第十一話 協同作戦②
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
休憩所として利用した切り株からの進行は、思いの外順調に進んだ。
前回と同じく、シンフルベアに近づけば近づく程に他の魔物の姿も少なくなってくる。低位の魔物の存在は微塵も感じられない。
この封印区域では、奴らは暴君として恐れられている。それは人間だけにも止まらず、ここに棲息する他の魔物ですら例外ではない。
やはりシンフルベアから発する特有の気配や匂いなどを感じ取った魔物たちが、生存本能から距離をおいているのだろう。
現在、オウカたちはシィーアの能力を用いて創り出した茂みの中で待機していた。というのも、彼らの前方三十メートル程先にてシンフルベアが交戦中であったのをオウカが察知したからであった。
オウカの指示に従い、シィーアは自分たちの匂いを隠すために不自然にならない程の香草を周囲に展開しているので、勘付かれていないはずだ。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
咆哮を上げているのはシンフルベア八匹と戦っている魔物で、その体躯は岩、姿は巨人の様をしていた。
シンフルベアと敵対するその魔物の数は十四体。その大きさはシンフルベアよりも一回り大きく、人型によるものなのか手に岩で出来た棍棒を所持していた。
形勢はシンフルベアに有利らしく、統率のとれた動きで岩の巨人一体を相手に二匹で攻勢、残りは茨に生えた棘を伸ばして周囲を威嚇をしている。
「おいおいマジかよ、なんでこんなところにスローノッカーがいるんだ……」
「どういう事だ?」
おやっさんは訝しげな表情で魔物同士の戦いを見詰めたまま答えずにいると、ミレットが隣から教えてくれた。
「あの魔物はスローノッカーという名でギルドに登録されているんだけど、普段はこの下の地下道にいるはずなの。地上に出てくるなんて聞いた事もないよ」
「それがそんなに驚く事なのか?」
「驚くも何も、まず有り得ない事なの。魔物は縄張り意識が強いってのはオウカも知ってるでしょ? 地上の魔物は決して地下には潜らないし、反対に地下の魔物も同じく地上に上がってこないのが常識だったの。
それが今、わたしたちの目の前で破綻してしまった。ここ最近の封印区域を見て思ったけど、明らかに生態系が乱れ始めている」
ミレットはそれだけを言うと、自分の手をぎゅっと握り締めた。彼女の手が小刻みに震えているのが見て取れる。
開拓者になってまだ間もないオウカには、この状況がミレットが言う程の驚異として感じられずにいた。
というのも、別の事に意識を取られていたからでもある。
(俺は何故、スローノッカーの気配を感じ取れなかった……)
周囲に生息する魔物の気配は感じ取っていた――そう思っていた。
だからシンフルベアが何かと交戦中であると察知する事が出来たのだ。
現に離れた場所で、シンフルベアとが雌雄を決するために戦っているのだが、肝心の気配が認識出来ない。
「……シィーアの気のせいかもしれんが、あの魔物の気配が感じられんのじゃ。主はどうか?」
シンフルベアの元女王であるシィーアは、オウカと同じ違和感に襲われていた様子で、真剣な表情でオウカを見上げた。
「シィーアもか……。何故、あの魔物からは気配が感じられないんだ――」
「それは、たぶんスローノッカーが生物じゃないからだよ」
ミレットの意外な答えにオウカとシィーアは振り返った。
「生物じゃないって、あれは魔物だろ? 生きているように見えるが、そうじゃないのか?」
