第十二話 協同作戦③
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
「ここは……」
オウカが目を覚ましたのは、薄暗い場所だった。まったく見えないという訳ではなく、壁の至る所に薄く発光するモノがあるお陰で自分の周囲を確認する事が出来た。
どうやら地面に横になっているらしい。背中越しに感じる固い岩の感触がそれを教えてくれた。
しかし何故、自分がこんな場所で横になっているのかが分からない。
「――ぐぅッ」
身体を起こそうとして、左腕に走る痛みに思わず声が出てしまう。
そっと上半身を起こし、痛みのする箇所を覗き見ると、そこには包帯での応急処置が施されていた。
「これは……」
オウカが包帯に触れようかとしていると、少し離れた場所から足音が聞こえた。
反射的に身構えてしまったが、よく知っている気配だったため、構えを解くと同時に思い出した。
左腕の痛みやここがどこなのかという事など忘れ、オウカはこちらに向かってくる人物の元へと駆け寄った。
「ダメじゃない、まだじっとしてないと――」
「ミレット、怪我はないか!?」
顔を真っ青にして心配するオウカにミレットは目をパチクリとさせると、不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「見て分からない? オウカのお陰で無事よ」
「そっか、良かった……」
「ええ、ホントに良かった。でもその代わり、怪我を負ったどっかの誰かさんもいるみたいだけど」
「……」
「……」
「……あ~……ミレット?」
「何よ?」
「ひょっとして、怒ってんのか?」
棘の付いた言葉で切り返されたオウカは、何故ミレットが機嫌を悪くしているのか分からず、彼女に尋ねたのだがそれが非常に拙い事だったのだと直後に気付いた。
まるで猫が威嚇、もしくは怒り狂うように髪が逆立ったミレットはオウカの胸倉を掴むと、茫然とする愚か者に向かって静かに怒りを爆発させた。
「ええ、ええ、わたしは怒っている。それも自覚しているし、否定するつもりもないよ。だけどね、何でわたしが怒っているか、オウカに分からないのが更にムカつく。多分、今のオウカじゃ分からないだろうから答えを言うとね。わたしの事を、ホントの仲間として扱ってくれないからよ。
何でわたしだけ無傷で、オウカは傷を負っているの? わたし、あなたがそんなに傷だらけになってまで守らないと死んでしまいそう? あの訓練は、何の意味もないものだったの?
……言ったよね。わたしは、動けるお荷物だって。それに見合う動きはするし、どうにもならない時は助けを呼ぶって。何で……勝手に守るのよ。何で、仲間なのに信用してくれないのよ……」
言い終わったミレットはオウカに顔が見えないように彼の胸に頭を預けると、最後に一言、「ばか……」と小さく呟いた。
ミレットの言う通り、助けを求められての行動ではなかった。
だが、あの時はあれが一番最善の行動だと思った。何より、頭で考えるよりも早く、身体が動いていたのだから。
例え何度あのような危機的状況に追い込まれたとしても、自分はミレットを助けるために動くのだと己自身に誓ったのだ。
それはオウカが過ごしてきた十八年という短い人生で、片手で数えられる程の誓いの一つなれど、その少なさ故に決して破る事はない。
「すまない。だけど俺は――」
「違う、謝って欲しくていった訳じゃないの。ただオウカに、わたしが何に怒っているのか、何を考えているのか。それを知って欲しかっただけ……。じゃないと、ずっと気を遣い合うのって疲れるでしょ? お互いに」
「――そうだな。なら俺も自分のタイミングでミレットを助けるから、必要なければ言ってくれ。じゃないと、気付いたら助けた後になってるかもしれないしな」
「分かった。その時は全力で拒否出来るように頑張る」
