持つハーグランは封印区域に入らず、門にて全てを終わらせる――と。
これはブルドオムスの住民が理解している事だ。
開拓者として登録していながら、決して彼は封印区域に入ることがないのは、この都市を守るため。あらゆる不測の事態を想定して、この都市だけを守る。そのために生まれ、生きてきた男なのだ。
だからおやっさんは――オオギは思う。
オウカは、あの愚直な奴に似ている。
ハーグランが盾であれば、オウカは剣だ。彼もそうあろうとしている。尤もハーグランに比べれば精神面で劣っているのは否めない。
だが、シィーアは違う。彼女は大凡十代とは思えない精神を宿しており、能力は攻防どちらにも華がある。
初めは彼女の所有する能力にしか興味がなかった。何せ初めて見聞きする能力だ。対象物を操るギフトならギルドでも購入する事が可能だが、シィーアのように植物を自在に生みだし操るギフトなぞ、ギルドの登録リストにも載っていない。
故におやっさんはシィーアの能力を、ただのギフトとは呼ばない。この力は彼女だけに許されたものだからこそ、意味がある。
オウカたちが開拓者千人に一人の逸材だとしたら、シィーアは全開拓者の中で一人しかいない天才とさえ、おやっさんは思っている。
(その彼女の能力に制限がなくなれば、きっと――)
「オオギ、これを食せ」
自我無く思考に耽っていたおやっさんの目線の位置に、突如として青色の果実が飛び込む。慌てて受け取るとシィーアが投げたらしく、彼が食べるのを待っているのか、じっとおやっさんの顔を見続けていた。
「別に腹は減ってねぇぞ」
「いいから、食せ」
真剣な瞳で返された言葉に、おやっさんはその青い果実を口に含む。
さっぱりとしていて、清涼感のある風味に身体の芯で滞っていた熱量が引くのが分かる。気づけばいつの間にか完食していた事に自分でも驚いた。
「落ち着いたか?」
シィーアの発した内容が意味する事を、彼は瞬時に悟った。
また、羨望で『鬼化』してしまったのだ。
前回の反省を活かしきれない事に苛立ちを隠し切れない様子で、おやっさんは篭手越しに拳を強く握り締めていた。
「すまねぇな。また俺は……」
「よい、お主は仲間じゃろ。先程はシィーアが助けられたのじゃ、気にするな。特にオオギのギフトは感情の起伏に影響しやすいと聞く。それを今まで上手く付き合ってきた事に自信を持ってよいと思うぞ」
年齢とは不釣合に大人びた少女の言葉は、おやっさんの耳に心地よく響いた。
これが赤の他人やただの同業者であれば、きっとそのまま受け取る事はなかっただろう。
しかし、この少女の言葉には何か深いモノを感じるのだ。自分でも気のせいだとは思うが、例えるのであれば数百年生きた者が含蓄のある話をしてくれている、そんな懐の深さを。
「あと一つ言っておくが、主の力があれだけとは思わぬ事じゃ。主はあれでいて繊細な若者だからのぅ、その特異な力の使いどころに迷いがあるのじゃ。今後もシィーアたちと歩みを共にするのであれば、お主も目にする機会が訪れるであろうよ」
シィーアの意味深な話し方におやっさんは尋ね返そうとするが、当の本人はそのままスタスタとまるで自分の庭でも散歩するかのように先に進んでいた。
あれから三十分ほど歩いただろうか。おやっさんたちが五番出入口へ向かっている途中、シィーアがふと何かに気づいた様子で彼をとある場所へと案内した。
「へぇ、スポットか。よくこんな場所見つけたな。これも気配ってヤツで分かったのか?」
彼らが訪れたのは、この封印区域でも非常に珍しい場所であった。
通称「スポット」と呼ばれるその場所は普段の陰鬱なイメージと異なり、陽の当たるのどかな雰囲気の漂う憩いの地である。
スポットでは魔物が出現する確率はかなり低く、もし出てきたとしても敵意を持たぬ魔物がふらっと現れて、狂気を忘れて休息を楽しむのみの非戦闘地帯であった。
