己が信ずる道を疑ったら、もう進めない。それでいいのかと思えなくなった自分が信じられない。
もっさんは常日頃から疑問を抱き、そして義憤に駆られていました。
「何故、自分の作品をそんないとも簡単に放り出すようなことが出来るのか?」
「エタると言うのは即ち、更新を楽しみにしている誰かのその気持ちを踏みにじることじゃないのか?」
「感じたことはないのか?ずっと更新を楽しみにしていた作品が、ある時ふと更新されなくなり、残念だ、期待外れだったと」
「完結しないことが分かった作品を誰が応援するものかよ」
「お前が描きたくて始めた物語だろ?誰かに命令されて嫌々やってることじゃないんだろ?」
「嫌ならやめればいい?それは自分の人生のことを言ってるのか?」
「『やりたい』が『やらなきゃ』に変異することが間違っているとは思わない。むしろ少しくらい『やらなきゃ』って気概は必要だ」
「待て 慌てるな これは孔明の罠だ」
pixiv一本で活動していた時代から、周りを見れば『エタった作品』が大部分で、完結までやりきった作品はごく少数だと、そう感じていました。
忙しいとかネタがないとかどうしても書けないとか、そんなことは理解と承知の上です。
だ と し て も さ ぁ !
ここに、そこにいるんだよ、更新されるその瞬間を今か今かと待ちわびている人が。
更新しないまま放置するって、それがどういう意味かお前本当に分かってんのか?
時間がかかるのは仕方ない、でも出来るだろ?物理的に不可能なわけじゃないだろ?
精神論とか思考が体育会系とか、それ以前の話だ、ここは文の世界だろう?
自分で決めたことなら勝手にやればいい。
だからと言って、手前勝手な都合でそれを反故にしていい道理は無いはずだ。
そんな行き場も無ければ、向ける矛先もない怒りを常に抱えていましたが、
ある時、ふと思った――思ってしまいました。
「もしかして、いつでも好きにエタって良かったりする?」
「プロットや完結は考えずに、とりあえず頭に浮かんだ妄想を書くだけで満足して良かったりする?」
「更新を楽しみにしてくれている人なんて、どうせ顔の見えない相手なんだし、知ったこっちゃないで済ませて良かったりする?」
「完結しないのが当たり前で、それを期待して応援したり、自分の目標にするのがそもそも間違いだったりする?」
「自分がやりたくて始めた物語なら、エタりたくて終わらせるのもまた結末だったりする?」
「それ、AIでえぇやん」
最近、そんな悪魔の囁きのような考えが過るようになりました。
悪魔「は? (威圧)テメェ勝手なこと抜かしてんじゃねぇよ、やることもやらねぇで逃げようなんざいい度胸じゃねぇか、アァン?」
天使「大丈夫ですよ。皆さんはきっと、あなたが書けない理由を分かってくれます。みんな同じなんですから」
悪魔「ざぁーこざぁーこ♡好きで始めたことも勝手にやめちゃうようなクソザコなんて、転売ヤー以下ぢゃん!ねぇ、なんでそんなの書いてるの?やめたら?」
天使「人間は健康第一!食事と睡眠、適度な運動!良い作品は良い身体から生まれるんだ!さぁ、山ほど食べてたっぷり寝よう!話はそれからだ!」
……おかしいな、天使の方が正しいはずなのに、悪魔の言うことも決して間違ってないぞ?
いや、本来なら天使の声に従うべきなのに、悪魔の囁きもまた正しいと理解してしまうもっさんは、多分どうかしてしまったんじゃないか?
自分が進むと決めた道を突き進むことが正しいと思えなくなり、でもそんな己の道を貫こうとしない自分が嫌いで仕方ない。
このエッセイをここまで読んだ皆さんに、ご意見をお訊きしたいのです。
自分の信念を貫くことって、本当に正しいですか?
周りがエタっていたら、自分もそれに倣うべきなのでしょうか?
もっさんは、それが分からなくなってしまいました。