「おい、即答かよ」
「……」
「……」
「ふふ」
「はは」
堅苦しい話はお終いとばかりにミレットはオウカから離れると、顔を見られるのが嫌なのかくるっと背中を向けた。
互いの主張を尊重し合うというのは難しい。それも無言で意志の疎通が出来るなんてのは、何処かの御伽噺にでも出てくる架空の人物しか想像出来ない。
だけど、とオウカは思う。
(もしこの先、ミレットとそんな風に分かり合えたら、良い意味で喧嘩が絶えなさそうだな)
そんな今は空想ともいえる事をいつの日か叶えられたら、きっと退屈なんて言葉すら思い出すのに時間がかかりそうだと、頬を押さえているミレットを見て、そう思った。
「なるほど、ここが地下道か。イメージしていた場所と少し違ったみたいだな」
オウカは辺りを物珍しそうに見回していた。
「イメージと違うって、どんな感じに?」
「いや、地上は木が多かったから、もっと全体的にジメジメしてんじゃないかと思ってた」
オウカの言うように、地上での雨水に対して森林のある場所ではその土壌に間隙を有しており、この場所が一時的に貯水の役割を担っている。また間隙は様々な太さで土壌の中を多方向に駆け巡っている事から、雨水が木々の根による吸水や自然蒸発などを経て、徐々に下方へと流動してゆくシステムになっていた。
もし木々がなかった場合、数時間の雨でも土砂崩れや洪水などの災害が発生する可能性が大きく跳ね上がり、人類にとって十分な脅威となり得る。
ブルドオムスの封印区域は分かり易く、『森林』の名を授かっている。通常であれば彼の予想通り、無数の巨木が根ざすこの地下道では湿った空気が漂っているはずなのだが、どういう訳か地上の湿度と大差ない気がする。
「へぇ、オウカって博識だよね。どこでそういう知識を身につけたの?」
「ん? まぁ、子供の頃にな。昔は内気でずっと本ばかり読んでいたのさ」
「……オウカが内気? ごめん、想像もつかない」
ミレットは遠慮なしで突っ込みを入れるが、オウカは軽く笑って受け流した。あまりこの会話を掘り下げたくないのが、その仕草から分かった。
おっほん、と咳払いをしたミレットは先程のオウカの疑問に答える事にした。
「オウカの想像通りでそういった場所もあるけど、わたしたちが落ちた場所からは結構離れているかな。水源があるのはもっと地下深く――『種』がある場所だよ」
正直な話、何故その場所以外に水源がないのかはミレットにも分からないらしく、それを解明するための調査隊も上位開拓者専用の依頼にあるとの事だった。
この都市に住む彼女が言うのだから、ここで解明出来る謎ではないのだろう。そうオウカは思考の区切りをつけた。
残るのは最大の問題点である地上へ戻る事と、はぐれてしまったシィーアたちとの合流である。
「しかし、ここがどこだか分かればいいんだが……」
思案しながらオウカはシィーアたちの気配を探ろうとするが、上手く感じ取れない。
何か巨大な生物の体内に入り込んでしまったような不快さが、オウカの超感覚を鈍らせる。それは神経を鋭敏にさせる程、不快感はより鮮明なものとなってゆき、オウカの表情を曇らせた。
「もしもし、オウカさん。わたしが開拓者の先輩だって事、忘れておりませんか?」
そんなオウカを見て、単純に道が分からなくて困っていると思ったミレットは呆れた様子で声を掛けた。
「さっきわたしが単独で動いていたのは、現在の位置を確認するため。何年この封印区域で開拓者をやってると思ってんのよ。地下道についてもある程度のルートは覚えているから、もうここがどこだか分かってるって」
「さすがミレット、頼りになるな」
何やらお姉さんっぽく言うミレットに苦笑しながら、オウカは褒めた。
オウカやシィーアに比べると、この封印区域でのミレットの経験は膨大なものとなる。そのアドバンテージはまさにオウカにはない強みとして、この危機的状況でも発揮されていた。