「魔物って言っても種類は様々で、スローノッカーは無機物で身体を構成してんのね。だから、オウカたちのように魔物から気配を感じる事が出来たとしても、たぶんそれは生命力を持つ有機物のみに限られるんだと思うの。
この下にある地下道では、無機物の魔物が知られているだけでも十種類以上いるし、そのどれもが厄介な異能を持っているんだよね。まぁ、開拓者全員の目的である『種』の破壊には必ず通らなければいけない場所だから、オウカの言う気配が感じられないとなると、正直言って今後は不意打ちも考えられるかも」
確かにミレットの言う通り、オウカやシィーアは生物の生まれ持つ生命力を感じ取っていた。だが、スローノッカーなど無機物の魔物が今後相手になるとしたら今までのようにはいかないだろう。
意外な落とし穴がここで露呈された形となったが、悪い事ばかりではない。むしろ地下道に入る前に知る事が出来て助かったとも言える。
今回もそうだが、何かを成そうとするのであれば相応の知識が必要となる。無知で挑む事は、無謀を通り越して愚劣の行為以外の何物でもない。
「はぁぁぁぁ……お前さんたちはここが何処だか分かってんのか? 暢気にお話している場合じゃねぇだろ。見ろよ、もうそろそろ決着がつきそうだぜ」
おやっさんが呆れるのも無理はない話だ。封印区域内部で、しかも魔物が近くにいるのに会話に夢中になるのは非常識にも程がある。
オウカは乱戦の場に再び視線を戻すと、十四体いたスローノッカーはその数を五体まで減らしていた。
対するシンフルベアの数は変わらず、八匹とも健在である。それぞれ多少の傷はあるものの戦意を失っていない。それどころか、周りに漂う血の匂いに中てられて獰猛さが増していた。
シンフルベアに囲まれたスローノッカーの一体が、何を思ったのか己自身の胸に棍棒を叩き付けた。ガンッと固い音が鳴ると、それを皮切りに残りの四体も倣って己の胸を手や武器で叩き出す。
動物が行うドラミングなどと同じく威嚇の一種かとオウカが戸惑っていると、ミレットとおやっさんの顔色が変わった。
「あれってもしかして――」
「ああ、逃げた方がいいかもしれんな」
と二人が言った瞬間、地面が縦に揺れ出した。余震等感じさせない突発的な地殻振動に、周囲の巨大な木々が大きく軋みを上げる。
突然の揺れに足を捕られそうになる中、オウカは見た。
スローノッカーがドラミングをしている場所から放射状に大地に亀裂が入り、その亀裂がオウカたちを通り越すのを。
直後、緑で覆われた大地が隆起と沈下を起こしながら、崩落現象が発生する。
「おわッ!」
「きゃッ」
襲い来る浮遊感に堪らず出てしまったのか、驚愕と小さな悲鳴が聞こえた。
血液が持ち上がる感覚を無視して、オウカは『高速思考』と『俊敏』を発動させると、隣にいるミレットを抱える。俗に言う、お姫様抱っこである。
「ちょ、ちょっとオウカ――あっ!」
こんな状況でも真っ赤になって抗議する彼女を無視すると、素早くシィーアに指示を飛ばした。
「俺はミレットを、シィーアはおやっさんをフォローしてくれッ!」
「了承した!」
落雷にも似た轟音の響く中で、崩れ落ちてゆく大地を足場に上へ上へと駆け上がる。後ろからシィーアたちがついてきているのを気配で感じる。
だがミレットを抱えている状態では彼女に負担が掛かるため、雷速の領域まで入る事が出来ない。
しかし、自由落下速度よりもオウカたちの上昇速度の方が勝っている分だけ、助かる見込みはある。
あと少しというところで、崩落に巻き込まれた巨木が頭上から押し寄せてくる。
予め意図的に発動していた『高速思考』の効果によって、オウカは自分以外の時間がゆっくりと流れる様を注視していた。