開拓者たちにとってもこの領域は有難いものであり、暗黙の了解としてこの地に訪れる魔物を余程の事がない限り見過ごす事にしていた。
またこのスポットは数少ない優良地である。開拓者にも知られておらず、知る者は魔物のみ。つまり人の手が加えられていない純粋な自然の生気が満ち溢れていた。
「何、ただ懐かしくなってのぅ。どのみち五番出入口というのはこの先じゃろ? シィーアたちも休息は必要じゃ」
「まぁそうだが、お前さんはここに来る事自体が初めてだろ? それとも今日までの間に一度訪れた事あんのか?」
おやっさんがそう思うのも無理はない。
彼は未だにシィーアが人間だと思っているのだから。
「細かい事を気にするでない。それよりも英気を養うためにも、ここいらで食事をせぬか? と言うても、シィーアが生み出せるのは果実や野菜くらいしかないがのぅ」
おやっさんから向けられる疑惑の視線を無視して、シィーアは地面にしゃがみこむと両手をおもむろに突き刺した。
ぎょっとする彼を余所にシィーアは立ち上がると、その勢いで抜かれた手には若干の土がついているくらいで、それ以外の変化はなかった。
「一体何をしたんだ?」
「じゃから食事の準備じゃよ。ほれ、あれを見てみぃ」
「は?」
シィーアが指し示す先を見ると、そこには小さな菜園があった。
明確に分類する上で菜園と呼ぶにはおこがましいのかもしれないが、それに近いモノが出来上がっていた。
トマト。きゅうり。そして果実といった様々な種類の食物が無造作に生えている。
先程全体を見渡した時にはなかった光景が突如として現れた事に、おやっさんは開いた口が塞がらない様子でいた。
「何をぼうっとしておるのじゃ。先も食したであろうに」
「いや、そうだけどよ。ここまで自在に能力を使えるってのは予想以上って言うか、天井知らずって言うか……」
一つや二つならばまだ分かるが、力を使い面ごと変えてしまうのは驚愕するに足る行為である。
それを苦もなくやってのけるシィーアは、やはり只者ではないのだろう。
戦闘に特化した能力だと思っていたが、植物に関して万能なのかもしれない。
おやっさんは菜園に成っているトマトを一つ取ると、一口かぶりついた。
「美味ぇ……っ。今まで食ったトマトとは比べものにならねぇな。毎日でも食いたいくらいだぜ。
待てよ、これなら商売にもなるんじゃねぇのか。おい、もしシィの字が店を出してぇってんなら、『アタック&ガード』が全面バックアップするぜ?」
商売根性丸出しのおやっさんにシィーアは苦笑しながら、手を左右に振った。
「それも良いかもしれんが、今は主たちとの合流が先じゃ。ほれもっと食して栄養と英気を養うがよい」
おやっさんは「考えておいてくれよ」と言うと、トマトに続いてキュウリや他の野菜に手を伸ばしていた。
どうやらお気に召したようだ。
シィーア自身も青々と輝くキュウリをカリッと齧ると満足そうに頷いて、視線を地面へと向けた。
地下にいるオウカたちの安否と今頃空腹になっていないか、それが心配だった。
いつも読んでいただいている皆様、そして初めてここまで一気に読んでいただいた皆様、誠にありがとうございます。
最近の更新が遅くなっており、誠に申し訳ございません。
文章や構成というのもあるのですが、私生活に於いて現在バタバタとしておりまして、皆様にはご迷惑をお掛けしております。
(クリスマス……? なんでしょう? 異国の言葉、ですか?)
今後も一区切りが着くまで更新が少し遅れるかもしれませんが、どうか飽きずに読んでいただければと願っております。
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