これ以上気配を探っても収穫なしと判断したオウカは、素直にミレットにこの場所から出口までの最短ルートを聞いた。
「ここからだと五番出入口が一番近いかな。歩いていけば大体三時間くらいの場所なんだけど、皮肉な事に出入口の近くにシンフルベアの縄張りがあるんだよね」
「確かに皮肉だな」
おやっさんのいない状態でシンフルベアと戦っても、今回の依頼の目的である素材収集は不可能となっている。魔物は討伐されれば結晶となる。それが開拓者共通の認識。
シンフルベア自体、高位の魔物として登録されているので討伐後の結晶は高額となるのだが、襲ってくるならまだしも、無差別で殺傷するつもりはオウカやミレットにもなかった。
二重の意味でシンフルベアとは遭遇したくない――それが二人の出した答え。
「そこら辺は臨機応変に対処するしかないな。それより、五番出入口はどっちにあるんだ?」
オウカの質問に、ミレットは後ろに続く長いルートを指差した。
「この先を進めば着くよ」
「すると反対側はまた地下に下りるルートって事か……」
「違う違う。そっちもちゃんと出入口があったんだけど、あの崩落で行き止まりになっちゃったから。今回はこっちのルートを進むの。
あ、そうだ。良い機会だから覚えておいて。今後、オウカも封印区域で変わった事や気になる現象を見つけたら、その日の内にギルドに報告する事。もし怠ったら、後で面倒だからねっ」
ミレットは後方に向けていた指をびしっと胸元で立て、空いた手は腰にやるなどポーズまで決めていた。どうやらお姉さんらしく振舞うのが気に入ったらしい。
しかし、オウカはミレットのこの明るさがどこか無理をしている事も分かった。少しの付き合いとはいえ、この数日彼女と一緒に過ごしてそれくらいは理解出来るようになった。
「了解、覚えておく」
結局、オウカは気の利いた事も言えずにそれだけ答えた。
他人に自分の本性を曝け出せない奴が、一体どの面をして心の深くに踏み込もうというのか。
目には見えない広大で奈落の溝がミレットと自分の間に幻視される。いくら力を振り絞ろうとも埋まらない溝であれば、それは越えてはならないものだとオウカは諦めた。
オウカは知らない内に握り込んでいた拳を背中に回し、ミレットに気付かれないようにそっと開くのであった。
地下道ではミレットを先導にして複数あるルートを進んでゆく。
無言で進むのも何なので、話題として周囲を仄かに照らす光についてミレットはオウカに説明した。
その正体は発光体を持つ苔。何よりオウカが驚いたのは、この苔自体も実は魔物の一種だと言う事。尤もこの苔には他の魔物のように、自主的に攻撃を仕掛ける事はないらしいが、地下道で不幸にも亡くなってしまった開拓者などに寄生して、自らの養分にしているといった話も出てくる事から、見ていてあまり気持ちの良いものではないという事は理解出来たみたいだ。
また昔は開拓者の視界確保のために光石――ギフトの一つである『光』を封じ込めた鉱物――をいくつか設置していたのだが、魔物による破壊や無作法な開拓者たちによって盗難の被害にあった事から、結果としてこの施策は現在行われていないといった裏話もミレットは知っている限り話した。
現在の光量からして十分とは言いがたいが、それでも暗闇よりはまだマシとの事で開拓者の多くも納得している。それでも光を求める開拓者には、ギルドから『光レンタル』といった形式で光石の貸し出しを行っている。
知らない情報と言うものはそれだけで価値があり、同時に無償で教えてくれるミレットにオウカは頭が上がらない様子であった。
「いや、本当にミレットは物知りだな。魔物の事もそうだけど、封印区域についてかなり学が深い」
「いや~、それ程でもないよぉ。ここで生まれたわたしにとっては常識だよ、常識っ」