何かこの巨木を回避出来るルートがないかと探したが、もう近くの足場は脆くなっているものしかなく、二人分の重さには耐えられないだろうと判断した。
(それなら――ッ)
右手でミレットをしっかりと支えながら、オウカは左手で剣を抜き出した。
そして迫り来る視界一杯に広がった葉や枝を文字通りに斬り開くと、真っ直ぐに伸びる幹を一気に駆け抜ける。
落下前までいた位置に戻ったオウカは、安堵よりも首筋にチリッとした焼けるような感覚を覚えた。空中で嫌な予感がする方向を見ると、そこには崩落の中心に柱の如く聳え立つ僅かばかりの大地と、その上に五体の魔物が立っているのが確認出来た。
離れていても分かるくらいに、岩で構成された体躯を膨張させているスローノッカーたち。
自分の予感を信じて、後続するシィーアに危険を知らせようとしたが、一足遅かった。
刹那、爆散したスローノッカーの破片が凶器となって無差別に飛び散る。
弾幕という表現も弱い部類に入る程の乱れ狂う岩の津波に、オウカは剣を突き出した。
「破ぁああああああああああああああああああああああああああああッ!」
片手だけを雷速で動かして、飛来する石礫を正確無比に一つ一つ砕き、逸らし、弾いていく。
――しかしそれでも、死角は存在する。
石礫同士がぶつかり合い、乱反射する空間で死角となるのは意外にも剣を持つ左側であった。
いや、意外でもないのかもしれない。
オウカは、ミレットを抱えている自身の右側を重点的に防護していたのだから。
左肩をかする程度の傷では動きに支障のなかった彼の剣捌きも、二度三度と回数を重ねる毎に鈍くなってくる。
「オウカッ!」
ミレットにはオウカの放つ剣筋を見る事が適わなかったが、目の前の状況と自身の顔に付着する温かくて水気を帯びたものが何かくらいは理解出来たのだ。
「あなた怪我をして――」
「すまない、ミレット。少しの間暗いかもしれないけど、必ず俺が守るから」
そう言うとオウカは、最後の力を振り絞って脅威となる眼前の大岩を斬り払う。その反動は足場のない空中にいる彼らにとって、落下の加速を促すものでしかなかった。
空ろな口をぽっかりと開けた巨大な穴が二人を丸ごと呑み込む瞬間、オウカは巨木の上でシィーアが防護のために張っていた茨の一束をこちらに向けて伸ばすのを見た。
彼女は何かを叫んでいるようだったが、この轟音の中では聞き取る事は不可能である。
それでもオウカは落ちゆく中で、微笑んだ。
シィーアの事だから無事でいられると思っていたが、自分よりも賢く、そしておやっさんも守れる手段で対処してくれていたのが、純粋に誇らしかった。
それに比べて自分は他人の眼が気になってしまい、実力を出し切る事に躊躇いを覚えてしまった――その結果がこれだ。
何とも無様で醜悪な心。もし心という器官が存在するのであれば、今すぐにでも握り潰してしまいたいとさえ愚考してしまう。
激しい後悔の念が渦巻く心中、オウカは自分に寄り添う体温を感じていた。その確かな温もりを通じて、ミレットを守りたいと思う気持ちがある事を再度実感する。
(――守るよ……絶対)
伸びた茨がオウカの持つ剣に絡み付こうとしたのだが、飛来した石礫によって弾かれ、それも空しく終わった。
「……――オウカぁああああああああああああああああああああああああああぁッ!!!」
主を求める少女の悲痛な声だけが、辺りに響いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「何故じゃ、何故シィーアを主の許へと行かせなかったッ!」
憎しみの篭った声でシィーアは、崖の淵に佇んで彼女から背中を向けたおやっさんを問いただす。