まんざらでもない様子でミレットは、にへらと表情を崩していた。
オウカたちと普段一緒に行動していると、自然と自分の立場は守られる側になってしまう事にミレットは悩んでいた。
元々所属しているパーティでは実力が僅差の者が多い事から、自然と互いに助け合う関係が成立しているのだが、オウカやシィーアのように常人とは異なる力を持つ彼らにとって”わたし“という存在はお荷物に過ぎないとミレットは捉えていた。
しかし、オウカも知らない封印区域の情報に関しては違う。
(わたしも、このパーティの一員なんだ……)
卑屈かもしれないが、こういった機会がない限り、自分の役割というものが形を持たないおぼろげなモノに思えて仕方がない。
だからこそ、ここで役に立たないと本当の意味でお荷物になってしまう。
ミレットにとって、それは一番恐ろしい事。
落ち込んでゆく暗い気持ちを払拭するように、ミレットはオウカに崩落後の事を話題に挙げた。
「でもわたしたちも幸運だよね。あの崩落で二人とも無事なんだからさ。目が覚めた時に一面岩盤や木々が飛び込んできたのは焦ったけど、運良くドーム状になってて助かったよ」
スローノッカーの特殊能力と自爆によって奈落の底に落ちる時、ミレットは恐怖で押し潰されそうだった。それでも心が壊れなかったのは、オウカが守ると言ってくれたからである。口では自分を守ってくれといっても、普段は守られる事に己の無力さを痛感させられるのであまり望ましくなかったが、その時だけは不思議と心が安らいだ。
傷を負いながらも人の事を心配するオウカを見て、このお人好しとも思ったけれど、嘘偽りなく言えば、嬉しかった。そしてもし、ここで死ぬ事になっても納得出来る気がした。
それが目を覚ましてみれば、五体満足で生きていたのだ。ミレットは先の言葉で言ったように、まず生きている事を喜んだかというとそうではない。
意識を覚醒させてまず行ったのは、オウカの安否の確認であった。
暗闇で上手く視界が確保出来ない場所で彼を、オウカを探した。出来る事なら声を張り上げて彼の生存を確かめたかったが、ここは封印区域である。常に死と隣り合わせの場所なのだ。
ミレットは逸る気持ちを殺して、慎重に手探りでオウカを探した。そして自分の指先に何かが触れた瞬間、彼だと気付いた。理由など、ない。ただ触れた指先から伝わる温もりで、オウカだと気付いたのだ。
それから思い出したように『解析』を発動して、周りの状況を知った。ミレットたちの周囲はどれだけの幸運が働いたのか、彼女らを避けるかの如く半円状に崩落した際の瓦礫が積み重なっていた。
そして『解析』を通じてミレットの驚きは深まった。周囲を覆う瓦礫の数々の多くは、その断面を覗かせていたのだ。
――まるでその空間だけを、刃物で切り取ったかのように。
茫然と眺めていたのも数秒で、ミレットはこの場所から抜け出せる隙間がないか探した。自分を庇った結果、彼は怪我を負っている。あれからどれくらいの時間が経過したのか正確な事は分からないが、安全な場所で適切な処置が必要である事に変わりない。
結論から言うと、隙間はあった。しかもご丁寧に人が立った状態で出入り出来るくらいの大きさで、だ。
オウカやシィーアみたいに魔物の気配を探る事は出来ないが、ミレットは『解析』のギフトを限りなく広範囲に当てて安全を確認すると、気絶したままのオウカを外へと運び出した。
崩落場所から十分に距離を取り、改めてミレットはオウカを見る。浅い呼吸だが、左腕意外は損傷はないらしく、出血も大分治まってきているようだ。
オウカの身体能力の高さに驚きを覚えながらも、ミレットは救命道具セットを取り出すと、迅速を心掛けて左腕に応急処置を施したのだった。
そして現在、オウカはミレットの目の前で怪我の事など忘れたかのように普段通りに歩いて、彼女の話を聞いている。
「でも、ホントあれは何だったんだろうね。普通、あんな風に瓦礫が積み上がる事なんてあるのかな……。オウカはどう思う?」
「運が良かった。それだけだろ」
「いやいや、あれは――」
「そう言えば、礼を言うのを忘れてたな。ミレット、ありがとう」
話を遮る形で礼を言うオウカにミレットは、釈然としない気持ちで「……どう致しまして」と述べた。
誰にでも一つや二つ話したくない事はあるだろうが、それが良い事や功績になるのであれば隠すべきではないとミレットは思っている。
きっと崩落場所での幸運は、オウカが手繰り寄せた幸運なのだ。判断材料は少ないので憶測の部分が多くなるが、気絶していたオウカの左手には信じられない程の握力でしっかりと剣が握られていたし、ミレットが気絶する間際にシィーア戦で見せたあの蒼い光が見えた気がするのだ。
開拓者として、力を有するのは正しい事である。それは非凡であればある程に望ましい。
そうでなければ、封印区域にて戦う事はおろか、生き残る事も、開拓者の最終目的である『種』の破壊も机上の空論として実を伴わない絵空事になってしまう。
だが決して、力が全てとは言っていい事ではない。そのため、強靭な開拓者には規制が働くようになっている。強大なギフトを所持している者には入会時に嘘偽りのない明記が定められており、新たにギフトを得るためには定期的な報告の義務と制限が約束させられる。
力を有する者には、相応しい立場が求められるのだ。清い心や精神ではなく、立場というのは存外間違った表現ではない。
例えば一人の人間がいて、その者は強大無比な力を持っていたとする。しかし、その者だけでは万全の環境を整える事は出来ない。もちろん生きる事は出来ようが、喜悦や享楽を謳歌する事は叶わない――ただ生きるたけである。その者が暴虐の限りを尽くすのであれば、一時的な至福を得る事が出来ようが、待っているのは死のみ。暴君となった強者は更なる強者と無数の弱者によって、当たり前に殺される。その結末を回避するために、強者には相応の立場が与えられるのだ。
――己を戒め、律し、制御出来る力であるために。
あれだけの力を持ちながら、目の前にいるオウカにはその力を表に出す事を躊躇っている節があるのだ。それが何故なのか分からない状態では自分が何と言おうとも、伝わる事がないのだろう。
だけど、これだけは伝えておきたかった。
「わたしからも、ありがとう」
「……何の事か分からないが、有難く受け取っておく」
そう言うとオウカは並んで歩いていた間隔を一歩大きく前に踏み出して、こちらから顔が見えないようにした。
褒められる事に慣れていないのか、感謝の言葉が照れ臭いのか。それはミレットにも分からなかった。
しばらく歩いていると始めにオウカ、そしてミレットの歩みは止まった。
二人は前方の暗闇を見ながら、素早く戦闘体勢に入る。
「……三体か」
「そうだね」
彼らが見詰める先には、こちらに近づいてきている三体の魔物がいた。それぞれが別種の魔物のようで、遠見では正確な姿が把握出来ない。
ただ硬質な足音が疎らに聞こえ、オウカでも気配を確認出来ないモノとなると、スローノッカーのように無機質から生まれた魔物である事は疑う余地もなかった。
「俺が先陣を切るから、ミレットは周囲の警戒をしてくれ。三秒後に出る」
「了解」
手早く指示を出すと、ミレットは周囲一体の動くものを見逃さないとばかりに目を凝らした。『解析』を一時的とはいえ、全方位に展開しているのだと分かる。
ギフトを意識して発動するのは能力者の心身に影響を及ぼすデメリットが存在するが、この地下道を抜けるのに時間を掛けていてはジリ貧状態に陥ってしまう。
ならば短期で魔物を倒し、混戦を限りなく避けておいた方が得策だろう。
ミレットの話では五番出入口まで三時間程で着くらしいが、その予測時間はあくまで魔物との戦闘やルートの変更がなかった場合だ。