あの時シィーアは落ちてゆくオウカたちを見て、自分も後を追おうとしたがそれは叶わなかった。巨木の幹から飛び降りようとした彼女をおやっさんは掴み、ぎりぎりまで『鬼化』を高めると、まだ地面の残る場所へと向けて跳躍した。
途中おやっさんが何のギフトを使ったのか理解出来なかったが、落下するタイミングでもそこに足場があるかのように跳躍を繰り返して、やっとの思いでここまで辿り着いた。
あの暴れ狂う石礫の中を突き抜けたのだ。いくらおやっさんの身体が常人よりも頑強だとしても、無傷ではいられない。破損した甲冑の箇所からは血が滲み出ている。
「あそこでお前さんが突っ込んで、何の得になる」
暗い奈落の先を見詰めながら、おやっさんはシィーアに問い掛けた。
「得、じゃと……ッ。痴れ者めが! 我はそんなもののために、主に仕えているわけではないわっ!!」
「だったら聞くが、あそこで一緒に落ちて何が出来た? 言ってみろ」
おやっさんは変わらず、シィーアの方を見ずに話すため、彼女の怒りも上昇する。
「何かじゃ! 何かが出来たのじゃ! それをお主が邪魔をしよって――」
ドゴンッと重たい音が響くや、おやっさんの隣に生えていた巨木が大きく軋む。
「シィの字、俺はこう聞いたんだぜ……何が出来たとな」
「それは……」
「ねぇだろ? 俺がこう言うのも何だが、感情で動いて良い結果なんてのはこねぇ。だから、今ここにいる俺たちで最善の策を探すんだ。
俺が言ってる事、間違ってるか?」
「……いや、間違ってはおらぬ」
冷静になって考えてみれば、あのままオウカの後を追って何をするといった具体的なものはなかった。
ただ彼が落ちてゆく瞬間を見て目の前が真っ白になり、何も考えられない状態になってしまった。
彼女を支配していた感情は――恐怖。
それも大切な人を失う恐怖だ。魔物として生を受けてから死ぬまで、シィーアは恐怖と言うものを感じた事がなかった。
寧ろ、人間や同族以外の魔物に恐怖を与える力を持っていた。
当然シィーアがまだシンフルベアであった頃、オウカと死闘を繰り広げた時も同じく、戦いによる高揚感と不思議にも充足感しか感じていなかったし、死ぬときも同様である。
また何の因果かは知らないが、死んだはずの魔物は人形の少女として転生を果たす事となる。転生した直後はおぼろげな意識しかなかったが、確かに感じられるものがあった。
それは自分よりも巨大で強靭な生命力の波動である。しかしその波動は少女にとって非常に優しく、温かいものであった。
導かれるように少女はギルドの建物の中に入る。そして見つけた瞬間、離れていた親や恋人にでも抱きつく勢いで走り出していた。
彼の気配や匂い、そして身体から流れる血を舐めた瞬間にこの人間が自分と倒した者だとはっきりと理解出来た。憎悪の感情は一切なく、身体の奥底から湧き上がってくるのは敬愛とこの者と一緒にいたいと言う感情のみ。
以後オウカと主と呼び、行動を共にする間柄となって、少女はシィーアという名を授かった。
オウカの周りにいたミレットやイリアとも共同生活を行うにあたって、シィーアの感情はその恵まれた環境によって正しく育まれた。
泣く事は流石になかったが、喜怒哀楽を体感して彼らが何を思うのか、自分が何を感じるのか。人間として必要な感情と知識を手に入れた。
それがあの一瞬で、全て崩れ去る。
自分が伸ばした手も能力も届かず、オウカたちが奈落に呑み込まれる様を、ただ見るしか出来なかった。
主を、仲間を失ってからも生き続ける事が恐ろしかった。そして、その先の未来を見る事が怖かった。
だから、オウカたちの後を追おうとした。
今にして思えば、子供の我が儘も同然である。
(我は今こうして生きておる。故に主たちを助ける事が出来るはずじゃ。
――……いや、助けるのじゃ!)