今後の事を考えると無駄な戦闘は避けるべきだが、それが元で魔物からの挟撃にあったのでは目も当てられない。
地上での探索時と異なり、気配の察知出来ない状況下でオウカにも余裕はなくなっていた。
だからこそ、進行上に出会った魔物は迅速に殲滅するのが一番安全なのだ。
(……二……一……――)
音もなく地面を滑るように三体の魔物に接敵したオウカは、まず先頭を歩く岩石で構成された狼型の魔物を双剣で斬り裂いた。ガキィンという金属音が響く中、斬撃と突進の勢いで吹き飛ばされた狼型の魔物は近くにいた魔物を巻き込んで崩れ去った。
オウカの攻撃でも切断出来なかった事から、やはりこの地下道の魔物の多くは剣や槍といった刃物を有する武器に対して大きなアドバンテージがあるようだ。
それでも一般の開拓者の攻撃であれば剣による攻撃を微塵も受け付けない魔物を、たった一度の攻撃で破壊せしめたオウカの膂力と技術には目を見張るものがあった。
オウカは油断なく残りの一体へと剣を構える。針鼠と水晶を混ぜ合わせた容姿の魔物は、二メートル程もあるその身体を丸めて鋭角な針をこちらに向けていた。
スローノッカーが異能を発現した時と同じ悪寒がオウカを突き動かす。すぐさまミレットに攻撃が当たらないように移動するが、その脇を通り抜ける者がいた。
ミレットである。彼女は今にも大量の針を噴射しかかっている魔物に向けて、両手を突き出した。
「〈捕縛撃〉――ッ」
オウカが聴覚に違和感を感じると同時に、針鼠型の魔物はその動きを止めていた。
間髪入れずにミレットは、その魔物の弱点と思われる頭部に向けて掌低を放つ。
「〈衝撃最大出力〉ッ」
盛大に吹っ飛ぶ魔物から黒煙が吹き出て、最後にカランと小さな音を立てて結晶が残った。
ミレットは残心の構えを取り、短く息を吐き出す。周囲に魔物がいない事を確認すると、彼女は呆然と立ち尽くすオウカに向けて右手の人差し指と中指を立てた。
「今の戦闘で二つ言いたい事があるの。一つは地上と違って地下道の魔物は異能を持っている場合が多い事。これはスローノッカーでも分かったと思うけど、中位の魔物でも異能を使う場所によっては上位の魔物に並ぶ破壊力を生み出す事が出来るということ。
もう一つは、この地下道で生半可な攻撃は足元を掬われる要因になるから気を付けて。攻撃する時は自分の持てる最大限の攻撃か、相手が動けないように手数を増やすしかない。もし異能を使ってくる気がしたら『解析』を使って弱点を攻めるか、全力で逃げる。それだけよ」
「防御や回避は出来ないのか?」
「オウカなら出来るかもしれないけど、初めて見る魔物にそれは厳禁。さっきの針鼠型の魔物、名をクリスタルニードルって言うんだけど、あれが何をしようとしていたか分かった?」
「予想だが、あの身体中に生えた針を飛ばすんじゃないのか?」
「五十点。クリスタルニードルの異能はスローノッカーと同じで、針を飛ばすのに己自身を起爆剤にするの。これを地下道でされると、まず防御や回避が出来ても爆発音で鼓膜が破壊されてしまう。だから異能を使われる前に行動する事が大切なの」
「……だからミレットは敢えて前に出たのか」
オウカは自分の判断が間違っていた事に苦渋の表情を浮かべた。
もしあのままクリスタルニードルの攻撃を受けていたら、致命傷を避けれたかもしれないが、今後の活動に少なからぬ支障をきたしていた事は間違いないのだ。
「……うん、反省会は終わりね。今回はわたしのギフトが間に合ったけど、次からはオウカも気を付けてよ。期待してんだからっ」
と、ミレットはオウカの肩を叩いて励ました。
ただ戦う技能が高いだけでは開拓者として高みに上り詰める事は出来ないのだと、改めて実感した。
(期待、か……)
地下道での戦闘を通じて学んだオウカは、開拓者として前を走るミレットを眩しそうに見詰め返すのであった。