頭に上った血も下りた事で、シィーアの瞳はその輝きを取り戻していた。
「申し訳なかった、オオギよ。お主に罵声を浴びせた事――」
「そんな堅苦っしぃのはよせよせ。俺はお前さんたちよりも長く生きているから、色々と経験してんだよ。どうにもならない事は起きる。だが、それで何もかも台無しにしちまったら勿体ねぇじゃねぇか」
それまで背中を向けていたおやっさんは振り返って、シィーアの謝罪を止めると、歳相応の深みのある表情をした。
「その通りじゃな。ではオオギよ、シィーアはどうしたら主たちを探しだせるのじゃ?」
「それについてなんだが、シィの字には魔物の気配ってもんが分かるんだよな? オウカやミレの気配を探る事は出来ねぇのか?」
地面の更に下を指差して尋ねるおやっさんの言葉に、シィーアは曖昧な返答をした。
「うむ、シィーアも何度か試してみたんじゃが、幽かにしか感じ取れんのじゃ。膜を張られたような、何とも言えぬ手応えでのぅ。
しかし吉報があるとすれば、気配を感じるという事じゃな。主たちは、生きておるよ」
シィーアの話を聞いたおやっさんは何かを考えるように、腕を組んで押し黙った。
しばらく無言の時間が経つ中、シィーアはおやっさんの怪我に改めて気付く。怒りに我を忘れていた時は気にしていなかったが、自分の身体を見ても怪我一つない。
つまり、迫り来る石礫を全ておやっさんが身体を張って守ってくれたのだと、今更ながらにシィーアは気付いた。
無言実行――確かにおやっさんに似合った言葉でもある。しかし嫌味の一つも言われなければ、自分の心が耐え切れそうにないと、彼女は思った。
だが言葉だけで許されるのは、相手を同じく言葉で傷つけた時のみ。
シィーアは近くの巨木に近寄ると、そっと手を触れた。その触れた場所から自分の力とイメージを送り込む。
間もなく上の枝からスルスルと蔦が下りてきて、その先端には赤い果実が実っていた。瑞々しく、内側から力強い生命力を感じさせる果実を優しく手に取り、感謝をしながら頂いた。
他にも薬草などを二、三枚頂くとそれを手揉みして、簡易の傷薬に変える。
「あ~、オオギよ。人間が物事を考えるのには糖分が必要なのじゃろ? これでも食べて良き案を出すのじゃ。あとその怪我では戦いの時に足手纏いになりかねんからな。要所に塗っておくのじゃぞ」
まるで母親か娘のように振舞うシィーアの行動に眼を白黒させるおやっさんは、「あ、ああ、すまねぇな」としか言えず、全部言われるがままに従った。
満足そうに眺めるシィーアを横目で眺めながら、おやっさんは静かに苦笑を漏らして、再度どうやって地下に落ちたオウカたちを救出、または合流するか検討を再開した。
「なんじゃと! 今、主たちを助けに行かぬと申したかッ!」
少女の驚きと怒りの篭った声が、封印区域に響き渡る。
先程のスローノッカーの異能と自爆で辺りは悲惨な状況となっていた。魔物どころか野生の動物もこの周囲には存在しないだろう。
そのお陰で、シィーアたちは危機的状況に追い込まれながらもこうして普段通りに会話が出来ているのだから、何とも皮肉な話である。
「声がでけぇって。ちゃんと説明するから、少し黙って聞いてろ」
おやっさんは詰め寄ったシィーアを下がらせて、説明の補足を図る。
「別に俺は助けに行かないとは言ってねぇよ。ただこの人数で地下に潜るのは自殺行為と言ったまでだ」
「意味は同じではないかッ」
「同じじゃねぇ。助けに行く側が途中で助けられる側になる事なんてざらだ。だから俺たちは地下に潜らず、出入口で待つ事にする」
「出入口じゃと?」
「ああ、地下道って開拓者は言ってんだが、その出入口だ。まぁ、それも俺が知る限りじゃ八つばかしある」
おやっさんの言うように、地下道には現在八つの出入口が存在する。
その理由を簡潔に挙げるとすれば、地下道の規模にある。封印区域が直径七十キロに及ぶ広大な面積を有しているのは、ブルドオムスに住む開拓者であれば誰もが知っている事実だ。
しかし地下道になると、その正確な範囲が不明確となる。新旧ともに新しいルートを開拓者の手で作っているのも一つの原因だが、魔道と呼ばれるルートがいつの間にか作り出されているのが要因でもある。これは魔物が作り出す道で、距離や大きさなど様々だ。
だからこそ、出入口というのは必要不可欠になってくる。もし迷った時でも上を目指せば、地上への活路が見出せるかもしれないからだ。
「普通ならそこを絞って待つなんて方法は取れねぇが、シィの字がいるからそこは問題ねぇだろ」
自分の名が出たシィーアは、おやっさんが言いたい事に気付いた。
「なるほど、気配察知か。しかし先刻も申したが、何やら不快な膜が邪魔をして地下にいる主たちの詳細な場所を見つける事が出来んのじゃぞ。そこはどうするつもりじゃ?」
いくらシィーアが気配を探れるといっても、正確な位置が分からなくてはどこに向かえばいいのか混乱するだけである。
それが分からぬ訳ではあるまいに、おやっさんからは不安の欠片も感じられない。
「そんなもん、臨機応変だ。俺らのような身体が先に動いちまう人間には、何をどうこうすると細けぇ事を気にして動くよりも、その場に求められる事をやった方がいいんだよ」
「確かにのぅ……」
「で、だ。オウカたちは今どっちに向かっている?」
眼を閉じてシィーアはオウカたちの気配を探った。
やはり何かが邪魔をしている感覚を覚えながら、幽かに感じる見知った気配へと集中する。
(……掴んだ)
シィーアは眼を開くと、一方を指差した。
「ここから二時の方角に、主たちは移動しておるようじゃ。そちらの出入口に心当たりはあるかの?」
「ある。そちらの方角だと五番出入口だな。だがな……かなり不味い場所になるぞ」
苦虫でも潰したかの表情で、おやっさんは続きの言葉を躊躇った。
「不味いも何も、この状況が一番不味いのじゃ。それ以外、何でもないわ」
「……そうだな、俺もいい加減腹を据えねぇとな。
ま、単刀直入に言うとだ。シンフルベアの住処の一番近くに、その出入口はある。このままオウカたちが方向を変えねぇ限り、最悪俺たちは奴らと交戦する事になるな」
おやっさんが決心したように話すと、シィーアはぽかんとした顔をした。珍しい表情である。
それを絶望による放心と見たおやっさんは、慌てて言い繕った。
「あくまで可能性だ。最悪だからな。あ~……うろ覚えなんだが、『七転び八起き』ってのがある。悪い事もあれば、良い事もあるって意味なんだが――」
とそこまで言ったところで、おやっさんは小さな笑い声を聞いた。驚いた事に普段は無表情な少女が笑っていたのだ。
「ふふ、いや、すまぬな。ちと可笑しくてのぅ。そうか、シンフルベアの住処か。運命とは斯くも不思議なものよのぅ」
今度は逆におやっさんが唖然とする番だったが、そこはシィーアが呼び覚ました。彼女は真剣な声で問い掛ける。
「ところでオオギよ。もしシンフルベアと戦う事になったとすれば、そいつらは殺すか?」
「……場合にもよるが、俺は自分や周りに危険が及ばない限りは殺したりしねぇよ。だから開拓者を辞めて、装備屋なんてやってんだ。今回の素材収集も出来る事なら殺したくねぇってのが、俺の本音だ」
「そうかそうか、了承したのじゃ」
どこか満足した声色でシィーアは頷いた。
何だかんだ言っても、シィーアは元シンフルベアの女王である。群れで行動する魔物である故に、同族意識は強かった。
しかし今の自分や仲間に牙を剥くのであれば話は別となる。事によっては昔の仲間たちを皆殺しにする可能性も考えていたが、どうやら何とかなりそうだ。
「ではオオギよ、そろそろ向かうとするかの」
「そうだな。俺が先導するからついて来てくれ」
こうしてシィーアとおやっさんの二人は、今は地下道にいるオウカたちと合流を果たすために五番出入口へと向かいだした。
いつも読んでいただいている皆様、そして初めてここまで一気に読んでいただいた皆様、誠にありがとうございます。
前回もそうでしたが、今回も短いと感じられる方が多いかと思います。正直言って、次回の話のために区切りのいいところで終わらせていただきました。
次回もシリアスなシーンが出て参りますが、どうかご容赦を。
誤字脱字やご意見・ご感想などございましたら、お気軽にご指導下さいませ。